第41話 東方の海賊
ジャカルタからジパングに向って、北を目指すエンリ王子たちの船。
北に向かう潮流がある・・・という触れ込みだったのだが・・・。
船はなかなか北上しなかった。
「風が吹かないわねぇ」とニケが空を見上げる。
「季節風ってのがあると聞いたが」とエンリ。
「潮の流れはどうした」とタルタ。
ニケは説明する。
「こういう潮流ってのは、ときどき流れを変えるのよ。蛇行する潮流のはざまに入っちゃったのね」
そんな中でタルタが憂鬱そうに言った。
「それより、歯茎から血が出るんだが」
「林檎でも齧ったか?」とジロキチ。
「果物は全部腐って捨てただろーが」とアーサー。
「ちゃんと歯磨きしてないからでしょ。歯槽膿漏は怖いわよ」とニケ。
タルタは「毎朝やってるよ」
「それより体がだるい」とジロキチ。
「指を切った傷の血がまだ止まらない」とアーサー。
「ニケさんに振られた心の傷も」とカルロ。
ニケが「そういうのはいいから。歯磨きがいい加減なのよ。それにタルタ、口が臭いわよ」
タルタは「それ、滅茶苦茶傷つくんですけど」
ニケは「馬鹿な事言ってないで・・・って、ちょっと待って」
ニケはしばらく考え込む。そしてタルタの顔をまじまじと見て、言った。
「ちょっと息吐いてみなさい」
タルタが口を開けて、ハー・・・とやると、ニケが口元に顔を近づけて、クンクンと臭いをかぐ。
「あの、これって何のプレイ?」とタルタ、照れ顔になる。
ニケの表情がみるみる険しくなる。
そして「これ、壊血病じゃないの!」
「そういう病気って設定のお医者さんごっこ? 優しくしてね」と、相変わらず能天気な事を言うタルタ。
ニケは全力で怒鳴った。
「馬鹿言ってるんじゃないの! 船乗りが一番恐れる事態よ。船の上でこれが発生したら、全滅する可能性だってあるのよ。すぐ近くの港に」
「いや、風が吹かなくて船が動かないから、こんな事態になってるんだが」とアーサー。
ニケは「ファフを飛ばして物資の調達を」
「それがあいつ、昨日から腹壊して寝込んでるんだ」とエンリ。
「どうしたのよ」とニケ。
ファフが寝ている部屋に行くと・・・。
「まん丸いお魚が居て、美味しそうだから食べたら、お腹こわしちゃった」とファフ。
「河豚毒にやられたんだな」とエンリ。
「こんな時に」とアーサー。
「だからあのオレンジを捨てなきゃ良かったのよ」とニケ。
エンリは「いや、腐ったオレンジじゃ駄目だって」
まもなく人魚姫リラ以外の全員が動けなくなった
船室でベットを並べて病院船状態になるエンリ王子たちの船。
唯一動けるリラが、みんなの世話をする
エンリがリラに「いつも済まないねぇ」
「それは言わない約束でしょ」とリラ。
「ところでニケさん。物資の調達って言ってたけど、何を調達するんだ?」とアーサーが訊ねる。
ニケは「新鮮な野菜よ」
「塩野菜があるけど」とカルロ。
ニケは「塩漬けや加熱済みじゃ駄目なの。航海で長い事海の上に居ると、どうしても保存食に頼る事になる。それが原因よ」
するとエンリが「寒くて野菜の採れない所もあるけどね。ノルマンの北に居るサーミって呼ばれる人たちとか」
「その人達って壊血病にはならないの?」とニケ。
「そんな話は無かったなぁ」とエンリ。
ニケはしばらく考え込む。そして言った。
「その人達って何を食べてたの?」
「生肉だよ。生で食べれば病気にならないって言ってた」とエンリ。
「その病気が壊血病の事なんじゃ・・・」とジロキチ。
「そーいやさっき、野菜も加熱したら駄目って言ってたよね。もしかしたら肉とかも」とアーサー。
エンリは言った。
「生魚を食べるってのはどうかな。ジロキチの故郷では刺身って言って、食べてたんだよね?」
「生臭いだろ」とタルタ。
「醤油という調味料があるんだ。それがあれば美味しく食える」とジロキチ。
タルタが「実は醤油が秘宝とか」
「それは無いと思う」とジロキチ。
リラが人魚になって獲ってきた魚を捌いて切り身にする。
それを食べながらタルタが「やっばり生臭い」
「塩があるだろ」とアーサー。
「胡椒もあるぞ」とジロキチ。
「とにかく我慢して食べろ」とエンリ。
症状が緩和し、動けるようになる仲間たち。
風が吹いて船が動き出す。
北上していると、向こうから船が来るのが見えた
仲間たちが甲板に集まって、その船を見て、あれこれ言う。
「あれがジパングの海賊船か」とエンリ。
「あまり大きくないわね」とニケ。
「ここらへんの海賊は闇に紛れて船を襲うのが得意なんだ」とジロキチ。
「聞いた事がある。乗り込まれて斬り合いになったら滅茶苦茶強いそうだ」とタルタ。
「ジロキチさんみたいに?」とリラ。
ジロキチは照れて「それほどでもあるけどな」と言って頭を掻く。
「両足で刀持って曲芸するとか?」とカルロ。
アーサーは「それはこいつだけ」とジロキチを指して言った。
接近してきた船にジロキチが呼びかける
「お前等、海賊か?」
「これでも普段は商人なんだがな」と、その船の人が答えた。
彼等を見てジロキチは仲間たちに言った。
「あれ、ジパングの人間じゃないぞ。ミンの奴等だ」
向こうの船から二名乗り込んで来る。
「お前等はジパング海賊の仲間か?」とタルタが彼等に訊ねた。
「まあな。俺は鄭」と向こうの船の人が名乗る。
「俺は西から来た海賊のタルタだ」とタルタも名乗る。
鄭は言った。
「元々ミンでは私貿易が禁止されてたんだ。それで非合法で活動してるうちジパング海賊と繋がりができて、今じゃ海賊の八割はミン人だ」
「この近くに港は無いか?」とタルタが訊ねる。
「俺たちもそこに戻る所だ。案内してやる」と鄭は言った。
「助かる」とタルタ。
鄭は周囲に居るエンリたちを見て「お前等、壊血病にかかってたろ」
「まあな」とタルタ。
「港には医者も居る。滞在して療養するといい」と鄭。
「ところで、バスコという海賊を知っているか?」とタルタ。
鄭は「だいぶ昔に居た奴だな。ジパングの方に行ったと聞いている」
タルタは「そうか」と一言。
薬品を分けてもらい、エンリたちは元気を取り戻した
港に着く。
街の様子が殺気立っている。
「もしかして戦争か?」とエンリが鄭に訊ねた。
鄭は「シーノという勢力が攻めてきて、国土の北半分が奪われた。皇帝が逃れてきて、この地で抵抗している」
その時、役人と十数人の兵士の一団が、彼等を見とがめた。
「おい、そこのお前等、海賊だな?」
タルタは鄭に「こいつら役人か?」
「集まられると厄介だな」と鄭は顔を曇らせた。
エンリは鄭に言った。
「俺たちが食い止めてやる。一宿一飯の恩義だ」
鄭は「済まんな。警備隊の隊長に手強い奴が居る。長身で眉の太い面長短髪のマッチョが居たら気を付けろ。不思議な技を使うぞ」
エンリは「そうか」と一言。
エンリ王子たちが役人の前に立ちはだかる。先頭に立ったジロキチが言った。
「ここは通さん。奴等は仲間じゃないが、恩義があるんでな」
「ジロキチ、役人を殺すのは不味い」と後ろからエンリが・・・。
「峰打ちでいくさ。この程度の奴等なら余裕だ」とジロキチ。
襲いかかる兵士たちを四本の刀で薙ぎ倒すジロキチ。
数人を倒されて怯んだ役人たちにジロキチは「そいつら担いで引き上げるんだな。手当してやれば命に別状はない」
その時・・・。
「南方から来た者か。お前はジパングの剣士だな」
そう言って、役人の背後から長身の男が現れた。
眉の太い面長短髪のマッチョ。力を感じさせる強烈なオーラを放つ。
タルタがジロキチの肩をポンと叩いて言った。
「こいつがさっき言った奴だな。俺がいく」
ジロキチは「任せた」と一言。
男はタルタの前に立つ。
「皇帝直属の親衛隊長、ケンゴローだ」
男は両手を肩のあたりでゆっくり動かしながら精神を集中すると、目にも止まらぬ速さでタルタの目前に迫る。
「ウァター!」
奇声を上げて右手の人差し指でタルタの胸を突いた時、タルタは既に鉄化していた。
「お・・・俺の指がもう死んでいる」
そう呟くと、ケンゴローは左手で右手の人差し指を握って転げ回った。
「痛い痛い痛い痛い痛い突き指したーーーーー」
敵味方の間に残念な空気が漂う。
そんなケンゴローを見て、タルタは心配そうに言った。
「お前、医者に行ったほうがいいぞ」
「それよりお前、何だその体は」
ケンゴローはそう涙目で言いながら、心の中で呟いた。
(こいつ、経絡秘孔を消しやがった)
タルタは言った。
「俺には異能があって、全身を固い金属に出来るのさ」
「金属だと? どうやってそんな異能を手に入れた」とケンゴロー。
「不思議な木の実を食べた」とタルタ。
「そうか。お前達が海賊の仲間でないというのは本当か」とケンゴロー。
「海の上で漂流している所を助けられただけだ」とタルタ。
「それで恩義か。信じよう。それよりお前・・・」とケンゴロー。
「タルタだ」と彼は名乗る。
「医者に診て貰った方がいい」とケンゴロー。
タルタは困り顔で「いや、怪我してるのはお前だろ」
ケンゴローは言った。
「実はさっきお前が受けた技は西斗皇拳といって、皇帝の隣でその身を守る一子相伝の技だ。人間の全身を流れる経絡という気の流れを絶ち、人体を内部から破壊する。もしかしたら後で重大な後遺症があるかも知れない」
「どうする?」と互いに顔を見合わせるエンリたち。
エンリはケンゴローに「俺たち、実は船の上で壊血病になってたんだ」
ケンゴローは「その後遺症も見てあげよう。私たちの所に来るといい」
病院のベットで療養するエンリたち。
「悪い人達じゃないみたいで助かりましたね」とリラ。
「そうだといいんだが」とエンリ。
「タルタはどうした?」とアーサー。
「検査があるんだってさ」とニケ。
「あの経絡がどーしたってやつか」とエンリ。




