第401話 奴隷の大陸
ここはロンドン。
ニケがイギリスのとある大商人と、彼の商館で取引をしていた時・・・。
ニケと取引相手が話し合いをしていた応接間に、取引相手の使用人が報告に来た。
「あの、ニケさんに会いたいという方が三名ほど、来られているのですが・・・」
「取引中なんだけど、お金を持っていそうな人?」
そうニケが問い質すと、使用人は「どうやら無一文みたいで」
ニケは事も無げに「追い返してよ。貧乏人に要は無いわ」と言い放つ。
「ですが、ニケさんという人に会えって言われたと」
そう使用人が言うと、彼の主人である大商人は溜息をつき、使用人に「何かの間違いだろ。そいつ等、この人がどんな人か知ってるのか?」
使用人は困り顔で「必ず助けてくれると言われたそうです」
「人違いだ。彼女は金の亡者だぞ」
そう大商人が断言すると、使用人は「お金は無いけど、金貨40枚で売れる商品を三つ持っていると・・・・」
その言葉に、ニケの何かが反応した。
「金貨40枚? その三人って南方大陸の人?」
「そのようです」と使用人。
ニケは大商人に言った。
「会うわ。取引は中止よ。他の相手を探してちょうだい」
ニケは別室で、彼女を頼ったという三人と会う。
いかにもな粗末な彼等の身なりは、ニケにとっては予想通りだった。
「あなた達、逃亡奴隷ね?」
そうニケに問われて、彼等は「はい」と頷く。
ニケが「誰に追われているの?」と問うと、彼等は答えた。
「イギリス東インド会社です」
そして・・・・・・・・。
ポルタ城の執務室では、種類の山を相手にハンコ突きに追われるエンリ王子が居た。
傍らには、ボンテージスーツに身を固めた宰相が、鞭を手に監督中。
「この書類は今日中に処理を終えて頂きますからね」
そう言って鞭を鳴らす宰相に、エンリはうんざり顔で「俺は奴隷かよ」
「君主は国家第一の奴隷ですぞ」
そう宰相が言うと、エンリは更なるうんざり顔で「あんな外道の台詞を引用するんじゃ無いよ」
宰相は「国家を大きくする速度では、現ユーロの君主の中で彼は最速です。ここは何より効率優先かと」
「どんなブラック企業だよ」と言ってエンリ、溜息。
「いえ、ブラック国家と呼ぶべきかと」と宰相は突っ込む。
「それ、南方大陸の人たちに対する差別と言われるぞ」
そうエンリが言うと、宰相は「大丈夫です。人権運動の人たちが作った言葉ですので」
エンリは言った。
「それってリベラルとか言ってる奴らだよな? あいつらは偽物の人権家だ」
その時、通話の魔道具に着信。
ロンドンに居るニケからだ。
「どうした?ニケさん」
そう呑気に言うエンリに、ニケの真剣な声が通話の魔道具から響いた。
「今すぐ助けに来て!」
エンリは不審声で「何をやらかした? 賭けでイカサマか? 取引の詐欺行為がバレたか? それとも、何か盗んで追われているとか?」
「私を何だと思ってるのよ。逃亡奴隷を匿っているの」とニケ。
エンリの表情が変わる。
そして「どこに居る?」
「港の倉庫の樽の中よ」と答えるニケ。
「解った。それでどこの港だ?」
そう問うエンリに、ニケは「ロンドンよ」
エンリは通話を切ると、その場に居たリラに「今すぐロンドンに行くぞ。ファフを呼べ」
だが、宰相はエンリを書類仕事から逃がすまいと「その前にこの書類を・・・」
エンリは溜息をつくと「リラ、やってくれ」
「いいんですか?」
そう困り顔でリラはエンリに確認。
そしてエンリが無言で頷くと、彼女は氷魔法で宰相を氷漬けに。
エンリは氷の中の宰相に言った。
「用が済んだら出してやるから、そこでおとなしくしてろ」
エンリはリラと二人でファフのドラゴンの背に乗り、空路をロンドンへ。
ロンドンの港の倉庫では、東インド会社の自警団が、ニケを頼って逃げた奴隷を捜索中。
積んである木箱や樽を片っ端から開けて調べている。
そうした樽の一つの中で息を殺す、ニケと三人の逃亡奴隷。
ニケは脳内で呟く。
(奴等がこの樽を開けるのも、時間の問題ね。その前に飛び出して銃撃戦という事になるわね)
彼女は短銃と麻酔の煙玉を握りしめる。そして、脳内で自分が居る倉庫の様子を図に描く。
追手が居るのはどこか。
倉庫から脱出するルートは。
出入り口を固めているであろう敵を、どう撒くか・・・・・。
エンリとリラが乗るドラゴンが、そんな港の上空へ辿り着いた。
テームズ河岸に構築された岸壁と、係留されている多数の大型船。
その内陸に並ぶ倉庫群。
「港の倉庫って、あれだよな?」
そうエンリが言うと、リラが「けど、たくさん並んでますよ。どの倉庫でしょうか」
「ファフ。一発派手に吠えてやれ」とエンリは号令。
「了解」
ドラゴンの雄叫びが港に響く。
それに応えるように、立ち並ぶ倉庫の一つの屋根を突き破った信号弾が、宙で炸裂。
「あそこか!」
そうエンリが叫ぶと、ファフのドラゴンは信号弾の上がった倉庫に急降下。
その屋根を破壊して中を覗くと、蓋の開いた樽を囲んで銃を構える警備兵たちと、樽の中からドラゴンを見上げるニケが居た。
「こっちよ」とニケは叫ぶ。
エンリは風の巨人剣で銃を持つ兵たちを薙ぎ倒し、ニケと三人の逃亡奴隷を救出。
そして彼等はポルタへ飛び去った。
ポルタ城に戻ったエンリは、部下たちを集めて三人から話を聞く。
「ガナルガ帝国がイギリス人から鉄砲を輸入し、軍隊で周囲の部族に征服戦争を・・・」
逃亡奴隷の一人がそう語ると、エンリは「その鉄砲の代金として捕虜を奴隷に売ってるって訳か」
「ポックリ男爵がやってたのと同じだな」とタルタ。
「最近の奴隷商人の毎度のパターンですよ」とアーサー。
すると、もう一人の逃亡奴隷が「捕虜だけじゃ無いんです。支配下の部族の村から税として奴隷を。どうにかして止めて欲しいんです」
「場所は?」
そうエンリが問うと、三人目の逃亡奴隷が「奴隷として積み出されたのはザンジの港です」
「コンゴの植民都市の近くにあるイギリスの植民都市だな」とエンリ。
そして奴隷たちは言った。
「ガナルガ帝国は、密林の中の川を遡った上流にあります」
とりあえずの状況を把握すると、エンリは言った。
「それより、見直したよ、ニケさん。このために取引を中断したんだってね」
調子に乗ったニケは「だったら保障して貰えるかしら。中断した取引の利益機会喪失分」とか言い出す。
「はぁ?」
「奴隷貿易の規制はポルタの国家方針よね? そのための損失を補填するのは当然よね?」
そうニケが続けると、エンリはうんざり顔で「これってニケさん自身のポリシーの問題だよね?」
「けど、この動きを潰すために動くのって、国としての仕事よね?」とニケは主張。
エンリは「イギリスがやってるのは対象外で、ボルタとしてではなく俺個人としての行動だ。そもそも財務局がそんな予算出さないぞ。・・・・・ってか、俺の感動返してくれ」
そしてリラが言った。
「それと王子様。宰相さんが氷漬けになったままなんですが」
「あ・・・」
その後しばらくの間、宰相は風邪で寝込んだ。
エンリは部下たちとともに、タルタ号で南方大陸西岸のポルタ人植民都市コンゴへ向かった。
港に着くと、植民都市は現地人で溢れている。広場や道端に粗末なテント。疲弊しきった人々。
「彼等、どうしたんだ?」
そうエンリが街の人たちに訊ねると、「ガナルガ帝国の侵略を逃れた周辺部族の難民ですよ」
「どうにかしなきゃ、ですよね」
そうリラが沈痛な面持ちで言い、エンリも頷く。
とりあえず庁舎に行って、市長に話を聞く。
「ガナルガ帝国ってどんな国なんだ?」とエンリが問うと、市長は腹立たしげに語った。
「鉄砲で武装した強力な軍団を擁して、官僚組織で周囲の部族を管理し、秘密警察による密告網で独裁政治を敷いているとか。シェムウンド王という専制君主が居て、七人の妻を娶ってやりたい放題の家庭内専制君主だそうで・・・」
エンリは「先代スパニア王は側室が33人居たけどね」
「けど一桁ならいいって話じゃ無いです」と、斜め上方向に怒りを向ける市長。
「そういうのはいいから」
そう困り顔で言うエンリに、市長は「いえ、言わせて下さい。妻だけでなく一族の女性に無理な命令で束縛する亭主関白な九州男児」
「お前、フェミ何とかの影響受けてないか?・・・ってか無理な命令って?」
そうエンリが問うと、市長は「男児を産むなと」
「・・・・・つまり王家から男を排除して百合ん百合んな王宮生活を?」とジロキチあきれ顔。
「単に極端な女好きの萌え豚かよ」とタルタもあきれ顔。
「女好きが過ぎてバカマと化した挙句、王族に男は邪魔だとか、あんまりな男性差別じゃないですか」
そう市長が言うと、エンリは疑問顔で「けどさ、男を産むなったって、産み分けなんて出来るの?」
「けど実際産まれたのはみんな女だそうです」と市長。
エンリはアーサーに「そういう呪法でもあるのか?」
アーサーは「私は知りませんが、そんなのがあったらイギリスのリチャードさんやフランスに来てるオスカルさんの父親が無茶苦茶喜びますね」
そんなグダグダな会話を遮るように、ニケが「滅茶苦茶どーでもいい話だと思うけど」
「確かに」と全員頷く。
ニケは「全然お金にならないじゃない」
「そっちかよ」と全員がっかり顔。
「とりあえず、どうしますか?」
そうアーサーが言うと、エンリは「先ず情報収集だな」
「どっちを?」
「どっちって?・・・・・・・・」
そんなアーサーとエンリの間抜けな問答を断ち切るように、リラが「イギリス東インド会社か、それともガナルガ帝国か・・・ですよね?」
エンリは暫し思考を巡らす。
そして「どっちも必用だな。もしイギリス人が奴隷貿易で儲けるために煽ってるってんなら、止めさせる必用がある」
「そっちは俺が行きますよ」
そう言うと、カルロは装備を整え、イギリス人のザンジ植民都市へ向かった。
「それで、ガナルガ帝国は・・・」
そうエンリが言いかけると、タマが「私が行くわ」
「ここに飼い猫なんて居ないと思うが・・・」
そうタルタが心配顔で言うと、タマは「密林には、いろんな猫科の動物が居るわよ」
「異種族だが、大丈夫か?」とエンリ。
タマはマタタビ酒の小瓶を出して「いざとなったらこれがあるわ」
そして市長が言った。
「それともう一つ。ガナルガの軍なんですが、複数のドラゴンが居ます」




