第352話 家出の顛末
南方大陸南端での、ポルタ人とオランダ人を巻き込んだ現地人どうしの争いを解決する中で、エンリ王子はメアリ王女を連れ出して逃走していたフェリペ皇子を連れ戻す事に成功した。
そしてポルタに帰還する中、エリザベス王女への想いが醒めてしまったフェリペを力づくで奪おうと、エリザベスが動員したドレイク海賊艦隊。
その襲撃を受けたエンリとフェリペの乗るヤマト号に、ドレイクと共に乗り込んだエリザベス王女。
フェリペは「駆け引きの無い恋愛がしたい」と言って、彼女に別れを告げた。
ドレイク艦隊による襲撃の最中、エンリの機転によって死を偽装したメアリ王女は、スパニアのイザベラ女帝に引き渡された。
スパニア宮殿でメアリと再会したイザベラは、彼女に問う。
「あなたは誰?」
「私はメアリ・スチュワート。イギリス王ヘンリーの長女」
そう答えるメアリに「その人物は死んだわ」とイザベラ。
「それは・・・」
「今日からあなたは王族でも何でもない、スパニア王室の侍女よ」と、イザベラはメアリに宣告する。
「そんな・・・」
そう呟いて唇を噛むメアリに、イザベラは言った。
「あなたが王族を名乗れば、イギリスはあなたを殺しに来るわよ」
メアリは王族としての人生が終わった事を知った。
そして新たな君主となったイザベラに、「・・・解りました。私はスパニア王室の侍女としてフェリペ様に仕える者です」
フランスの仲介により、イギリスとの和解交渉が始まる。
イギリスからはヘンリー王、エリザベス王女、そしてドレイク提督。
対するはイザベラ女帝、エンリ王子、付き添いとしてカルロが同席した。
最初にエンリが発言した。
「先ず、政治犯メアリ王女を引き渡す外交官の乗船を、艦隊で包囲し一方的に砲撃した件について問いたい」
するとヘンリー王が「砲撃などしていません。そちらこそ異常接近して挑発行動を・・・」
エンリはあきれ顔で「いや、レーダー波照射問題で開き直るどこぞの半島国じゃないんだから」と突っ込む。
残念な空気が漂う中、エリザベス王女は言った。
「メアリ王女を引き渡す気はありませんでしたよね?」
「その根拠は?」とエンリが返す。
「フェリペ皇太子、彼女と愛し合っていましたよね?」
そう言ってエリザベスは、記憶の魔道具を取り出し、映像記憶を再生。
映像の中でフェリペ皇子の声が「メアリ姉様は二十歳過ぎたおばさんで、性格も最悪で嘘つきで表裏があって、けど、駆け引きなんて負けでいいって言ってくれました。僕は勝ち負けなんて無い恋愛がしたいです。ごめんなさい」
「・・・」
「引き渡すつもりの無い政治犯を引き渡すと称して、何をするつもりだったのかしら」
そう追求するエリザベスに、エンリは「彼女を殺したのは、そちらでしょう」と切り返す。
するとエリザベスは「生きているのではなくて?」
痛い所を突かれて冷や汗のエンリに、ドレイク提督が「あのクラーケンは麻痺毒で一時的に二人を眠らせただけです。仮死状態にあって、海中で呼吸はしていなかった筈です」
「一緒に捕えられて一緒に脱出した筈なのに、フェリペ皇子だけ助かるなんて、有り得るのかしら」と、エリザベスは追及の手を強める。
すると、イザベラが発言した。
「あなたは他国の皇子を拉致しようとしましたよね? これは重大な国家犯罪ですよ」
一転して追及の矢面に立たされたエリザベスは「何の事かしら?」とすっ呆ける。
「クラーケンで海に引きずり込んだのですわよね」
そう追求するイザベラに、エリザベスは「捕えようとしたのはメアリ王女よ。彼は一緒に居て、巻き込まれて触手にかかっただけよ」
「イギリスに連れて行って婿にするんだって言ってましたよね」とエンリも追及に加わる。
エリザベスは「君主どうしの結婚を申し込んだだけですが何か?」
そんなエリザベスに、カルロが「あなたはフェリペ皇子が好きなんですよね?」
「恋に年は関係無いわ」
そんな居直りモードのエリザベスに、カルロは「それでいいのです。あなたは素晴らしい。こんな幼い子供にそこまで情熱的になれるなんて」と、暑苦しい共感を示してみせる。
「・・・」
「世間が淫行だの犯罪だのと叩きに来ても、そんな障害を乗り越えて性的少数者としての愛を貫く」と、ネチネチと褒め殺しにかかるカルロ。
エリザベス、真っ赤になって「止めなさい!」
「いいえ。俺は愛に生きる男。同様に愛を貫くため迫害に立ち向かう人の苦悩を、黙って見過ごすなんて出来ません」
そう言ってカルロは、記憶の魔道具を取り出し、映像を再生。
水龍の頭上でエンリの腕の中に居るフェリペに、甲板から、顔を真っ赤にして訴えるエリザベスの姿が映し出される。
「そうじゃないの。私はフェリペ君の事がす・・・」
そう言いかけたものの、なかなか言葉が出ないエリザベスに、フェリペは「す?」
「す・・・・す・・き・・・・・」
何とか言えたものの、いささか不明瞭なその言葉に、フェリペは「すき焼き定食?」
「じゃなくて」
フェリペは「スキーに私を連れてって?」
「じゃなくて」
イザベラはクスクス笑い、エリザベス王女は顔を真っ赤にして「これ、盗撮ですわよね?」
エンリはあきれ顔で「いや、あんたらもさっき・・・」
残念な空気が漂う中、ヘンリー王が言った。
「話が脇に逸れてしまったようですが、とりあえず政略結婚にも愛は必要です。私もスパニアからそのための妻を娶ったが、愛を育む事は出来なかった。だが娘にはそのための十分な覚悟があった。あなた達夫婦もそうですよね? それぞれの国で政務をとるための、互いに単身赴任状態でなお固い絆で結ばれている」
「ですが、あなた方は我が国の皇太子に、スパニアを捨てさせてイギリスに連れて行こうとしました」
そうイザベラが追及すると、エリザベスは「そんな事は求めていません」
エンリは記憶の魔道具を取り出し、映像を再生。
水龍の頭上で眠っているフェリペを抱えるエンリに、甲板から訴えるエリザベスの姿が映し出される。
「エンリ王子、彼を引き渡して下さい。その子が好きなんです」
エンリは「それは直接こいつに言うべきだと思うが、それでこいつをどうしたい?」
「イギリスに連れて行って、私のお婿さんに・・・」
そう言うエリザベスに、エンリは「それだとイザベラが承知しないと思うぞ」
「子供は親の所有物じゃないわ」とエリザベス。
エリザベス王女は「これ、盗撮ですわよね?」
エンリは更なるあきれ顔で「いや、だから、あんたらもさっき・・・」
残念な空気が流れる中、イザベラが言った。
「政略結婚と言いながら、相手国の意向を無視して、五歳の幼児の強引なお持ち帰り。言う事とやる事が違うのでは無くて?」
エリザベスは力を込めた居直りモードで「愛の力です!」
エンリは溜息をついて「そういうマッチョな恋愛観は要らないから」
するとヘンリー王が言った。
「エンリ王子。あなたはこの長期に渡って、フェリペ皇子と反乱首謀者との関係を放置し、たぶらかす時間を与えてしまった」
イザベラは「放置などしていません。我が夫は彼の父親として多大な努力を払い、地球の反対側まで行って、二人を連れ戻したのです。そんな事があなた方に出来ますか?」
「なればこそ、フェリペ皇子をメアリから引き離すための強引な措置が必用。これは正義の脱洗脳です。それともカルトの味方をなさいますか?」とヘンリー王。
エンリは口を尖らせて「いや、洗脳された信者を更生させるのとは別でしょう。あれを持ち出すなら、せめてヘイト教義自体の犯罪性を正視すべきかと」
エリザベスは全力の居直りモードで「恋愛とは洗脳です」
エンリは更に溜息をついて「だから、そういうマッチョな恋愛観は要らないから」
エリザベス王女は矛先を変えた。
「まあいいでしょう。ですがメアリ王女は政治犯とはいえ私の姉です。その死について責任の所在は何処にあるのでしょうか? 死者の遺族は被害者の立場を引き継ぐ存在です。被害者中心主義は当然かと」
「いや、被害者中心主義なんてのは、どこぞの半島国が言ってるだけの蒙昧概念で、ただの自己中心主義の変形ですよ。それと、家族の立場を引き継ぐというならば、その家族の仕出かした事の責任は、当然、引き受けて頂けるのでしょうね?」
エンリは溜息をついてそう言うと、記憶の魔道具を取り出し、映像を再生。
甲板上でのメアリとフェリペの姿が映し出される。
「そこまでよ」
「え?・・・」
メアリは左手でフェリペを抑え、右手で彼の首筋にナイフを突きつけていた。
エンリはあきれ顔MAXで「またそれかよ」と言って溜息。
そんな周囲の残念過ぎる視線を他所に、メアリはエリザベスに「あなた、自分の好きな子を見殺しなんて出来ないわよね?」
「・・・」
メアリはドヤ顔でエリザベスに「今すぐ尻尾巻いて撤退なさい」
映像を止めると、エンリは言った。
「自分を信じていた五歳児に刃物とか、これ、同情の余地ありませんよね?」
残念な空気が流れた。
結局、この件は双方これ以上追及しない・・・という形で結着した。
会議が終わり、イギリス側代表団が引き上げると、カルロはエンリに言った。
「いいんですか?」
「何が?」
「エリザベス王女は王子を殺して世界中の植民市を奪うって宣言しましたよね?」
そう指摘するカルロに、エンリは「まあな」
「あの演説も記録してありますけど」
そうカルロが言うと、エンリは笑って「いいさ。隙を見て奪うのは今の国際社会では常識だ。たとえ同盟国であっても・・・な」




