第350話 ヴェルダ沖の海戦
南方大陸南端を巡るポルタ人とオランダ人、そして二つの現地人勢力の争いをエンリ王子たちは切り抜け、自分の海賊団を率いて家出していたフェリペ皇子もエンリの元に戻った。
エンリは本国への帰還と、その途中で起るであろうドレイク艦隊との戦いを控え、オランダ人や現地人たちとの争いの事後処理をケープ市に一任した。
ただ、オランダ人との細かい詰めを一つだけ、発進前に片付けて・・・・・・。
タルタ海賊団とマゼラン海賊団。その二つの海賊団を乗せたヤマト号が発進する。
メアリ王女を船室に止め、彼女以外を甲板に集めて、勢ぞろいした19名を前に、エンリは号令を下した。
「これからフェリペ皇子とメアリ王女をポルタへ移送する。途中でイギリス艦隊の襲撃があるだろう。相手はドレイク提督。強敵だが、俺たちが何度も戦い、そして切り抜けた相手だ」
全員、これから起こる戦いがどういうものであるかは知っている。
だが、それを承知でアーサーは尋ねた。
「引き渡し交渉は?」
「いや、しないから。フェリペは俺の息子だ」
そうエンリが答えると、アーサーは言った。
「じゃ無くて、メアリ王女の引き渡しですよ。大っぴらに皇子を浚うなんて、さすがに出来ないから、きっとメアリ王女の拘束を口実にしますよね? 引き渡せば口実が無くなって、向うも引き下がらざるを得ないのでは?」
三人の女官たちも口を揃えて「そうですよ。あんな女、さっさと厄介払いしちゃいません?」
他のメンバーたちもそれに賛同する。
エンリは脳内で呟いた。
(メアリ王女、相当嫌われてるな)
そして「多分、何だかんだと口実つけて闘いに持ち込むと思うぞ」
そうエンリが言うと、全員沈黙した。
「問題はどこで戦いになるか・・・ですね?」
そうマゼランが発言すると、エンリは「敵の位置を早期に把握する事が重要だな。寄港したら連絡が来るよう手配しよう」
するとアーサーが「けど敵も、それを警戒して寄港を避けると思います」
ヤンが「それに大陸西岸には、イギリスの植民市も出来てますし」
タルタが「けど、艦隊で動けば、さすがに目立つだろ」
ニケが「それに、敵もこっちを見逃す事を警戒すると思うわよ」
そしてエンリは言った。
「だとすると、やはりあそこだろうな。ヴェルダ岬沖を重点的に監視して、正確な位置を把握するんだ」
エンリはヴェルダの港に指令を送った。ドレイク艦隊の位置を探って報告せよと・・・。
やがてヴェルダ植民市より、岬の岩礁海域の沖合に陣取る艦隊の存在についての報告がもたらされた。
より詳細な情報を得るため、アーサーが鴎の使い魔を送り込む。
ドレイク号を含めて船80。ワイバーン16体。
使い魔がもたらした映像を写した水晶玉を前に、エンリたちは作戦会議。
複数の船の甲板上に居るワイバーンたちを見て、エンリは「二体のドラゴンは空中戦に係り切りだな」
「オランダ艦隊の時みたいに旗艦に乗り込んで制圧ってのは?」
そうチャンダが言うと、タルタが「いや、むしろ向うがこっちの船に乗り込んで来ると思うぞ」
マーモが「逆に乗り込もうとした所を射撃機械で」
ライナが「私たち三人で固い魔法防御を張れます」
ヤンが「双方空中戦の戦力が出払った後に俺の飛行機械で」
「水中から俺の潜水艇で」
そうマーモが言うと、エンリは「海中はクラーケンが居る筈だ。奴の姿を確認するまでは海中戦は控えた方がいいだろうな」
ジロキチが「だったら中央突破だよね」
「幻覚魔法で囮を出して、船は隠身魔法で姿を消すというのは?」
そうアーサーが言うと、エンリは「それでいこう。それともう一つ、あそこは魔のヴェルダ沖だ。なので・・・・・・」
ヴェルダ岬の岩礁海域沖に停泊中のドレイク艦隊では・・・。
鴎の使い魔を操っていたドレイク配下の魔導士が提督に報告。
「奴らの船を捕捉しました」
「よし、ワイバーンを待機させておけ」
そう号令するドレイクに、魔導士は「奴らの船への攻撃は?」
ドレイクは「奴らはドラゴンを二体持ってる。その牽制に使えればいい」
やがてドレイク艦隊は、ヤマト号を視界に捉えた。
ヤマト号の動きを観測していたドレイクの部下が叫ぶ。
「敵は右側を迂回する気のようです」
「よし。全体を右に移動だ。敵は一隻。包囲陣形を保ちつつ常に奴らの正面をキープするんだ」
そうドレイクが号令すると、部下の魔導士が「いや、待って下さい。あれは・・・・・・」
ヤマト号では、向かって左に囮を向かわせつつ、隠身で姿を消して、敵の向かって右側へ。
だが・・・。
敵艦隊を観測していたヤンが叫んだ。
「敵、こっちに寄って来ます」
「砲撃、来ます」とヤマトも叫ぶ。
多数の砲弾が降って来る。至近距離に幾つもの水柱。
「見破られてるじゃん」とエンリ唖然。
「そりゃ、ドレイクの所の魔導士も、それなりのレベルがありますからね」とアーサー。
「とにかく隠身解除。全力で防御魔法を展開。ファフ、アラストール。血路を開くぞ」
そうエンリが号令し、二頭のドラゴンがヤマト号を飛び立つ。ドレイク艦隊からは16頭のワイバーンが飛び立つ。
ファフに楯と剣を召喚。敵の炎を楯で防ぎ、接近して剣で切り付ける。
アラストールの強力な炎がワイバーンたちを襲う。
ヤマト号と80隻の艦隊が向き合う海上では、互いに砲を撃ち合い、敵弾を魔法防御で防ぐ。
そんな戦いの指揮をとるエンリに、マゼランは「ドレイク号以外は基本雑魚です。奴を避け、雑魚を潰していけば・・・」
エンリは言った。
「いや、船足の速いドレイク号は容易に振り切れないだろうな。逆にこちらを捉え、乗り込もうと接近して来る。けど、旗艦が接舷しようと接近すれば、敵は旗艦に当たるのを恐れて砲撃出来なくなる。逆に言えば周囲の敵の砲撃の集中砲火を浴びる中距離が一番危険だ。これを防御魔法で堪えれば勝機が来る。それと、奴らはこの船を撃沈できない。フェリペとメアリを捕える事が目的だからな」
密集隊形でドレイク配下の船たちが迫る中、ニケは海図を広げて彼我の船の位置を確認。
「このまま行けば包囲陣形の中に取り込まれるわよ」
そうニケが言うと、エンリは「よし、右に旋回。リラ、魚の使い魔はどうなっている?」
「配置完了しています」とリラが答え、ヤマトは霊波のパスで船を操る。
一方、ドレイク艦隊の指揮船では・・・。
「奴ら、左へ旋回します」
そう直属航海士が報告し、ドレイクは「我々も左へ旋回。奴らを包囲陣から逃がすな」と号令。
配下の各船に号令が伝わる中、直属航海士は「ですが・・・」と、不安顔で意見を言いかける。
右へ右へと向かうヤマト号に誘われ、どんどん戦場は東へ移動する。
ヤマト号では、接近して砲撃する船に機械背嚢の砲で応戦するヤマト。
巨人剣を叩き込むエンリ。
ドレイク艦隊では、提督の部下たちが焦り出す。
「このまま行くと危険な岩礁海域に突入しますよ」
そう直属航海士が言うと、ドレイクは「危険は奴らも同じだ」
その時、外側に居る一隻の船が衝撃を受けた。
「岩礁だ」と、顔を曇らせるドレイクの直属航海士。
岩礁に衝突した船は大破し、乗員たちが先を争うようにボートで退避。
そんな状況を見て、ドレイクは各船に「気をつけろ。ここはもう岩礁海域の端だぞ」
「ですが、更に東に行けば岩礁は増えて来ます」と直属航海士。
「奴らは何故こんな危険を・・・」
そう言って険しい表情を見せるドレイクに、彼の部下の魔導士は「もしかして、マーメイドが何か我々の知らない手を使っているのでは・・・」
ヤマト号では・・・。
座礁した敵船を尻目に、エンリは魔剣を片手に敵艦の群れを睨みつつ、傍らに居るリラに声をかける。
「どうだリラ」
リラは「このあたりに岩礁は・・・。待って、右前方55分距離30に岩礁です」
左に舵を切るヤマト号。
海中の岩礁を回避すると、ヤマト号は再び東に誘うルートに戻る。
ヤマト号周囲の海中には、リラの魚の使い魔たち。
リラは魚たちを広い範囲に配置し、岩礁の情報を逐一報告する。
そんな中でアーサーがエンリに言った。
「奴ら、そろそろ仕組みに気付いた頃じゃ無いかと」
エンリは「だろうな。陸地に近付けば奴らはどんどん不利になる。ここらへんで勝負に出て来るぞ」
その時、船の周辺監視機能の情報を受け取って、ヤマトが叫んだ。
「ドレイク号、突出」
「来たか」
そう言ってエンリは海上を見渡し、敵艦隊の先頭に躍り出た一隻の船に神経を集中した。
ぐんぐん速度を上げ、ヤマト号に迫るドレイク号。
そんな敵旗艦の動きを見て、アーサーが「こっちを抑えに来てますね」
「よし。左方向に転進。ご希望に応えて鼻先を見せてやれ」とエンリは号令。
左舷方向から接近するドレイク号は、ヤマト号と並走するコースをとり、ヤマト号の前へ。
そしてヤマト号との接触コースへと舵を切った。
エンリは満を持して大声で号令。
「減速しつつ右に取り舵いっぱい。衝突に備えろ。マーモ、出番だ!」
接触の衝撃とともに、マーモは舳先のカバーを一気に外し、射撃機械が姿を現わす。
そして、敵船の船縁から身を乗り出して一斉に乗り移ろうとしたマッチョたちを、射撃機械が撃ち出す大量の銃弾が一気に薙ぎ払う。
ヤマト号の砲が火を噴き、ヤマトが機械背嚢の砲を連射。そしてアーサーとタマが止めのファイヤーボール。
ドレイク号は大破した。
「敵旗艦殲滅。完全勝利だ!」
ヤマト号の甲板に居たエンリの部下たちが満面の笑顔でそう歓声を上げる中、エンリの脳裏は強烈な違和感を捉え、そしてその正体に彼はすぐに気付いた。
「いや、ちょっと待て。ドレイク提督はどこだ」
そうエンリが言うと、タルタが「そーいや乗ってた奴等、提督直属じゃないぞ」
ジロキチが「あいつ等、刀で銃弾弾き返してたものな」
エンリは叫んだ。
「別の船に乗ってるんだ。本物が来るぞ。すぐに船を動かせ」
その時、ヤマトが「背後から一隻来ます」
全員が船の左後方に視線を向けた時、まさに接触寸前まで来ていた一隻の船があった。
衝撃とともに接舷した船に、ヤマトは機械背嚢の砲を向ける。
その時、エンリが叫んだ。
「待て、撃つな!」
「随分と手間を取らせてくれたわね」
そう言いながら、ドレイクとともに乗り込んで来たのは、エリザベス王女。
そして彼女は言った。
「フェリペ君、居るのよね?」




