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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第387話 被検体の少女

ポルタ大学医学部で病原菌の特定作業を指導するパスツールは、エンリ王子たちからインドで行った、人体が持つ病気への抵抗因子による疫病対策の話を聞き、同様の原理による疫病対策を進めているイギリスのジェンナーの事業を手助けしようと、エンリたちに同行を求めた。

現地に行き、天然痘の予防法を発見したジェンナーの手助けをする事になるパスツールとエンリ王子たち。

だが、その普及を妨げる意外な障害が、ジェンナーの行く手を遮っていた。



「嫌ですよ。牛の体液を摂取するんですよね? それをやると牛になってしまうって、みんな言ってますよ」

そう言ってジェンナーの天然痘予防の勧誘を拒む荷物配達人の言葉を聞いて、エンリは考え込んだ。

「なあ、動物の体液を摂取すると動物になる・・・って?」

そう疑問顔で言うエンリの言葉に、周囲に居る彼の仲間たちがあれこれ言う。


タルタが「変身魔法って意外に簡単なのな」

カルロが「リラさんのおしっこを飲むと人魚になって、セイレーンボイスを使えるようになるとか?」

ニケがハリセンでカルロの後頭部を叩く。

そして「そんな訳無いでしょ!」


「そうですよ。排泄物は体液とは言えません」

そう若狭が言うと、エンリは「いや、そういう問題じゃないと思うが」

リラは顔を赤くして「飲尿プレイは変態のやる事です」

「けど王子は変態・・・・・」

タルタがそう言いかけると、エンリは慌てて「違うから!」

リラは頬を染め、目を潤ませて「王子様、私のおしっこを・・・・・」

エンリは慌てて「飲まないから!」


アーサーが溜息をついて「大体、体液を飲んだくらいで変身なんて出来ませんって」

「けどカブ君はファフの血を飲んでドラゴンになったよね?」

そうファフが口を挟むと、アーサーは「あれはバンパイアの特殊スキルだ」

ファフはエンリの上着の裾を引いて「ねえねえ、ファフのおしっこでドラゴンに変身できるの?」

エンリはうんざり顔で「それはもういいから」


ワトソンが言った。

「結局、そういう迷信で医療措置を拒むってのは、こういう文明レベルではよくある話ですよ」

そしてパスツールが「ところでエンリ王子は変態なんですか?」

エンリは慌てて「違うから!」

「けど、お魚王子だよね?」

タルタがそう言うと、エンリはこめかみに青筋を立てて「事実陳列罪は死刑な」



そんな馬鹿騒ぎを前に、荷物配達人は困り顔で「あの、お届け物にサインを・・・・・」

「そーだった。ジェーン、配達物の受け取りを頼む」

そうジェンナーが建物の奥に声をかけると、女の子が出て来て、荷物受け取りの手続きをする。


パスツールは書類にサインしている女の子を見て、左手にあばたが残っている事に気付いた。

「あの子は?」と、彼はジェンナーに訊ねる。

そして「娘のジェーンです」と答えたジェンナーに、パスツールは言った。

「あれは天然痘の跡ですよね?」


パスツールは思考を巡らせた。

天然痘の腫物の痕跡は、普通は顔全体にあばたとして残る。それに対して、牛の天然痘は相当軽く済むものだという。

すると、あれは牛の天然痘の痕という事になる。

牛の天然痘を使った予防措置をジェンナーは実用化した。その安全性は実験で確認した筈だ。

それをまさか人体で?



騒ぎが一段落した。

エンリたちがワトソンと客間で茶を飲む間、パスツールはジェンナーの居る研究室へ。

そして、資料棚で探し物をしていたジェンナーに、彼は問うた。

「牛の天然痘を使った予防措置の安全性は確認したのでしょうか?」


ジェンナーはパスツールの、医師としての懊悩を抱えた表情を見た。

そして、彼の言わんとする事を察し、静かに、だが確信を込めて言った。

「自分の娘を使って実験しました」

「何てことを」

そう言って絶句するパスツール。

「本人の納得の上です」

そう言うジェンナーに、パスツールは憤りを込めて問う。

「たとえ本人が納得したとしても、親としてのあなたはどうなんですか?」

「・・・・・・」


「私は病気の原因を探り出して、それを根絶しようと心に決めています。それは自分の子供を病気で亡くしたからです。あなたは自分の子供を亡くした事はありますか?」

そう詰問調で言うパスツールに、ジェンナーは語った。

「ありません。ですが、子を病気で亡くした親の悲しみは知っているつもりです。何十人も見て来ましたから。私の子がああなる可能性は何時でもあった。ただ、運が良かっただけです。彼等は私たちの代わりにその悲しみを受けた。私はその恩に報いたい」

「そんなの親のエゴだ。子供は親の所有物じゃない」

そう言ってパスツールは家を飛び出す。



療養所の庭で深呼吸するパスツール。

「頭を冷やそう。理屈では解っているんだ。けど・・・・・・」

そう呟くパスツールに声をかける女の子が居た。

「あの、パスツールさんですよね?」


「あなたは?・・・・・・」

そう言って彼が振り向くと、そこに居たのは、先ほどのジェンナーの娘のジェーン。

彼女は言った。

「父を責めないで下さい。あれは私から言い出した事なんです。誰かがやらなければいけない事だから」

「けど、だからって・・・・・」

そう言いかけるパスツールに、ジェーンは「私は父を信じています」



パスツールは感情を鎮めると、療養所の客間に行く。

そこはエンリたちの宿に宛がわれていた。

そこに居たエンリとその部下たちに、ジェンナーの娘を使った実験について話すパスツール。


「どう思いますか?」

そうパスツールに問われて、タルタは「自己犠牲は人と動物を分かつ唯一の基準とか言うけどね」

「けどなぁ」とジロキチ。

エンリはパスツールに言った。

「あなたはそれを避けて、蚕や犬の病気を優先していたのですよね? それだと、人の病気を何時手掛けるのですか?」

「動物で経験を積めば、人について安全に確認する方法だって・・・」

そう答えるパスツールに、エンリは「その間に病気で死んでいく病人も居るのですよね?」

「・・・・・・・」


エンリは更に語った。

「確かに、"子供で"というのは間違っていると思います。けどそれは、自分の愛の対象だからという事では無く、人が死ぬには順番というものがある」

「私だって、出来る事なら自分自身の体で実験したい。けれども、それでは処置や経過観察が出来ない」

そうパスツールが言うと、エンリは「誰もが拒むというなら、俺がやりますよ」

パスツールは驚いて「あなたは王太子じゃないですか」

エンリは言った。

「だからですよ。貴族とは剣を持って敵と戦い、死と向き合う。だから尊敬される。俺だったら、何時でも死ぬ覚悟は出来ている」

「あなたがそれを申し出ても、周りに居る人たちが許さないと思いますよ」

そうパスツールが言うと、エンリは「そうでしょうね。俺がそれを言えば、俺の父が"自分が代わりになる"と言うでしょう」


「我々医師は他人の命を預かる身です。自分の安全を保ったままで、他人の命を危険に晒すような事が出来る訳は無い」

苦悩の表情を浮かべてパスツールがそう言うと、エンリは語った。

「同じように、他国からの侵略を受けた国の指導者に対して、"自らが安全な所に居て兵を戦場に送るべきでは無い"・・・と言う人が居ます。けれども、侵略で苦しむのは民であり、だから民の立場は必然的に抗う事を求める。その民の個々人に対しても、"戦場に行かないなら防衛戦争を主張するな"と言うが、戦いに必要なのは戦場の兵だけでは無い。武器や食料を作って送る役目も必用で、そういう人が居なければ戦場で戦う兵は敵の銃弾を待たずに飢えで命を落とします。自分の命を危険に晒さない事はけして恥では無いし、それを理由に"抵抗を主張するな"というのは、侵略を楽に進めたい犯罪国の都合であり、彼等から賄賂でも貰ったのかと言われても仕方ない。敵国と戦うのも病魔と闘うのも同じですよ。あなたは一人で戦っている訳ではない」


パスツールは静かに頷き、ジェンナー父娘の事を想った。

(彼等は二人で天然痘という病魔と闘ったのだな)



エンリとパスツールは二人で庭に出た。

植込みの向うにジェーンと、一人の若い男性が居た。


「体は大丈夫?」

そう心配そうに言う男性に、ジェーンは「平気よ。けど左手に跡が残ったの」

男性は彼女の左手を執って「君がみんなのために戦った証だよ」

「ライナスの母さんを奪った天然痘だものね。絶対根絶しなきゃ」とジェーン。


そんな二人のやり取りを聞いて、エンリは隣に居るパスツールに言った。

「彼女、恋人のために実験台を志願したんだね」

「けなげだなぁ」と頷くパスツール。


若い男女の会話は更に続いた。

「本当に大丈夫?」と、更に心配そうに尋ねる男性。

ジェーンは「時々、体がだるくなるの。けど、ライナスが傍に居れば平気よ」

男性は「何時でも俺が守ってやるよ」


そんな会話を聞き、エンリは思った。

(もしかして彼女、恋人の気を引くために実験台になったのかな?)


「角が生えたりしてないよね?」

そう男性は言って、右手でジェーンの髪に触れると、ジェーンは甘え声で言った。

「胸が少し大きくなったみたい。もし私が牛になったら、ライナスが世話をしてくれる?」

男性は「牛だろうが何だろうがジェーンはジェーンさ。俺は一生かけて君を愛する」

「そうなったら、いっぱいミルク出してあげるね」とジェーンは言って、男性の右手を自分の胸に導く。

イチャラブを始める二人。


エンリは思った。

(もしかして、牛の体液で牛になるって言いふらしたの、彼女なんじゃ・・・)

そして、少しだけ残念な気分になる、エンリ王子であった。



その後、エンリたちはパスツールの研究を手伝い、あれこれ助言を述べる。


そして夕食後、食堂に揃った関係者たちに、エンリは言った。

「あの噂なんだけどさ」

「牛の体液で牛になる・・・っていう?」

そうジェンナーが言うと、エンリは提案した。

「本物の変身というのを見せてあげたらどうかな? 医者の宣伝を医者だけでやっても、医者以外の人にアピールしないかも知れない。無関係な分野の人が訴える事で、聞く耳を持つって人も居ると思うんだ」



エンリたちは周辺の人たちを集めてイベントを開いた。魔法ショーのイベントだ。

アーサーが光魔法でイリュージョン。

リラが水魔法で扇子から噴水。

そして変身ショー。

ファフがドラゴンに変身し、タマが猫に変身。ムラマサが刀に、リラが人魚に・・・。


そして、実演を終えてインタビュー。

「あなたは元々人魚なんですよね?」

そう司会役に訊ねられ、リラは言った。

「好きな人と一緒になりたくて、魔女に人間に変身する魔法をかけて貰いました。とても高度な魔法で、人間の体液を植え付ければいい・・・なんて簡単なのもではありません」


「あなたはジパングの方ですね?」

そう司会役に言われ、ムラマサは言った。

「ジパングでは牛肉を食べないでござる。牛肉を食べると牛に変身するという迷信のせいで」

「あんなに美味しいのに」

そう司会役が言うと、ムラマサは「まあ、科学というものが十分に伝わっていない国でござる故。けど、天然痘の予防の牛の体液で牛になるとかいうのと、どう違うのでござろうか」

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