第404話 百獣の大帝
南方大陸で征服戦争を続けるガナルガ帝国とイギリス東インド会社との奴隷貿易を阻止するため、エンリ王子たちは奴隷船を拿捕し、対価となる鉄砲を輸送するドレイク号を撃沈した。
だがドレイク提督は、使い魔のクラーケンを使って海底に沈んだ鉄砲を回収。
取引は成立したかに見えたが、ガナルガ帝国は対価として出された鉄砲を偽物だと主張して、イギリス植民都市ザンジに対する攻撃を開始。
帝国のユーロ人排除の意図を覚ったエンリは、ドレイクと協力してガナルガ軍との戦いに参加し、ザンジのイギリス人たちを退避させた。
イギリス人たちが撤退したザンジの街を占領するガナルガ軍。
焼け残った家々からは、食料はあらかた運び出されていた。占領軍は周囲の村々の焼き畑で、栽培中の芋を強制刈り取りして食料を確保。
後続部隊とともに、新たに派遣された将軍が、全軍の指揮をとった。
将軍は、廃墟となったザンジの焼け跡で、兵たちに拠点の設営の指示を出す。
そして部下たちに言った。
「イギリスという国から来たここの奴らは一掃した。あとはポルタという国から来た奴らの街を滅ぼせば、この地域は我々のものだ」
そんな様子を見る一匹のネズミが居た。
コンゴの港では、ザンジの難民船から多くのイギリス人が降り立ち、彼等の住む所と食料の確保が優先事項となった。
エンリたちは市長と、食料について話し合う。
「海で魚を獲れば、食料はある程度確保出来るよね?」
そうジロキチが言うと、アーサーは「けど、不漁の時ってあるからなぁ」
市長は悩み顔で「ただでさえ現地人難民が大勢居るのに」
カルロが「焼き畑を増やすとか?」
「芋を育てるにしても収穫は先だぞ」とエンリ。
リラが「そもそも、焼き畑のある村から逃げてきた彼等は今、何を食べているのでしょうか?」
「何だろう?」と全員、首を傾げた。
現地人難民たちに訊ねる。
「オムウェレロなら、たくさん獲れますよ」
そう答える難民たちに、市長が「ザンジの街からのユーロ人難民が当面食べる分が必要なのですが」
「任せて下さい。受け入れて貰えた恩もあります」と難民たち。
現地人たちは密林で調達した材料で、イギリス人難民のために炊き出しを行った。
具のたっぷり入ったスープを出されるイギリス人たち。
スープを食べながらイギリス人たちは「なかなかいけますね」
「この具のクニクニした食感が何とも」と一人のイギリス人難民が・・・。
もう一人のイギリス人難民が「けど、何でしょうね? 小さな具に手足みたいなのが・・・・・」
炊き出しをやっている現地人難民は言った。
「手足です。それ、シロアリですから」
「えーっ・・・・・・」
思いっきり嫌な顔をするイギリス人たちに、ドレイクが言った。
「とりあえず慣れろ。食べ物さえ何とかなれば、後はガナルガが攻めて来るのを迎え撃つだけだ」
「そもそも、そっちが深刻なんだが」とイギリス東インド会社の支部長。
「食べ物の方が大事だろ」と一人のイギリス人商人。
別のイギリス人「攻め込まれて殺されたら終わりだよ」
「腹が減っては戦は出来ない」と、更にもう一人のイギリス人商人が・・・。
ドレイクは「水だけでも一週間は保つ。殺される時は一瞬だ」
様子を見に来ていたエンリが口を挟む。
「ってか、どっちがとかいう問題では無いぞ。食料を確保しながら戦いに備えなきゃ、先ず訓練だよ」
「そーいや、奴らはやたら強かったね」とドレイクの部下の一人が言う。
別の部下が「ドレイク提督が大剣を振るって薙ぎ倒すのに、物怖じ一つしないとか」
ザンジ市民兵の隊長が「南方大陸の戦士は勇敢だって、本人たちが言ってた」
「いや、ガナルガ軍のあれは、むしろ洗脳か何かで恐怖心が麻痺してるんだよ」とアーサーが指摘。
エンリが「そういうのって、ここの民族性か?」
エンリは部下とともに、難民たちに訊ねてみる。
「戦士の勇気は、部族の祖霊の加護ですよ」
そうドヤ顔で言う難民たちに、エンリは「いや、そういう精神主義は別の話だと思うが」
「ってか、祖霊ってあのゴースト?」
そうニケが言うと、エンリたちは、かつて南方大陸で目にした二つの部族の戦争を思い出した。
「あれは他部族に対する怨念だから。あんなのばかりじゃ無いと思うぞ」
そうエンリが言うと、タルタが「ってか、祖霊の助力って、司祭とか呪術師とか、そういう人が居ないと駄目なんだよね?」
難民の一人が「私は司祭ですよ」と名乗り出る。
「それじゃ、祖霊の助力を仰ぐとか、出来るの?」
そうエンリが訊ねると、その現地人司祭は「祖先から受け継いだ精霊の像があれば」
「村にあるなら、とって来ればいいんだよね?」とアーサー。
現地人司祭は困り顔で「それが、ガナルガに没収されてしまいまして」
エンリは呟いた。
「あの国に関する情報が必要だな」
エンリは改めて現地人難民たちに訊ねた。
「ガナルガって、どんな国なの?」
一人の現地人難民が「何だか、やたら怖い国で」
もう一人の現地人難民が「やたら好戦的で」
タルタが「歴史を捏造して隣国に対するヘイトで国民を洗脳する教育を?」
ニケが「それでバンブー島を侵略して条約を破って謝罪しろとか賠償しろとか?」
「それは違う国の話だと思う」とエンリは困り顔で・・・。
「けど、皇帝がやたら女好きで」と一人の現地人難民。
もう一人の現地人難民が「ってか男が嫌いで」
更にもう一人の現地人難民が「男は邪魔とか言って親衛隊まで女で固めてる百合ん百合んな女帝」
「いや、皇帝は男性だぞ」
そう一人の現地人難民が言うと、エンリが「つまりバカマかよ。最悪だな」
カルロが「美女軍団とかいうハーレムを作って、首領様とか呼ばれて疲労回復館とかいう別荘を建てて、あちこちで未成年の女の子を拉致とか?」
「ってか、そういうのはどうでもいいから。洗脳軍団とか複数のドラゴンを揃えたりとか、どうやって? って話だろ」とエンリ。
「だから愛国教育とか言って、小学校で捏造歴史を教える授業で教師が"憎い"を連呼するとか、隣の島国を破滅の火矢で火の海にする絵を描かせて地下鉄通路に張り出して・・・」とジロキチ。
エンリが「だから、それは違う国の話」
アーサーが言った。
「ってかさ、そもそも何のためにこんな戦争を?」
現地人難民たち、首を傾げて「何でしょうね?」
やがて、カルロがザンジ植民市の跡地に残したネズミの使い魔が、ガナルガ軍の進軍開始の情報をもたらした。
その進路がコンゴ植民市を目指したものである事は、明かだった。
数日間、ガナルガ軍に対して結界魔法を使って、その進軍を妨害した。
食料の不足分は海に出て魚をとり、それなりに大漁だった。
連日の魚料理に「魚は飽きた」と言い出すエンリの部下たち。
昼食の魚の唐揚げを食べながら、エンリは不平を言う彼等を一喝する。
「贅沢言うな。タマなんか魚があれば文句は言わないぞ」
ジロキチが「いや、猫を基準にしても困るんだが・・・」
「ところでタマは?」
そうアーサーが言うと、タルタが「そういえば最近見てないぞ」
「猫缶の缶切りの音でも立てれば、出て来るのではござらぬか?」とムラマサ。
エンリが「ってか、タマっていえば、何か忘れてるような気がするんだが・・・・・」
その時、植民市砦の正面門のあたりが騒がしい事に、彼等は気付いた。
そして門番から報告。
「ガナルガが送り込んだ山猫の使い魔が・・・・」
正面門前に行くと、犬に囲まれている猫の姿のタマが居た。
「タマかよ。この非常時にどこに行ってたんだ?」
そう言うエンリたちに、タマは思いっきりの不満顔で「ガナルガの内情を探りに行ってたんでしょーが!」
エンリたちは思い出し、そして声を揃えて「そーだった」
時間は数日前に遡る。
タマは敵情視察の指令を受けて、ガナルダ帝国を目指して密林を歩いた。
「それにしても何よ、この気温は・・・。いくら猫が寒さに弱くて、雪がこんこん降る日は炬燵で丸くなる動物だって言っても、暖かいにも限度があるわよ。これもCO2とかいうのの影響かしらね?」と独り言を呟く。
その時、何匹もの中型の猫科の動物が、タマの行方に立ち塞がった。
「ようおチビさん。ここらへんは俺たちの縄張りなんでな。通行料を払って貰おうか」
その、安いチンピラを絵に描いたような動物キャラたちに、タマは思いっきりの軽蔑顔で「何よあんた達」
「俺たちゃハイエナ七兄弟」と声を揃えてハモるハイエナたち。
「六匹しか居ないけど」
そうタマが指摘すると、彼等は「そんな筈は無いぞ」
点呼をとるハイエナたち。
「一番」
「二番」
「三番」
「五番」
「六番」
「七番」
そして一番を呼応したハイエナが「ほら、ちゃんと七匹居るぞ」
タマは「四番が抜けてるけど」
「あれ? 三の次は五じゃ・・・って、あのチビ、どこに行った」
ハイエナたちを無視して先を急ぐタマを、慌ててハイエナたちは追いかけて取り囲む。
そんな彼等に「数も数えられない知能指数の低い下等動物に用は無いわ」
「いや、猫が数を数えないのは普通だと思うが・・・」
そうハイエナの一匹が言うと、タマはドヤ顔で「ここじゃどうだか知らないけどね、私はケットシーといって、猫の貴族なのよ。ちゃんと道理も弁えるんだからね。決闘だって正々堂々・・・」
すると別の一匹が「バトルロイヤルで一番強そうな奴を袋叩きにしようって他の奴を誘うような小狡い真似をして、疑われて自分が袋叩きになるようなのが正々堂々かよ」
「何で知ってるのよ」とタマ、慌て顔。
他のハイエナもあれこれ言う。
「ってか猫の貴族って何だよ。四民平等特権身分反対だ」
「そーだそーだ」
「ハイエナ舐めんなよ」
そんな事を言うハイエナに、タマは「学ラン着て二本足で立ったりする人?」
「何の話だよ。ライオンみたいな迫力は無くても、顎の力は凄いんだぞ。噛み付いたら雷が鳴っても離れないんだからな」
そうハイエナの一匹が言うと、タマは「それ、スッポンとかいう食用亀の決め台詞なんだけど、あんたらのろまな亀なの?」
「馬鹿にしやがって! やっちまえ!」
そう叫んで一斉に襲いかかるハイエナたちに、タマは「サンダーボルト!」
魔法攻撃で撃退されるハイエナたち。
「今日はこれくらいにしといてやる」と、定番の逃げ台詞を残して・・・・・・。
「あー疲れた。とにかく先を急がなきゃ」
そう呟いて先を急ぐタマの前に、一頭の大型肉食獣が立ち塞がる。
「おい、そこのお前」
「ボス、こいつです」
そう言って、先ほどのハイエナたちが再び出て来る。
そのボスと呼ばれた大型肉食獣は、鋭い眼光と見事な鬣の、真っ白な毛に覆われたライオン。
その迫力を前に、タマは金縛りにあったように立ちすくむ。
そしてタマは思った。
(こいつには勝てない)
ポシェットの中の、切札のマタタビ酒を掴む。
「わわわわわ私が何を・・・・」
ハイエナの一匹が「こいつ、俺たちのねぐらに忍び込んで、子供のご飯に用意していた川魚を盗んだんです」
「そう言ってるが」と白いライオン。
タマは溜息をつくと、記憶の魔道具を出して映像を再生。
映像の中でハイエナが「ようおチビさん。ここらへんは俺たちの縄張りなんでな。通行料を払って貰おうか」
ライオンはハイエナたちを睨む。
「おい!」
「失礼しましたー」と言い残して、ハイエナたちは逃げて行った。
白いライオンは溜息をついて、タマに向って頭を垂れた。
「部下がとんだ濡れ衣を」
タマは「解ればいいのよ。じゃ、私は先を急ぐんで・・・」
「どこに行くんだ?」
そうライオンが訊ねると、タマは「ガナルガっていう人間の国よ」
「道は知ってるのか?」
そうライオンが言うと、タマは「それは・・・」
白いライオンは名乗った。
「俺はパンジャ。ここらへんの動物を仕切る百獣の王だ」




