第409話 英雄と指導者
南方大陸で征服戦争を続けるガナルガ帝国との戦いのため、エンリ王子は帝国への抵抗を続けるサンシャ族の砦に赴き、合流を求めた。
サンシャ族を指揮するのは、ガナルガ王の甥にして国を追われたムインド王子。
彼はエンリの合流の申し出を断るが、母イヤングラが預言した味方として、エンリは歓迎を受けた。
だが、歓迎の宴の最中、ムインドは敵が送り込んだ刺客の凶刃を受けた。
戦士たちに紛れ込んだ暗殺者により、刃物で胸を刺されたムインド王子。
だが彼は、落ち着き払った表情で「懲りない奴等だな」
ムインドは刃物を抜いて笏を掲げ、胸の傷は一瞬で治癒した。
戦士たちに紛れていた十数人の暗殺者が、一斉に刃物を抜いてムインドに襲いかかる。
笏を手斧に変形させ、暗殺者の刃を受け止め、斬り返すムインド。
エンリは水の魔剣を抜き、自身と一体化する呪句を唱えると、ムインドの隣で暗殺者を迎え撃つ。
エンリとムインドが背中を預け合って戦う中、暗殺者の一人が突き出した刃物が、エンリの胸を貫いた。
「エンリ王子!」
ムインドがそう叫ぶと、エンリは笑って「大丈夫」と答える。
水の魔剣の力により、エンリの傷は一瞬で治癒した。
囲んでいた暗殺者を、ピグミーが弓矢の連射で次々に仕留める。マサイが槍で薙ぎ倒す。
周囲の戦士たちも武器を執り、まもなく暗殺者たちは一掃された。
暗殺者たちの遺体が転がる中、ムインドはエンリを見て「あなたも不死身なのですか?」
エンリは答える。
「これは水の精霊の世界から得た魔力です。生命は水の働きに拠るもので、この剣が水の精霊の世界と繋がり、それを操るため、私自身が剣と一体化し、私の命を保つ水の働きを操るのです。あなたのその笏も、神の加護というより、同じように様々な精霊の世界から得た魔力に拠るものだと思いますよ」
ムインドは戸惑い顔で「言ってる事がよく解らないのですが・・・」
エンリは思った。
(まあ、神の助力と言った方が解りやすいんだろうな)
戦士たちに遺体の処理を指図するムインド。
リラは転がる遺体を見て「何でこんなに暗殺者が紛れ込んでいるのでしょうか?」
「そもそも、ここの戦士たちって、部族の男性なんですよね?」とエンリも・・・。
ムインドは言った。
「征服された部族から逃げて来た者も多く居ます。来る者拒まずの自由参加ですので」
(それじゃ、スパイは入り放題だな)とエンリは脳内で呟く。
翌朝、エンリが外の空気を吸いに、宿とされた建物を出ると、ムインドが話しかけてきた。
「王になるというのは、どういう事なのでしょうか?」
エンリは「ある人が言うには、国を強くする求心力だそうですけどね」
「求心力って何ですか?」
そう問われると、エンリは首を傾げて「何だろう・・・・・」
残念な空気の中、エンリは思考を整理する。
「国が豊かになるように、方針を考えて民を導く・・・って事なのかな?」
「あなたはそれを考えているのですか?」
そうムインドが問うと、エンリは「どうだろう。むしろ民自身が考えていると思いますよ。コンゴの港は、取引する人達が造ったもので、国を豊かにしたのは彼等です。だから彼等に議会を作らせて方針を話し合わせる。つまり、商人の持ちたる国です」
「それは責任放棄ではないのですか?」とムインド。
「本来、民は誰もが豊かになる事を望みます。そのために、国民としての自らが豊かになれる国を願う。国が豊かになる事で、その一員としての自らも豊かになれるから」とエンリは言う。
「"実力ある者は国を頼るべきでは無い。広い世界に出て自らの力で成功を目指すべき。国を考えその立場を主張する者は自信の無い卑怯者"・・・と言う人も居ますけどね」
そうムインドが言うと、エンリは「それは愚かなマッチョイズムですよ。"新しい中世"とか言って時代の退行を主張し、結果として、とある列島国から30年を奪い、多くの人を不幸にして、凶悪な中華軍国主義に産業が移転し、世界を危機に晒した」
「マッチョイズムは愚かですか?」と言って、ムインドは戸惑い顔を見せる。
それに対してエンリは「愚かですよ。人は一人で豊かにはなれない。社会とともに豊かになる。そのために国がある。だから全ての国は、自国が豊かになる事を目指し、下手をすると、他国の足を引っ張ろうとする。ああいう人たちは単に、そういう他国による分断工作に騙されているだけです。本当の賢さや実力は、新しいものを発明して自分達の社会を豊かにする努力を実らせるものを言うのです」
「・・・・・・・・」
更にエンリは言った。
「人が豊かになるには二つの方法がある。一つは、国全体の富を大きくして、みんながより多くの富を受け取れるようにする。もう一つは、みんなから奪って自分一人が豊かになる」
「手っ取り早く解りやすく豊かになるのは、残念ながら後者です。そして、王とはそれが出来る立場だ。だからみんな王の地位を欲しがる。ガナルガ王はその地位を私に奪われないよう、私を殺そうとした」と言って、ムインドは唇を噛む。
「あなたは王になりたいのですか?」
そうエンリに問われて、ムインドは「彼のような王には、なりたくない。それは悪い王だ」
エンリは「では、良い王とはどんな王ですか?」
「自分の財産を民に分け与えるのが良い王だ」
そう答えるムインドに、エンリは「それって、誰かの財産の所有権を別の誰かに移す・・・という点では、同じですよね?」
「・・・・・・」
エンリの言葉を聞いて、考え込むムインド王子。
そんな彼にエンリは言った。
「他人から奪う事を道徳で否定するのは簡単です。けれども、それが駄目な本当の理由は、それでは本当の意味で豊かになれない」
「奪われた側が報復に来るからですか?」
そうムインドが返すと、エンリは「それもある。けれども、奪う事は奪われる側が持つ以上のものを奪えない。みんなが協力する事で、富を生み出す優れた仕組みを創る。それが本当の豊かさです」
「奪う事で、みんなより多く持つ事に、価値を感じる。そういう人も居ますよね?」とムインド。
エンリは語った。
「そして、その奪うという反道徳に快感を覚える。自分はそれだけ力があるのだと。世紀末の廃墟で一般人を殺しまくるヒャッハー野郎の感覚ですよ。その一方で、暗黙の威嚇で相手を脅して"自ら差し出したのだ"と無理やり言わせたり、"自分はそれを受け取る特別な地位にあるのだ"と言い募って、実質奪う事に対する道徳的否定から逃れようとする者も居る。けれども富は、それを自ら産み出した故にこそ権利がある。それは、人が知恵によって自らの意思で富を生み出す存在だから。それによって自らの世界を、より豊かなものへと前進させる存在だから。それが人の人たる価値だという事です。奪うという行為は、そうした富を生み出す努力を踏み躙り、世界を逆に後退させる。これは道徳ではなく論理の問題だ」
「その、より多くの富を生み出す仕組みというのは魔法ですか?」
ムインドがそう問うと、エンリは「科学ですよ。世界には様々な不思議があり、それには全部理由がある。それを解明すれば何でも出来る。魔法や神の助け無しに・・・ね。私の国では織物を人手をかけずに短時間で大量に作る仕組みがあります」
ムインドは驚き顔で「魔法を使わずに、どうやって?・・・・・」
「物の動きを変換するのです。川の水が下流に流れる動きを、回転する動きに変える事は可能です」とエンリ。
「ユーロ人が使う、水車というものですね?」とムインド。
エンリは「その回転運動を、往復運動に変える事も出来る。それを様々な仕組みを使って、織物を織る機織り具の動きへと変える」と解説する。
ムインドは嬉しそうに「それがあれば、女性を徹夜仕事から解放出来るじゃないですか」
「解放してあげたい女性が居るのですか?」
そうエンリが言うと、ムインドは照れ顔で「そりゃ、私は非モテじゃないですから」
その時、建物から現地人の若い女性が出て来た。かなりの美人だ。
「ムインド王子、朝食が出来ました」
ムインドは彼女を紹介する。
「婚約者のアリエルだ」
「婚約者ですか?」
そうエンリが驚き顔で言うと、ムインドは得意顔で「やらんぞ」
エンリは困り顔で「いや、要らないから」
「いい女だろ?」と彼女自慢を始めるムインド。
「そうですけどね」と、とりあえず同意するエンリ。
「それとも、半分蛇な女は嫌いか?」
そう勿体つけるムインドを見て、エンリは「もしかしてラミアですか?」
「あの鱗の感触が、また何とも・・・」と、ムインドの彼女自慢は特殊な方向へ・・・。
「そういうのは要らないから」と、エンリは更に困り顔。
すると、何時の間にか後ろに来ていたリラが、すね声で「エンリ様は鱗が嫌いですか?」
エンリは慌てて「そそそそそんな事は無いぞ」
「もしかして彼女もラミア?」
そうムインドが驚き顔を見せると、リラは「じゃなくて、マーメイドなんですけど」
エンリはムインドを見て、思った。
(この人って、もしかして蛇フェチ? いや、女性がドラゴンの花嫁になるっていう、ここでは普通の事なのかな?)
朝食が終わると、部族の主だった人たちが会議場に集まって、集会が開かれた。
エンリは改めて、ムインド王子と部族の人たちに共闘を求めた。
「植民市で戦っている人達と合流して欲しいのです」
族長のカシエムベが「彼等は所詮はよそ者です。国に還ればいいだけだ」
そんな彼等にエンリは「我々はどこぞの半島国から来た移民と違い、ここの人たちにヘイトを向けたりしません。そしてあの港は取引のための拠点で、その取引で互いに豊かになれます」
「取引というのは奴隷のか?」とムインド。
「我々は奴隷取引を禁じている。奴隷を扱っていたのはザンジという別の国の人が作った港ですが、あの港は既に陥落し、そこの人たちはガナルガと戦うために我々と合流しています。そして彼等だけではなく、帝国の支配から逃れた人達と共に戦っています」とエンリ。
エンリたちと同行した案内人が言った。
「私はそういう、帝国の支配から逃れた者です。この部族にも縁者が居るので、このエンリ王子の案内役としてここに来ましたが、他にも多くの難民が居て、皆さんの助けを待っています」
「ですが、戦士がここを離れれば、残った女や子供が報復を受けて皆殺しにされるぞ」と長老が言う。
「全員でコンゴに移ってはどうでしょうか?」
そうエンリが言うと、戦士の一人が「この村は我々の故郷だ。大切な親の形見もある」
もう一人の戦士が「子供の時に見つけた蝉の抜け殻が・・・」
更にもう一人の戦士が「綺麗な貝殻が・・・・・」
更に別の戦士が「生涯かけて集めたお宝本が・・・」
その時、村が騒然としている事に集会の参加者たちが気付いた。
会議場を出ると、あちこちで火の手が上がっている。
ムインド王子が呻くように言った。
「焼き討ちだ。きっと反乱参加者に紛れ込んだスパイの仕業だ」
入口警備の兵が駆けてきて急報を告げる。
「外から敵です。正門が攻められている」
「密林に隠れて隙を伺っていたんだろうな」とエンリは言って、魔剣の束を握りしめた。
正門に面した密林の中、襲いかかる七体のドラゴンに、ミキティとファフが立ち向かう。
ミキティが雨雲を呼んで、七つの雷で帝国兵たちを撃つが、ガナルガ王が水の壁を上空に張ってこれを防いだ。
ムインド王子が笏を持ってガナルガ王に立ち向かい、互いに炎を撃ち合って互角に戦う。
ガナルガ王と戦いながら、ムインドはエンリに言った。
「加勢は無用です。あなたは味方のドラゴンを助けて下さい」
「解った」
エンリはリラのウォータードラゴンの頭上で炎の巨人剣を振るい、ファフとミキティに加勢。
村に潜入して住居に放火した敵は、まもなく味方の戦士たちに一掃された。
だが、密林から攻め寄せるガルナガ兵は、高木の上から矢を射る者と地上で叢から襲いかかる者との巧みな連携で、味方の戦士を翻弄した。
カルロは持ち前の素早さで必死にナイフを振るい、彼の背後から襲いかかる敵戦士にタマは猫の姿でウィンドアローを連射する。
味方が押されまくる中、村に居た敵を一掃した戦士たちが密林での戦いに参加。
その中にピグミーとマサイが居た。
ピグミーはウォータードラゴンの頭上に居るエンリに向けて高木の上から叫んだ。
「どうなっている?」
エンリは「敵は密林の戦いに慣れている。分が悪すぎるぞ」と叫び返す。
「だったら、俺たちに任せろ」
そうピグミーは言うと、高木の上から周囲を把握し、そして大声で戦士の歌を歌った。
味方の戦士がそれに耳を傾ける。
「害猿の群れは太陽から三に。七と12から攻めたてろ。狼の群れは槍に続いて列を以て駆り出せ」
弓矢を持つ味方戦士が二つの集団を成して高木上の敵兵を探し、一斉に矢を射る。
マサイは6mの槍を掲げると、槍を持つ味方の戦士の先頭に立ち、超人的な視力が草藪に潜む敵を捕らえて一突き。
戦士たちはマサイを中心に列を成して前進し、藪に潜む敵兵を狩り出す。
襲撃戦を封じられた敵は一ヶ所に集結し、一丸となって砦に向かった。
これに立ち向かうため、サンシャ族側の戦士たちも集結する。
彼等の先頭に立つピグミーとマサイに、攪乱戦に出ていたカルロが合流する。
「奴ら、集団戦に移ったようですね」
そうカルロが言うと、マサイは「戦い方を変える時に生じる隙を付けば、敵の勢いを削げるかもしれない」
「だったらその隙は俺たちが作ります」とカルロ。
カルロとタマは敵の一画に斬り込み、混乱した所をマサイ率いる槍の戦士たちが突き崩す。そしてピグミーが弓の戦士たちとともに援護射撃。
一方では七体のドラゴンを相手にするエンリたち。
「やはり倍の敵には分が悪いですね」
そうリラが言うと、エンリは「何か策が必要だな」
エンリは地面に降りて土の魔剣に変え、大地との一体化の呪句を唱えた。
「汝大地の精霊。命の水溢れる豊穣の担い手。マクロなる汝、ミクロなる我が土の剣とひとつながりの宇宙たれ。敵なる魔獣立ちたる足場の不動を流動と変じて、その侵攻から森を守護せよ。大地流動」
敵のドラゴンの足元が泥沼と化し、ドラゴンたちは足をとられて動きを封じられた。
そして彼は味方のドラゴンたちに向けて叫んだ。
「今のうちに体制を立て直して、何とか敵を戦闘不能に持ち込むぞ」
その時、一体の敵のドラゴンが喉から血を噴いた。姿の見えない何かに噛み付かれている。
更に別の敵ドラゴンが肩に何物かの爪を受けて傷つく。
姿の見えない何者かに翻弄される敵ドラゴンたち。
間もなく敵は撤退した。
いつの間にか味方に加勢していたもう一頭のドラゴンとともに、姿を消していたドラゴンがその正体を現した。
そのドラゴンの頭上から降り立った老人に駆け寄るエンリ王子。
「来てくれましたか、ベルベドさん」




