第413話 英雄の即位
ガナルガ帝国がコンゴ植民市に差し向けた軍勢は、ついに打ち破られ、ガナルガ王は撤退した。
帝国の支配下にあった部族は、エンリ王子とその盟友ムインド王子の元に結集し、彼等がガナルガの拠点制圧を求める中、エンリはガナルガの現状を探るという名目で、ファフのドラゴンに乗って、部下たちとムインド王子とともに帝国の拠点に潜入。
部族の民たちを洗脳魔法で操る王に対抗するため、囚われていた三人の王弟を救出するエンリたちだが、洗脳魔法で操られた民たちが迫る中、彼等を眠らせようとするリラのセイレーンボイスは、王によって封じられた。
その時、セイレーンボイスで洗脳された民たちを眠らせたのは、ムインドの恋人アリエルだった。
魔法で人の姿を得たラミアと思われていたアリエルが人々を眠らせた人魚の技を見て、エンリもムインドも唖然。
「アリエルさん、今のは?・・・」
そう疑問声を発するアーサーに、エンリは「その話は後だ」
その一方で、王に対峙するムインドは「これでもう邪魔者は居ない」
ガナルガ王も「そうだな。この笏は王の資格を示す唯一の証。結着をつけるとしようか」
そしてムインドはエンリに言った。
「エンリさん、手を出さないで下さい。これは私の、王の座をかけた戦いだ」
エンリ、困り顔で「そういうフェアプレイ脳は要らないんだけどなぁ・・・・・」
ガナルガ王とムインド王子は、互いに笏を使った魔法攻撃をぶつけ合う。
炎と炎、雷と雷、風と風・・・・・・。
じりじりと押されるガナルガ王。
だが、眠っている部族民が次々に目を覚まし、目から怪しい光を発して武器を構える。
「まだ術は解けていないのかよ」とエンリは呟く。
アーサーとタマ、そして三人の叔父が、迫って来る部族民たちを風魔法で吹き飛ばすが、また起き上がって迫って来る。
エンリは思った。
(これは時間をかけていたら対応出来なくなるぞ)
ガナルガ王とムインド王子が、互いに炎の神の加護を唱える。
相手に叩き込む炎の塊を目の前に生じさせ、これを放つ瞬間、エンリは氷の巨人剣を抜き、王が放とうとしている炎に突き刺し、消滅させた。
ムインドが放つ炎が王を直撃。深手を負って倒れるガナルガ王。
「手を出すなと言った筈だ」
そう苦言を言うムインドに、エンリは言った。
「確かにこれはあなたの戦いだ。けれども、あなたのための戦ではない。この大陸全ての人のための戦いです」
ようやく声を発する事が可能になったリラが「それより、操られている人達を止めなきゃ」
ムインドが王に止めを刺そうとした時、その背後の地面に大きな魔法陣が出現し、その中から巨大なドラゴンが姿を現した。
ドラゴンはムインドに威嚇の咆哮を放つ。
そして「この男には、まだやるべき事がある」
最年長のムインドの叔父が、ドラゴンに「あなたは龍王ドラグハート」
「龍王ってあの・・・・・」
そうカルロが言いかけると、ドラゴンは「そうだ。私があの・・・・・・」
カルロは「将棋というボードゲームのチャンピオン」
「違うから」とドラゴンは慌てて否定。
「でもって女子小学生の弟子を何人も侍らせるロリっ子ハーレムの主」とカルロ。
エンリは困り顔で「そういう他所の漫画やアニメのネタは要らない」
ドラゴンは言った。
「私はロリコンではない。ガナルガの祖にして贄姫デムパを娶った古のドラゴン」
「デムパ姫って十代であなたの所に送られたんですよね?」とアーサーが突っ込む。
ドラゴンは思わず「あれは可愛い女だった。小柄で従順で・・・・・」と思い出に浸るモードに・・・。
エンリたちは声を揃えて「やっぱりロリコン」
「違うから」とドラゴンは慌てて否定。
ドラゴン王は傷ついたムインド王をその手に乗せて飛び去った。
飛び去って行くドラゴン王を見て、エンリは「祖霊っていうけど、生きてたんじゃん」
「ドラゴンは長命だものな」とカルロ。
「あの祖霊像は彼を模ったんだよね?」とアーサー。
エンリは「って事は、本物がバックに居るんじゃ、像を壊しても意味無いわな」
するとニケが「それより操られているこの人達、どうにかしてよ」
何時の間にか、動物たちのたまり場に残してきたタルタたちが駆け付け、未だに操られ状態の人たちを防いでいる。
刀を抜いて嶺打ちで気絶させているジロキチ・若狭・ムラマサ。
部分鉄化で武器を防いで殴り倒すタルタ。
麻酔弾を連射して眠らせるニケ。
「また眠らせるか?」
そうエンリが言うと、リラが「それよりデムパの笛を吹いて呪文を解きましょう」
「けど、俺は下手くそで音が出ないんだよなあ」
そう困り顔で言うムインドに、エンリが「私がサポートします。とにかく笛を吹いて下さい」
ムインド王子は笛に口を当てて、必死に息を吹き込む。
エンリは風の魔剣を抜き、切っ先を笛の先に当てて一体化の呪句を唱えた。
「汝風の精霊。天上を癒す波動の源。汝の名は旋律。閉ざされし器に響く流動の技よ。マクロなる汝、ミクロなる我が風の剣とひとつながりの宇宙となりて、器の担いしイデアの示す音色を成すべく風よ響け。音曲あれ!」
笛の吹き口から吹き込まれたムインドの息が、笛の筒状の空洞の中で渦を成して互いにぶつかり合い、その閉ざされかけた出口から圧力を以て噴き出す振動が高音を響かせた。
その心地よい響きがムインドを捉え、いくつもの指孔を塞いで出鱈目なメロディーを綴る。
その音が部族民たちを操る魔力を溶かし、彼等は再び倒れて眠りについた。
「今度こそ服従は解けたようですね」
そうリラが言うと、ムインドは「けど、笛を鳴らすって気持ちいいな。何だかコツを掴んだような気がする」
「そりゃ良かったですね」とエンリ。
するとムインドの二番目の叔父が言った。
「ムインド王子、今度、私が笛を教えてあげます。私、得意なんです」
ムインドは嬉しそうに「お願いします、叔父上」
そんな会話を聞きながら、エンリの脳裏に何かが引っかかった。
(何かがおかしい)
そしてエンリはその違和感の正体に気付く。
「ちょっと待て。確かあなたも王族だよね? だったらあなたが吹けば良かったんじゃ・・・・・」
そうエンリが二番目の叔父に言うと、彼は「そう思ったんですけど、王子がやる気を出しているのを見て、やはりここは王を倒す彼が吹く所だと空気を読んだもので」
そしてリラも「そういえばイヤングラ姫、すぐ近くの味方に笛を渡せ・・・って言ってましたよね」
「それって彼の事だったのかよ」とエンリ王子。
残念な空気が漂う。
「ところでアリエルさん、さっき彼等を眠らせたのって、人魚のスキルなのでは?・・・」
そう、エンリが改めて彼女に訊ねる。
ムインドも「アリエル、お前って・・・」
アリエルは言った。
「すみません。私は実は、密林を流れる大河に住むマーメイドで、ラミアじゃないんです。王子様に恋をして、呪術師に頼んで人間の下半身を貰ったんです。けど水蛇のドラゴンと仲のいい部族の人たちが、足に残った鱗を見て蛇のものと勘違いして歓迎されて、蛇じゃなくて魚だと、なかなか言い出せなくて。ラミアが好きな王子様を騙すつもりは無かったんですけど」
するとムインドはアリエルの肩を抱いて「いや、むしろいい。俺、魚って何か惹かれるものがあったんだよね。ますますお前が好きになったよ」
そんなムインド王子を見て、エンリは思った。
(この人ってやっぱりお魚フェチ?)
「もうお前を離さない」
そう囁くムインドの胸に顔を埋め、アリエルは「王子様」
「姫」
「王子様」
三人の叔父は困り顔で「そういうのは後にして」
いちゃいちゃするムインドとアリエルを見て、エンリは思った。
(そういえばデンマルク王の先祖も人魚に惚れられたんだったな。で、あの人もお魚フェチだったっけ。人魚ってそういう奴に惚れるのか? それともまさか・・・いや、考えるのは止そう)
魔法の解けた部族民たちが目を覚まし、三人の叔父は砦に残された王宮の役人たちを集め、王が敗れた経緯を話した。
そして、現実を受け止めた役人たちに、エンリは尋ねた。
「彼等はどこに行ったか解りますか?」
役人の一人が「聖地と呼ばれる所だと思います。支配下の部族出身の戦士たちは、そこで洗脳を受けたのです」
「場所は解りますか?」
そうエンリが言うと、役人は「解ります。ですがその前に、ムインド王子に正式に即位して頂きたい」
「ですが、即位は祖霊のドラグハートの像の前で行われるしきたりですが、破壊されたんですよね」
そう最年長の叔父が言うと、二番目の叔父が「破壊したのは我々なんだが」
ニケが「ってか、あのドラゴンって祖霊なの? しっかり生きてたんですけど」
タルタが「ドラゴンは長命だからなぁ」
ムインドが「しかも本人、まだ負けた側についてるし・・・」
そんな彼等にエンリは言った。
「あのさ、王を承認するのは祖先でも神でも無い。ここで生きている民たちの筈だよ。ここに居るあなた方が彼を王と認めるなら、彼こそ王だよ」
宮殿跡で簡単な祭壇が設けられ、呪術師が仕切る儀式の中、ムインドは即位を宣言した。
そしてエンリたちはムインドの叔父たちを加え、ファフのドラゴンに乗って、一旦植民市へ戻る。
ガダルガの拠点を掌握したとの報に、コンゴのユーロ人や現地人難民、そして抵抗側の部族民たちは、勝利に沸き立った。
そんな中、エンリはコンゴの庁舎に各部族の族長を含めた主立った人たちを集め、善後策を話し合う。
ガナルガの拠点での経緯を話すエンリ王子。
「けどまだ、その聖地とやらに敵が居るんだよな」
そうドレイクが言うと、最年長の叔父が「位置は解っています。全軍で攻め込みましょう」
「けど、戦う相手は洗脳された戦士たちだよね? 支配されていた我々の仲間なんだよな」
そう族長の一人が言うと、別の族長も「殺したくないなぁ」
するとムインド王子が「大勢で進軍するには時間がかかる。四頭のドラゴンに分乗して少数精鋭で行きませんか?」
「で、その聖者とやらって、何物ですかね?」とマサイ。
アーサーが「ユーロ人だったようだけど」
「相当な魔導士なのかな?」
そうザンジ市民軍隊長が言うと、コンゴ市民軍隊長も「どっちみち危ない奴には違いない」
ジロキチが「まさかカタリ派の残党?」
タルタが「ロシアかプロイセンのスパイ?」
ムラマサが「天のお父様とか名乗ってるヘイトカルトの教祖でござるか?」
エンリは自分に向けた仲間たちの視線を感じて「何で俺を見るんだよ」
「そうですよ。エンリ王子は無関係です」とリラ。
「そうだぞ」
そう念を押すエンリに、リラは「カッコイイ大王ですものね」
エンリは困り顔で「それも止めろ」
ガルダナ王追撃部隊は発進した。
エンリとその仲間たち、ドレイク海賊団、ベルベドとニカウ、ピグミーとマサイ、そしてムインドとアリエルとイヤングラ姫と三人の叔父と、ムインド直属の精鋭戦士たち。
案内役としてガナルガの役人と、立会人として各部族の族長たちも同行する。
彼等はミキティ・ファフとトカゲ・カメレオンのドラゴンに分乗し、最後の決戦の場に向けて密林の上空を東へ飛んだ。




