第353話 王女と侍女
南方大陸南端で現地人たちの争いを和解させ、オランダ艦隊の襲撃を退ける中でフェリペ皇子たちを引き戻す事に成功したエンリ王子は、エリザベス王女との恋に醒めてしまったフェリペ皇子を奪おうとドレイク艦隊を率いて襲撃するエリザベス王女と対決。
これを退ける海戦の中で死を偽装したメアリ王女は、外交の手駒としてイザベラ女帝に引き渡された。
イギリスとの和解交渉が結着した夜、ベットの中で隣に寝ているイザベラに、エンリは問うた。
「メアリ王女なんだが、これからどうするつもりだ?」
「目の前で海に沈んだ彼女をイギリスはもう追及できないわ。今の彼女は建前上、ただの侍女よ」とイザベラ。
「つまりもう王族じゃないと。けど、それだと外交カードとして意味は無いって事になるが・・・」
そう疑問顔で言うエンリに、イザベラは期待に声を弾ませて「彼女は事実としてエリザベス女王の姉よ。これからフェリペが大きくなって、彼女がその子を産めば、それはイギリス王の血を引く子となり、イギリスの王家が途絶えた後、唯一の王位継承資格という事になる」
「そんな事に・・・・・」と唖然顔で言うエンリにイザベラは語る。
「なるでしょうね。彼女がフェリペに拘り続ける限り、彼女は結婚できない。それは彼女の弱点とともに最強の武器よ。性嫌悪に支配された愚か者にとって処女性は神聖にして絶対の支持要素となる。バージンクィーン、それが彼女の二つ名となるのよ。そのイメージに縛られた彼女は絶対に子を残せない」
「その二つ名って、もしかしてスパニア諜報局が流言飛語として拡散するとか?」
そうエンリが言うと、イザベラは「それもいいわね」
「おいおい」
「流行語を意図的にばら撒くのは煽動の定石よ。たとえそれを民が受け入れずとも、流行語大賞として賞でも付与して強引に既成事実化する手も・・・・・・」
そうイザベラが言うと、エンリは「その手口ってユーキャン教会とかいうカルト教団の"ジパング死ね"とかいう、アレだよな?」
「"ア〇政治を許さない"なんていう、もっと露骨なのもあったわよね。ともあれ、エリザベスが女王として子を残さず死んだ時、その血筋を唯一引く私たちの孫がイギリス王になる。あの国は労せずして私たちのものよ」
そうイザベラが言うと、エンリは頭痛顔で「下種すぎだろ」
イザベラは言った。
「戦争で獲得するよりずっとましよ。幸福なスパニアよ、戦争は他国に任せておけ。汝は結婚せよ」
エンリは溜息をつき、そして思った。
政略結婚を通じて他国の血筋を取り込み、それに王位を継がせる。確かに勢力拡大の定石だ。
だが、これからの国家は王の所有物では無い。国民の、自国を強く豊かにする、その願いを背負ってこその王権だ。
エリザベス女王はイギリスにとって最高の君主として民に支持されるだろう。
それが子を残せず死んで、フェリペとメアリの子が新王として乗り込んだとする。
先代の英君の業績の記憶は、新王がよほど賢い政治を行わない限り、間違いなく大きな不満となって、その治世に陰を落とすだろう。
最悪、民が実力で王を排除する、という事だって・・・。
エンリがポルタに戻り、スパニアの宮殿では、フェリペの世話係としてのメアリの生活が始まった。
だが、彼女はイザベラが自分に何をさせようとしているのかを知らされてはいない。
フェリペの着替えを手伝うメアリに、フェリペは言った。
「これからメアリ姉様は、ずっとここに居るんだよね?」
「もう行く所が無いの」と答えるメアリ。
フェリペは「王族じゃなくなったから?」
「そんなの要らない。ねえフェリペ君、私たちの子供、作らない? きっと可愛いわよ」
メアリにそう言われて、フェリペは「そうだね。けどメアリ姉様」
「なあに?」
「子供ってどうやって作るの?」と、フェリペは目の前の15才年上の女性に問う。
「・・・・・」
残念な空気が流れる中、メアリは初めて、目の前の男性が五歳の子供である事の意味に気付いた。
その夜、ポルタの王城に戻ったエンリの元に、イギリスから賓客が訪れた。ヘンリー王とドレイク提督である。
客間に通され、テーブルを挟んで座るエンリと二人の賓客。
「譲って欲しいものがあるのです」
そう言うヘンリー王に、エンリは「婿としてフェリペを・・・って訳じゃ無いんですよね?」
するとヘンリー王は「それとは別件でして。あなたが乗っていた船、ヤマト号と言いましたよね?」
「船ならイギリスも造船大国ですよね?」とエンリ王子。
「あの船にヤマトという女性が居ましたが、彼女、軍艦娘ですよね?」
そうドレイク提督に言われ、エンリは慌て顔で「な・・・何の事かなぁ」と、すっ呆ける。
「これを」
そう言ってヘンリーは書類の束を出し、テーブルの上に広げた。
そして「これは魔導戦艦の設計資料です。魔導戦艦事件の後も、しばらく開発は続いたのですが、その時の要求仕様として、軍艦の魂を持って戦いつつ指揮官たちとキャッキャウフフする軍艦娘の実現を・・・と」
「あまり自慢できる話ではないと思うのですが」
そうあきれ顔で言うエンリの言葉を他所に、ヘンリーは「これはその時、開発スタッフが実現に向けて検討した資料なのです」
想定図として何人もの少女が描かれている。
布面積の少ない様々な服装の中には、ジパングの巫女服に似たものもある。
どの少女も、背に砲の付いた機械背嚢を装着し、更に、意味ありげな髪飾りと機械っぽいごついブーツ。
その中に、あのヤマトにそっくりな少女の姿もあった。
そしてドレイクは言った。
「甲板で彼女を見てピンと来たのです。あれは間違いなく、この計画の中から生まれたものだ。イギリスではあの計画が廃止となり、スタッフがオランダに拉致された後、あなたが救出してポルタ大学に採用し、そこで私たちの計画を引き継いで、あの船と彼女が造られた。これは元々我々の夢です」
そして、二人のオッサンがドアップで迫る。
「エンリ王子、是非!」
エンリはタジタジ顔で「いや、あれは我々が自由にやらせて、スタッフが惰性で作ったものなんですが、それを何のために?」
二人のオッサン、全力のおねだり顔で「決まってるじゃないですか。男のロマンですよ」
エンリは冷や汗声で言った。
「ご期待に沿いたい所ですが、生憎と既にユーザー登録は終えていて、それをこれから変更して他人に譲るとか不可能でして」
「そんなぁ」と、ガッカリ顔のヘンリー王。
ドレイクはなお食い下がり、「せめて二番艦の建造を・・・」
「開発に際して試行錯誤を重ねた中での偶然の産物で、量産は期待できないですよ」とエンリ王子。
「開発は続けて量産を目指すのですよね?」
そうヘンリー王が言うと、エンリは「まあ努力はしますけど」
「是非お願いします。船の魂を宿した女の子たちとのキャッキャウフフは海の男の夢」とドレイク提督。
そんな騒ぎの中、客間のドアを荒々しく開けて、エリザベス王女登場。
「いい加減にして下さらないかしら。父上、ドレイクおじ様」
ヘンリー王は困り顔で「エリザベス、これはな」
ドレイク提督も困り顔で「あの、姫・・・」
そんなオッサン二人に、エリザベスは鬼の表情で「こんな外国で我がイギリスの恥を晒さないで下さい」
そしてエリザベスはエンリに言った。
「エンリ王子、ご迷惑をおかけしました。この人たちが何か依頼事をしたようですけど、無視なさって下さい。けして変な餌をあげないよう」
ヘンリー王とドレイク、声を揃えて「そんなぁ」
エリザベスが二人のオッサンを引っ張って行く姿を見送りながら、エンリは溜息をついて「困ったものだ」
そんな彼に、先ほどの騒ぎを脇で見ていたアーサーは「あのユーザー登録とか偶然の産物とかってのは、嘘ですよね?」
エンリはしれっと「いつまた敵対するかも知れないからな。ああいうハイテクは下手に渡さないに越した事は無い」
「ジパングは虎の子の製造技術を近隣諸国に軽々しく渡して、酷い目に遭いましたからね」とアーサー。
エンリは「全くだ。自国にヘイトを向けるような外国に対して、友愛だの共感だの優しく接すれば解ってくれるだのと、マスゴミと呼ばれる第四権力者たちはお人好し過ぎる対応を主張して国の雰囲気を流し、それに乗せられた人たちは産業スパイ同然の隣国人を招き入れて、技術情報を垂れ流した。その結果、そんな不公正競争で産業優位を失った原因が、自分たちが主張するお花畑対応にあったという事実を無理やり隠蔽し、挙句、失われた30年は自分たちが敵視する政権が駄目だから・・・などと、厚顔無恥な責任転嫁を押し通すのさ。実に困ったものだ」
「・・・・・・・」
「俺たち、何の話をしてるんだっけ?」とエンリ王子。
残念な空気の中、アーサーは言った。
「けどあの船、皇子からは没収するんですよね?」
エンリは「勝手に持ち出した代物だからな」
「そもそも、皇子の海賊ごっこは続けさせるんですか?」
そうアーサーが問うと、エンリは「仲間も揃った事だし、世界を見て成長するのは良い事だよ」
「イザベラさんは?」
とアーサーが言うと、エンリは「やらせるだろうな」
アーサーは「獅子は我が子を千尋の谷に・・・とかって、アレですか?」
「っていうより、自分の手駒として」とエンリ。
「まさか」
唖然顔でそう言うアーサーに、エンリは「だってイザベラだぞ」
スパニアの宮殿では・・・。
家出の後始末を終えたフェリペの部屋に集まった、彼の海賊団の仲間たち。
「ヤマト、取り上げられちゃいましたね」
そうチャンダが言うと、マゼランは「まあ、航海士は二人も居るし」
ヤンが「彼女が居ると楽だったんだけどなぁ」
マーモが「ヤマトさんのご飯、美味しかったよね」
シャナが「私はメロンパンの方が好きだ」
「ってか女の子が三人も居るんだが」
そうマゼランが言うと、シャナが「私も一応女の子だぞ」
「シャナは戦士だけどね」とフェリペ。
するとリンナが「私たちだって魔法で戦います。マゼラン様、女はお茶くみとか思ってませんよね?」
フェリペが「女官見習いだよね?」
ライナは口ごもりつつ「・・・・・お菓子作りなら得意だけど」
「パンが無ければお菓子を食べればいいんです」と、居直り気味にルナが言った。
残念な空気が漂う。
「海賊団は続けられるんですよね?」
そうライナが言うと、フェリペは「母上は続けていいって言ってた。準備が出来たら、また冒険に出よう」
「今度はどこに?」
そうマゼランが言うと、フェリペは「父上は世界中でいろんなトラブルを解決して、現地の人たちを助けてヒーローになったんだ」
「けどトラブルったって・・・」
そうヤンが疑問声で言うと、フェリペは「そんなの無くても、あちこち見て回って見分を広めろって父上が言ってた」
「つまり海外旅行?」と女官三名、嬉しそうに声を揃える。
「そんなお気楽なものじゃないんだが・・・」とマゼランは残念そうな声で・・・。
そしてフェリペは言った。
「僕たちの助けを必要とする人がきっと、この世界のどこかに居るよ」




