第365話 裸の女王様
それは、まだエンリ王子がフェリペ皇子たちを追って、世界の反対側を巡っていた頃。
イギリスではエリザベス王女の戴冠式の準備が着々と進んでいた。
こういう場合、即位する新女王の近衛や側近たちを従えてのパレードは必須であるが、宮廷では、その際の新女王の衣装についての問題で紛糾していた。
「こういう時のために、お抱え職人が居るのでは無くて?」
そう家来たちに言うエリザベス王女に、宰相が「居ましたけど、カタリナ妃失脚の際に首にしましたので」
そして経済局長官のダドリー卿が言った。
「街の仕立て職人も、ロンドンを盛り立てる経済の担い手。ここは民力活用という事で、コンペで民間から採用するという事で、いかがかと・・・」
王宮は新女王の衣装の発注先を選ぶコンペの開催を発表し、参加する職人を募った。
そして・・・・・・。
「それで採用が決まったのが、ガンプクという職人ですか? で、その作成デザインのテーマが・・・」
王宮でエリザベスは、選考結果が出たとの報告を受けている。
ダドリー卿が提出した選考結果の書類を見て、エリザベス王女唖然。
「馬鹿には見えない衣装・・・って、どこのおとぎ話ですか? 他にまともな応募者は居なかったのですか?!」
すると、ダドリー卿は「それが、他の職人が全員辞退しまして」
「・・・・・・・・」
その頃、仕立て屋ギルドでは・・・。
「ガンプクさんのアレって・・・」
ギルドメンバーの仕立て屋たちが先日のコンペの話題で盛り上がる中、仕立て屋の一人がそう言うと、別の仕立て屋が「やっぱりアレだよね?」
更に別の仕立て屋が「って事はつまり、あのエリザ姫の全裸が拝める」
その場に居る全員、わくわく顔で盛り上がる中、一人の仕立て屋が言った。
「あれに対抗してチャンスを潰す側に回る奴なんて、居ないよね?」
別の仕立て屋が「やっぱり辞退一択だよね?」
全員、声を揃えて「楽しみだなぁ」
そんな仕立て屋たちの思惑を想像して青くなるエリザベス王女。
そして「つまり、この私に公衆の面前で全裸になれと?」
ダドリー卿は「いえ、ちゃんと服を着て頂きます。ただ、愚か者には見えないだけ」
「つまり、それが見えない愚か者の前では、全裸と同じという事ですわよね?」
そうエリザベスが言うと、ダドリー卿は「我が大英帝国の民度はユーロ一。その服が見えない愚か者など一人たりとも居りません」
エリザベスは溜息をついて「そんなものを真に受ける時点で、十分に愚かだと思うのですが」
そして彼女は横に居るドレイク提督に言った。
「おじ様はまさか賛成なさいませんよね?」
するとドレイクはわくわく顔で「姫、女は度胸ですぞ」
エリザベスは冷や汗を浮かべて、更に横に居るヘンリー王に、縋るような目で「父上?」
するとヘンリー王は「最近一緒にお風呂に入ってくれなくなったものなぁ」
ダドリー卿は「我がイギリスの民度を計る絶好の機会かと」
経済顧問のアダムスミスは「観光客も押しかけてインバウンドガッポガッポ」
「そんなインバウンド要りません!」とエリザベス王女。
彼女は深く溜息をつき、そして言った。
「いいでしょう。先ず、そのガンプクとかいう仕立て屋本人から話を聞くとしましょう」
謁見室で、呼び出した仕立て屋と対面する、エリザベス王女。
「あなたがガンプクとやらですか?」
そうエリザベスが言うと、彼は名乗る。
「"馬鹿には見えない衣装"を製作する、仕立て屋のガンプクです」
そんなガンプクに、エリザベスは言った。
「特殊な魔法を使ったものだと称して、存在しない衣服をさも存在しているように偽り、コストゼロの品物に高額な代金を要求する。それが存在しない事実を指摘すれば、見えないから愚か者だと言われる。それが怖くて正直に言えない。そういう詐欺ですわよね?」
ガンプクは目をうるうるさせて「私の目を見て下さい。これが嘘つきの目に見えますか?」
エリザベスはあきれ顔で「正直者の目には到底見えませんが」
ガンプクは、更に目をうるうるさせて「信じて下さい。トラストミー」
エリザベスは更なるあきれ顔で「それ、敵対する半島国や大陸軍国主義に媚びを売って国益を害しまくる、どこぞの元総理の台詞ですよ」
だが、その場に居た家来たちが一斉に言う。
「私たちは彼を信じます。トラストユン」
エリザベスは溜息をついて「それ、条約を破った半島国が改めもせず口先だけで関係改善を称する詐欺行為に、泥棒追い銭な譲歩を垂れ流す、どこぞの現総理の台詞ですよ」
そんなエリザベスにガンプクは言った。
「実物を見れば信用して頂けると思い、実は試作品を持参しているのですが」
ガンプクは持参したケースを開け、衣服を掲げるポーズ。
それを家来たちは口々に褒める。
「素晴らしい」
「これは本物だ」
そして、やっぱり・・・という残念な表情を露骨に見せるエリザベス王女に、ガンプクは言った。
「もしかして王太子殿下には見えていない?」
「いや、だって・・・」
そう口ごもるエリザベスに、ガンプクは「もしかして殿下って、バ・・・・」
エリザベス、慌てて彼の言葉を遮り、「そそそそそそそんな事は無いですわ。見えてますよ。見えてますとも。ですが・・・随分と涼しそうな衣装ですこと」
彼女は二度深呼吸し、落ち着きを取り戻す。
そして「美人薄命と言います。美貌で才能豊かな分、体の弱いこの私。"馬鹿は風邪ひかない"の真逆を行くこのエリザベスが風邪でもひいたら、このイギリスは大変な事になりますよ」
すると魔導局長官が「それなら大丈夫です。魔導局のお天気預言では当日は快晴で気温も絶賛上昇間違い無しとの事」
「ならガンプクとやら、あなたは自分で、この服を着る事は出来ますか?」
そうエリザベスが言うと、ガンプクは「もちろんです」
そして・・・・・・・・。
着替え室からドヤ顔の全裸で出て来たガンプクは、エリザベスの前でポーズをとり、「いかがですかな?」
エリザベスは思いっきりの頭痛顔で頭を押えると、彼に「あなた、仕立て屋の前はお笑い芸人をやっていませんでしたか?」
そんな彼女に、側近たちは声を揃えて「姫、御決断を」
わくわく顔の家来たちに急かされたエリザベスは、ガンプクに言った。
「いいでしょう。ですが、ならば言い渡します。完成品はタダで献上なさい」
「姫、それはあまりにも・・・」
真顔でそう言って、諫め役を演じる家来たちに、エリザベスは毅然と言い放つ。
「魔法の粋を凝らして極細の金糸や最上級の絹糸を使ったと称して、莫大な費用を要求するのですよね? けれども我が大英帝国は、これから世界の海を支配する存在。実用に供する軍船の一隻でも多く建造するためには、王のパレード衣装などという、見かけを派手にするだけの代物に注ぎ込む予算は、びた一文ありません!」
するとガンプクは、事も無げに「それで結構ですよ」
「はぁ?・・・・・」
唖然とした表情のエリザベスに、ガンプクは言った。
「実はこの衣装を実現するための会社を設立し、出来たばかりのロンドン株式市場に上場したところ、人気を呼んで株は爆売れし株価は絶賛上昇中でして、製作資金は十分にございます」
その頃株式市場では・・・。
「この"馬鹿には見えない衣装"って、パレードでエリザ姫が着るっていうアレ?」
投資する会社を選んで株式を購入しようと集まった投資家の一人がそう言うと、別の投資家が「やっぱりアレだよね?」
更に別の投資家が「って事はつまり、この会社が実現すれば、あのエリザ姫の全裸が拝める」
その場に居る全員、わくわく顔で盛り上がる中、一人の投資家が言った。
「これは協力するしか無いよね?」
別の投資家が「俺、五株買う」
更に別の投資家が「俺は十株」
全員、声を揃えて「楽しみだなぁ」
そんな株購入者たちの思惑を想像して青くなるエリザベス王女。
結局、この問題は後程会議を開いて決定する事となり、ガンプクは試作品と称するものを置いて宮殿を後にした。
そして会議の当日・・・。
会議に参加する側近や顧問たちが会議室に集まった。
が・・・。
「会議場というより試験会場みたいなんだが・・・・」
そう怪訝顔で会議参加者たちが見回す会議室は、参加者人数分の机と椅子が全て正面を向いて整然と並び、各机の両脇にカンニング防止の衝立。
そして正面には、何も着ていないマネキン。
「これはいったい・・・」
その時、エリザベス王女が試験の解答用紙らしきものを持って登場。
「先ず席に就きなさい。これから簡単なテストをします」
全員、エリザベスの意図を計りかねて首を傾げる。
だがその中で一人、アダムスミスはその意図に気付いた。
そして「つまりその、鮮やかな緋色の地に白いレースの縁取り。青い刺繍が繊細な植物モチーフの・・・」
まるで見ているかのように、その衣装を詳細に言葉で表現するアダムスミスの言葉を聞き、他の会議参加者たちも理解する。
(そうか。どんな衣装に見えているかを問われて、各自が勝手に想像しても、絶対同じにならない。それでは、実は見えていないという事が明確になってしまう。それを防ぐ事前の答え合わせ。アダムスミス、グッジョブ)
だがその時、顧問として会議に参加しているベーコン教授だけは、彼の台詞を聞いて首を傾げた。
「そうなのですか?」
全員唖然。
そんなベーコンにエリザベスは「あなたには別の物に見えているのですか?」
「はい」
「どんなものに見えていますか?」
そうエリザベスに問われ、ベーコンは「実に素晴らしい衣装です」
「その"素晴らしい"とは、具体的にどう素晴らしいのですか?」
そう問われたベーコンは、自信に満ちた顔で答えた。
「決まってるじゃないですか。女性の衣服は布面積が少ないほど良い」
残念そうに溜息をつくエリザベス王女。そしてガッカリ顔の会議参加者たち。
とてつもなく残念な空気に、ベーコン教授は「ダメですか?」
「ダメに決まってるでしょーが!」とエリザベス王女。
そしてパレードの当日。
近衛たちの先導の基、家来たちを従えて進む馬車上のエリザベスの身を包む華やかな衣装に、市民たちはガッカリ。
そんな彼等を頭痛顔で眺めるエリザベスは、並んで乗っているヘンリー王とアンプ―リン王妃に言った。
「ああいう輩にはがっかりさせておけば良いのです」
そんなエリザベスに、王妃は笑って言った。
「男というのはそういうものです。陛下もマイクロビキニというのがお気に入りでしたわよね」
馬車の上のエリザベスを見て、市民たちはひそひそ声で口々に言った。
「話が違うぞ」
「馬鹿には見えないという触れ込みのエア衣装はどーした」
「エリザ姫の全裸は?」
「詐欺師ガンプクは?」
「買った株の代金返せ」
そんな中、一人の若い男が言った。
「けどさ、あれって本当に詐欺だったのかな?」
「いや、だって・・・」と周囲の人たち。
そんな周囲の人たちに、彼は言った。
「俺たちはイギリス人だぞ。女の尻しか見えないイタリア人でも、プライドの化物なフランス人でも、ただの石頭を堅実だと思ってるドイツ人でも、脳みその代わりに筋肉が詰まってるスパニア人でも、何も考えず権威に盲従するだけの田舎者ロシア人でも無いんだ」
何やら彼の周りで空気が変わる。
そして別の男が「じゃ、もしかして本当にあれは馬鹿には見えない魔法? それじゃ、あれが見えてる俺たちって賢かったの?」
「そうか。世界に冠たるイギリスだものな」と、更に別の男が・・・。
その隣に居る男が「これからあのエリザベス女王を担いで、産業革命と資本主義で世界のトップに立つ国だものな」
更に、その隣に居る男が「世界に冠たる大英帝国。パックスブリタニカの時代が来るんだ」
彼等は希望に満ちた表情で、声を揃えて叫んだ。
「やるぞー!」
同様の声は見物人たちのあちこちで起っていた。
意気上がるロンドン市民たち。
彼等はまだ知らなかった。世界の反対側に存在した、その諺を。
曰く。
「ブタも煽てりゃ木に登る」
また、しばらくアップロードを休みます。再開は後ほど・・・。




