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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
385/562

第385話 葡萄酒の疫病

かつてエンリ王子たちが家出したフェリペ皇子を追ってインドを訪れた時、疫病を鎮めるために作った顕微鏡。

その発明者として権利を主張するニケは、自分より先に顕微鏡が発明され、より高性能なものに改良されていた事を知る。

その改良者レーウェンフックから、顕微鏡を使った病原菌の研究を進めているパスツール医師の話を聞き、彼がポルタ東インド会社社長モウカリマッカの依頼でワイン病の対策に取り組んでいる事を知る。

ワイン病がアルコール中毒の事だと勘違いしたエンリとその仲間たちは、面白半分に彼の研究を見に行くのだが・・・。



建物の奥に研究施設が設けられ、そこにパスツールは居た。

モウカリマッカが彼に、エンリ王子たちを紹介する。

「どうですか?」

そう研究の進展について問うエンリに、パスツールは「壁にぶち当たった状態で、なかなか良い方法が思いつかないもので」


するとニケが「ワインが酸っぱくなるって、酸よね?」と指摘した。

「その酸を黴菌が作るんですよ」とパスツール。

エンリが「そういえば、インドで熱病の原因になった黴菌も、体内に毒を放つ事であの症状を引き起こしたんだっけ」

「けど、酸味のあるお酒って、嫌いじゃ無いけどな」

そうタルタが言うと、パスツールは「いや、酒の成分を食べて酸を作るんで、酒じゃなくなります」



「そもそも酒ってアルコールよね」とニケが指摘。

「アルコールって?」

そう訊ねるタルタに、ニケが「酒の基本成分よ。それが人を酔わせるの」と解説。

タルタが「それじゃ、極限まで蒸留した消毒酒って・・・」

「アルコールよ。それが菌を殺すの」とニケ。


「もしかして醸造で酒が出来るってのは・・・」

そうタルタが言うと、ニケが「そういう菌が糖分を食べてアルコールを出すのよ」

タルタは「酒の神の仕業じゃ無かったのか」

「お前、合理主義とか言ってなかったか?」とジロキチがあきれ顔でタルタに言った。

残念な空気が漂う。



「それで、ワイン病を防ぐために、それを引き起こす菌を特定するんですよね?」

そうアーサーが言うと、パスツールは「その必要は無いです」

「けど、インドで熱病を防いだ時は、菌を特定するために。滅茶苦茶苦労したよね?」とカルロ。

エンリが「そりゃ、人体に害を成す菌を取除く必用があるからだろ」


「ワインの腐敗を防ぐなら、醸造が完成した段階で、原因になる菌を含めて、全ての菌を死滅させればいいんです」

そうパスツールが解説すると、若狭が「だったら疫病もそうすればいいのでは?・・・」

「いや、それだと人体そのものが死ぬぞ」とエンリ王子。

「ファフは頑丈なドラゴンだから大丈夫だよ」

そう言ってドヤ顔するファフに、エンリは「そりゃお前だけだ」

残念な空気が漂う。


「あのさ、そもそもアルコールは菌を殺すんだよね?」とタルタが言い出す。

「だから?」とエンリが返すと、タルタは言った。

「醸造でアルコールが出来たら、それで菌は死ぬんじゃ無いの?」

「確かに」とその場の多くが口を揃える。

だが、エンリは「いや、おかしいだろ。そのアルコールは菌が作ったんだよね? 菌は自分が作ったアルコールで死ぬか? それじゃ菌の自殺だろ」

「確かに」とその場の多くが口を揃える。

ニケはあきれ顔で「あのね、アルコールは純度が高くないと菌を殺せないの。だから極限まで蒸留するの」

残念な空気が漂う。



「そーいやノルマンに行った時はウイスキーで殺菌してたよね」

そうアーサーが言うと、タルタが「つまり蒸留って、アルコールの純度を上げるためにやる訳か」

「お前、蒸留って何だか知ってるのか?」とジロキチが突っ込む。

タルタは「馬鹿にすんな! アルコールを残して水分を蒸発させるんだよな?」

「逆よ。アルコールは蒸発する温度が水より低いから、アルコールだけ蒸発させて、その湯気を液体に戻すの」と、ニケがあきれ顔で指摘。


「確かに蒸留酒って効くものな」

そうジロキチが言うと、ムラマサが「蒸留酒は酒に魂を宿す高度な文化だそうでござる。蒸留酒は横文字で書くとスピリッツで魂の事だから、蒸留酒の無いジパングは魂の無い恥ずかしい文化だと、カリー・ヤーテツという人が言ってたでござる」

「ナハには泡盛があるよね」とタルタ。

ムラマサは「あそこは唯一、魂があってジパング本土より格上だそうでござるよ」


ジロキチが溜息をついて「いや、本土だって焼酎はあるぞ。言っとくけど廃蜜とかじゃ無くて、麦とか使った伝統的な奴がな。ってか、そのカリー・ヤーテツって何者だよ」

「漫画家でござるが」

そうムラマサが言うと、アーサーが「居るんだよねぇ。そういう"何処かの文化中心主義"というか"エスノセントリズム"というか、おかしな偏見で特定の文化を見下す奴って」

エンリが「で、見下す対象が自分の国なら謙虚の美徳とか勘違いするんだよな。それで自己正当化出来ると思ってるんだろうけど、外国人と同化して隣に居る同国人を見下すだけの、ただの偏見野郎だよ」

パスツールが「そもそも蒸留酒って、酒を腐らせずに長期保存するためのものですよ。魂とか格上とか、そういう問題じゃ無いかと」

タルタが「俺たち、何の話をしてたんだっけ?」

「ワイン病対策だろ?」とエンリ王子。



「だったらワインを蒸留すればいいじゃん」

そうタルタが言うと、エンリがあきれ顔で「それ、ブランデーな」

モウカリマッカが「ワインにはワインの需要があるんですよ」と指摘。

「ってか蒸留は加熱して蒸発させるけど、蒸発させずとも加熱で菌は死滅します」とパスツール。

「だったら加熱すればいいじゃん」とタルタが言い出す。

「下手に加熱すると風味が飛ぶんです」とモウカリマッカ。

「ブランデーだって風味はあるけどね」

そうタルタが言うと、ジロキチが「お前、酒は酔えれば何でもいいってクチだろ」


「アルコールを足して濃度を濃くするのは駄目?」

そうタルタが言うと、全員口を揃えて「駄目に決まってるだろーが!」

残念な空気が漂う。



「息抜きしませんか?」

そうリラが言って、持参したお茶の道具を出す。

若狭も「とりあえず、お茶でも飲んでリラックスすれば、アイディアも沸くと思いますよ」


リラが紅茶を入れ、茶菓子にエンリが持ち込んだチョコレートを出す。

パスツールがチョコレートを口に入れる。口の中で溶けるとともに広がる甘味とコク。

「美味しいですね。齧ると口の中でとろけて」

「カカオバターですよ。溶ける温度が体温と室温の中間なんです」

そうエンリが解説するのを聞き、パスツールは思考した。


溶ける温度が体温と室温の中間だから、口に入れると溶ける。そういえば蒸留も、アルコールと水の沸点の中間の温度だからアルコールだけ蒸発させて分離可能となる。

ワインの加熱も、風味が飛ぶ温度と菌を殺す温度の中間の温度が解れば・・・。



エンリたちが帰ると、パスツールはワインを加熱する実験を開始した。

何度に加熱すれば菌は死滅するか。ワインは何度に加熱すれば風味が飛ぶか・・・。



そして数日後、エンリと彼の仲間たちは、再びパスツールの研究施設を訪れた。


「どうですか?」

そう期待を込めて訊ねるエンリに、パスツールは「うまくいかないですね。考えてみれば、菌を殺す温度が風味が飛ぶ温度より高かったら、この方法は成り立たないんですよ」

がっかりするエンリと仲間たち。


そんな空気を察して、リラは「息抜きしませんか?」

「お茶とチョコレートですか?」

パスツールがそう言うと、タマが「どうせなら、お風呂に浸かってのんびり・・・ってのはどうかな? 美味しいものを食べて温泉で一泊」

「賛成」とテンションを上げて口を揃えるエンリの部下たち。

エンリはあきれ顔で「お前等、自分が行きたいだけだろ」

カルロが「こういう時に太っ腹な所を見せて部下の心を掴むのが、権力者の心得ですよ」

「お前等なぁ」



パスツールを連れて、エンリたちはポルタ東インド会社の保養施設へ・・・。

部屋に荷物を置いて寛ぐと、自然と話題は酒の話になる。


「やっぱりワインはポルタ産だよね」

そうエンリが言うと、アーサーが「イタリアやギリシャのものとは一味違うよね」

タルタが「フランスのボルドーなんて目じゃ無いというか」

「私、フランス人なんですけど」とパスツールは困り顔。


少々残念な空気が生じる中、リラが「それよりお風呂にしません?」



大きな浴槽のある広い浴室。

全裸で浴槽に飛び込むタルタとファフ。

人魚の姿で浴槽に入り、エンリといちゃいちゃするリラ。

ジロキチ・若狭・ムラマサは浴槽の中で、ジパングの温泉の話題に花を咲かせる。

タマは猫の姿で浴室に入るが、そのままだとお湯が苦手なため、人間の姿で浴槽に入り、タルタにじゃれ付く。


混浴状態ではしゃぐエンリの仲間たちの様子に、パスツールは困り顔で「皆さん、いつもこんなふうに?」

ニケが「ほんと、馬鹿ばっかりなんだから」

ニケはバスローブを着て浴槽に入るが、そのうち慣れて、体を洗うためバスローブを脱ぐと、そのまま浴槽へ。


そんな中、大きな浴槽ではしゃぎ疲れたファフが、向うの小型の浴槽に気付く。

「ねえねえ、向うの小さなお風呂は何?」

アーサーが「熱い湯が好きな人向けだよ」

それを聞いたジロキチが「おい、タルタ。あれにどっちが長く入っていられるか、勝負するか」と彼を挑発。

タルタは「望む所だ」



タルタとジロキチは高温風呂に入り、やせ我慢で意地を張り合う。

顔を真っ赤にしながらタルタがジロキチに「お前、そろそろ限界なんじゃ無いのか?」

ジロキチも顔を真っ赤にしながら「お前こそ」


二人とも、すっかり湯あたりする。

脱衣場で並んで横になるタルタとジロキチ。

「あの程度の熱さ、何でもないんだが・・・」

そうタルタが言うと、ニケが「長時間入っていれば、温度が低くたってダウンするわよ」


そんな彼等を見て、パスツールは思った。

短時間で殺菌できない温度でも、長時間加熱すれば菌は殺せるのではないか。



翌日、パスツールは研究に戻って実験を再開。

何度の加熱をどれだけ続ければ菌は死滅するかを探り、遂に結論を得た。

六十度の温度を10分間保てば菌は死滅する。

低温殺菌法の完成であった。

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