第347話 移民と現地人
南方大陸南端で争っていた現地人たちが和解するとともに、オランダ勢力はメアリ王女と組み、ポルタ人のケープを滅ぼしその地を奪おうと、超巨大艦を含む大艦隊を動員した。
エンリ王子たちは、彼等の元に戻ったフェリペ皇子たちとともに、ヤマト号に乗ってこれを迎え撃ち、超巨大艦の硬いシールドを突破して、突入に成功した。
エンリとリラがウォータードラゴンを駆ってリーベック本家ポルタ市長とメアリ王女の乗った潜水艇を拿捕し、彼らが再び艦に乗り込んだ頃には、艦に残ったアーサーたちによって超巨大艦の占拠は完了していた。
艦橋が破壊されてコントロール不能となった超大型艦にヤマト号が接舷して、元祖ケープの市民兵たちが乗り込み、オランダ側乗員を拘束。
艦の機能には魔導制御が随所に用いられている。
これに霊的パスを繋ぐことで、超大型艦の機能はヤマトが掌握した。
周囲の百隻以上のオランダ艦隊は、ワイバーンを一掃した上空のドラゴンと、超大型艦の多数の大砲による威嚇を前に投降。
拿捕した艦船と多数の捕虜を連れて、彼等は元祖ケープの港に帰還した。
そして乗員たちを人質として本家ケープとの交渉が始まる。
エンリは、元祖ケープの市民兵たちを率いて、捕虜となったリーベック市長たちを引き立てて本家ケープに開城を求め、これを占領した。
本家ケープの庁舎で一息ついたエンリとその仲間たちは、交渉の方針について、あれこれ・・・・・。
「交渉って身代金の請求よね?」と、目に$マークを浮かべてテンションMAXのニケに、エンリは溜息をついて言った。
「その前に、この本家ケープとかいう港をどうするか・・・だよね?」
ニケは「ここは商売の拠点で、商売の目的はお金よ。そして彼らは商人。当然、交渉と言えばお金のやり取りの事よ」
「そういう話は、交渉当事者の合意で決まるんだが、その当事者として、彼等が何と言うか・・・だぞ」
そう言ってエンリは。本家ケープを包囲する現地人兵たちに視線を向けた。
現地人部族の代表たちも参加者として本家ケープに乗り込み、交渉が始まる。
相手はオランダ人たちの有力者、そして捕虜の一人として同行させたリーベック市長だ。
「先ず捕虜としての身代金の支払いを・・・」
いきなりそう言い出して聞かないニケに手を焼いたエンリは、警備員たちに「この人、先ず黙らせてくれ」
ニケを縛り上げて猿轡を嵌め、交渉再開。
「あなた達には撤退して頂く。ここは我々の土地だ」
現地人代表たちがそう主張すると、リーベック市長は「ここには多くの投資を行った。そのために我々はサン族や他の部族と協定を結び、その元で多くの資本を投下したのだ。それをこれから活用しようという時に、放棄して出て行けでは筋が通らない。どうしても出て行けというなら、その損害に対して補償金を要求する」
「そんなお金がどこにあるというのだ」
そう現地人代表たちが言うと、エンリは「いえ、お金はありますよ。身代金で相殺する事が可能です。何しろ、あなた達は捕虜なのですから」
「ちよっと、私のお金」
そう、ずれた猿轡の隙間から声を発して叫ぶニケを見て、エンリは「この人、黙らせてくれ」
警備員たちはニケに猿轡を嵌め直す。
リーベック市長は言った。
「身代金と仰いますが、これは戦争なのですか? 我々は一方的に攻撃された被害者です」
エンリは書類の束を出し、そして言った。
「これはあなた方の旗艦の司令室にあった作戦計画ですが、艦砲射撃で我々のケープ市を破壊しつつ、内陸のズールーの村を超長距離砲で攻撃する予定でしたよね? これはそのための座標データです。あなた方は現地人部族の戦争に参加し、我々の船を焼いた。こうした中での戦闘ですから、身代金を請求するには十分かと」
「この戦争を始めたのは現地の人たちですよ」とリーベック市長。
現地人代表たちは「我々は既に和解が成立し、連合を組んでいる」
そしてベルベドはリーベックに言った。
「私には予知の力があります。あなた方はここに移住し、自分達の勢力を以て、将来的に我々を支配する、我々にとっての敵です」
「そんな将来の事など知らない」
そう抗弁するリーベックに、エンリは言った。
「いいえ。オランダ東インド会社は政府の方針として人を集めてこの事業を行った。アメリカでのイギリス人移民による西方大陸北部沿岸領地化の成功を見て、それを真似て、この土地を移民によって支配しようというのは、当初からの計画でしょう」
リーベックは「農業移民たちを追い出すと言うのですか? 彼らは抵抗しますよ」
「ですが、オランダは支配のために彼等を派遣したのですよね?」
そう反論するエンリに、リーベックは「そうではなく、彼等はユーロで居場所の無い人達なのです」
その時、元祖ケープ市の職員が慌て顔で報告に来る。
「オランダ人農業移民たちが一ヶ所に集まって抵抗しているとの事で・・・」
「やはりか。なるべく乱暴な事は避けるように」
そうエンリが言うと、職員が「それが、実力行使をやろうにも、彼らを庇うドラゴンが居まして」
アーサーが「ニカウさんのトカゲのドラゴンだな」
「すると、彼等が集まってる所って、スタインさんの牧場か」
そうエンリが言うと、リラが「話を聞く必要がありますね」
エンリ王子と彼の部下、ズールーその他の部族の族長たち、そして二つのケープの市長ら双方の代表が、三体のドラゴンに分乗して現場へと飛んだ。
十数頭のヤギの居るスタインの牧場に、大勢のオランダ人植民者たち。その背後に、あのトカゲのドラゴン。
もちろん、スタインとケイト、そしてニカウも・・・。
三頭のドラゴンから降りたエンリたちに対して、身構える植民者たち。
彼等の前に立つニカウに、ズールーの族長は「あなたはサン族のニカウさんですね?」
「そうです」
「そして、古のドラゴン、即ち大精霊の使者の司祭でもある」とズールーの族長。
「けど僕たちの先祖は彼から離れた。それは皆さんの先祖でもあります」とニカウは語る。
「・・・・・・・」
そしてニカウはスタインとケイトを指して「この二人は僕の友達。だから守りたい」
「ですが、他の人たちは戦略移民です」とエンリ王子。
「・・・」
エンリはスタインと、その背後に居る植民者たちに言った。
「その土地は本来、そこに住む人のものです。移住者には彼らの元々の土地が別にある。そこから大人数で入り込んで、あたかもそこに本来居た権利者のようにふるまい、自分達のものにしようとする。武器ではなく、まとまった数で結束し、組織的な活動でその国を奪う。それをやるために移住者を送り込む事は、侵略の一つの形だ。そしてオランダ東インド会社は、そのために彼らを送り込んだ」
「それは・・・」
そう言葉に詰まるスタインに「彼らは移住者として会社に募集されたのですよね?」
すると、植民者の一人が「俺たちはユーロではみ出し者だった。居づらくて、それで新天地を求めて応募したんです」
タルタが「サンフラワー村みたいに?」
アーサーが「ですが、ジュネーブからの指令は無くなった筈ですよ」
「オランダがジュネーブ派に指令を出しているんです。そこから逃れたくて、ここに来たんです」
そう植民者が言うと、エンリは「けど、ここに居るのは彼らの戦略のために・・・ですよね?」
「遠く離れたこの地なら、お膝元よりマシです」と植民者は答える。
暫しの沈黙の後、ズールーの族長は言った。
「エンリ王子。彼らを残すのですか?」
「それはあなた方が決める事です」
そうエンリが言うと、各部族の族長たちは、互いに顔を見合せて「どうしようか」
すると、植民者の一人が主張した。
「我々は確かに集団でここに来ました。けど、現地の人たちはより多く、我々はここでは少数派であり弱者です。強きを挫き弱きを助けるのは正義では無いのですか?」
エンリは語った。
「その弱者とはどういう基準で言うのかという事です。オランダはここを自分達のものにする目的で、あなた方を支援する。そして支配のために指令を下すでしょう。かの半島国は隣国に居る移民を使って隣国を支配しようと、移民たちに組織を作らせて本国のために動く事を誓わせ、ミンダーンという移民組織は本国政府の政策を奉じる旨をその要綱に明記している。そして本国政府は歴史を捏造して隣国を非難し、移民たちはその主張を代弁し、移民先に一方的な要求を呑ませて一方的な影響力を得ようと画策する。彼等は移民で人数が少ない事を以て弱者を称しますが、そうした攻勢に出る側が果たして弱者と言えるのか」
「それは・・・」
エンリは更に語った。
「彼等の目的は、その土地と人々を支配する強者の立場に立つ事です。それは数は少なくても、対等を排した強い立場を得る事で可能となる。そのために歴史を歪曲して被害者の地位を名乗り、相手を声高に罵る。それは相手を怖がらせて恐怖心で支配するとともに、警戒心による敬遠を招く。それで距離を置かれる事を"差別された"と苦情を言う。そうした苦情に対して、恐怖心を取除く姿勢を見せたらどうかと提案した人が居た。ところが彼等はその提案を人権侵害だと糾弾しました。"自分達の運動がここまで進んだのは、怖がられたからこそだ"と。つまり彼等はそこの人たちを恐怖で支配する事が自分達の人権だと言うのです。けれどもそんなものは人権では無い。偽物の人権運動です」
「・・・・・・」
そしてエンリは植民者たちに「あなた達、奴隷を使っていますよね?」
「それは・・・」
エンリはベルベドを指して「彼はズール―の指導者で預言の力があります」
そしてベルベドは植民者たちに「私は見た。あなた達の子孫が数では多数の我々の子孫を奴隷のように支配している姿を」
オランダ移民たちは喜び声で口々に「そんな未来が・・・。今まで苦労した成果だ」
「はぁ?」
残念な空気が漂う中、現地人代表たちは疑惑の視線を強め、彼等に「やっぱり出て行って貰います」
残念な空気の中、エンリは現地人代表たちに言った。
「条件をつけたらどうかな。その条件を呑めば、ここでの定住を認めるという事で」
「条件ってどんな?」
そう問う現地人たちに、エンリは「彼らの未来とは、本国の元で結束して侵略の手駒になるって事だよね? けど、この土地の人間としての自覚を以て、本国の指令には従わない。つまりハイブリット戦争の手駒にならないと」
「ハイブリット戦争って何だっけ?」
そうタルタが言うと、ジロキチが「どこぞの半島国や大陸国がやってる事だよ」
「それと、奴隷を解放する」
そうエンリが付け加えると、植民者たちは「奴隷は私たちの財産で、ここの人たちも使っていますよ」
エンリは現地人たちを指して「彼らは奴隷制度の廃止を決めました」
その時、スタインが植民者たちに言った。
「私たちは奴隷を使わずに、自分の手でこの牧場を開きました。それはみんなにも可能だと思います」
「ニカウさんは?」
そう植民者の一人が言うと、スタインは「彼は友達です。そして、そもそもこのドラゴンの司祭ですよ」
植民者たちは「解りました。その条件を呑みます」
「けど予言が・・・」
そう言って抵抗顔を示すズールーの族長を見て、エンリは言った。
「未来は変わります。ベルベドさん、もう一度予知してみてはどうですか?」
ベルベドは呪文を唱え、暫く目を閉じ、そして再び目を開いた時、彼の表情には明るさが満ちていた。
「どうですか?」
そう問うエンリに、ベルベドは「違う未来が見える。100年後、200年、私たちは変わらずこの土地の主だ」
その言葉を聞いて、入植者たちは一斉に残念声で「そんなぁ」
現地人たちに疑惑の視線を向けられ、入植者たちは慌てて言った。
「いえ、何でもないです」




