第40話 秘宝で美食
インドから更に東のジャカルタに来たエンリ王子一行。
港で情報収集を始めた。
酒場に居る人に話を聞く。
「お宝ねぇ」と酒場の人。
酒場の客の一人が「ある意味ここは宝の山だからな」
「どこにあるんだ?」とエンリが訊ねる。
「あの密林の中さ。商人たちが探しに来るんだけどね」とその客は答えた。
「商人ってアラビアから来た奴等だよね?」とアーサー。
「そんなに競争相手が居るんなら、先をこされたらたまらんな」とタルタ。
すると、一人の現地人の男が口を挟んだ。
「そう簡単じゃないです。何しろ深い密林なんで、土地を知らない人が入ると迷子になります。何人もの人が行方不明になってて、一歩足を踏み入れると、遭難者の遺骨があちこちに。自殺の名所とも言われてます」
「だって陸地だろ?」とジロキチ。
「筏で大海に出るより危険ですよ。樹海と呼ばれているくらいですから」とその現地人。
「どこかで聞いたような話だな」と言うエンリに、現地人の男は言った。
「地形を知っている私が案内しますよ。案内料として金貨20枚でどうですか?」
現地人の案内で密林を歩く。
歩きながらエンリはアーサーに「なぁ、さっきの話って」
「売り込み用に話を盛ってるんでしょうね」とアーサー。
「けど、すごい密度の下草だぞ」とタルタ。
「南方大陸の密林より酷いな」とジロキチ。
「遭難者の遺体とか言ってたけど」とカルロ。
「あれは話を盛ってるだろ」とエンリ。
そんな中でニケが「疲れたわね。こんな所にちょうどいい椅子代わりがあるわ」と言って、それに腰を下ろす。
現地人は「それ、遭難者が背負ってた背嚢ですよ」
背嚢の下に遭難者の死体が・・・。
そして、ニケの悲鳴が密林にこだました。
騒ぎが納まり、「あーびっくりした」とニケ。
「遭難者の遺体って本当だったんだ」とアーサー。
エンリが「こりゃ現地人の案内は必要だな・・・って、その案内役はどこに行った?」
金貨20枚で雇った案内人の姿が消えているのを見て、タルタが憤った。
「あいつ等、金だけ取って逃げやがった」
「どーしよう」とニケ。
「とにかく戻ろう」とアーサー。
エンリが「来た道を引き返せば戻れるだろ」
密林の中を歩くエンリ王子たち。
「随分歩いたけど」とタルタ。
「町まであと、どのくらいでしょうか」とリラ。
「それより、ここ、見覚え無い?」とニケ。
「もしかして、同じ場所をぐるぐる」とアーサー。
「まさか、探検ネタの漫画じゃあるまいし」とエンリ。
「一休みしようよ。疲れてたら考えもまとまらない」とジロキチ。
そんな中でニケが「こんな所にちょうどいい椅子代わりがあるわ」と言って、それに腰を下ろす。
それを見てカルロが「それ、さっきニケさんが座った遭難者の背嚢」
下に遭難者の死体。ニケの悲鳴が密林にこだました。
全員唖然。
そして「さっきの所に戻っちゃってるじゃん」
「ファフが居れば空飛んで帰れるだろ?」とタルタ。
ファフは「お腹が空いて変身できない」
「どうするのよ」とニケ。
「俺も力が出ない」とジロキチ。
「俺も」とカルロ。
「アーサー、魔法でどうにかしろ」とエンリ。
アーサーは「私も魔力切れみたいで。暑くて体力の消耗が激しいんですよ」
「こんな所に魔獣でも出たら、どーすんだ」とカルロ。
「腹減った」とタルタ。
「水はもう無いの?」とニケ。
その時、目の前に巨大なトカゲが現れた。地元民がグランガチと呼んでる魔物だ。
「本当に魔物が出やがった」とジロキチ。
「誰かどーにかしろ」とエンリ。
「腹減って動けん」とタルタ。
その時、ファフがいきなり元気になった。
「ご飯だぁ」
そう叫ぶとファフはドラゴンに変身して、大トカゲを一呑みにする。
腹を満たして元気になったドラゴンのファフの背中に乗って町を目指す。
ファフの背中で王子がニケに言った。
「あのさ、あの森で磁石を使えば、迷わされずに真っ直ぐ帰れたんじゃないのか?」
ニケは「やってみたけど駄目だったの。針がぐるぐる回るだけで、ちゃんと北を指さないのよ。どうやら使えない土地ってあるみたい」
「そもそも、何で磁石は北を指すんだろうな?」とジロキチ。
タルタは「そりゃ、俺たちが便利に冒険できるように、神様が作ってくれたんだよ」
「合理主義精神はどうした」と全員あきれ顔。
ニケは「多分、球体大地の性質と何か関係あるんだと思うわよ」
「にしても腹減った」とタルタ。
「みんなも食べる?」と言ってファフは食べ残した魔獣の片腕を出す。
「いらない・・・ってかよくんなもん食えるよな」とアーサー。
「そりゃドラゴンだもん」とカルロ。
ファフは「これ、美味しいよ」
港に行ったらエンリたちの船が無い。
「どうなってる?」とエンリ唖然。
「俺たちを騙した奴等に盗まれたんだよ」とアーサー。
「どうするよ。船が無きゃ旅を続けられない」とタルタ。
「あいつら、今度会ったら、ただじゃおかない。絶対捕まえてやるわ」とニケ。
「どうやって探すよ」とジロキチ。
「あそこに居るけど」とファフが言って、広場の一画を指した。
港に面した広場で、さっきの案内人が別のカモを口説いている。
三人組の冒険者に密林の危険を語っている詐欺師。
「一歩足を踏み入れると、遭難者の遺骨があちこちに。自殺の名所とも言われてます。地形を知っている私が案内しますよ。案内料として金貨20枚でどうですか?」
エンリ達はその詐欺師の背後から声をかけた。
「おい、そこのインチキ案内人」
詐欺師はエンリたちを見て唖然。
「あんた達、遭難して森の死体の仲間入りしたんじゃ・・・」
「生憎だったな。俺たちの船盗んだのもお前だろ」とタルタが凄む。
「返しますから命だけは」と詐欺師は平身低頭。
そしてタルタは、詐欺師のカモになりかけていた三人組に、恩着せがましく・・・。
「という訳だ、あいつ、とんでもない詐欺師だ。あんたらも危なく騙される所・・・」
すると三人組の一人が「お前、タルタじゃないか」
アデンの港で別れたアリババだ。そして他の二人も・・・。
「アラジンにアリババにシンドバット。こんな事で何やってるんだ?」と驚くタルタ。
「ここの商館長に頼まれて、グランガチっていうトカゲ型の魔物を退治するんで、森に入ろうとしてたんだが」とシンドバッド。
「その魔物ならこいつが・・・」とタルタはファフを指して言った。
ファフは「美味しかったよ」
「もう退治しちゃったのかよ」とアラジン。
だがシンドバッドは「けど、まだ居るかもしらん、もう一度森に入る必要はあるだろうな」
金と船を取り戻すと、詐欺をやっていた案内人に縄をつけて先頭を歩かせ、森に入る。
タルタは案内人を繋いだ縄を持って「キリキリ歩け」
「危ないんですよ。このへんの遭難者も大抵奴等にやられたんです」と案内人。
「それを退治するために来てるんだがな」とアリババ。
するとシンドバッドが、いきなり「止まれ」と一同を制した。
シンドバットが右手を上げて合図する。
「居るな」
その彼の一言で、一行の間で緊張が走る。周囲の気配を探るアラジン。
「囲まれてる」
そのアラジンの言葉で、全員、武器を手に取る。
そしてアラジンが「来るぞ」と叫んだ。
四方から襲いかかるグランガチ。
タルタが立ち塞がり、数体のグランガチが鉄化したタルタに噛み付くが、歯が立たない。
これをエンリが炎の魔剣で切り伏せる。
ドラゴン化したファフの背中でアーサーが魔法攻撃。ウォーターカッターの鋭い水の刃で魔物を切り裂く。
ドラゴンが次々にグランガチを呑み込み、アラジンが召喚したジンが踏みつけ握りつぶす。
ドラゴンの上からニケの短銃とカルロの投げナイフで目を潰したグランガチを、ジロキチとシンドバットが止めを刺した。
向こうから魔法の絨毯に乗ったアリババが戻ってくる。
そして「向こうに居た奴は全部片づけた」
「あらかた退治したな」とシンドバッド。
タルタが「わりと簡単だったじゃん」
「このメンバーならな」とアリババ。
一仕事終えた所で、エンリがアリババに訊ねた。
「ところで、この密林にお宝があるって聞いたんだが」
「そりゃ、アレだろ」
そう言ってアリババが指さした木の枝を、ニケが確認する。
ニケはそれを見て「これ、胡椒じゃないの。一グラムの粉が一グラムの金と交換されるっていう、超高級品よ」
アリババはさらにニケに「向こうの草原に行ってみろ」
ニケがそこに行くと、背の高い固そうな草が生えている。
ニケはそれを調べて「サトウキビじゃないの。絞った汁を乾燥させると砂糖が採れるわ。これも一グラムの粉が一グラムの金と交換される・・・。こんな所に勝手に生えてるのを、あんな高値で売り付けてたなんて冗談じゃないわ」
エンリは「そもそもただの調味料を同量の金で買う方がおかしいだろ」と言って溜息をついた。
そしてニケは、更に脇に生えている木に実っている丸い実に気付いて言う。
「あれ、オレンジじゃないの」
タルタは「あれも調味料かよ」
ニケは「果物よ。けどあれを食べる事で壊血病を防げるの。船乗りの業病って呼ばれている恐ろしい病気なのよ。あれがあれば、壊血病を解決できるわ」
「かいけつ病をかいけつ?」とエンリ。
周囲に残念な空気が漂う。
ニケが顔を赤くして弁解した。
「言っとくけどわざとじゃないからね」
エンリは「解ってるって」
「かいけつ病をかいけつ」とタルタ。
「隣の家の塀より寒いな」とジロキチ。
ニケは「だからわざとじゃないって」と言って口を尖らせた。
ニケが採集した胡椒とサトウキビの種。そしてたくさんのオレンジ。
それを自分の背嚢に、そして仲間たちの背嚢にも詰め込むニケ。
それを持って、王子たちは引き返す。
密林では多くの地元民が忙しそうに働いていた。
「念話の魔道具で退治完了を知らせたのさ。これで遭難者の遺体を回収して葬式をあげてやれる」とシンドバッド。
退治したグランガチの死体を運び出す地元民たち。
彼等を指してアリババが「こいつの肉って、実はかなりの御馳走なんだよ」
「本当に美味かったんだんだ」とエンリは言って、嬉しそうなファフを見た。
その夜は街を上げての宴会になった。
グランガチの肉を使って様々な料理。
胡椒を始めとした何種類ものスパイスを惜しげも無く使う。
街の女性たちに混じって人魚姫も料理に参加。
カルロが女性たちにちょっかいを出しながら料理の腕を振るう。
串焼き肉を頬張りながら「やっばり美味いな」とタルタ。
「この淡泊な風味に利くスパイスの香ばしさが何とも」とアーサー。
「このまったりした脂身は何だろう」とスープの具を味わうカルロ。
「脳髄ですよ」と街の人が説明。
ニケは背嚢を抱えて「このオレンジはあげないからね」
「高値で売れるってんだろ?」とエンリが笑う。
ニケは「じゃなくて壊血病対策よ。船乗りの最大の死因はこれなんだから、この病気を克服できれば、それこそ海を支配できるのよ」
こうして胡椒とサトウキビの種、そしてオレンジを積み込んだ船はジャカルタの港を発った。
ジャカルタを発つ時、タルタはアリババに訊ねた。
「大海賊バスコはどっちに行ったと思う?」
アリババは言った。
「海賊の勘だが、多分ジパングじゃないかな。あそこには海賊の大勢力があって、大陸沿岸一帯で活動している」
出航して数日後、ニケが積み込んだオレンジには、びっしりと黴が生えていた。
黴だらけのオレンジを前に「何でこうなるのよ」と言って悲嘆に暮れるニケ。
「そりゃナマモノだから腐りもするさ」とあきれ顔のタルタ。
ヤケクソなニケは「こうなったら食べてやる。世界の海を支配できるお宝なのよ。腐ったから捨てるなんて冗談じゃないわ」
仲間たちは必死に彼女を止めて、言った。
「止めなよ。壊血病より前に食中毒で死んじゃうよ」




