表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
383/562

第383話 国家の意思

南フランスの諸侯たちが領地を寄進する事で成立した、新たな教皇領。

そこに移転したアビニヨンの教皇庁と、それに対抗してドイツ皇帝とイタリアの信者たちがローマに立てた対抗教皇。

二人の教皇の対立によるユーロの混乱を鎮めるため、エンリ王子が開いた国際会議。

そこでエンリは宗教の政治に対する不介入を提唱し、アビニヨンの教皇庁の廃止とともに、南フランスとイタリアの二つの教皇領の廃止を実現した。

これは、この騒ぎの背後に居たボローニャ大学陰謀学部のマキャベリ学部長が意図する、イタリアの統一を大きく前進させるものであった。



アビニヨンの教皇庁が廃され、騒ぎが収まる中、エンリは事件処理の様子を見に、フランスを訪れた。

パリの宮殿でリシュリュー宰相と会見するエンリ王子。


「南フランスの様子はどうですか?」

そう問うエンリに、リシュリューは上機嫌で「南部諸侯はまだ抵抗していますが、これ以上続けるなら反乱と見なすと先王が一喝入れた所ですよ」

「ああいう手合いは口より行動で締め上げるのが最善かと。遺憾砲なんぞマイナスにしかなりませんから」

そう笑いながら言うエンリに、リシュリューは「彼等はあなたに騙されたと言ってますけどね」

エンリは「何を言ってるんだか。私はあそこが教皇領であり続ける事を支持するとは、一言も言ってませんし、そもそも私は外国人ですよ」


「エンリ屋、そちも悪よのう」とリシュリュー宰相。

「リシュリュー様ほどではありませんよ」とエンリ王子。

そして高笑いする二人。



リシュリューは言った。

「ところで、頂いた記憶魔道具で聞いたルソーの説ですが、実に興味深い。共和主義者が言っている事と異なり、民の意思いかんでは王制自体を無くすべきだというのですから、下手をすれば反逆罪だ」

「まあ、王政ってのは、その存続自体は国家の目的では無いですから。国家とそこに住む民を如何に益する存在になるか、と言う事ですよ。逆に外国のスパイのように、その国を害する行動を王がとるなら、排すべきという意見はあって当然です」とエンリ。


「外国の代理人みたいな・・・っていうと、飴ポチとか?」

リシュリューがそんな例えを投げかけると、エンリは言った。

「そう言って同盟国の基地を撤去しろとか。けどそれを主張する人達って、隣国の自国に対するヘイトについては、お先棒を担ぐんですよね。その同盟国に関しても、本当に自国を害する同盟国の"押し売り貿易要求の外交圧力"に関しては、それを自由貿易と偽る強弁に同調して、後押ししていましたからね。"消費者の利益のために自国の企業をどんどん潰せ"とか言って。結局彼等の主張の中味は、その同盟で対抗すべき"ならず者国家"への協力だったりする」


「共和主義者がアントワネット妃を非難するのも、そういう事ですよね?」

そうリシュリューが当面の心配事を語ると、エンリは「あんな子供でも、攻撃する側にとってはシンボルですからね。外国との政略結婚には、そういう危険が付きまとう」

「あなたの妃であるイザベラ女帝も、外国の利益代表ですが」とリシュリュー。

エンリは「それで一時は併合とか。私もスパポチとか、よく言われますよ」



リシュリューは話題を変える。

「ところでそのルソーが最近、一般意思という事を言い出しまして。議会などでの個々の議員の主張は結局は自分自身の利益、即ち"個別意思"であって尊重すべきものでは無い。民が属し所有する国家に資する目的こそ、正当性の根源として尊重すべき"一般意思"。それを目的とする意見こそ国家の意思なのだと」

エンリはそれに応えて「悪い事では無いと思います。問題は何を以って国家の利益とし、それがどういう意味での正当性なのか。例えば、どこぞの半島国が隣国から奪ったバンブー島について、不当に居直る主張がある。当然非難される。それに対する反論として、その領土強奪で被害を受けた民ながらも半島国に加担するヤース・ダーコイッチという人が言ったのです。"半島国人が自国の利益のための一般意思として居直るのは当然だ。ユンソナがバンブー島を自国領だと言って何が悪い"とね。けど、正当な領有国であるその隣国の一般人が半島国を批判するのは、その国の民だからでは無く、あの島が間違いなく自国の土地であり、客観的に見ても半島国が悪だと明白だからです」


「その一方で、"自分達の国を悪く言うのは自虐だから止めろ"という一般意思の問題もありましたよね?」

そうリシュリューが言うと、エンリは「その意見に対してヤース氏は、"それは居直りで過去を正当化する隠蔽だ"と主張し、自国内に居る反対派の主張する一般意思を否定した。けれども本当は、その"悪く言う"の中味が実は捏造で不当だから自虐で悪なのだという話で、自国を正当化するという話では無い」

リシュリューは「結局、ヤース氏が正当化した半島国の行為は、彼等にとっては一般意思かもしれないが、外国人の批判する権利を縛る物では無く、隣国から見ても他の国々から見ても、非難すべき客観的な悪という事ですね」

「だから、半島国はその悪しき一般意思を引っ込めてバンブー島を返還すべきなんです。一般意思はあくまで国内で議論する中での問題で、そうした悪を一般意思として押し通す事は、世界の心ある人たちからの批判を招き、悪しきヘイト犯罪国として結局は不利益を被る。外国の偽人権派とのズブズブ関係で、そうした事実を隠蔽する事は、一時的に可能かもしれないが、最後は嘘は事実には勝てませんよ」とエンリ。


「では一般意思というのは間違いなのでしょうか?」

そう問うリシュリューに、エンリは言った。

「そうでは無いでしょう。例えば消費税ですが、生きるために不可欠な食料も含めて一律の税をかけるのは、貧民であるほど不利です。だから、金持ちと貧乏人どちらを優遇するかという問題となり、それだけなら、どちらも個別意思です。けれども貧民が必要な物すら買えないのでは、物が売れず不景気が続く。その分豊かになった金持ちは、金貨を庭に埋めて蓄財に走るかも知れず、それでは景気に反映されない。"特定の誰か"ではなく、経済全体にどう反映するかを考えるのが一般意思で、それで社会が上向く事で、どちらにとってもプラスになる事を目指すんです」

「確かに、その社会に住む者としての立場ってありますよね。そして、それを害する事自体を目的とする立場というのも」

リシュリューがそう言うと、エンリは「王が愚かな政策で社会に害を成すなら、その王の政策に反対というのは一般意思です。ですが、政権に対する反対を目的に、敵対する外国による加害を"頼もしい味方だ"などとリベラル派が本音を言ったりする。あれは一般意思つまり国民全体への敵対です」


「ああした主張を排除する事の正当性を示す一般意思という概念は、やはり必用なのでしょうね?」

そう言って頷くリシュリューに、エンリは語った。

「トランプ帝国が、どこぞの列島国に外交圧力で押し売り的に輸入を強要した事があった。客観的に言って犯罪国の所業ですが、何故そんな事をするのかと問われると、トランプ帝国の高官はこう答えたそうです。"どんなに不当でも相手国に味方が居れば外圧は成功するのだ"と。一般意思は当然、多くの国民が求めるが、一般意思に反対する者が声を大にし、押し売りを自由貿易と詐称する加害国の強弁を代弁して"消費者の利益だから国内工場など潰せばいい"などと言い張って居直り続けた。それに配慮する寛容を騙る者が穏健派と称して彼等を擁護し、結束した加害国との綱引きの足の引っ張る事で、加害国とその国内代弁者は不当を貫き、被害国は30年の時を失った。海外の加害国に加担した国内協力者は"自分達も国民だ"と称しますが、一般意思の概念を用いれば化けの皮は剥がれます」

「例の半島国の不当なヘイトに加担する発言も、誰の声か解らなければ、"その国から来た移民ではないか"との疑いが持たれますよね?」

そうリシュリューが言うと、エンリは「それは当然ですが、事実として必ずしも移民とは限らない。だから決め付けだと半島国側は言うでしょう。けど、本当は発言者の国籍は必ずしも問題ではない。それが自国をヘイトするだけの一般意思への敵対であれば、既に"国民の意見"とは言えないという事なのです」



リシュリューはまた話題を変えた。

「税といえば、ある国でポーション売りの少女が酒場で相談所のような事をやったそうです。それで、その国の王子が話を聞いて興味半分にどうすれば税収が増えるか、と問うた所、税率を下げれば経済活性化して経済全体が拡大し、税収は増えると・・・」

エンリは首を傾げて「どこかで聞いたような話ですが。もしかしてその少女って異世界転生者?」

「どうでしょうね? それですっかり感心した王子は彼女を気に入って求婚した所、彼女はこれを断り、王子から逃げ回っているとか」

そうリシュリューが言うと、エンリは指摘した。

「そういうプラスのサイクルが働くのは良い事ですが、"税収にとってどうか"という点に限って言えば、経済を大きくするため税を減らす分と、それで経済を大きくして税が増える分の、差し引きのプラスマイナスをきちんと計算しないと解りませんよ。そもそもその理屈って、かつてトランプ帝国のレールガン大統領が金持ち対象に減税をやった時に彼が言った話と同じで、"ブードゥー経済学"と呼ばれて散々馬鹿にされた代物ですからね」


リシュリューは「やはり金持ち減税に意味は無いと・・・」

「まあ、タックスヘブンなんてのがある時代じゃ無いですから。それで減税って、誰かが自分達から取ってる税を下げろと?」

そうエンリが言うと、リシュリューは「っていうか、新たな税の設定を止めろと。それで、そのポーション売りの話を持ち出した人たちが居るのですが」

「誰ですか? それ」

そうエンリが問うと、リシュリューは「特権貴族ですよ。フランスが今、深刻な財政危機にあるのは、貴族たちの領地からの収入を彼等が手放さないからなんです。地方の領地を派遣役人の管理下に置いても、そこからの税収の多くは、領主の既得権として給与の形で持って行かれる。彼等は国家の取り分を増やす代わりに、市民相手の増税を要求しています」

エンリは「それじゃ、商人たちの不満は高まる一方ですね」

「商人だけでは無く、物価の値上がりで貧民の不満も高まっていますよ」と、リシュリュー。


エンリはルソーとの対談を思い出す。

そして「せめて生きる権利を国が保障すべき」という言葉を・・・。



エンリはポルタに帰国すると、民生局長官に命じた。

「生活の支援が必要な貧民の実態を調査せよ」と・・・・・・。


「慈善事業なら教会の仕事かと思いますが」

そう疑問顔で言う長官に、エンリは「それでいいのかな? 彼等に任せるから、たちのわるい坊主が貧民に恩を着せて好き勝手する・・・なんて話が出るんじゃないのか?」

長官は「ですが、貧民を救済するのは、神の慈悲だと」


エンリは言った。

「それで民は宗教に頼り、教会の権威に盲従する。そうなると、盲従の対象たる権威の大きさの勝負になって、教皇庁の伝統や坊主の禁欲競争がものを言う・・・なんて話になる。その結果が今回の騒ぎなんじゃ無いのか? 民を絶対的な貧困から守る事は、これからは慈悲などではなく国家の義務とする時代が来る。違うか?」

「それで彼等に食料の配給を?」と民生局長官。

「予算が無いとか?」とエンリ王子。

長官は「王族の生活費を削った分を充てるなら」

エンリは「役人の給与を削減した方が効果的だろ」

「・・・・・・・・・」



「つまりこれってお金の問題よね?」

いきなり横から顔を出してそう言うニケに、エンリ唖然。

「ニケさん何で居るの?」

「私の居ない所でお金儲けの話とか、甘いわね」

そう言うニケに、エンリは困り顔で「だからお金儲けじゃ無いから。公金チューチューは罪が重いぞ」

ニケはドヤ顔で「寄付ビジネスで一儲けは大きなチャンスよ。"世界の子供達のために"とか言って寄付金を集めて御殿を建てた人だって居るんだから」

「そういう危ない人の話はいいから」と、更に困り顔のエンリ。


「それと、貧困の原因っていろいろですよ。病気で働けない人、仕事が無くて働けない人、そして、働いて食わせてくれる親が居ない子供たち・・・」

そう長官が言うと、ニケは「そう言う事なら、先ず失業者ね。働かざる者食うべからず。飢えた者には魚では無く、釣り竿を与えよ、って事になると思うわよ」

「つまり、失業者に仕事を紹介する・・・って訳か」とエンリ。

「だったら私が・・・」とニケが身を乗り出すのを制止して、エンリは長官に命じた。

「この人は無視して民生局の仕事として可能性を探ってくれ」


「何で私を無視するのよ」

そう言って口を尖らすニケに、エンリは「ピンハネする気だよね?」

「私を何だと思ってるのよ」とニケは更に口を尖らす。


エンリは、改めて民生局長官に命じた。

「とりあえず実態の調査だ。それをどう救済するかは、その後の話として考えよう」



エンリは思った。

失業者は新たな市場を作って働き口を増やせばいい。

だが、病気で働けない人は、飢えだけではなく病気自体に命を脅かされている。彼等を無料で治療する病院が必用ではないのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ