第412話 帝国の崩壊
南方大陸の征服国家ガナルガ帝国を迎え撃つ、エンリ王子率いるコンゴ植民市。
帝国の支配を逃れた現地人難民やザンジ植民市を焼かれたイギリス人、そして帝国に抵抗するサンシャ族を率いるガナルガ王の甥ムインド王子らの参加により、ついにガナルガ帝国は軍の主力を失って撤退した。
ガルナガ帝国軍破れる・・・の報が広まり、帝国の支配下にあった部族が一斉に離反し、ムインド王子の元に集結した。
続々と参陣する部族軍を見て、意気上がる抵抗軍の戦士たち。
参加部族の族長たちが口々に進言する。
「大勢は決しました。この勢いで、ガナルガの拠点に攻め入りましょう」
そんな彼等を前に、ムインド王子は憂鬱声で「気が重いなぁ」
「大丈夫です。敵はもはや孤立し、こちらは大勢力で全員士気は高く、帝国などたやすく殲滅できます」
そう族長の一人が言うと、エンリは困り顔で「殲滅とか、そういう物騒なのは止めて」
ムインドも「あれ、一応俺の同族なんだが」
そんなやり取りを見て、カルロが「とりあえず潜入して、状況を探ってはどうでしょうか」
するとイヤングラ姫が「でしたら、これを持って行って下さい」と言って、一本の笛を差し出す。
「何か凄い力を持った宝具なんですか?」
そうエンリが言うと、イヤングラは「そこに行けば、三番目の"すぐ近くにいる味方"に出会えるでしょう。彼等にこれを渡して下さい」
「ムインド、私も行きます」
そう申し出るアリエルに、ムインド王子は「それは駄目だ。お前を危険な所に行かせたくない」
だがアリエルは「私だって魔法で戦えます」
「そういえばラミアって魔法を使えるよね」とタルタが頷く。
アリエルは「エンリさんの隣で戦っているリラさんが羨ましいです」
ムインドは溜息をつくと、アリエルに「解った。けど、危険な事は絶対にするな」
ムインド王子とアリエルを加え、エンリとその部下たちは、ファフのドラゴンに乗って、ガナルガの拠点集落に向かった。
密林でドラゴンから降りて、地上から集落砦へ。
正門は閉ざされ、物々しい雰囲気の中で多くの戦士たちが守りを固め、防柵の上とあちこちの櫓にも兵が居る。
アーサーは砦の内部に異様なオーラを感じた。
「あれ、精神支配の魔法を使ってますよ」
「中に入れば我々も・・・なんて事になるかな?」
そうエンリが言うと、アーサーは「どうやら、部族民に対して有効な魔力のようですね。けどその分、解除や妨害は一筋縄ではいかないかと」
エンリは「とりあえず中に入ろう」
「けど、あの警備はどうします? 周囲も柵で囲んで入れませんよ」とカルロ。
ムインドは強気顔で「あんな柵、炎の神の加護で吹っ飛ばしてやる」
「騒ぎを大きくするのは更に面倒になるから止めて」と、エンリは困り顔。
するとタマが「ここは猫の出番ね」
タマが猫の姿で柵の下を歩き、柵の隙間を見つけて砦集落の中に入り、動物のたまり場へ。
そこには様々な動物とともに、一羽のオウムが居た。
「あんた、ココじゃない。まだ居たの?」
そうタマが言うと、ココは「タマさん。あなたがここに来ると察して、待っていたんです。けして支配下の部族からの貢物が豊富で美味しい残飯にありつけるから・・・って訳じゃ無いですから」
「私、何も言ってないけど」と残念顔で言うタマ。
「それで、我々の助力が必要なんですよね?」
そうココが言うと、タマは「人間の味方が外に居るの。彼等をどうにか中に入れられないかしら」
タマはオウムのココを連れて防柵の外へ行き、エンリたちの所へ。
何匹かの小動物がついて行く。
「あの中に入る手段が欲しいんだが」
そうエンリが言うと、ココは「なら、森の動物に騒ぎを起こして注意を引いて貰うというのはどうでしょう」
トカゲが「暴れ水牛を突入させるとか?」
ネズミが「暴れ犀の群れを突入させるとか?」
スズメが「暴れ象を突入させるとか?」
エンリは困り顔で「ちょっと待て。警備兵は鉄砲を持ってるぞ。突入しようとする動物は殺されるんじゃないのか?」
するとネズミが言った。
「注意を引くだけなら、ブレーメン作戦というのはどうでしょうか?」
「何だ?そりゃ」
怪訝顔でそう言うエンリに、ネズミは「音楽隊ですよ」
ココは密林の奥に入り、何頭かの動物を連れて戻って来る。
そして、正門前の広場の端の密林でエンリたちが見守る中、広場に出て行く動物たち。
象の上にカモシカが乗り、その上に山猫が乗り、その上にネズミが乗る。
そんな様子を密林の草藪から見るエンリたちに、ココは「あれでみんなで歌を歌って兵たちの注意を引くのです」
四匹の動物は動物タワーで動物たちの歌を歌った。
そんな様子を見て、正門の櫓の上に居るガナルガ兵たちが、あれこれ言う。
「何だか動物の鳴き声がうるさいんだが」
「象とかカモシカが組体操で騒いでいるんですよ」
「構って欲しいんだろ? 暑いと時々ああいうのが出るんだよ」
そんな様子に、エンリたちはがっかり顔。
「全然注意を引いてないじゃん」とエンリ。
ジロキチが「鳴いてるだけで音楽になってないものな」
するとアリエルが言った。
「あの、潜入でしたら、トンネルを掘るというのはどうでしょうか」
アリエルがハリネズミを召喚した。
「そんな使い魔が居たのかよ」
そうムインドが言うと、アリエルは「この子、寂しがりやなんです。仲間同士で寄り添うと互いを針で傷つけてしまうからと、独りぼっちで寂しそうにしているから、友達になってあげたんです」
「アリエルは僕のものだ」
そう言って、ムインド王子にやたら敵対心を見せるハリネズミに、エンリたちは「何だかなぁ」
そして五分後、ムインドとハリネズミはすっかり仲良くなっていた。
ハリネズミにすりすりされて、うっかり針で傷ついてしまっても、すぐ治癒してしまうムインド。
「君をアリエルの次の二番目の友達にしてあげよう」
そうドヤ顔で言ってムインドにすりすりするハリネズミを見て、エンリの部下たちは「こいつツンデレか?」
ハリネズミの掘ったトンネルで防柵の中に入ると、エンリとムインドたちは隠身の魔法で姿を隠し、動物のたまり場へ。
そこに居る動物たちに、ココは言った。
「王宮の様子が知りたい。情報を集めて来てくれ」
小鳥が、王宮で飼われているヤギを連れて来た。
「王が部族民たちに服従の魔法をかけているんです」
そう説明するヤギに、エンリは「解く方法ってあるの?」
ヤギは「王族なら解く事が出来る筈です」
「王族なら、ここに・・・」
そう言ってドアップで迫るムインドを、ヤギは無視して「ちょうど、王の三人の弟が幽閉されています。彼等を助け出せば万事解決」
「だから王族なら俺もそうなんだが・・・」
そう涙目で自己アピールするムインドを制して、エンリは言った。
「いや、ちょっと待て。もしかしてそれが、すぐ近くの味方なんじゃないのか?」
ムインド王子は暫し思考すると、「彼等の居場所に案内してくれ」
ヤギは目立つからというので、一匹のネズミが案内役を申し出た。
ネズミは十名以上居るエンリたちを見ると「もしかして、皆さん全員で?」
「そうだけど」
そうエンリが言うと、ネズミは「体の小さい鼠ならともかく、人間がこの人数で覚られずに忍び込むのは大変だと思いますよ。人数を絞った方が良いかと」
「なら私が行くわ」
そう言い出したニケに、エンリは「ニケさん、ここには高く売れるお宝なんて無いと思うぞ」
「いや、いくらニケさんでも物盗り目的とか・・・」
そう言って自分を庇う若狭を、ニケは無視して「だってこれだけの宮殿よ。それなりの高度な文化があって、高度な工芸品とか好事家が欲しがるようなお宝がきっと」
全員、溜息をつくと「やっぱりニケさんってそうだよね」
そしてエンリはニケに言った。
「あのさ、もし売れるようなお宝があったとしたら、鉄砲の代金として奴隷より先に売り払ってると思うぞ。何しろ、ここの王は王家として存続する事を放棄しているからな」
潜入組の人選が決まった。
ムインドとアリエル、エンリとリラ、タマとアーサー、そしてカルロ。
タマは猫の姿になり、残り六人が隠身で姿を消して、鼠の案内で宮殿の中へ。
土壁で閉ざされた部屋の中、小さな窓から覗くと、三人の男性が居た。
「あなた方が王弟殿下ですね?」
そうムインドが中の三人に呼び掛けると、そのうちの一人が「あなたは・・・もしやムインド王子?」
カルロがピッキングで牢の鍵を開け、三人を部屋の外へ・・・。
そしてムインドが彼等に「王が何をやっているのかを話して下さい」
三人は互いの顔を見合せると、最年長らしき男が「兄はこの王家を断絶させようとしています」
「何故ですか?
そう問うムインドに、彼は「私たちにも解らない。だが、服従の呪文で全ての部族民を死を恐れぬ兵士に仕立てています」
「それを解く方法は?」
そうエンリが問うと、彼は「あれは祖霊像の前で王の笏を使って得た助力によるものです。そのどちらかを破壊すれば・・・」
三人の中で一番若そうな男が「もう一つの方法があるのですが、あの笛があれば・・・・・」
三人の中では年は中間らしき男が「テムバの笛だな。王の怒りを宥めるテムバ姫の想いが込められた・・・。王族があれを奏でる音で、あの呪いを破る事が出来る筈だ」
「それってこれの事ですか?」
そう言ってムインドが笛を出すと、その最年長らしき彼の叔父は驚き顔。
「何故その笛がここに?」
そう彼が言うと、ムインドは「母のイヤングラ姫が持たせてくれたんです。きっとこの戦いを予知したんですね」
すると最年少らしき彼の叔父が「いや、彼女は楽器が好きで、これを異様に欲しがってましたんで、ここを去る時くすねたんです」
残念な空気の中、ムインドは「とにかくこれを吹けばいいんですよね?」
ムインドは、笛の吹き口から息を吹き込むが、すーすーいうだけで笛の音にならない。
(笛を鳴らすのって、けっこうコツが要るんだな。やはり王本人を倒すしか無いのか)と、彼は脳内で呟く。
そして叔父たちに「王の元に案内して下さい。先ず、彼を倒しましょう。我々の手で彼の暴政を終わらせなきゃ」
三人のムインドの叔父がエンリたちを案内する。
「ここが王の部屋です」
広い部屋に入ると、ドラゴンの像がある。そして玉座とそれに座るガナルガ王。
「やはり来たか」
「こんな騒ぎはすぐに終わらせます」
三人の叔父はそう言うと、炎の呪文を唱え、火炎魔法で像を破壊する。
ガナルガ王は怒りの声で「祖先に対する重大な冒涜だ!」
ムインドも驚き声で「何故あなた方が・・・」
「これから王になるムインド様に、こんな事はさせられません」と最年長らしき叔父が答える。
ガナルガ王は三人に「この痴れ者どもが」と叫ぶ。
そして王は笏を掲げて雷の神の呪句を唱え、雷撃で三人の弟を倒した。
ムインドは笏を掲げて三人で蘇生させる。
ムインドは王の手にある笏を見る。
そして「あなたが何故それを持っている?」
「私は王だ。これは代々受け継いで来たものだ。お前こそ何故それを持っている?」
そうガナルガ王が言うと、ムインドは「知っている筈だ。私はこれを持って生まれて来た。奪おうが壊そうが、すぐに手の中に戻って来る。それは私がここの王として生まれた証だ」
「そうはならない。何故なら、ここの王は私の代で終わるからだ」とガナルガ王。
三人の叔父が「それこそ祖先に対する冒涜だ」
「そんな事は問題では無い。支配した部族の恨みを我等が一身に受け、その滅びによって恨みを解く」
そうガナルガ王が言うと、ムインドは「そんな事を要求するのは、どこぞの半島国だけだ。何故、そうまでしてこの大陸を征服しようとする?」
「お前が知る必用は無い」とガナルガ王。
ガナルガ王は笏で雷を放ち、ムインドもまた笏で雷を放つ。
二つの雷気の衝突による衝撃が、宮殿の柱を倒し、壁はひび割れ、崩れ落ちる天井の欠片から、アーサーが防御魔法でエンリたちを守る。
宮殿は崩壊し、それがあった場所は炭化した柱や壁の残骸が散らばる廃墟と化した中、ムインド王子とガナルガ王の戦いは続いた。
その周囲に無数の民が手に手に武器を構え、目に怪しい光を淀ませている。
彼等に王は命じた。
「この叛逆者たちを殺せ」
ムインドの三人の叔父は焦り顔で「祖霊像は確かに破壊した。なのに何故・・・」
「とにかくリラ、奴等を眠らせろ」
そうエンリが号令すると、王は「そうはいくか」
人魚の歌を歌おうとするリラに、ガナルガ王は笏をリラに向ける。
リラは口を開けるが声は出ない。そして彼女は困惑の表情を浮かべて喉を抑え、エンリに筆談の紙を示した。
「声が出ません」
「リラに何をした?!」
そうエンリが叫ぶと、ガナルガ王は「風の神の助力により、その女の喉の中の音を伝える風の動きを封じた。先日は不覚をとったが、同じ手は二度と通用しないぞ」
武器を持つ民たちが迫る中、アリエルが叫んだ。
「皆さん、耳を塞いで下さい」
アリエルは人魚の歌を歌い、宮殿を取り囲んでいた部族民たちはバタバタと倒れて眠った。




