第351話 姉と妹
南方大陸南端で二派に分かれて争う現地人たちをエンリ王子が和解させ、その一方を支援していたオランダの艦隊を撃退する中、ようやくフェリペ皇子はエンリの元に戻った。
そしてフェリペは、彼が救出したメアリ王女についての「仲の良い姉をエリザベス王女が涙を呑んで殺そうとしている」という彼の認識が間違った思い込みであったと知り、通信魔道具でエリザベスに謝罪したものの、調子に乗ったエリザベスの暴言ですっかり彼の恋は醒めてしまった。
通信を切ったフェリペに未練を残すエリザベスは、ドレイク艦隊を動員してフェリペの身柄の奪取を図り、帰国するエンリたちのヤマト号をヴェルダ岬沖で襲撃。
エンリはこの海域の岩礁を利用してドレイク艦隊の動きを牽制し、ついに旗艦ドレイク号を撃破したものの、自らの乗船を囮に使ったドレイク提督の奇策により、ヤマト号は乗り込まれてしまう。
そしてドレイク提督とともにヤマト号に乗り込んだのは、エリザベス王女本人だった。
「エリザ姉様・・・」
そう呟きながらエリザベスの前に出てきたフェリペ皇子に、エリザベスは「会いたかったわ、フェリペ君」
そしてエリザベスは、フェリペの後ろに居るメアリを鬼の形相で睨みながら「けどメアリ姉様、じゃなくてメアリ王女、じゃなくて政治犯メアリ」
メアリ王女はそんな妹に「呼び方くらい決めておきなさいよ」
「何であんたがここに居るのよ!」
そうエリザベスが怒鳴ると、メアリはフェリペの肩に手を置いて「彼は私のものよ」
そんなメアリにエリザベスは「よくもまあ、いけしゃあしゃあと。大体あんたは・・・・・・」
そんな姉妹の言い争いを見て、フェリペは困り顔で「あの、エリザ姉様ってそんなキャラでしたっけ?」
エリザベスは慌て顔で「いえ、これは違うの。そうじゃなくてね」
そんなエリザベス王女を困り顔で見ながら、ドレイクは言った。
「あの姫、先ず、言うべき事があると思うのですが・・・」
「そうだったわね、フェリペ君」
そう言ってフェリペに向き直るエリザベスに、フェリペは「何ですか?」
「この間は・・・その・・・私も言い過ぎたっていうか・・・大人げ無かったというか・・・酷い事言ってごめんなさい」
そんな風に、いかにも慣れない口調で謝罪するエリザベスに、フェリペは「いいんです。僕、五歳児だし姉様は女王様で大人気の最強ステータスでしかも世界最強ブランドのjkで」
エリザベスは困り顔で「いろいろ順番が間違ってるような気がするんだけど」
「つり合いがとれないのは解っています」
そうフェリペが言うと、エリザベスは慌て声で「そんな事無いのよ。毎晩の通話デートだって、すごく楽しかったわ」
「僕が身の程知らずな恋をしたのを可哀想に思って、無理に付き合ってくれていたんですよね? そんな好意に甘えて僕は・・・」
そのフェリペの言葉を遮って、エリザベスは言った。
「甘えていいの」
フェリペは「いえ、姉様はちゃんと自分が好きな人と恋をすべきです。僕は潔く身を引きます」
「そうじゃないの。私はフェリペ君の事がす・・・」
そう言いかけたものの、なかなか言葉が出ないエリザベスに、フェリペは「す?」
「す・・・・す・・き・・・・・」
何とか言えたものの、いささか不明瞭なその言葉に、フェリペは「すき焼き定食?」
「じゃなくて」
フェリペは「スキーに私を連れてって?」
「じゃなくて」
その時・・・・・・・・・。
「そこまでよ!」
そう叫んだメアリ王女を見て、その場に居る全員唖然。
「え?・・・」
メアリは背後から左手でフェリペを抑え、右手で彼の首筋にナイフを突きつけていた。
エンリはあきれ顔MAXで「またそれかよ」と言って溜息。
そんな周囲の残念過ぎる視線を他所に、メアリはエリザベスに「あなた、自分の好きな子を見殺しなんて出来ないわよね?」
「・・・」
メアリはドヤ顔でエリザベスに「今すぐ尻尾巻いて撤退なさい」
その場に居た全員、メアリを見て「この女はぁ」と呟く。
エリザベスは、深く溜息をついた。
そして隣に居るドレイクに「おじ様、やっちゃって」
ドレイク提督は「知りませんよ」と・・・。
次の瞬間、海中からクラーケンの触手が巨大な水しぶきをあげた。
そしてフェリペとメアリの体に巻き付き、海中へ引きずり込んだ。
「フェリペ!」と叫ぶエンリ王子。
リラは人魚の姿になって海に飛び込んだ。
海中に、多数の触手の一本で二人を捕える巨大な海の魔物。
それを見てリラは思考した。
(あの二人は呼吸の魔道具をつけてない。どうしよう。ウォータードラゴンを召喚する? それじゃ、間に合わない)
リラは思い出した。フェリペの「母様みたい」という言葉を・・・。
(あの子はエンリ様の子。それは私の子と同じ。守らなきゃ)
リラがクラーケンに向けて突入しようとした時、その手をエンリが掴んだ。
「待て。そいつの触手には毒がある。俺に任せて、お前はウォータードラゴンを召喚しろ」
「エンリ様・・・」
エンリは水の魔剣を抜き、魔剣と海水との一体化の呪句を唱えた。
「我が水の剣よ。ミクロなる汝、マクロなる大海と繋がりて、ひとつながりの我が剣たれ。流動たる汝は生命の根源。数多の生物の頂点たりて世界を守る最強たるべく我が手に龍たる姿を示せ。水龍あれ!」
水の魔剣に海水の魔素が渦を成して収束し、蛇竜の姿となる。
それはエンリを頭に載せてクラーケンに突入し、二人を捉えた触手を噛みちぎった。
海面に水の龍が姿を現わす。
その頭部に気を失ったフェリペを抱いたエンリの姿。
「メアリさんは?」
アーサーがそう問うと、エンリは「残念だが、こいつしか・・・」
「クラーケンは?」
ジロキチがそう問うと、エンリは「リラのウォータードラゴンが相手をしているよ」
海中では、何本ものクラーケンの触手がウォータードラゴンを捉えている。
だが、その毒はリラが操るウォータードラゴン内部の水の流れにより排出され、ウォータードラゴンの口から吐くウォーターカッターが、クラーケンの触手を次々に切断する。
多くの触手を失って、クラーケンは撤退した。
クラーケンを撃退され、フェリペを奪還されたエリザベスは、なおも、海上の水龍の上に居るエンリに訴えた。
「エンリ王子、彼を引き渡して下さい。その子が好きなんです」
エンリは「それは直接こいつに言うべきだと思うが、それでこいつをどうしたい?」
「イギリスに連れて行って、私のお婿さんに・・・」
そう言うエリザベスに、エンリは「それだとイザベラが承知しないと思うぞ」
「子供は親の所有物じゃないわ」とエリザベスは反論する。
その時、エンリの腕の中で、フェリペが目を覚ました。
そして「姉様」と呟いて、エリザベスを見る。
「フェリペ君・・・。奴隷とかペットじゃなくていいの。イギリスで私のお婿さんになって欲しいの」
そう訴えるエリザベスに、フェリペは言った。
「ありがとう姉様。けど、恋の駆け引きはまだ続いてるんですよね?」
「・・・・・・・・・・」
そしてフェリペは「メアリ姉様は二十歳過ぎたおばさんで、性格も最悪で嘘つきで表裏があって・・・。けど、駆け引きなんて負けでいいって言ってくれました。僕、勝ち負けなんて無い恋愛がしたいです。ごめんなさい」
エリザベスは寂しそうな笑顔で、フェリペに言った。
「解ったわ。楽しかったわよ、フェリペ君」
エリザベス王女は、それまでとは打って変わった決然とした表情で、ドレイクと、そして背後の船を見た。
そして彼女は宣告した。
「ドレイク提督、そしてドレイク海賊団の兵たちに、イギリス王太子として命じます。ヤマト号を粉砕なさい。そこに居るのは世界の植民市を握るボルタ王太子。彼を倒して世界の海を我がイギリスのものに。攻撃開始!」
ドレイクはエリザベス王女を抱え、乗って来た船に跳び戻る。
ヤマト号は防御シールドを展開し、ドレイク艦隊各船の砲が一斉に火を噴こうとした時、艦隊の一隻の船に砲弾が炸裂。
南の方角から無数の砲弾。その方向には、数十隻の艦隊の姿があった。
「あれはゴイセン艦隊・・・。何で?」
唖然とした表情で乱入してきた艦隊を見る部下たちに、エンリは笑って言った。
「奴らの身代金を東インド会社は拒否したんでね。その分をチャラにする約束で雇ったのさ」
ゴイセン艦隊の先頭を走る旗艦の舳先に立つウィル団長が叫ぶ。
「ドレイク、今日で勝ち越しだ」
「こっちの台詞だ」と返すドレイク提督。
二つの海賊艦隊の激突で混乱する中、ヤマト号には、空から二頭のドラゴンが舞い降り、うち一頭のファフのドラゴンが水龍の頭に居るエンリに言った。
「主様、ドラグーンは片付いたよ」
「よし、血路を開くぞ」とエンリは号令。
ヤマト号の四門の大砲が火を噴き、至近距離に居る船を叩く。
海上にはリラのウォータードラゴンとエンリの魔剣の水龍。
上空の二頭のドラゴンが立ち塞がる船に炎を吐く。
ヤマト号が戦場を離脱すると、船の脇にマーモの潜水艇が浮上した。
潜水艇は回収され、ハッチを開けて眠った女性を抱えたマーモが出てきた。
その女性を見て、タルタが「メアリ王女、生きてたのかよ」
「死んだ事にすれば、引き渡さずに済むからね」とエンリ王子。
「どーすんの? この人」
そうジロキチが言うと、エンリは「使い道はイザベラが考えるさ」




