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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第388話 ワクチンの誕生

エンリ王子たちがインドで行った疫病対策と同じ原理による天然痘予防法を開発したイギリスのジェンナー。

パスツールの求めで、そのジェンナーの手助けのため彼の療養所を訪れたエンリたちは、牛の体液を使った天然痘予防で牛になるという噂が、その普及の障害となっている事を知る。

これを迷信だと人々に理解させるため、彼等は魔法ショーを行った。


この魔法ショー以降、牛の体液を使った天然痘予防で牛になるという噂が迷信だと理解する人達は、次第に増えた。

予防接種の希望者も増え、そのやり方にも改良が施された。



予防接種が順調に進み、その日の朝食の後、ジェンナーはエンリたちに礼を述べる。

「皆さんのおかげで、天然痘予防は随分と定着しました」

「そりゃ良かった。ところで、牛の天然痘の話って、何時頃から知られていたんですか?」

そうエンリが訊ねると、ジェンナーは「昔からの言い伝えですよ。乳しぼり女は天然痘にかからない、という・・・」


カルロが「若いお姉さんの乳では駄目ですか? いつも揉んであげているんですけど」

ニケがカルロの後頭部をハリセンで叩く。

そして「そういう話じゃないでしょ!」

ジロキチも「そうだぞ。妊娠してない女性は母乳が出ない」

「そういう話でも無いんだけど」と、ニケは困り顔で・・・。


「けど、天然痘以外にも人間の脅威となる病気は、いろいろありますよね?」

そうエンリが言うと、ジェンナ―は「そういうのも同様に、病原菌を特定して、同じように弱い菌を植え付けて抵抗力をつける・・・というやり方で、予防法は必ず作り出せるのではないかと思います」

ワトソン医師が「けど、牛の天然痘みたいなのが、どの病気にもある訳じゃ無いからなぁ」

パスツールが「加熱や薬液で弱くする、というのはどうかな?」

タルタが「主人公がレベル1の時に、経験値を稼ぐために仲間がモンスターを半殺しにしたのを止めを刺す・・・みたいな?」

「まあ・・・そんな所か」とパスツールは困り顔で・・・。

残念な空気が漂う。



その時、部屋にジェーンが駆け込んだ。

「お父さん、急患よ」

「天然痘か?」

そうジェンナーが言うと、ジェーンは「それが・・・」



担ぎ込まれた患者を診察するジェンナー。

患者は中年男性で、苦しそうに腹痛を訴えている。

「腸チフスですね」

そのジェンナーの診断を聞いて、パスツールの顔色が変わった。

「腸チフスは私の子供の命を奪った病気です。感染力の強い疫病で、恐らく、付近に保菌者がかなり居る筈です」とパスツールは表情を曇らせる。


「腸チフスについての対処法は?」

そうエンリが訊ねると、パスツールは「これからです。病原菌を特定して天然痘のように予防法を探るにしても、今からでは患者を救えない」

「とにかく、従来通りの対処療法に頼るしか・・・・」とワトソン医師。



エンリは思考した。

インドでガンディラと熱病を治すポーションを作った時の事を思い出す。

あの時みたいな事が、水の魔剣を使って出来ないだろうか。


「人体で何が起きているか、観察できるかも知れない」

そうエンリが言うと、パスツールは驚き顔で「そんな事が・・・・・」

エンリは魔剣を示し、そして言った。

「この魔剣で水を操る事が出来る。そして人体の大部分は水です。命も水の働きに拠るものだ。これで患者の生体と一体化する事で、体の中で細菌と彼の体が戦っている様子を見る事は、病気と闘う科学を探る手助けになりますか?」

パスツールは「是非、見せて下さい」


エンリは水の魔剣を抜いて剣との一体化の呪句を唱えた。

「我、我が水の剣とひとつながりの宇宙なり。その流動たる命の源を我が認識に開示せよ。看破あれ」

魔剣を満たす水の魔素の流れが視覚情報となってエンリの意識に流れ込む。

エンリは魔剣の切っ先を患者の腕に浅く突き刺し、人体と魔剣との一体化の呪句を唱えた。

「汝、人体たる宇宙に住まう数多の命にて病魔に抗う正義なる群衆。マクロなる汝、ミクロなる我が知恵の剣とひとつながりの宇宙たりて、命を統べる生体たる秩序に我が目と耳を招き入れよ。生体看破」



エンリの意識が患者の体内へ。

液体の流れる細い管の内部が見える。

(これは血液の流れだな。だが、赤くないのは何故だ?)

そう思考するエンリは、すぐに、液体の中を多数の赤い円盤状の物体が流れている事に気付く。多くはないが、白い不定形な物体も。


単純な形の楕円形の物体がある。それに白い物体が取り付き、浸食している。

(あれが病気の基の菌か。それを攻撃して、病気に抗っているという訳だ)

そう思考すると、エンリは部下に命じた。

「アーサー、読心の魔法で俺の見ているものをパスツールたちに伝えろ」


エンリの意識が管の壁から内部に潜り込むと、壁は無数の物体の集合体だ。

(これが人体を構成する基本単位。細胞とかいう奴だな)

先ほど見た楕円形の菌が毒素を出して細胞を弱らせている。

(あれが病気が人体を害するという事か。抗う側に加勢しなければ)

エンリは、その世界を満たす水の魔素を操り、病原菌の中の水の流れを逆転させる。菌は次々に枯れていく。


その一方で菌は、弱った細胞の養分を奪って、分裂し増殖する。

(そうはさせるか!)

エンリは分裂しようとしている菌の中の水の流れを操って、菌を枯らす。


その時、エンリはその声を聞いた。

「敵はどこだ。異物はどこだ」

その声を辿ると、他とは違うオーラを放つ細胞を見つけた。

その細胞に、エンリは毒素を出す菌の記憶を送り込む。

細胞は因子を放出する。因子は菌に届き、次々に枯らしていく。

やがて、患者の容体が安定した。



ジェンナーが患者に対処する間、パスツールは患者の体液サンプルを顕微鏡にセットし、そこに見える様々な微生物の中から、エンリから受け取った患者の体内の記憶を頼りに菌を探す。

「これですね」

パスツールが特定した菌を、ジェンナーとワトソンも確認する。

ジェンナーが「この菌の放つオーラを頼りに菌を殺す事は出来ますか?」

ワトソンは「弱める事は出来るかも知れない」

「それより、細菌を殺す因子を出す細胞がありましたよね。あれを活性化させる方が手っ取り早いのではないでしょうか」

そうパスツールが提案すると、ワトソンは「やってみましょう」


次々に発病した患者が担ぎ込まれて来る。

治癒魔法を応用したワトソンの処置を受けて、改善に向かう患者たち。

間もなく、イギリス医療局による防疫措置が始まり、腸チフスの流行は短期間で鎮静化された。

そして・・・。



「これが腸チフスの予防薬です。病原菌を加熱で弱めたものでして」

完成した腸チフスの予防薬をエンリたちに示すパスツール。牛の天然痘と同様に、人々に接種させて発病を防ぐ。


「安全性を確認する必用があるのでは?・・・」

そうエンリが言うと、ワトソンが「私が実験台になります」

「ワトソン先生が?」とリラが心配そうに・・・・

ワトソンは言った。

「私は魔導士です。自分の体の中の魔素を読む事が出来る。王子が見せてくれた人体の中での記憶を参考に、自分の中での細菌の動きを探れる筈です」


「それとパスツールさん。しばらくイギリスに留まって欲しいのですが」

そうジェンナーが言うと、エンリは「なら、イギリスにパスツール研究所を作りませんか?」

「パスツールさん、ポルタから出て行ってしまうの?」

そうファフが言って、パスツールの上着の裾を掴む。

エンリはファフの頭を撫で、そして言った。

「彼が指導する研究所を世界中に作るんだよ。フランスにもドイツにもノルマンにも」



そして・・・。

エンリはパスツールを連れて、ロンドンの王宮へ・・・。


「という訳ですが、イギリス政府にとっても悪い話ではないと思うのですけど」

王宮の謁見室で、ヘンリー先王・エリザベス現女王を前に、エンリはパスツールとともに、腸チフスに対処した経緯を語り、パスツール研究所設立の構想を解いた。


エンリの隣に居るパスツールも「疫病の根絶はユーロ、いや、人類全体の悲願です」

「ですが、ドイツに進出するのは難しいでしょうね」とエリザベス。

「フリードリッヒ王あたりが何かやらかすと?」

そうエンリが言うと、ヘンリー先王も「確かに、あいつは何をやるか解らないからなぁ」

エリザベスは言った。

「そうではなく、コッホという医師が独自に病原菌の解明に乗り出しているんです。各地から続々と彼の元に協力者が集まっている。パスツール氏にとっては強力なライバルです」


エンリは「医学知識は人類全体の財産です。彼等はライバルではなく、頼もしい味方というべきかと」

「頼もしい味方ですか?」

そうエリザベスが言うと、パスツールは「そうですよ。どこぞの半島国がヘイトを剥き出しに隣国に対して加害を仕掛ける事に関して、被害を受けている隣国のリベラル派は、"自国の保守政権を倒すための頼もしい味方だ"とか言ってますが、そういうのとは訳が違います」

「そういう危ない話は止めませんか?」とエンリは困り顔で。


「ともあれ、イギリス政府としては、あなたの研究所を全面的にバックアップする事をお約束しましょう」

そうエリザベス女王が言い、パスツールは「よろしくお願いします」



エンリたちが王宮を去ると、エリザベス女王は言った。

「どうやらエンリ王子は解っていないようですわね」


「というと?」

そう怪訝顔で言うヘンリー先王に、エリザベスは「南方大陸沿岸の植民市から奥地へ進出する使命を帯びた探検商人たちは、いずれあの大陸全体を領地とするための先兵ですわよね。その彼等の進出を阻んでいるのは何か、父上にはお分かりかしら?」

「武装した現地の部族兵か?」とヘンリー先王。

「そんなものは、訓練されたイギリス軍の敵ではありませんわ。最大の敵は風土病です。既に病気に慣れている現地人と違って、外から来た我々は簡単に発病して死に至る。それを現地で解明し克服する医術が不可欠なのです」

そうエリザベスは言うと、別室に控えさせていた人物に声をかけた。

「入りなさい」


一人の男性が別室から出て、エリザベス女王の前で跪く。

「君は?」

そうヘンリー先王が声をかけると、彼は名乗った。

「医師をやっているシュバイツァーです」

エリザベスは彼に命じた。

「これからロンドンにパスツール研究所の支部が作られます。そこに、あなたを紹介します。そこで、あなたは病原となる細菌の解明とそれを克服する術を開発する方法を学び取りなさい」

「それがあれば南方大陸に自由に行けるのですね? あそこは素晴らしい。見た事も無い動物や、人々の生活と風土・・・」

そうシュバイツァーが目を輝かせて言うと、ヘンリー先王は「そこを我がイギリスの・・・」


エリザベスはヘンリー先王の足を思いっきり踏んだ。

そして彼女は小声で先王に囁く。

「彼は理想主義者です。自分が侵略の先兵だ、などと知ったら、役立たずになりますわ。無知なる者の善意を以て敵を地獄に送る道を敷き詰めよ。これは女子会戦略の鉄則です」

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