第362話 それぞれの世界
エンリ王子たちは、ミノス島のダンジョンの固有結界に取り込まれていたフェリペ皇子たちを発見し、そこを支配していた女王パシパエが愛したキングミノタウロスに人化の魔法を施す事で、その固有結界の役目を終えさせた。
そしてそのダンジョンの正体を見極めるべく、フェリペ皇子たちと共に深部を目指したエンリ王子たちは、それが地底にあって固有結界の果実を実らせる世界樹であった事を知り、遂に、その根源に辿り着いた。
エンリたちが世界樹の知性、マルクトのオベリスクと対話を終えて地上に出ると、街はダンジョン内の様々な固有結界から出てきた人たちで、ごった返していた。
パシパエとその恋人の人化キングミノタウロス、そして彼女の国に居た子供たちとミノタウロスたちも居る。
エンリたちが彼等の所に行くと、パシパエは言った。
「これから、このミノタウロス達と、ここで平和に暮らします」
「けど、ここってオッタマ帝国だよね?」とアーサーが言い、エンリたちは困り顔で互いに顔を見合せる。
その反応に、パシパエは不安を感じて「どんな国なんですか?」
他の結界に居た帰還者達も集まって来る中、エンリはこの土地の現状を説明する。
「アラビア人が作った宗教国家の保護者と称する皇帝が治めてる・・・んだよね?」
そう言って仲間たちを見回すエンリに、一人の帰還者が「宗教ってどんな?」
「やたら戒律があって・・・」
説明すると、パシパエも他の帰還者たちも口を揃えて「さすがにそれは嫌だ」
「けど、ギリシャ人はギリシャ人の宗教が、一応、認められてはいるんだけどね」
そうマーモが言うと、パシパエの元に居た一人の女の子は嬉しそうに「それじゃ、オリンポスの神殿にお参りして、巫女の神託で結婚相手とか占って貰えて・・・」
「いや、今のギリシャは東方教会だよ」とアーサー。
「何ですか? それは」
そうパシパエが問うと、エンリはそれに答えて「パレスチナの唯一神信仰が元の、キリストとかいう教祖が初めた宗教で・・・」
エンリの説明を聞いた帰還者たちは、口を揃えて「あの"汝姦淫するなかれ"とか言ってる純潔連呼かよ。勘弁してくれ」
エンリは彼等に言った。
「何ならポルタに来ますか? あそこなら信仰の自由もあります」
人ごみの中にナオフミとラフタ、そして三人の若い男子が居た。
彼等を見つけてエンリが話しかける。
「その人達がナオフミさんの捜索対象ですか?」
三人とも見事な赤毛で、それなりのイケメンだ。そして彼等は名乗った。
「槍の勇者のモトヤスです」
「剣の勇者のレンです」
「弓の勇者のイツキです」
そんな彼等を見て、エンリはナオフミに「結局、彼等も何かの条件で異世界に飛んだんだよね?」
タルタが「ってか、パシパエさんみたいに、その固有結界の主みたいな人が居た訳だろ?」
「彼女がその主、メガラの王女スキュラさんだよ」
そう言ってレンが紹介したのは、六匹の犬を連れた女性。
「あのミノス王のメガラ遠征を助けたっていう?」
そうエンリが言うと、アーサーも「敵軍の将であるミノス王に恋をして、王である父ニーソスを裏切ったという・・・」
ムラマサが「ニーソを履いた王様でござるか?」
チャンダも「想像したくないなぁ」
「いや、違うから」とエンリは困り顔で・・・。
スキュラは語った。
「父は最強の戦士でした。けれども、その強さの源である緋色の髪を、私は切ったのです」
「髪の毛が強さの源?」
そうライナが言うと、リンナが「いや、髪は大事だよ。長い友達って言うし」
「何のCМだよ」と困り顔のマゼラン。
ヤンが「乏しくなると必死に養毛剤とか頭に塗ったり、ネットで論破されると悔し紛れに、見た事も無い相手にハゲ連呼したり」
「それ、小学生の悪口な。"お前のかーちゃんデーベソ"みたいな」とエンリが突っ込む。
マーモが「ニートだろとか、弱者のくせにとか、童貞とかこどおじとか意味不明な妄想で私生活透視エスパー決め込む、ネ〇ウ〇とか連呼するしか能の無いネ〇サ〇の十八番」
「そういう危ない話は要らない」と困り顔のアーサー。
スキュラは更に語った。
「というか、父は見事な赤毛が自慢でした。それを私が丸坊主にしたため父は意気消沈して、ミノス様は彼を倒す事が出来たんです」
若狭が「一部じゃなくて全部赤毛?」
スキュラは「それは見事で素敵な赤毛でした。けどミノス様はもっと素敵な赤毛でした」
「じゃ、ミノス王に惚れたってのは、強くてイケメンだったというより・・・」
そうタルタが言うと、タマが「つまり赤毛フェチ?」
「なのにミノス様はそんな私にドン引きして、私を捨ててクレタ島に戻ってしまいました。私は彼を追いかけて、このダンジョンに迷い込んで、あの結界の主に・・・」
そうスキュラが語ると、エンリたちはモトヤス・レン・イツキの三人に視線を向けて「じゃ、彼等があそこに招かれた条件って」
三人はドヤ顔で「もちろん、俺たちが強くてイケメンだから」と声を揃えた。
エンリは残念顔で「いや、違うと思う」
ナオフミは語った。
「こいつ等って、俺の昔のパーティメンバーでして。鍛冶の神に願って別々の武器を作って貰って、チームを組んで最初は最強だったんです。けど、攻撃して倒さないと経験値にならなくて、俺だけレベルアップ出来ない。それでどんどん差をつけられて、とうとう追い出されてしまいまして」
「それでラフタさんを?」
そうリラが言うと、ナオフミは「けど今はどんどんレベルアップして、こいつ等よりずっと強くなってますんで」
「攻撃はどうしてるの?」
そうチャンダが訊ねると、ラフタは「私が攻撃して虫の息になった所を、素手で倒すんです」
少しだけ残念な空気が漂う中、ナオフミたちにモトヤスが言った。
「改めて俺たちの仲間にならない?」
「間に合ってますから」
そう突っぱねるラフタの肩に手を置いて、モトヤスは「そう言わずに一緒に戦おうよ、ラフタさん」
「そっちかよ」
そう、あきれ声で言って溜息をつくエンリたちに、ナオフミはモトヤスを指して残念顔で言った。
「こいつ、他所のパーティに可愛い女の子メンバーが居ると、すぐ手を出すんですよ」
ポルタへの移住希望者を募り、彼等を載せてヤマト号はクレタ島を発つ事になった。
フェリペたちを連れて港に行くと、ヤマトが彼等を迎えた。
「皆さん、お久しぶりです」とヤマトはフェリペの部下たちの手を執る。
フェリペがはしゃいで「久しぶりにヤマトのご飯だぁ」と言って彼女の上着の裾を掴む。
ルナが「ヤマトさん、船を離れられるようになったんだね」
「私も一緒に冒険したかったですから」
そう言って笑顔を見せるヤマトに、エンリは「それで、ヤマトはどうしたい?」
「どうって?・・・」
そう言ってきょとんとするヤマトに、エンリは「俺たちとフェリペの所と、どっちがいい?」
「それは・・・」
そう口ごもるヤマトに、エンリは「誰かに気兼ねする必要なんて無いんだからな」
「父上・・・」
そう言ってエンリの上着の裾を掴むフェリペの頭を撫でながら、エンリはヤマトに言った。
「お前は宝具精霊みたいなものだ。そして宝具精霊は自分で主を選ぶんだ」
ヤマトは言った。
「なら、フェリペ様の船がいいです。エンリ様達は私が居なくても十分に強いですから。私はこれから強くなる人達を助けたい」
「ヤマト!」
フェリペはそう叫んでヤマトに飛び付き、ヤマトはそんなフェリペを抱きしめると、彼の部下たちに「皆さん、大好きです」
そんな彼等を見て、エンリはフェリペに言った。
「そう言うと思ってた。という訳で、この船は俺からの誕生日プレゼントだ」
「誕生日って?」
そう、きょとんとした顔でフェリペが言うと、エンリは「今日だっただろ? お前の六歳の誕生日」
フェリペの部下たちがはしゃぎ出す。
ルナが「だったらお祝いだね」
リンナが「ケーキ焼いて、ローソク立てて」
ルナが「パーティグッズもこんなに」と言って大きな紙箱を持ち出す。
「これ、僕たちが父上の誕生日をサプライズで祝うからって」
そうフェリペが言うと、マゼランが「あれはメアリ王女救出のためにスパニアを離れる口実だから、実際は使わなかったんですけどね」
チャンダが箱の中身を探る。
そして「鼻眼鏡とかクラッカーとか。この手錠は何だっけ?」
「両手を拘束して、ケーキをあーん・・・だろ?」
そうヤンが言うと、ルナが「私がやる」
ライナが「私よ」
リンナが「私でしょ」
「ねえねえ、ファフがやりたい」
そう言って割り込むファフに、エンリは「お前は自分で食べちゃうだろ」
スパニアに向かうヤマト号で、移住者たちも混じってのお祝いパーティー。
甲板にテーブルを並べ、ヤマトが焼いた特製の誕生日ケーキに蝋燭を6本立てて、全員でハッピーバースデーを歌う。
そして「フェリペ皇子、六歳の誕生日、おめでとう」




