第411話 洗脳の戦士
南方大陸の征服国家ガルナガ帝国の軍勢が、ついに結界魔法を破って、コンゴ植民市に向かう。
エンリ王子たちは市民兵を率い、現地人部族からの難民や陥落したイギリス人植民都市の住民たちとともに、これに立ち向かう。
帝国を追放されたガナルガ王の甥ムインド王子が率いて抵抗を続けていたサンシャ族も、これに加わる。
そして密林での本格的な戦闘となり、エンリたちは奇策を用いてガナルガ軍を撃退した。
戦闘を終えた密林の戦場の後始末をする現地兵たち。
遺体を探し出して埋葬し、怪我人を探し出して回復させる。
そんな中、怪我をして動けない多数の敵の戦士を捕虜とした。
「あいつ等も回復させるの?」
そう部下たちが言うと、エンリは「生かせば情報を聞き出せる」
だが、怪我が回復した捕虜たちは、尋問には固く口を閉ざした。
そんな中、ピグミーが「エンリ王子に見て貰いたい奴が居るんだが・・・」
行くと、そこに縛られていたのは、身長1mそこそこの現地兵。
「俺の部族の戦士だ」
そう言うピグミーに、エンリは「お前の仲間って、みんなああなの?」
「この方が、草木の錯綜した密林で動きやすいからな」とピグミーは答える。
ピグミーはその捕虜の戦士に問うた。
「お前は何故ガルナガの味方をする?」
「この命は俺のものではない」と捕虜。
「誰のものだと言うのか?」
そうピグミーが問うと、捕虜は「皇帝陛下と聖者様のものだ」
「聖者様とは誰だ?」
そうピグミーが問うと、捕虜は「聖者様は聖者様だ」
「どんな人だ?」とピグミー。
捕虜は「偉大な方だ。我々を救ってくれた。お前も会えば解る」
ピグミーは溜息をつくと、脇で見ていたエンリに「あれしか言わないんですよ」
カルロが「拷問でも駄目? 何なら俺が・・・」
エンリは「おいおい」と、慌ててカルロを止める。
だがアーサーは「いや、多分無駄だと思いますよ。あれは普通の精神状態じゃ無いです」
「けど聖者って・・・・・・宗教の人って事?」
そう言ってエンリが首を傾げると、カルロが「カルトで尊師様とか呼ばれてて、信者には修行だとか言って食うものも食わせず、自分はハンバーグ定食みたいなこってりしたのを食べて、太りまくって・・・」
アーサーが「座禅組んでぴょんぴょん飛ぶのを、奇跡の空中浮遊だとか・・・」
エンリが「批判されると逆ギレて地下鉄に毒ガス撒くとか・・・」
「何の話ですか?」と、ピグミーは困り顔。
「とにかく、これって洗脳魔法だよね? 脱洗脳とかは出来ないの?」
そうエンリが言うと「この手の洗脳は、自分を誰かの奴隷と認識させるんです。その認識の核となるイメージを植え付けるために、極限まで苦痛を与え、罪とか恩義とかを強烈に意識させる」とアーサーが解説。
タルタが「猟奇的な作り話を伝聞形式で吹き込んDE真実と思い込ませて、証言ロボットに仕立ててチューキレンとかいう戦争宣伝組織を作らせて送り込むとか・・・」
ジロキチが「捏造した歴史で"お前等は犯罪国家で戦犯民族だから徹底的に断罪し抹殺されるべきだ"っていう"自己否定論"と称するホロコースト思想の信者にするとか・・・」
カルロが「子供の頃から学校で捏造歴史を教えて、ジパングが憎いと生徒に連呼させ、核ミサイルで火の海にする絵を描かせて地下鉄通路で表彰するとか・・・」
ニケが「"贖罪すべきエバ国家の人間だから"とか言って、全財産寄進させるとか・・・」
ムラマサが「巨人兵に志願させて仲間を殺しまくらせるでござるな」
「そういう他所のアニメの話はいいから」とエンリは困り顔。
「で、それって、どうにかならないんですか?」
そうリラが言うと、アーサーが「戦闘以外の思考力を低下させるから、道理で説得とかは不可能ですね。核となるイメージが解れば、それを打ち消すイメージを上書きする事も可能なんですが」
「そのイメージって、読心魔法で探れないかな?」とエンリが言った。
アーサーは捕虜を眠らせ、その精神に意識を潜り込ませた。
心の深層にある、深い恐怖。救いを求めて足掻く中、白衣を着たユーロ人男性のイメージが現れた。
(あれが聖者とかいう教祖の姿か)とアーサーは脳内で呟く。
アーサーは捕虜の深層意識に精神派を送り込み、そのイメージの書き変えを開始。
親が居て子が居て村の仲間が居て、彼等と酒を酌み交わし、笑い合う平和な日常のイメージ。
次第に恐怖に凍り付いた心の強張りを溶かしていく、捕虜の心。
そして捕虜は、穏やかな表情とともに目を覚ました。
「どんな気分ですか?」
そうアーサーが問うと、捕虜は「何だか、生まれ変わったような・・・」
アーサーは「自分が何をしていたか、憶えていますか?」
「ガナルガ皇帝のために戦っていた。我々を支配して仲間を奴隷として売った敵なのに」と捕虜は答える。
「聖者という言葉は解りますか?」
そう問うアーサーに、捕虜は答えた。
「解りません。ただ、何か恐ろしいものが・・・。そうだ、疫病だ。村が疫病に襲われ、彼はそれを救った」
アーサーは洗脳の解けた捕虜をピグミーに引き渡し、エンリたちに成果を報告する。
「疫病から救った聖者?」と言って一同、顔を見合せる。
「治癒魔法を使える術師って事かな?」とタルタ。
「けど、疫病の原因って虫だよね? 治癒魔法じゃ治せない筈なんだけど・・・」とニケ。
エンリが「その話は後にしよう。とにかく、洗脳の仕組みが解ったんだ。他の捕虜も同じ方法で脱洗脳出来る筈だ」
アーサーは他の捕虜たちにも脱洗脳の術式を施した。
洗脳から解放された捕虜たちは、戦士としてエンリたちの戦列に加わった。
そして、戦場で回収した鉄砲を彼等の武器に加えた。
コンゴ植民市に集う抵抗軍によるガナルガ軍撃退を知ったあちこちの部族が、抵抗戦に参加した。
まもなく、ガナルガは再び進軍を開始した。
コンゴ市の庁舎で作戦会議。
ムインド王子が発言。
「再度の攻勢でガナルガ軍が使う鉄砲を封じる策が必要だと思う。彼等はきっと対抗策を用意している」
「せめて祖霊像が到着したらなぁ」と現地人の呪術師。
エンリが「像を積んだ三頭の象、もうすぐ着く筈なんだが・・・」
抵抗軍に加わった部族の族長の一人が「象が像を?」
「それはもういいから」とエンリは困り顔で・・・。
その時会議室に、植民市の役人が知らせを持って来た。
「エンリ王子、祖霊像を背負った三頭の像が、砦の正門前に・・・」
会議参加者が顔を見合せる。
そして一同、声を揃えて「出撃ですね」
会議を解散し、出撃の準備が始まる中、エンリはリラに「いざという時は頼むぞ。合図は・・・・・・」
植民市から迎撃軍が発進。
やがて、先行する小鳥の使い魔が、ガナルガ軍の布陣を捉えた。
広い草原に布陣するその様子を、アーサーの水晶玉が映像で映し出す。こちらの動きを察知している事は明かだ。
アーサーが「鉄砲の射線が通りやすい所で迎え撃つつもりでしょうね」
「また雨を降らせて使用不能にしてやりますか?」とムインド王子。
エンリたちの司令部で、戦いの方針を決め、申し合わせ事項を確認し、隊列を整えて戦場へ。
鉄砲を構えるガナルガ軍に対し、ポルタ人とイギリス人の市民兵を中心とした鉄砲隊の一斉射撃で戦端を切った。
その背後と両翼に、弓矢と槍を持った現地人戦士の隊列。
ガナルガ軍の背後に多数のドラゴンが出現。
それに対してファフとミキティ、そしてトカゲとカメレオンのドラゴン。
更に、抵抗軍の呪術師たちがそれぞれの像を前に祈ると、彼等の祖霊が様々な巨獣となって召喚された。
ライオンにゴリラに犀にカモシカに鷲に鰐。巨獣たちとドラゴンとの格闘が始まる中、地上でも両軍戦士の壮絶な戦いが繰り広げられた。
抵抗軍側の鉄砲と弓矢の斉射に対し、ガナルガ軍が鉄砲を構えて反撃しようとした時、降雨の呪文の詠唱を終えたリラの魔法による、滝のような豪雨がガナルガ軍の火縄銃を襲った。
だが、彼等の無数の銃が火を噴き、バタバタと倒れる抵抗軍の兵士たち。
慌てる抵抗軍の司令部。
アーサーが看破の魔法を使ってガナルガ軍の鉄砲兵を観察する。
「あの鉄砲、火縄の所に雨避けが付けてあります」
「だが、銃は一発撃ったら再装填に時間がかかる。その隙に突撃だ」とムインド
エンリは「待て、それは甘いぞ」と彼を制止しようとしたが、ムインドは部下の兵たちを率いて突撃をかけた。
豪雨の中での一斉射撃の直後、サンシャ族の戦士たちが槍を構えて突撃した瞬間、射撃を終えた銃兵たちの背後から新たな銃兵が現れ、銃を構えて斉射。
次々に交代して射撃を行うガナルガ軍の銃弾に、削られていく兵たち。
「リラ、プランBだ」とエンリは指令。
リラは降雨の魔法を中断し、豪雨が止むとともに合図の太鼓が響く。
味方が一斉に耳栓を装着する中、戦場に人魚の歌が響いた。
セイレーンボイスの魔法により、ガナルガ側の兵士はバタバタと倒れて眠った。
「敵の無力化成功だ。今のうちに司令部を襲ってガナルガ王を撃つ」
味方の兵たちが眠っている敵兵を次々に捕縛する中、ムインド王子は部下の精鋭たちを引き連れて、眠っているガナルガ兵の倒れている中、敵陣中枢へと走った。
エンリ王子も部下たちを連れて、これを追う。
だが・・・・・・。
敵の司令部には、笏を掲げて風の神の助力を求める呪句を唱えるムインド王と、武器を構える彼の部下たちが居た
司令部の周囲では風の乱流が人魚の歌声をかき消している。
そして王の部下の呪術師が呪文を唱えると、地面に小さな無数の闇の魔法陣が現れた。
魔法陣からは一斉に右手が突き出し、死体のようなモンスターが這い出る。
アーサーが「ズンビーだ。奴は耳が聞こえない。セイレーンボイスは効かない」
「アンデッドなら光魔法だ」
そう言うと、エンリは光の巨人剣を抜いて、ズンビーたちを薙ぎ払う。
それをかわして迫るズンビーを、ジロキチが光属性の刀で、カルロが光付与のナイフで、ニケが光の銃弾で次々に仕留めた。
「なるほど、ズンビーには光か」
ムインド王子は笏を掲げて呪句を唱えた。
「光の神よ、助力あれ」
笏から発する浄化の光を浴びて、ズンビーたちは土へと還り、ガナルガ王と部下たちは一部の兵とともに撤退した。




