第368話 南仏の魔女狩り
アルビ十字軍が発足し、教皇派の領主の軍隊がこれに参加した。
最初に彼等の進軍を受けたのが、レーモン伯領。
彼等は村を次々に占領して審問にかける、そのための査問官として派遣されたのがカステルノー修道士だ。
狩り集められた村人を整列させる十字軍の兵たち。
その中からカステルノーは何人かの村人を指名した。
指名された一人の村人を縛り上げ、カステルーノは威嚇を込めて問う。
「お前は異端の信者だよな?」
「違います」
そう言って否定した村人を凄惨な拷問にかける、教皇庁異端審問局の拷問官たち。
背筋の凍るような悲鳴が響く。
半死半生状態の村人に、再びカステルノーは「お前は異端の信者だよな?」
「違います」
苦痛と恐怖に打ちひしがれながらも、そう言って村人が否定すると、カステルーノは「では、もう一回」
村人は悲痛な表情で「勘弁して下さい」
「なら答えろ。お前は信者か?」
その爬虫類のようなカステルノーの視線に、村人の心は折れた。
「そうです」
するとカステルノーは「誰に勧誘された?」
「それは・・・・・」
答えられない村人を再び拷問。
拷問の中で村人は、村の誰かを指名し、カステルノーは指名された村人を拷問にかける。
こうして何人もの村人が信者と認定され、なけなしの財産を没収されて奴隷に落とされた。
配下の領民たちが次々に全てを奪われてゆく様子を、成すすべ無く見続けるレーモン伯。
彼は、夕暮れの中を幕営に戻る道すがら、カステルノーに問うた。
「あれは本当に信者なのですか?」
「神の代理人である私が問い、彼等は自ら告白したのです」と、カステルノー修道士が見せるドヤ顔に、レーモン伯が感じた疑問は更に重さを増す。
「拷問に耐えきれなかっただけではないのですか?」
そうレーモン伯が重ねて問うと、カステルノーは「耐えきった人も居ました」
「命を落としましたけどね。あなたはどうやって彼等を指名したのですか?」
レーモン伯のその問いに、カステルノーは「神の声を聞いたのです」
「つまり、直感ですか?」と言って溜息をつくレーモン伯。
カステルノーは言った。
「直感とは神が人に与えたメッセージ。賢者スピノザはこれを感覚・理性の上位に位置する第三の認識知と言っています」
「つまり、あてずっぽうですか?」
そうレーモン伯が言うと、カステルノーはむっとした顔で「あなたは教皇様に指名された神の使徒たる私を疑うのですか?」
レーモン伯は脳内で呟いた。
(こういう奴には何を言っても無駄だ)
その夜、カステルノー修道士は拉致され、数日後、森の番小屋で遺体となって発見された。
彼が人々を拷問にかけたのと同様に、火で炙られ、あちこち切り刻まれた無残な姿で・・・。
拷問で殺された人たちの縁者による報復である事は、誰の目にも明らかだった。
領主として現場に駆け付けたレーモン伯は、その状況を見て呟いた。
「自業自得だな。だが、放置という訳にもいくまい。仮にも教皇庁の使者だ。とにかく犯人を見つけなくては」
「その必要はありません」
レーモン伯がその声に振り向くと、そこに居たのは教皇特使のアルノーと、彼が率いる十数名の十字軍兵士。
「レーモン伯。あたなの差し金ですね? あなたはカタリ派の隠れ信者だ」
「な・・・」
レーモン伯を捕縛しようと彼を取り囲む兵たち。
とっさに彼は剣を抜いて兵たちを切り伏せ、馬に飛び乗って自らの城へと逃走した。
城に戻ると城門を閉ざし、家来たちを集めて事情を話す。
「どうしよう。いきなり信者呼ばわりされちゃったよ」
そう言って頭を抱えるレーモン伯に、家来たちは「彼等はあなたの財産を奪いたいだけですよ」
(そんな解り切った説明を・・・)
そう彼自身が脳内で呟く言葉に、領主としての自分の地位が終わった事を感じた彼は、自棄全開で家来たちに言った。
「こんな城要らない。俺は今すぐスパニアに逃げてアラゴン公を頼る。お前達は俺を売るなり何なり好きにしていいぞ」
その時、城門を守る兵の一人が報告に来た。
「領民たちが武器を持って城門前に集まって、騒いでいるんですけど」
「あいつ等、俺を突き出す気かよ」
そうレーモン伯が絶望顔で言うと、家来は「それが、どうやら逆みたいで・・・」
レーモン伯は家来とともに城門上の櫓へ。
彼に気付いた領民たちは、口々に叫んだ。
「レーモン伯、私たちがついてます」
「見捨てないで下さい」
思いもかけず味方になってくれた領民たちに、レーモン伯、じーんと来るものを感じ、そして呟いた。
「お前達、そんなに俺の事を・・・・・・・」
感動の涙にむせぶレーモン伯。
そして彼は脇に居る家来たちに、テンションMAXのドヤ顔で言った。
「やはり立派な君主は民に慕われるものなんだ。民を想う政治は最後には報われる」
家来たち、互いに顔を見合せ、疑問声で「うちの領主ってそんなに人望あったっけ?」
「何を言うか。民はちゃんと見ているんだ。俺はこんなに立派な政治家だぞ」と胸を張るレーモン伯。
「そーなのかなぁ」
城門を開き、駆け付けた武装民を迎え入れるレーモン伯と家来たち。
領民たちは彼等の領主の前に集まり、口々に言った。
「あの信者狩りに抗って私たちを守ろうとしてくれたんですよね?」
「今まであなたを誤解していました」
「強欲で無能な領主とか言ってごめんなさい」
「・・・」
家来たちの間に残念な空気が立ち込め、レーモン伯のテンションは急降下。
そして彼は脳内で呟いた。
(そんな事だろーと思った。けど、どーしよう。引っ込みつかなくなっちゃったよ)
レーモン伯は城に立て籠もり、十字軍に参加した周辺領主たちに抵抗した。
この事件は直ちに王宮に報告された。
レーモン伯はアラゴン公に助けを求め、そして情報はエンリの元へ。
アラゴン公ともども無関係を決め込む気でいたエンリ王子だったが、レーモン伯に同情したアラゴン公に促され、彼は介入を決断した。
エンリは調査中のカルロとタマを除く部下たちを集め、手勢を率いたアラゴン公とともにパリへと急行した。
王宮の客間でエンリとアラゴン公フェルデナンドと面会するルイ先王。
「話は聞いています。私も王として十字軍に参加を求められまして」
「行くのですか?」
そうエンリが言うと、先王は「資金提供で済まそうとしたのですが、デブスペクタ男爵の奴が"王はフニャチンか"と言いやがった」
エンリはあきれ声で「あのデブはヤクでもやってたんでしょうね」
「要は、酷い拷問で恨みを買った査問官が仕返しされて、腹いせに地元の領主を犯人認定・・・って事ですよね?」とアラゴン公。
「それで、あなたがが助けを求められているのですよね?」
先王にそう言われ、フェルデナンドは「彼を見捨ててはおけない。ああいう魔女狩りみたいな事は放置できない」
「今行けば確実に信者扱いされますよ」
そう先王が言うと、エンリは「彼等はレーモン伯をカタリ派の首領だと宣伝している。つまりあの城を落とせばカタリ派は壊滅した事になる。けど、本物は健在なまま。彼等は名目が欲しいだけですからね」
エンリはその場で通信魔道具を取り出し、カルロと連絡をとった。
「どうだった?」
エンリにそう問われた通信魔道具の向うのカルロは報告した。
「本拠地の特定は難しいですね。アビニョンのどこかにあるのは確かですが、結界魔法で近付く事ができません。ただ、レーモン伯領のあたりの支部は見つけました」
「よくやった。もう一つ探して欲しいものがあるんだが」
そう言って、エンリが新たな指令を伝えると、カルロは「それなら簡単ですよ。教会の財産登録を見れば、すぐですから」
通話を終えると、エンリはルイ先王とアラゴン公に言った。
「レーモン伯を救出しましょう。そして、説得して話し合いに持ち込むんです」
エンリとアラゴン公の軍勢は、レーモン伯が立て籠もるトゥール城へと向かった。
トゥール城の城門が向うに見える幕営に着いた彼等を、十字軍を指揮しているレスター伯シモンと教皇特使アルノーが迎える。
「よく来てくれました。アラゴン公、それとエンリ王子。あなた達も十字軍に参加して貰えるのですよね?」
そう言ってエンリとアラゴン公にドアップで迫るアルノー特使。
「レーモン伯は信者ではありません。彼を説得して話し合いを・・・」
そう言いかけたエンリに、アルノーは「つまり彼の味方という訳ですか?」
「はぁ?」
「彼やその背後に居るカタリ教団とズブズブ」と。目を血走らせてエンリに詰め寄るアルノー特使。
「はぁ?」
そしてアルノー特使は人さし指でエンリを指さし、オランウータンやどこぞの大学教授の如く歯を剥き出して「つまり、あなた方も隠れ信者!」
エンリは溜息をついて「駄目だこいつ等、話が通じない」と呟く。
そして、隣に居るアラゴン公に小声で「とにかく本人が居なきゃ身の証を立てようが無い。囲みを破って彼と合流して対話の場を設けましょう」
「けど、相手があれじゃ・・・」
そう言って頭を抱えるアラゴン公に、エンリは言った。
「ああいう手合いは自分達が世界を動かす側だと勘違いして増長しているんです。一発ぶん殴って立場を思い知らせるしか無い。囲みを破って城の奴等と合流しましょう」
周囲は十字軍兵士が取り囲み、銃を構えている。
エンリはアーサーに合図を送り、既に呪文の詠唱を終えていた彼は防御魔法を発動。
それで十字軍の攻撃を防ぐ中、ファフはドラゴン化し、炎を吐いて十字軍兵士たちを威嚇。
そしてエンリとアラゴン公の軍勢は城門に向けて突撃を開始した。
城門前で待ち構える歩兵陣に向けてタルタが鋼鉄砲弾で突入し、部分鉄化で大暴れ。
混乱した所へ、ジロキチと若狭を先頭にアラゴン兵たちが突入。
側面から斬り込む騎馬隊の前にエンリが立ち塞がり、炎の巨人剣で敵を薙ぎ払い、背後からはニケの銃弾、そしてリラとアーサーの魔法攻撃。
城門前の敵軍が蹴散らされるのを見たレスター伯は、門を開けてエンリとアラゴン軍を迎え入れた。




