第364話 残念なハーレム
フェリペ皇子の世話係であったライナ・リンナ・ルナの三人の女官見習いは、元々の彼女たちの主であった大貴族が、自らの令嬢を将来のフェリペ妃とするため宮殿に派遣していた連絡役だった。
その彼女たちが本来の目的に反してフェリペとエリザベス王女の恋を後押ししていた事が露見し、三人はそれぞれの主からクビを言い渡され、宮殿を去る嵌めとなった。
居場所を失った彼女たちは、アラストールが寝惚けて支給された官舎を壊してしまったシャナとともに、チャンダの官舎に転がり込む。
そして、そこに馴染んだ彼女たちがチャンダの官舎を牛耳るようになる中、彼女たちに下着ドロの嫌疑をかけられたチャンダは、官舎を逃げ出す破目になった。
チャンダの居ない官舎の居間で、リンナはぼーっとしながら、呟いた。
「チャンダ様、どこに行ったのかなぁ」
「何も、出て行かなくてもいいのに。下着くらい謝れば許してあげるのにね」
そうルナが言うと、リンナは「でも、本当は違うのかも」
そんな彼女にライナは「甘いわね。あの年頃の男子は、そういうので頭が一杯よ」
するとシャナが言った。
「それより大丈夫なのか? 近々、官舎の使用実態調査があるんだが」
「調査って何を?」
ライナが怪訝声でそう言うと、シャナのペンダントのアラストールが「不正使用のチェックとかでは無いかな?」
「不正って、例えば?」
そうリンナが言うと、アラストールは「例えば、他人に貸して家賃を取るみたいな」
ルナが困り声で「私たち、別に不正なんて・・・」
シャナは「けど、本人が住んでなければ、そう思われても仕方ないと思うぞ」
「それじゃ、ここ、没収されちやうの?」
そうライナが悲鳴のような声を上げ、真っ青になる三人の女の子。
「どうしよう。マゼラン様に相談しようか」
そう言うライナに、ルナが「男に女の子の気持ちなんて解らないよ」
「けど、マゼランはチャンダから話を聞いてると思うぞ」とシャナ。
「これだから女は・・・とか思われてるだろうな」とアラストール。
「そんな」と表情を曇らせる三人の女の子。
するとシャナが「ってか、チャンダならヤマト号の船室に住んでるぞ」
「話したんですか?」
リンナが唖然顔でそう言うと、シャナは「行く所が無いなら、ヤマト号の船室に住めばいいだけだろうが」
「あ・・・・・・・・・・・」
残念な空気が漂う中、ルナが言った。
「ヤマト号に行こうよ。それでチャンダ様とちゃんと話して・・・」
「けどなぁ」と、もじもじするリンナ。
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。
三人の元女官の間に緊張が走る。
「もしかして実態調査?」
そうライナが焦り顔で言うと、リンナも焦り顔で「どうしよう。チャンダ様が居ないと、ここ追い出されちゃう」
ルナが焦り顔で「誰か変装してチャンダ様に成り済ますのよ」
「どうやって?」
そうリンナが言うと、ライナが「インド人なんだから色を黒するお化粧で」
リンナは「ガングロのお化粧道具なんて無いよ」
ルナが「私、持ってる」
「ルナ、偉い」と、ライナとリンナ。
ルナが化粧品の箱を出す。
中には限りなく白に近い口紅とアイシャドーと髪の脱色剤。
ライナとリンナ、がっかり顔で「顔色以外を白くしてどーすんのよ」
すると彼女たちの背後で「これでいいか?」とシャナが・・・。
三人が振り向くと、そこに居るシャナは髪をまとめてニット帽を被り、顔に墨汁を塗って、サングラスにマスク。
そして「ワタシ、インド人デース。ポルタ語、ワッカリマセーン」
ライナはがっかり顔で「肌が黒いってのは墨の黒いのとは違うから」
リンナも「ってかそれ、殆ど不審者」
そんな事をやっているうちに、呼び鈴を鳴らした人たちは、勝手に玄関から上がって官舎の中へ・・・。
そして「お前等、何やってんだ?」
入って来たのはヤンとマーモ。
そしてヤンは、シャナも含めた四人の女子に言った。
「ヤマトさんから話を聞いて、様子を見に来たんだが、何か騒ぎがあったんだって?」
ヤンとマーモが四人を連れて、ヤマト号へ・・・。
港に係留しているヤマト号の船室に、マゼランとチャンダ、そしてヤマトも居る。
リンナは彼等を見て、一瞬、気まずそうに目を伏せる。
そして「チャンダ様、何で・・・」
「あそこを追い出されたら、ここしか住む所が無いだろ」
そうチャンダが言うと、リンナは「別に追い出した訳じゃ・・・」
そんな中、マーモが言った。
「それで、いったい何の騒ぎだ? こういう事は人生経験のある大人に相談するのが早道だぞ」
「相談なら、むしろヤマトさんに」
そうライナが言うと、ヤマトは「私、そういう資格も持ってますけど」
「例の40種の?」とルナ。
「けど、心理療法士は愚痴を聞いて心を癒すだけで、問題解決の役には立ちませんよ」とヤマト。
三人の女の子は困り顔で「別に精神病んでる訳じゃないから」
事情を話すチャンダと三人の女の子。
「下着ねぇ。お前等、そういうのに興味あるの?」
ヤンがそうチャンダとマゼランに言うと、二人は声を揃えて「ただの布切れだろ」
それを聞いて、女の子三人が口を尖らせる。
ライナが「布切れって・・・そっち系の最強アイテムですよ」
ルナが「そうよ。女の子の下着はお日様より優しいんだから」
そんな彼女たちに、チャンダは溜息をついて「いや、履いてる所をってんならまだしも、お菓子が好きだからって空箱を有難がる奴、居るか?」
「けど、みんな言うじゃ無いですか。下着にくんかくんかとか」とリンナ。
「下着ドロなんてのも居るし」とルナ。
マゼランは言った。
「そういうのって創作物の影響だろ。中味そっちのけで入れ物にハアハアする変態・・・なんていう有り得ないのが面白いってんでウケる。犬が人を噛んでもニュースにならないけど、人が犬を噛むとニュースになる・・・みたいな。それで大勢が真似して、当たり前みたいになって」
ライナが「女の子にとっては大事な物なんです」
ルナが「そうですよ。大事な所が密着して、そのオーラ的な何かが・・・」
そしてリンナが涙目で「それともチャンダ様にとって、私たちの価値の重みって、その程度ですか?」
チャンダは溜息をつくと「それは解るけど、下着にハアハアする奴と興味ない奴と、どっちが気持ち悪いと思う?」
「それは・・・・」と口ごもるリンナ。
「それにチャンダ様、あの時ポケットに何か入れましたよね? あれって本当は下着じゃ無いんですか?」とライナが追及する。
その時、マーモが言った。
「その、チャンダがポケットに入れたのって、女物のアクセサリーだろ?」
「・・・」
「リンナにあげるプレゼントだよね?」とマーモは付け足す。
「そうなの?」
リンナが一転したうるうる声で、そうチャンダに問うと、チャンダは「そのつもりで買ったんだけど・・・・・・」
「けど・・・って・・・」
そう言いながら、リンナの目に涙が滲む。
リンナはチャンダに向けて頭を下げ、そして「ごめんなさい。私、チャンダ様の事、何も解ってなくて」
そして彼女は、ライナとルナを凄い目で睨んだ。
ライナとルナも、チャンダに「ごめんなさい」
そしてリンナはマーモに「けど、何で解ったんですか?」
マーモは言った。
「男ってのは、自分に優しくしてくれる子が居ると、何かしてあげたくなるものなのさ。仮に、その子が好きとかいうんじゃなくても、してあげた事で相手が喜ぶのが気持ちいい・・・って事でね」
ヤンも「ご飯を奢るのも、そうだよね。奢られる権利とか奢る義務とか下心とか、そーいうのは本質じゃ無い」
「じゃ、必ずしも私が好きだからって訳でも・・・」
そうリンナが言うと、ヤンは「そういう気持ちってのは、そうやって向き合いながら育って行くものじゃ無いのかな?」
「ひょっとしてチャンダ様、それ買ったの後悔して・・・」
そう言って泣きそうになるリンナ。言われて目を逸らすチャンダ。
リンナはチャンダの手を執り、泣き声で言った。
「戻って来て下さい」
チャンダは困り顔で「正直、あの空気はなぁ」
「ハーレムじゃないですか」とライナ。
「家主じゃないですか」とルナ。
「そういう権利関係の話はいいから」
そうチャンダが言うと、ルナは「家主と言えば親も同然ですよ」
「それは店子が言う事じゃ無いと思うんだが」とチャンダは残念顔で・・・。
その時、船室の入口で「まあ、確かに居ずらいだろうな」
みんなが振り向くと、そこに立っているのはエンリ王子だ。
「エンリ殿下、どうして」
そう驚き顔で言うリンナに、エンリは言った。
「フェリペの様子を見に来たんだが、お前等が喧嘩しているみたいだって心配してたぞ。ヤマトさんから話は聞いた。男が大勢で女が一人というのは居心地いいけど、女が大勢で男が一人は居心地悪いってのは普通にある。女子会ってのは、結束して何かに対抗する・・・みたいなのがあって、下手すりゃその対抗先が脇に居る男に向くからな」
「そんな事・・・」とライナは口ごもる。
エンリは更に「普通はグループの外に居る誰かに対抗するんだが、更に下手すりゃ仲間の誰かに向く。それが自分に向くかも・・・とか」
「・・・・・・・・・」
「その場に居る少数派が居心地良く居られるかどうか、ってのは、その集団の価値の一つだよね。まあ、どこぞの半島国から来た移民みたいに、入った先の国に結束して敵意を向けるような場合は別だけどね」と付け足すエンリ王子。
数秒、俯き加減となる三人の女の子。
そしてリンナはチャンダの手を執って「私、チャンダ様のことを大事にしますから」
「いっぱいサービスします」とライナとルナも・・・。
チャンダは困り顔で「そういう話じゃないんだが」
そんな彼女たちにエンリは言った。
「それとさ、ライナとルナはチャンダと一緒に居られるリンナが妬ましかったんじゃ無いのか?」
ライナとルナは慌て声で「そそそそそそんな事は・・・」
ライナはリンナの手を執って「私たち友達よね?」
ルナはリンナの手を執って「いつも一緒よね?」
「女の友情は絶対よね?」と、ライナとルナは声を揃えて・・・・・。
「じゃ、要らないのか?」
そうエンリが言うと、ライナは怪訝声で「何が?」
「マゼラン家のメイドに一人空きが出来てな。ライナの就職先にどうかと思ったんだが」とエンリ。
「行きます」
そう一瞬で答えるライナに、ルナは「裏切るの?」
「それと、ルナなんだが、フェリペの世話係を一人、増員しようって事になってな。メアリ元王女が良からぬ事を企んだりしないよう、事情を知ってる監視役の同僚が必用って事で」
エンリがそう言うと、ルナは「行きます」と一瞬で答えた。
そんな二人を見て、リンナは「チャンダ様、私一人なら面倒見てくれますよね?」
「まあ、そういう事なら・・・・・・」とチャンダ。
マゼランの実家の屋敷で、ライナがメイドとして正式に採用された。
初日からマゼランの部屋に入り浸るライナ。
「マゼラン様、一つ屋根の下ですよね?」
そう言って迫るライナに、マゼランは困り顔で「親も兄弟も居るんだが」
ライナは「私たちの邪魔をする権利なんて、誰にもありませんよ」
そんなライナを、マゼランの部屋を掃除中の先輩メイドがどやしつける。
「ちょっと、そこの新人。仕事サボって無いで、給料分働きなさいよね」
ルナは再び宮殿でフェリペの世話係に採用された。
そして朝になると、ルナはフェリペを起こし、メアリと二人でフェリペの着替えを手伝いながら、二人の世話係は言い争いを始める。
「フェリペ君は私のものよ」
そうメアリが言うと、ルナが「いや、あなたのものじゃないから」
メアリが「あなた新人で私は先輩よね?」
ルナが「いや、私はずっと前からフェリペ様に仕えてましたんで」
「けど女官よね。女官はモブで私は王女よ」とメアリ。
「元王女ですよね? それに年増だし」とルナが言い返す。
メアリは「大人の女は男の子の憧れなのよ」と言い返す。
「フェリペ様が15才になったら、あなたいくつ?」
そうルナが言うと、メアリは「女は永遠に二十台よ。それに、あなただって相当年が離れているわよね?」
ルナは「私、エリザベス王女より年下で、フェリペ様が子供を作れる年になっても余裕で二十台ですから」
そんな二人に、フェリペは「そういえば子供って、どうやって作るの?」
「えーっと・・・・・・・・」と口ごもるルナとメアリ。
そしてチャンダの官舎では・・・・・・。
居間でまったりしながら、リンナはチャンダに寄り添い、そして言った。
「チャンダ様、私たち二人っきりですね」
「そうだな。けど、何か忘れてるような気がするんだが・・・・・・」とチャンダ。
そんな中、シャナが浴室から出て来て「お風呂、上がったぞ」
「・・・・・・・・・」
リンナは脳内で呟いた。(そーいえば、シャナさんも居たんだった)
そしてリンナは思い出したように「ところで、官舎の使用実態調査って、あるんですよね?」
するとチャンダが「ああ。危険物のチェックをするって奴だな」
「危険物って?」
リンナが怪訝顔で聞き返すと、チャンダは言った。
「アラストールが寝惚けて建物を壊しただろ。ああいう事の無いよう・・・って事で」
リンナ唖然。
そして「又貸しとかの不正使用を・・・って訳じゃ無いんですか?」




