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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第382話 イタリアの統一

国家の統合を目指す王権の、領地への介入を防ぐ事を意図したフランス南部諸侯たちは、領地を教皇庁に寄進して教皇領とし、教皇庁はアビニヨンへと移転した。

だが、教皇庁がイタリアを去る事は、教皇の保護者としての皇帝の肩書きが、名目上イタリア王を兼ねるドイツ王からフランス王へと移る事を意味する。

これを恐れたテレジア女帝は、イタリア人たちを味方につけて教皇のイタリアへの帰還を求め、ついには応じようとしない教皇を見限って、独自にローマに対抗教皇を立てた。

ローマとアビニョン、二つの教皇庁は激しく対立し、ユーロは混乱する。



エンリはこの対立を終わらせるべく、イザベラと、そしてアラゴン公に働きかけて、国際会議開催へと動いた。

表向きの提唱者は、未だに教皇派に属するアラゴン公だ。

会議を進めるシナリオを整え、関係者との調整を進める。そうした裏工作はイザベラの得意分野だ。



そして会議の当日となり、アラゴン公の居城に各国の代表が集う。


開催宣言とともに、いきなりテレジア女帝が発言を求めた。

「ドイツ皇帝として提案致します。現在、二つの教皇庁による対立状態にありますが、本来、教皇と皇帝は互いに支え合う存在です。その皇帝の支えを待たず、二人の教皇が互いを偽物と指弾し合う事が、この混乱の元と考えます。なので、二人とも退位して頂き、皇帝たる私が責任を持って新たな教皇を・・・」

空気を読まないその発言に、批判が殺到する。

一人の参加者が「その一方はあなたが擁立したのではありませんか?」

別の参加者が「三人目も自分に都合のいい候補を立てるつもりですよね?」


そしてフリードリヒ王が発言した。

「そもそも、あなたに皇帝たる資格はあるのでしょうか?」

「何ですと?!」

そう言っていきり立つテレジア女帝に、フリードリヒは「皇帝の地位は旧来はドイツ諸侯による選挙で決定される仕来りでした。現在、あなたを支持する諸侯はどれだけ居るのでしょうね?」

「無礼な! あなたも我が臣下の一人なのですよ」と、更にいきり立つテレジア女帝。



その時、エンリが発言を求めた。

「私は陛下の皇帝としての地位を支持します」

敵と思っていたエンリ王子の意外な助け船に、テレジアは面食らい声で「それは、有難いお言葉ですが・・・」

「それで現在、皇帝としての対立候補と目される、アビニヨンの所在地の王は、どのようにお考えでしょうか?」

そうエンリに発言を求められたルイ先王は「フランス先王として異存はありません」


そしてエンリは語った。

「問題は、その皇帝が教会の保護者として、教皇は皇帝の承認者として、互いに介入し合う事にあると考えます。本来、政治と宗教は別であるべきです」

「そういうあなたの国教会はどうなのですか?」

そう問うテレジアに、エンリは「世俗と宗教の相互介入を排して互いに自由に活動できる場を用意する受け皿として、我々は国教会を設立しました。そこで信仰の自由を認め、そして世俗での生活での大幅な自由を認めた緩い教義を定める」

テレジアは「随分と後付けな理屈のような気がしますが?」


そんな彼女が突き付けた疑問符を無視し、エンリは提案した。

「教会分裂の原因は、教皇領という世俗的な領地所有の場と宗教活動の拠点を結びつけた固定観念にあります。それは、いつの間にか認識に潜り込んでいた不文律であり、根拠を持たない。そこで提案なのですが、現在のローマの教皇には退位して頂き、その代わり、アビニョンの教皇にはローマに戻って頂く」


イタリア人信者たちは思った。

(ローマに教皇庁が戻れば、セレブ商売でお金ガッポガッポ)

「我々イタリア市民に異存はありません」と、彼等は大喜びでエンリの案に賛同する。

だが、南フランス諸侯たちは不満顔で主張した。

「それでは、我々南フランスの教皇派諸侯同盟はどうなるのでしょうか?」

「あなた方の支持する教皇を、私も支持してこれを提案したのですよ」

そうドヤ顔で味方アピールするエンリに、諸侯たちは「いや、そうですけど・・・・・・」



だが、自らの退位前提のエンリの提案に、ローマの教皇は猛然と反発した。

「ちょっと待て。正統な教皇は私だ。アビニョンの偽教皇は神の道に外れた」

「彼は強制的に拉致されたバビロン捕囚の被害者では無かったのですか?」とエンリは反論。

「だが、そこに安住して神を裏切った。だから神は私を後継とするよう導かれた。アビニョンの偽教皇は、私は禿で鬘を被っていると言った。そんな子供の悪口のような暴言を吐く者が教皇として相応しい筈が無い」

そうまくし立てるローマの教皇に、エンリは「あなたは彼の母親をデベソだと言いましたよね?」

「とにかく私は反対だ。あなたは彼から賄賂でも貰っているのではないのか?」とか言い出すローマの教皇。


「いや、科学的データで安全を証明した国際機関が自分たちのヘイト戦争に不都合だからと、聞く耳持たずに暴言を吐く、どこぞの半島国や大陸国じゃないんだから。というより、別にあなたがアビニョンに行って教皇になる・・・でも良いのですけどね。これはユーロ全体の問題だから意見を述べておりますが、個人の都合というなら、国教会に属する私には無関係」

そうあきれ顔でエンリが代案をちらつかせると、ローマの教皇は「それもいいな」

南フランスの諸侯たちも「我々も依存はありません」


そのローマの教皇の言葉で、イタリア人信者たちが騒ぎ出す。

「ローマから離れるというのですか? それでは、あなたを支持した我々はどうなるのでしょうか」

そんな信者たちを「黙れ。私は教皇だ。神の代理人だぞ」と一喝するローマの教皇。

その横暴な物言いに、会議参加者たちはドン引き。

残念な空気の中で、議長のアラゴン公は「どうやらローマの教皇猊下はお疲れのご様子。別室にお連れしなさい」



会議は一旦、休憩となる。

その間、エンリは南フランス諸侯たちの控室に出向いた。


「あなた達は領地を教皇庁に保護して貰えれば良いのですよね?」

そうエンリが指摘すると、諸侯たちは口を揃えて「領地の管理は、我々先祖伝来の権利です」

エンリは言った。

「なら、強い繋がりのあるアビニョンの教皇がローマに行っても、もし南フランスが教皇領なら、保護して貰えるのでは無いのですか?」

「確かに・・・・」


南フランス諸侯たちが納得すると、エンリはローマの教皇の控室に出向いた。



そして会議は再開した。


議長のアラゴン公が採決を求める。

「では、ポルタ王太子エンリ殿下の提案に従い、アビニヨン教皇庁は解散。ローマの教皇は退位し、アビニヨンの教皇はローマに帰還して教皇庁を引き継ぐという事で異存はありませんか?」

反対していた南フランス諸侯たちとローマの教皇は沈黙し、提案は全会一致で可決された。

提案が可決されたエンリは、宣言する。

「では、アビニヨン教皇庁解散。その領地となっていた南フランス教皇領は解消し、フランス王が管理するという事で・・・」


いきなりの教皇領廃止宣言に参加者たちが戸惑い、議場がざわつく。

特に慌てたのは南フランス諸侯たちだ。彼等は口々に意義を唱えた。

「ちょ・・・ちょっと待て。ここはローマ教皇の領地として管理されるのでは無いのですか? それをフランス王が管理って」

「ここは我々の領地として、信仰心を以って寄進された教会財産だぞ」

「エンリ王子、話が違うぞ」

エンリはしれっと「私は、教皇領であるならばと言っただけですが」と言い逃れる。


そしてルイ先王は諸侯たちを一括した。

「この騒ぎを起こした元凶はお前たちだ。宗教は世俗に介入すべきでないという理念の元で、この決定は成された。教会が世俗の立場である領地支配を行うのは、そもそもおかしいのではないのか? 教会領というものを主張するのは、宗教を口実に王の国家管理に抗う反逆者の行為だ!」

「そんな・・・・・」

エンリも諸侯たちに「あなた達諸侯は、今は貴族として領地を離れて首都で貴族として王に仕える立場の筈。中世はもう終わったのです」



今度はアビニヨンの教皇が立ち上がって、主張をまくし立てた。

「冗談ではない。教皇領の寄進は信仰心の現れであり、神の意思だ。それを無にするというのは悪魔の所業ではないか!」

だが、エンリがローマの教皇に目配せすると、彼は立ち上がり、アビニヨンの教皇を指して語り出した。

「彼は領地から上がる収入が欲しいだけなのです。私は南フランスの領地の放棄に合意します。無欲な私こそ統一教皇に相応しい」


エンリは目一杯のヨイショ顔で提案する。

「素晴らしい。私は欲望を抑えて利益を辞退したローマの教皇の理性を支持します。彼の元で教会を再統一し、アビニヨンの教皇庁を廃止する事を、改めて提案します」

議場の雰囲気は一変し、ローマの教皇に"見直した"と感心する敬意の視線が集中する。

休憩時間中のエンリと彼との裏取引を知っているアラゴン公は呟いた。

(何だかなぁ)


そんな中、今度はアビニヨンの教皇が目を吊り上げて「断固拒否だ」と叫ぶ。

彼は参加者たちを睨み、口角泡を飛ばして非難の言葉を叫んだ

「あなた達は神に導かれて、神が選んだ代行者たる私を支持し、決議は定まったではないか。それを今更覆し、悪魔の陣営に寝返るというのか!」

そんな彼をローマの教皇が口角泡を飛ばして非難する。

「黙りなさい! 神は我々を試したのだ。新たな領地をちらつかせる悪魔の誘惑を退ける事の出来なかったあなたに、教皇たる資格は無い!」


アビニョンの教皇は更に怒りのボルテージを上げて「黙るのはお前だ! ドイツ皇帝が自らの肩書きを惜しんで演じた茶番によって担がれただけの偽教皇の分際で。こんなくだらん目的で神の代行者の偽物を担ぐ女帝も同罪だ。だから女を皇帝になどすべきでき無かったのだ。二人仲良く地獄に落ちろ!」

とばっちりを受けたテレジア女帝も目を吊り上げ、口角泡を飛ばして「聞き捨てならりません。撤回を要求します!」



残念な空気が漂い、アビニョンの教皇に非難の視線が集中する中、エンリは発言した。

「それともう一つ。全会一致という原則の廃止を提案します」

これにローマの教皇が「支持する。悪魔の側に居る者は最後の審判の時まで現世に存在し続ける。だが彼等に勝利は無い。何故なら世の大勢をこそ神が導き給うからだ」

賛同する声が相次ぎ、反対意見を圧倒する中、エンリの提案は可決された。



ローマの教皇は勝ち誇り顔で宣言する。

「では、私は再び統一された教皇庁の長として、ローマを中心としたイタリアの教皇領を拠点に・・・」

だがエンリはその言葉を遮って「いいえ、イタリアの教皇領も手放して頂きます」


ローマの教皇は慌てて「ちょ・・・ちょっと待て。話が違うぞ」

エンリは言った。

「宗教は世俗に介入すべきでない。教会が世俗の立場である領地支配を行う事が、そもそもおかしい。その理念の元でこの決定が成されました。その論理がイタリアだけには適用されないとお考えか」


ポコペン公爵は立ち上がって、エンリの発言を援護する。

「アビニヨンの領地を放棄された教皇様の決断に我々は感銘しました。あなたを支持した事を誇りに思います。どうかその気持ちを無にしないで欲しい。イタリアの教皇領も廃止すべきという事で、我々イタリア都市諸侯同盟では既に合意が出来ております」

ローマの教皇唖然。そして彼は呟いた。

「それって、裏で結託していたと・・・・・」


ローマの教皇は憤然と議場を見回し、主張を叫ぶ。

「ふざけるな。イタリアとはローマ帝国であり、その伝統を受け継ぐ教皇庁の伝統こそイタリアだ!」

それに対してマキャベリ学部長が立ち上がり、そして語る。

「いいえ、イタリアとはそこに住む国民です。イタリア人という民族が自らの土地を統合し支配する権利、即ち国家として他国と対等に渡り合う国家主権を指します。他国が王の基に統合された今も、イタリアはバラバラな状態で他国の草刈り場となっている。我々の統合を阻む最大の原因が中部の広大な教皇領の存在なのです」



二人の教皇が口を揃えて不満を訴える中、会議は結論を定めた。

その後、イタリア都市諸侯同盟は旧教皇領を直轄地と定め、そこに設定した行政機構はやがて、統一イタリアの母胎となる。

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