第367話 女帝の幼馴染
南フランスで勢力を持ち始めた宗教勢力のカタリ派。危険なカルトと目されるそれに対する弾圧を主導する事で、勢力の挽回を図る教皇庁。
エンリ王子は、こうした状況を苦慮するフランスのリシュリュー宰相から相談を受ける一方で、イザベラ女帝からも対策を求められていた。
カタリ派弾圧の十字軍への参加を求められているイザベラの兄、アラゴン公フェルデナンド皇子を助けるためである。
エンリはイザベラとともにアラゴン城に赴き、フェルデナンドと会見。
「こんにちは、フェルデナンド兄様」
そんなイザベラの挨拶に、フェルデナンドは困り顔で「皇帝陛下も御機嫌麗しゅう」と形式的挨拶。
「そんなに畏まらないで下さい」
そうイザベラも困り顔で言うと、フェルデナンドは「いえ、貴方は既に夫のある身ですので」
そんな二人の様子に、エンリも困り顔で「いや、別に元カノに会ってる訳じゃないんだから」とフェルデナンドに・・・。
ようやく緊張がほぐれたフェルデナンド皇子は「エンリ王子、あなたのような方が彼女の夫君で良かった」
エンリは隣に居るイザベラに、小声で「・・・なあ、イザベラ。この人って、もしかして」
「子供の頃は"将来結婚しようね"って・・・」と、事も無げに言うイザベラ。
「いや、兄弟だろ」
そうエンリが言うと、イザベラは「兄や姉たちの母親が自分の子供を後継にしようと宮中で対立していたの。だから、他の兄弟とは赤の他人より険悪だったわ」
そしてフェルデナンドも「彼女には随分と助けられました。双方、母親の実家のバックが弱くて」
エンリは「精神的に支え合うって奴?」
「初代皇帝の胸像が壊されて濡れ衣を着せられた時、彼女が第二皇子に罪を擦り付けて助けてくれたのです」と懐かしそうに言うフェルデナンド。
エンリは脳内で呟いた。
(なるほど、あの陰謀スキルは、そういう中で身に付いた訳ね)
そしてしばらく、兄と妹の陰謀まみれの思い出話に花が咲く。
「それでアルビ十字軍ですけど」
そう言って本題に入るエンリ王子に、フェルデナンドは言った。
「出来れば中立を保ちたいのです」
「スパニア内乱でも諸侯の中で唯一中立を保ってましたものね」
そうエンリが言うと、フェルデナンドは「あの時は真っ先にはせ参じたかった。けど、南部に居て第二皇子の圧力をモロに受ける中では、中立を保つのがやっとでした」
エンリは「今回も、参加しろという圧力は強いのですよね?」
イザベラは「教皇庁としては兄様を引き込む事で、国教会派のスパニアに食い込んでやった大戦果だと、自慢したいんだと思うわよよ」
「でしょうね。滅茶苦茶嫌ですけど」
そう言って困り顔を見せるフェルデナンドに、エンリは言った。
「とにかく、参加は止めた方がいい。あなたはフランス王の臣下でもあるのですよね?」
「まあ、形式だけですけど」とフェルデナンド。
エンリは言った。
「なら、王に止められたと言えば、彼等も納得せざるを得ない。私が王に掛け合ってみますよ」
「助かります」
「それと、一番あなたに参加を求めているのは誰なんですか?」
そうエンリが問うと、フェルデナンドは「トゥールのレーモン伯です」
「彼ってそんなに十字軍に熱心なんですか?」
そうエンリが疑問顔で問うと、フェルデナンドは言った。
「逆ですよ。状況がこじれそうで、そうなった時に庇って欲しいらしいのです」
エンリはフランスを非公式に訪問し、ルイ先王に会見しようと宮殿に向かう途中、門のあたりでヘンリー先王の馬車とすれ違った。
宮殿に入って、客間に案内されるエンリ王子。
まもなくルイ先王が来る。
「どうですか? スローライフは」
そうエンリが時候の挨拶のつもりで言うと、愚痴り始めるルイ先王。
「全然快適じゃないですよ。何せ新王が六歳ですから、面倒事は全部私の所に回って来る。最近はアルビ十字軍の件で面会がひっきりなしでして」
「さっきはヘンリー先王が来ていたようですけど」
そうエンリが言うと、ルイ先王は「一番会いたくない奴ですよ」
「やっぱりアルビ十字軍の件で?」とエンリ。
先王は「スローライフが快適だと自慢しに来やがった」
「・・・・・」
「新女王が厄介事を全部捌いてくれるからと」と先王が付け足す。
エンリは「何しろ、彼女は有能ですから。しかも不都合な事はスコットランド王やウェールズ王に責任転嫁する」
「西方大陸北部の件では、あなたに責任転嫁していましたけどね」
そう先王に言われて、エンリは思わず「あの外道国がぁ」
「それでアルビ十字軍の件ですが」
そう言ってエンリが本題に入ると、ルイ先王は頭痛顔で「あなたもですか?」
エンリは「まあそう言わず。要は、アラゴン公を巻き込まないで欲しいのです」
「あれはスパニアの領主で、フランス人じゃないですよね?」と先王。
「彼はフランス王の臣下でもあるんですよね?」
そうエンリが言うと、先王は「まあ、複数の君主を持つ貴族なんてどこにでも居ますから、本音で彼に問えば、忠義を向けるのは我々の側だと言います」
「彼はあなたのものだと?」
そうエンリが冗談半分で言うと、「あなたはノーマルなのですよね?」と、斜め上な事を言い出すルイ先王。
エンリは困り顔で「いや、ホモの相手の話じゃないですから。まさか彼にも手を出した?」
「返事は待ってくれと言われました」とルイ先王。
エンリは更に困り顔で「彼もノーマルで、しかもアラゴン公の入り婿ですよ。そもそも彼の忠義の対象は、私じゃなくてイザベラです」
「まさか不倫?」
「イザベラは彼の妹ですよ」
そうエンリが言うと、先王は「妹最高じゃないですか・・・って、私の場合は弟ですけどね。フィリップなんか兄上兄上って犬みたいに尻尾を振って、可愛いの何の」
「そういう話は後にしませんか?」
そう言ってエンリが脱線した話を戻そうとすると、「あの人魚姫も妹キャラですよね?」とか言い出すルイ先王。
「そうなのかなぁ」とエンリは首を傾げる。
「あなたが即位した暁には、彼女は国民的妹という事に・・・」
エンリは目一杯の頭痛顔で「そういうのは頼むから止めて。彼女は氷の上で踊るダンサーじゃないし、そもそもそれ、あのどこぞの半島国のネタですよ。あんな国の奴らと一緒にされるくらいなら、ゴキブリ扱いされた方がまだマシです」
「確かに、国民総シスコンというのは、さすがに気持ち悪い」とルイ先王。
「それに私はリラにもイザベラにも、私の事を兄さんなんて呼ばせてないから」とエンリ王子。
「それで、フェルデナンド皇子は、あなたの弟分という訳なのですよね?」と先王。
「いや、イザベラの兄なんだから、むしろ俺が弟って事になるかと」とエンリは困り顔で・・・。
「つまりあなたが・・・・私にとってのオルレアン公と同じ」
そう先王に言われ、エンリは慌てて「だから俺もフェルデナンドもノーマルなんで」
「けど、奥方の幼馴染ではあるのですよね?」とルイ先王。
「御存じでしたか」と、エンリが不意打ちを喰らったような気分で言うと、ルイ先王は言った。
「パリの社交界では、その手の話が大好きな御婦人方が多くてね」
エンリは「ポンパドール夫人とか?」
先王は「彼女の恋バナ収集チームは、フランス諜報局より強力です」
「・・・」
残念な空気を振り払うと、エンリは再び、話を本題に戻した。
「それで、南部の教皇派貴族が彼を頼ってアルビ十字軍に参加を求めていると。で、その必要は無いと、あなたに言って頂けたら助かるんですが」
ルイ先王は一転して真顔になり、そして言った。
「それは難しいですね。下手をすると、アルビ派を庇っているという事にされてしまいます」
「応援するけど兵は出さずとか?」
そうエンリが言うと、先王は「口先だけの有言不実行だとか、まるで拉致犯罪国の肩を持って防衛力すら持つなと言った人たちに、犯罪国を批判して事件の解決を目指した政治家が、"特殊部隊を潜入させて奪還作戦を行わなかったから"という理由で責任転嫁されたのと同じ事を言われるでしょうね」
「資金援助で済ますというのは?」
そうエンリが言うと、先王は「"血を流さず金で済ます卑怯者"とか言われるでしょうね」
エンリは溜息をつくと、「ああいうバッシングヒャッハーはデタラメな屁理屈で何でもアリですからね」
「無理な言い張りで言った者勝ちとばかりに、傍から見ればただの偏見を、それで百回言って事実にしようみたいな」とルイ先王。
「"球体大地は太陽の周りを巡って無い"とか"一+一は三だ"とか、"放流水は浄化処理されて国際機関が安全性を検証してもなお有害な汚染水だ"とか、科学的に明らかに間違っていてもなお、意味不明な大袈裟表現で力業的に力説して押し通す」とエンリ王子。
「"客観的事実なんて存在せず、全ては個人の主観だ"っていう主観論哲学の影響ですね。賢者カントのコペルニクス的転回とか。全ての実在は客観的にあるので無く、主観的認識によって確定する。だから誰かが妄想でも何でもいいから認識する事で事実になると・・・」とルイ先王。
そんな斜め上な会話の致命的欠陥に気付くエンリ。
彼は慌てて言った。
「ちょっと待って。それ、魔法の基本原理ですよ。ここみたいな"剣と魔法の世界"が丸ごと否定されちゃうんですけど」
ルイ先王も困り顔で「止めましょう」
そしてエンリは言った。
「そもそもアルビ十字軍って、血なんて流れるんですか? 信者やってる諸侯なんて居ませんよね?」
先王は「まあ、金持ちは全財産寄進させられるって言いますけどね。だけど広告塔的に利用価値があると看做されて勧誘する相手には、寄進なんて求めないでしょう。そういう教義すら知らされず、宣伝に利用されて、後でそんな悪質なカルトだと解ってビックリだけど、人間関係で絡め取られて引くに引けないとか」
「それで悪者扱いされて、教団に恨みを持った鉄砲玉が、本当に殺すべき幹部に行かずにそっち行って。教団にとっちゃ便利な標的逸らしですよ」とエンリ王子。
「けど、血は流れますよ。ただし一方的な魔女狩りとしてね。信者はみんな教皇派を装った隠れ信者ですから、十字軍は手あたり次第に捕まえて拷問にかける。そういう話になるでしょうね」
そんなルイ先王の言葉を聞いて、エンリは暗澹たる気持ちになった。




