第381話 教会の分裂
フランス南部諸侯たちが領地を教皇庁に寄進し、教皇庁はアビニヨンに居を移した。
教皇領となったその地はフランス王家の統率を離れて事実上の独立国となる。頭を抱えるパリのルイ先王。
だが一方では、フランス王がドイツに代わる教皇庁の保護者として、ユーロ皇帝の称号を得る名目を与える事になる。
これを利用してエンリとイザベラは、ドイツのテレジア女帝を煽る。
テレジアは教皇にイタリアへの帰還を求め、これに応じない教皇の姿勢に業を煮やしたテレジアは、ついにイタリアに新たな対抗教皇を立てた。
ローマで新たに立てられた教皇と、それが率いるローマの教皇庁。
アビニヨンの教皇はこれを偽教皇と呼んで激しく批判し、ローマ側もアビニヨンの教皇への激しい批判で返した。
両者の罵倒合戦は熾烈を極め、双方の信者は好き勝手言う。
イタリアの信者たちは噂する。
「アビニヨンの教皇の耳はロバの耳だそうだよ」
「ケモミミかっこいいじゃん」
「ってかそれデマだろ」
アビニヨンの信者たちも噂する。
「ローマの教皇はカツラでハゲを隠しているそうだ」
「いや、僧侶ってのは頭を剃るものじゃ無かったっけ?」
「スキンヘッドかよ。危ないなぁ」
「ってかそれデマだろ」
イタリアの信者たちも更に噂する。
「アビニヨンの教皇の母親はでべそだそうだ」
「子供の口喧嘩かよ」
スパニアを訪れたエンリ王子が、たまたま来ていたアラゴン公を交えて、イザベラと三人でお茶を飲む。その時、そんな話題が出た。
「これじゃ、まるで泥仕合ですよ」
そう言って頭を抱えるアラゴン公に、イザベラは「まあ、言われたらやり返すのは当然でしょうね。言われっぱなしじゃ相手が増長するわ。暴言を吐く人は同じ言葉を浴びる覚悟がある筈で、それで逆ギレるなんて、人としてどうかと思うわよ」
「言ってる中身が事実かどうか・・・って事もあるけどね」
エンリがそう言うと、イザベラは「それって、事実を言う事に価値を置くって事よね? けど、母親はでべそと言うのは、むしろ"嘘を押し通すだけ自分は強い立場なんだ"という、無法者ヒャッハーとしての威嚇に意味があるんじゃ無いかしら」
「だから、かの半島国はあれだけ厚顔に捏造歴史を振りかざすのですね」とアラゴン公。
「けどさ、あのアビニョンの教皇だって、元々ローマに居て教皇になったんだよね?」
そうエンリが言うと、アラゴン公は「私も教皇派ですけど、あんな人を支持して来た訳じゃ無いです」
イザベラは言った。
「支持というのは人格を丸ごと信じる訳じゃないわよ。例えば、ヘイトを向けて来る国に抗う政治家が、実は裏でヘイト国の問題教団と繋がりがあったから、彼は偽の愛国者だから今までの抵抗は全て嘘で、それまでに行った実績としての行為は全部帳消しにして、ヘイトへの屈服に立ち戻るべき・・・とかいうバレバレの詭弁が相手にされないのは、当然よね」
「まあ、その政治家の場合はいいとして、あの教皇にそんな御立派な実績なんて無かっただろ」とエンリ王子。
残念な空気が漂う。
そしてアラゴン公が言った。
「こんな事を言う人たちが居るんですが。"彼は軍事力によって拉致された被害者で、古代のバビロン捕囚と同じ"なのだと」
「それなら、拉致した軍事力の持ち主・・・って居るんだよね? それって誰の事?」
そう言ってエンリが首を傾げると、イザベラは「強いて言うなら南部諸侯たちって事になるわよね?」
「それが、あれは地方領主の集まりで。陰で操っているのはフランス王で、フランス会議という謎の陰謀組織が存在するのだとか」とアラゴン公。
エンリが「そんな会議あったっけ?」
イザベラが「フリーメーソンとかシオン長老会議みたいな?・・・」
「アーベイ首領に扇動されたネト〇ヨという宣伝隊がどーのとか」
そうアラゴン公が言うと、エンリはあきれ顔で「何だ?そりゃ。ネ〇サ✕という宣伝隊ってんなら、移民団体とか組合とか、デカくて解りやすいバックは居るけど、どっちにしろ正体不明だよね?」
イザベラは笑いながら「陰謀論というのは正体不明でナンボよ」
エンリは溜息まじりに言った。
「結局、外国の立場からの一方的ヘイトスピーチ権を守るための抵抗派を排斥する煽動用デマだもんなぁ。相手の発言に反論出来ない代わりのレッテル貼りというか」
「五毛という宣伝隊は報酬規程からマニュアルまで周知の事実ですけどね」とイザベラが指摘。
「ってか、そういう危ない話は止そう」とエンリ王子。
ローマとアビニヨン、双方の激しい非難合戦の中、困惑する信者たちは、何とか二人の教皇の顔を立て得る理屈を求めた。
やがて彼等はその風聞に飛びついた。
「アビニョンの教皇はフランス王の陰謀によりフランスに拉致された被害者なのだ」と・・・・・。
それを信じた人達の抗議が、ルイ先王の元に殺到する。
特に危機感を持ったのは、フランス国教会の信者たちだ。
謁見室で信者たちの集団が鬼の表情で先王に詰め寄る。
「アビニヨン派の後ろ盾になって国教会を裏切るのですか?」
そんな彼等の勢いに圧倒され、ルイ先王はタジタジ顔で「いや、そういう事は・・・・」
危機感は国教会同盟のイギリス・スパニア・ポルタの国教会関係者にも伝わり、ヘンリー先王とエンリ王子がパリに乗り込んで、ルイ先王との直談判に及んだ。
客間で対応するルイ先王に、あきれ顔のヘンリー先王は「もう保護者なんてやらないって、はっきり言ってやったらどうです?」
「けどなぁ」
エンリ王子もあきれ顔で「そんなに皇帝なんて肩書が魅力的ですかね?」
ルイ先王はエンリに「あなたの奥方は女帝を名乗ってますよね?」切り返す。
「そーだーそーだ」
そう言って外野のつもりで囃し立てるヘンリー先王に、エンリは「あんたの所だって大英帝国とか名乗ってるでしょーが」
「そーだそーだ」とルイ先王は外野のつもりで囃し立てる。
残念な空気の中、エンリは言った。
「こういうの、止めません? 皇帝なんて肩書、とっくに有名無実化しています。あんなのに拘ってるのは馬鹿ですよ」
その時、ルイ先王の侍従が・・・・。
「あの、先王陛下、外国の君主から連絡が」
「誰だよ?」
「その、"あんなの"に拘ってるテレジア女帝です」と言って侍従が差し出した通話魔道具から、テレジア女帝の金切り声が響く。
「私の皇帝の座を奪う気ですか? そのつもりなら容赦しませんわよ」
言いたい事を言ってテレジアが通話を切る頃には、その場には更に残念な空気が立ち込めていた。
「そもそも皇帝ってどんな意味があるの?」
そうエンリが言うと、ルイ先王が「昔からの伝統だよね?」
エンリ王子が「前世紀の遺物?」
ヘンリー先王が「つまりオーパーツ」
「かっこいいじゃん」とエンリ王子。
「人知を超えた特殊な力で超常現象を起こして、触ると魔物に変身して・・・」とルイ先王。
エンリは溜息をついて「いや、漫画やアニメじゃ無いんだから」
「つまりは宗教的権威ですよ。けどその教皇庁の権威自体ガタ落ちしているじゃないですか」
そうエンリが言うと、ルイ先王は言った。
「確かにユーロ内では・・・ね。けど、海外での布教は未だに教皇庁が中心です。それと、フランスとしては南フランスの分離は何としても防ぎたい」
それに対してヘンリー先王は「けど、教皇庁の保護者となると、教会領を没収って、もう出来なくなるぞ。あれは国家を統合するには避けて通れないんじゃないのか?」
エンリは暫し思考する。そして彼は言った。
「あのさ、皇帝って本来、教会とは無関係な政治的肩書ですよ。それが教会の擁護者で教会が皇帝権の保障者だ・・・ってズブズブ関係って所が中世の遺物なんじゃ無いですかね? 宗教が政治に介入する時代は終わるべきですよ」
「けど、そうすると皇帝権が完全に世襲になって、ますますドイツの専有物になり、ドイツ王が自動的に皇帝になる。するとどうなります? このままプロイセンが強くなってドイツを完全掌握したら・・・」とルイ先王。
ヘンリー先王は「あのフリードリヒが皇帝かよ。それはさすがに嫌だ」
「とりあえずフランスとドイツで当事者同士の話し合い・・・って事では?」
そうエンリが言い出すと、ルイ先王は口を尖らせて「ここまで引っ張って丸投げかよ」
「そのための政略結婚ですよね?」とエンリ王子。
リシュリュー宰相とメッテルニヒ宰相の間で外交工作が始まり、双方の外交官による事務的話し合いが続いた。
そして・・・。
「つまり二人皇帝制か?」と、リシュリューから報告を受けたルイ先王。
リシュリューは説明した。
「正帝にテレジア女帝、副帝にはその娘でフランス王妃のアントワネット姫・・・と。六歳の女の子が肩書だけって事で、無害だし双方の顔を立てるには、それしか無いかと」
方針はパリの庶民に知れ渡る。
話を聞いた庶民たちが、好き勝手言う。
「我がフランスがついに帝国かぁ」
「これでもう、ドイツ野郎なんかにに負けないぞ」
「けどこれって、母親がドイツ人だからだよね?」
「あの王妃はやっぱりドイツの回し者か?」
「それに皇帝になるって、国教会を止めて教皇派に戻るって事だよね?」
「あの、商売で金持ちになるのを罪だってのに戻るのかよ。冗談じゃないぞ」
庶民の間で、アントワネット王妃への批判が高まった。
通話魔道具で、困惑するリシュリューの愚痴を聞かされるエンリ王子。
「どうにかならないでしょうか」
「宗教は無関係だと、説明はしているんですよね?」
そうエンリが言うと、リシュリューは「そうなんですけど、聞く耳を持たないというか・・・」
エンリは思った。
(これって、扇動してる奴が居るんじゃないのか?)
エンリはイザベラに連絡する。
「マキャベリ学部長は、この件で動いているのかな?」
魔道具の向うからそう問うエンリに、イザベラは「かなり動いているらしいわよ」
「あの人、何が狙いなんだ?」とエンリ。
イザベラは「教皇権の復活・・・などでは無いって事だけは、確かよね」
エンリは思った。
彼の目的は、恐らくイタリアの統一だ。そして、その最大の障害とは・・・・・・・・。
エンリは思考し、やがて一つの結論に辿り着いた。
(そういう事か)
そしてエンリは、魔道具の向うのイザベラに言った。
「国際会議をやるぞ。それで、この馬鹿騒ぎを終わらせるんだ」




