第380話 二つの教皇庁
フランス南部に発生したカタリ派教団の討伐と称し、南部教皇派諸侯が参加したアルビ十字軍。
これを撤退に追い込んだエンリ王子たちにより、カタリ派は制圧され壊滅した。
だが、この騒ぎの後、フランス南部諸侯たちは領地を教皇庁に寄進し、教皇庁はカタリ派本部のあったアビニョンに移転。
教皇領となったフランス南部の事実上の独立に、頭を抱えるルイ先王。
だが、これはイタリアを去った教皇の保護者としてのユーロ皇帝の立場が、名目上のイタリア王だったドイツ皇帝からフランス王に移る事を意味するのではないか。
エンリとイザベラはそうテレジア女帝に指摘し、皇帝の称号を失う危機であると彼女を煽った。
テレジア女帝はアビニョンを訪れ、教皇に面会。強い口調で要求した。
「ローマにお戻り下さい。猊下を慕う多くのイタリアの民が、帰還を強く求めています」
これに答えたのは、教皇の隣に控えているベルトラン枢機卿だ。
「それはあなたの彼等の王たる資格のためですよね? 問題は自分の地位なのではないですか? イタリアは都市諸侯同盟の元で、イタリアはあなたの支配から離れている。それを挽回するチャンスなのですよね?」
「教皇猊下は我々を見捨ててフランス王を保護者に選ぶのですか? それでは私の皇帝としての立場はどうなるのでしょうか」と、女帝は臆面も無く自らの地位を主張する。
「フランス人は教皇領を寄進しました」とベルトランは臆面も無く、自分達の利益を主張する。
「それは王を無視して諸侯たちが勝手にやった事です。そしてイタリアにも教皇領があります」と反論するテレジア女帝。
ベルトランはそれに反論して「都市諸侯同盟により有名無実になっていますけどね。我々の収入としては、頼れなくなっている」
「つまり、問題は自分たちの利益という訳ですか?」とテレジア女帝。
ベルトランは語った。
「かつて、ゲルマン人の侵入によりローマが滅亡した後、カール大帝がゲルマンを統一し、教会の保護者として、ローマ皇帝の後継となった。そのカール帝の国が分裂したのがドイツとフランスです。つまり、ドイツ王とともにフランス王も皇帝たる資格がある。ドイツ王が皇帝たる事は長い歴史で定まった伝統ですが、独仏はしばしば争い、諸侯の自立でドイツ王たる地位も危うくなっていますよね?」
「私たちは平和を求めてフランスとの同盟へと転換し、時代は変わりました」
そう主張するテレジアに、ベルトランは「政略結婚で・・・ですよね? そしてフランスはドイツ皇帝家の血筋を取り入れた。これは皇帝の資格を得たという事では無いのでしょうか?」
「ですが、フランスはあなた方の保護者の立場を受け入れるのですか? それは国教会を廃止するのが条件ですよね?」とテレジア女帝。
まもなく教皇庁からフランス王家に「教会の保護者」の立場になるよう要請があった。
非公式にフランスを訪問したエンリ王子の前で、頭を抱えるルイ先王。
「どうしよう」
「国教会はどうするんだという話になるかと。OKしたら廃止を要求してくるでしょうね」
そうエンリが指摘すると、先王は「国内の教皇派が勢いづくだろーなぁ。けど、これってユーロ皇帝の地位って事だよね。いいよね、それ」
「もしかして、半分乗り気ですか?」と、あきれ顔のエンリ。
「そそそそそんな事は無いぞ」
そんなルイ先王に、エンリは「曖昧戦略ってのはどうかな」
「何ですか? そりゃ」
ルイ先王は摂政の名で返事を書くため、リシュリュー宰相に意見を求めた。
曖昧な文言をちりばめた文章を見て、首を傾げるリシュリュー。
「同じ未来を見ましょう・・・ですか? これってOKって事ですよね?」
「引き受けるとは書いてない」とルイ先王
リシュリューは「引き受けるという返事と解釈されますよ」
その先の文章を読み、更に首を傾げるリシュリュー。
「で、国教会の廃止については・・・・・。いろいろ困難はありますが、粉骨砕身不惜身命、困難を乗り越え・・・。つまり、反対が厳しいけど頑張って乗り越える・・・と?」
「何を頑張るのか書いてないぞ」とルイ先王
返事の書簡がアビニョンの教皇庁に届く。
教皇は書簡を読み、対応を考えるべく側近の枢機卿たちを集めて意見を求めた。
枢機卿たちは、そこに書かれた曖昧な文章を見て、首を傾げる。
「ドイツ皇帝はこれまで保護者として、西ローマ皇帝の肩書を名乗ってきましたが、ユーロに二人の西ローマ皇帝は不要」
ベルトラン枢機卿が読み上げたその文を聞き、教皇は頭を抱えて「どうする?」
「交代させるというのは、どうでしょうか」
そう一人の枢機卿が意見すると、教皇は「テレジア女帝、絶対怒るぞ」
「とにかく、これに対する返事を書かなきゃ、ですよね?」
そうベルトランが言うと、更にもう一人の枢機卿が「こういう場合は曖昧戦略というのはどうでしょうか」
「何だ? そりゃ」
そしてベルトランは、決まった方針に基づいて、フランス王宛ての書簡の文章を書く。
「教会保護者の皇帝としての地位は神の意に沿う所であり、これを新たなユーロの要とするため、教会は関係者を説得すべく、粉骨砕身不惜身命、困難を乗り越え・・・」
そんな様子を物陰から覗く一匹の鼠が居た。
カルロが放った鼠の使い魔である。
カルロはその鼠が捉えた情報をエンリとイザベラに報告した。
書簡に書かれている文章を見て、エンリは「こう来るだろうな」
「これ、使えるわね」とイザベラも・・・。
鼠の使い魔がもたらした視覚情報は、記憶の魔道具に画像として記録されている。
その使い道を考えるイザベラ。
そして・・・・・・・。
「カルロ、頼んだぞ」
そう指令するエンリに、カルロは「お任せ下さい」
カルロはこの情報を、ドイツ諜報局にリークした。
ウィーンのドイツ皇帝の宮殿では・・・。
「女帝陛下、教皇庁からフランスに密書が送られたとの情報が」
そう言ってテレジア女帝の執務室に駆け込む諜報局員。
リークされた書簡に添付された画像情報を見て、目を吊り上げるテレジア女帝。
「関係者を説得って、どういう事よ!」
「つまり、我々に皇帝の座を降りろと」と諜報局員。
その場に居たメッテルニヒ宰相は、何とか女帝を宥めようと「ですが、フランス王を皇帝にするとは書いておりませんが」
だが、テレジアは「他にどう解釈出来るというのですか?」
テレジアは諜報局に教皇庁の動きを探るよう命じた。
間もなく、複数の諜報局員が、教皇庁のフランス王家への働きかけに関する情報をもたらす。
その報告を聞いて「冗談じゃないわ」と、目を吊り上げるテレジア女帝。
諜報局員は「ですが、教皇庁がフランスに留まったままでは、我々も手の打ちようがありません」
「とにかく教皇にイタリアへの帰還を要請しましょう」と進言するメッテルニヒ宰相。
テレジアは全力で教皇にローマへの帰還を求めるべく、イタリアの信者たちを率いて、大挙してアビニョンへ陳情に赴いた。
教皇の前で帰還を訴える、信者たちとテレジア女帝。
「そうは言っても、こちらにも信者は居るのだが」
そう言って難色を示す教皇に、テレジアは「ローマに教皇座を定めるのは伝統です」
教皇は「けど、領地を寄進されちゃったしなぁ」
「つまりお金の問題ですか?」
そうテレジアに痛い所を突かれた教皇は「そそそそんな事は無いぞ。だが、寄進とは信仰心を示すもので、それは天国の蔵に財を蓄える、云わば神の意思なのだよ( ー`дー´)キリッ」
「イタリアにも教皇領はありますよね?」
そうテレジアが言うと、教皇は「実質うちの管理を離れて、上がりもめっきり減っているんだが・・・」
「やっぱりお金の問題ですか?」と追及するテレジア。
「そそそそそそんな事は無いぞ」
あーだこーだと言い逃れる教皇庁。
そうこうしている間に、イタリアでは風聞が広まった。
アビニョンへの教皇庁の移転はフランスによって強制されたもので、教皇は拉致されたのだと。
これはかつてのバビロン捕囚の再現だと主張する者達は、この問題をこう呼んだ。
「西のバビロン捕囚」と・・・・。
ドイツ皇帝家では、梃子でも動く様子の無い教皇の姿勢に苦慮する日々が続いた。
宮殿の女帝の執務室では・・・・・。
「どうしましょうか」と困り顔で言うメッテルニヒ宰相。
テレジア女帝も困り顔で「どうしましょう」
その時、家来の一人が通話魔道具を持って報告に来た。
「女帝陛下、外国の王から通信が・・・」
「外国ってどこよ」
そう言いながら女帝は通話魔道具を受け取ると、魔道具からは、聞き覚えのある声で「ハーイ、こちらフリードリヒinプロイセン」
テレジア女帝、通話を切る。
再度通信の魔道具がコールを鳴らす。
「間に合ってます」
そう一言言って切ろうとするテレジア女帝に、魔道具の向うのフリードリヒ王は「そあそう言わずに。例のアビニョンの件で情報提供しちゃおうかなぁー・・・なーんて」
「何ですって?」
「実はさっき、フランスのルイ先王から打診がありましてね。自分がドイツに代わってユーロの皇帝の称号を名乗ったら、支持するかと・・・」
そう思わせぶりな口調で語るフリードリヒの声に、テレジアは金切り声で「まさか支持するとか言わなかったわよね?! あなたも一応、ドイツの国民の端くれなんですけど」
「けど、私は教皇派じゃないし。まぁ、落ち目な陛下が皇帝で居られるのも・・・」
そのフリードリヒの言葉を遮るように、テレジアは「誰のせいよ!」
「皇帝で居られるのも、教皇庁の保護者って肩書のお陰で、教皇派領主が支持してくれるから、ですよねー? 大変だろーけど大丈夫?」とフリードリヒは続ける。
「大きなお世話よ!」
「まー頑張って」
そう言って通話を切るフリードリヒ。
ベルリンの宮殿では、魔道具の通話を切ったフリードリヒ王が、隣に居た来客に・・・・・。
「なーんちゃって。こんなもんでいいよね?」
隣で対話を聞いていた、その来客、ボローニャ大学陰謀学部マキャベリ学部長は、フリードリヒに「これで彼女は本気で教皇をイタリアに連れ戻そうとするでしょうね」
「けどあなた、教皇あってのイタリア・・・とか本気で思って無いよね?」と返すフリードリヒ。
ウィーンの宮殿では、テレジア女帝は頭を抱えていた。
「教皇庁には何が何でも、早急にイタリアに戻って貰わなければ」
そんな女帝にメッテルニヒ宰相は「けどあの人たち、そんな気は全然無さそうですよ」
「いったい、どうしたら・・・・・」
メッテルニヒは言った。
「こうなったら、ローマに対抗教皇を立てるしか無いのでは・・・・・」
ドイツ皇帝家では、ローマに独自の教皇を立てるべく行動を開始した。
手駒となる聖職者を新教皇候補に立てて、結束したイタリアの教会の支持を背景に、各国の教会の中で味方になりそうな勢力に呼びかけ、教皇選定会議を開く。
そして、集められた味方教会の代表たちを前に、テレジア女帝は宣言する。
「ここ、ローマは救世主の十二使徒の筆頭たる聖ペテロの眠る地であり、彼が救世主より託された天国の鍵在りし聖地です。この地を離れての教皇庁など有り得ない。アビニョンにて教皇を名乗る者は、その道を外れ、悪魔に与したは異教徒。我等は神の道に立ち戻るべく、真の使徒として新たな教皇の選出を行うものであります」
筋書き通りに議事は進み、全会一致でローマの新たな教皇が名乗りを上げた。




