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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第372話 残念な審問

カタリ派鎮圧を名目としたアルビ十字軍を撤退させる事に成功したエンリ王子は、本物のカタリ派教団の鎮圧に乗り出した。

カルロが突き止めたレーモン領内のカタリ派支部。

ここに通うホセという信者を利用して、固有結界にある支部教会に潜入し、これを制圧して「完徳者」と呼ばれる支部指導者の確保に成功する。



捕えた完徳者の尋問が始まった。

当初、カルロが自白の催眠魔法を使った尋問に当たったが、精神系の魔法に対する彼の抵抗力は強く、尋問は難航した。

カルロの苦情を聞き、エンリは尋問室に向かい、自ら完徳者に向き合う。


エンリが発する幾つかの問いに対し、沈黙を続ける完徳者。

「お前達が言う地上の楽園ってのはどこにある?」

「・・・・・・」

「創始者は誰だ?」

「・・・・・・」

「お前はどこから来た?」



やがて完徳者は口を開き、エンリに言った。

「あなたは私たちが邪教で不要な教えだと仰います。だが、私たちは待ち望まれたから、ここに居るのです」

「俺に説教でもするか?」

そう返すエンリに、彼は「あなたには不要かも知れない。だが、必要とする人たちは居ます」

「俺が強者だから・・・って訳か?」

そう返すエンリに、彼は「そうです。弱者はあなたとは違う」

「その人にとって必用だから、ってんなら、盗みが必用なら盗むのか? って話になるぞ」

そうエンリが反論すると、彼は語った。

「人は罪を犯し地獄を恐れる。だから神による許しの言葉を求めます。それを代弁する僧侶が居て、教皇を頂点とする教会の僧たちが懺悔に耳を傾け、悔い改めたと認めて神の赦しを宣言するのです」


「そんなのただの儀式だ」

そう断じるエンリ王子に、彼は「その儀式が心の弱い人間には必用なのです。だが、その説得力を、教会の僧侶の腐敗が失わせてしまう。彼等の堕落した生活が、聖書に対する歪んだ解釈を産む。彼等は正しい言葉を口にしていない」

「だから反教皇派の信徒は、教会の僧侶を否定して、自らが聖書を読んで解釈するんだと言ってる訳だが」とエンリは指摘する。

「それは心の強い人にしか出来ない。そうでない人には、信じるに足る人が導き手として必用です。それが禁欲と無辜による完全な徳を持った完徳者」と彼は、自らの立場を主張する。


エンリは反論する。

「そんなので事実を語る人になったと思うのが間違ってるんだよ。事実を語るのは道理を解する知力だよ。罪って何だ? 殺すな? 盗むな? 嘘をつくな? けど、普通に生きている人を害するのと、刃物を持って殺しに来る奴らに抗うのは、同じじゃない。身を守るために、敵として切りかかる奴を殺すのが、本当に同じ罪と言えるのか?」

「・・・・・・」

「明らかにあなたが自身の力で手にした物を、奪って"これは自分の物だ"と言い張って不当に占有している人が居る。そういう物を回収したとして、奪って占有していた側は、正当な所有者であるあなたに盗まれたと訴える。あのバンブー島を奪った半島国のように。彼等の側の人は"半島国がその島の本来の領有国より小国だから"という理由で"弱者の国に共感して(盗品である)バンブー島の領有を認めるべきだ"と主張し、本来の領有国を泥棒呼ばわりする半島国の側に立つ。そんなのが正義か?」とエンリは続ける。

「・・・・・・」

「嘘にしても種類がある。他人を傷つけるための嘘は確かに罪だ。けど、どこぞの半島国は隣国との歴史を捏造して隣国を中傷する。そういう奴ほど無理な解釈で"これは嘘ではない"と言い張る。同じ嘘でも、本来教える必用の無い事を教えろと強要され、自分を守るために嘘をつく場合だってある。傷つけようと攻撃して来る敵が居る場合、公とは無関係な個人的な事柄で嘘をついたとして、果たしてその嘘が誰かを害するのか? 嘘だから道徳に反すると言うが、完全に個人的な事柄に関する情報は自らが管理するプライバシーという権利がある。それは不当な攻撃から身を守るために事実を言わない権利だ」と、エンリは更に続ける。

「・・・・・・」


「教会が言う罪って何だ? それは教会に従わないって事だよね? 彼等は神への祈りを要求するが、もし教会が言うように、神が全知全能で全ての事実と道理を理解し完全な徳を備えた存在だと言うなら、祈りって何だ? 讃美歌ってただのお世辞だろ。完全な徳を備えた存在がそんなものを要求するか? 常に平身低頭してないと機嫌を損ねるなんて、最悪の俗物だろーが!」

そうエンリが指摘すると、彼は顔を真っ赤にして言った。

「神は人を愛しています。その愛に応えるのが被造物たる人間の義務です」

そう主張する彼に、エンリは更に指摘した。

「神の愛ってただの支配欲だろ。人は神が作った被造物だって言うが、子供は親の所有物じゃない。そんな道理も弁えないのが全知全能か?!」


「あなたには知性と意思の力がある。それがあなたの強者たる所以なのかも知れない。だが、そうではない人は多い。彼等は自らの罪を恐れ地獄を恐れる」と完徳者。

エンリは「地獄なんて存在しない。あれは、法を犯せば罰せられるという社会の仕組みを基にした空想の産物だ。地獄というのは人を苦しめる目的で作られたものだろ。それはただの悪意だ。法とは誰かが害される事を防ぐためのものだ。それが、これから誰も害する事の出来ない死者を苦しめて、どんな加害を防ぐと言うんだ? ただの悪意でそんなものを作るのが本当に神と言えるか? そんなのは、ただの悪霊では無いのか?」

「・・・地獄という存在を信じる事で、人はそれを恐れて罪を犯すまいとします」

そう主張する彼に、エンリは「つまり、ただのコケ脅しだよな? それで他人を脅して過大なお布施を毟り、自分達だけは神のご託宣で罪を許されたと言って、やりたい放題。十字軍ってのはまさにそれだろ」


「そうならないために正しい信仰を・・・」

そう言いかける彼に、エンリは溜息をついて「その正しさって何だ? 脅して罪を自粛させるのは何のためだ? 罪って何だ? 道徳って何だ? それは他人を害すまいとする意思じゃ無いのか? それで社会を安心して暮らせるようにするためのものだろうが! ところが、あなた達が完全な徳と称しているのって、禁欲だの虫を殺さないのと、それが社会的安心と何の関係がある? 道徳的正しさってのは社会に住む個々の権利を守るためのものであって、それは言葉で言い表せる道理に拠るもので無くてはならない」

すると完徳者は「違います。道徳とは相対的なものです」


エンリは更に溜息をつき、そして言った。

「はぁ?・・・・・・・・。相対的か絶対的かが、道徳についての論理の必要性をどう否定するんだ?」

「それは・・・」

「あなたの言う相対的って、どちらがより道徳的か、道徳的優位はどちらにあるか・・・って話だよね? それを感覚で決め付け、優位を主張して相手を見下す、どこぞの半島国の思考だよね? あなたの言ってるのはただのマウンティングだ。他人に対する優位を求める者は、力や財力や地位を誇示する。それと同様に、道徳的優位と称して他人に対する優越を主張しようと自分を美化し相手を貶め、相手を劣位に落として支配しようとする。だから相手も反発して争いとなる。そういうネタに道徳という言葉を使ってるだけだ。そんなのが道徳性か?」とエンリは指摘する。


完徳者は言った。

「あなたは神を恐れないのですね。賢者カントは言った。神は人の認識を越えた存在であり、理性で理解するのは不可能だと。だから信じる他は無い」

「だったら聖書って何だ? あれも誰かが書いたものだよな? 神を認識出来ないなら、あそこに書かれた神の意思とやらは誰がどうやって認識したんだ?」

そう問うエンリに完徳者は「それは神の啓示を受けた預言者が・・・・・・」

「その預言者というのが、認識出来ない筈の啓示とやらを理解して言葉にしたと? 結局はそれが都合のいい人たちが、暗黙のうちに口裏を合わせて偏見に権威を付与して、それを信じますって言ってるだけじゃ無いのか?」

そう指摘するエンリに、彼は「違う。私たちは弱者に寄り添い、共感し、彼等とともにある。それが正義だ」

「その弱者って誰だよ。リベラル教とかいうカルトが言ってる、その国の国民の男性以外の外国人とかか? それで彼等に共感して、彼等の憎悪を共有して、宣伝戦争に突っ走るのが正義かよ」とエンリは指摘する。


「あなたは弱者を見下している」

そう言って涙目になる完徳者に、エンリは「ヘイトを否定するのは"見下し"か?」

すると完徳者は残った全ての気力を込めて、言い放った。

「弱者を軽んじる者は滅びます。彼等にだって一つだけ武器がある」

「脅しかよ。その弱者の武器って何だよ」

そう問うエンリに、彼は「命ですよ」


エンリは怒りを込めて言った。

「つまり、抗議の自殺って奴か? それで死ねば同情して貰えて、大勢味方になってくれるって訳かよ。けどな、それってただの感情で、道理とは無関係だよな? そんな感情論が全ての価値観で争おうとするから、それに縋って自ら命を捨てる訳だ。つまりそういう感情論が全てだ・・・って言ってるお前等に、彼等は殺されたのと同じじゃ無いのか?」

「それは・・・」


その後、エンリの問いかけに対し、彼は言葉を発する事は無かった。

完徳者の目は既に生気を失い、エンリはこれ以上の問いは無意味と判断して、尋問室を出た。

そして再び、カルロと交代する。



「どうだった?」

しばらく経って尋問室から出たカルロに、エンリがそう問うと、カルロは言った。

「精神的な抵抗力をかなり失ったようですね。催眠魔法に対する抵抗力が低下しています。このまま行けば自白の魔法が効くようになるでしょう。本拠地に関する情報を入手するのも容易かと」

「そりゃ良かった」と言って溜息をつくエンリ。


そんな彼の様子を見て、カルロは「どうしました? 何だか憂鬱そうですが」

「滅茶苦茶気分が滅入るんだが。ああいう勘違いな坊主の相手って、本当に疲れる」

そう言って、エンリは暫し思考を巡らせ、そしてカルロに言った。

「道徳って何だろうな?」

「ただの勘違いですよ」と、臆面も無く言うカルロに、エンリは少しだけ引いた。

そして「勘違いなのか?」


「だって、感覚と因習で善悪を決めてるだけでしょ? 昔の人はこう言ったから・・・って事で、お約束が蓄積される中に、どんどん偏見が混じっていく。だから、腹に一物ある奴が煽動して、感情操作でみんなを騙して理不尽なものを拡散出来ちゃう。道理による正否とか無関係にね」

そうカルロが柄にも無い真顔で言うと、エンリは溜息をついて言った。

「本来は道徳って、社会をきちんと動かすためのものなんだよな。基本は人の"社会の一員としての自分の利益"のためが、同じく社会の一員としてのみんなの利益に叶うようにって・・・。そういう道理による検証をスルーしようと、いろんな偏見をみんなに刷り込む奴等が居る訳だ」


「そうやってみんな、変なものを"それが正しい"って思い込まされるんですよね」

そう言うカルロに、エンリは「お前自身はどうなんだ?」

「俺、ヤリチンですから。道徳なんて気にしたらヤリチンなんて出来ませんよ」

そう臆面も無く言うカルロに、エンリは苦笑いして「だよな」

「今夜あたり街に繰り出しません? いい子の居る店を紹介しますよ」

そんなカルロの軽口に、エンリは何も考えず「そうだな」



何時の間にかカルロの背後に来て居たニケが、ハリセンで彼の後頭部を思い切り叩く。

「何、家族も恋人も居る王子を悪い道に誘ってるのよ」

ニケの脇に居るリラが「エンリ様、私では満足出来ませんか?」

若狭が「風俗店なんて不潔です」

タマが「王子最低」

エンリは慌て顔で「いや、行くとは言ってないから」と言い逃れを図る。


「ねえねえ、どこに行くって?」

そう言ってエンリの上着の裾を引くファフに、エンリは困り顔で「子供には関係無い」

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