第343話 支配と取引
逃げるフェリペ皇子と追うエンリ王子。
彼等が辿り着いた南方大陸南端での、現地人たちを二分する戦いは、エンリとベルベド、そしてサン族のドラゴンの司祭ニカウたちの説得により、和平が実現した。
そして、その説得の間際の反ズールー側の大攻勢を切り抜けるための「リラの妊娠」という嘘を信じたフェリペは、エンリの元に戻った。
現地人兵たちが戦場の後始末に勤しむ中、弟が生まれるというのが嘘だと知って、がっかりするフェリペ。
必至に彼を慰める3人の女官。
ライナが「フェリペ様、元気を出して下さい」
リンナが「そのうちきっと産まれますから」
そんな彼女たちにフェリペは「君たちには居るんだよね? 弟とか妹とか」
ルナが「そりゃ・・・もう小さくて可愛くて、目に入れても痛くないというか」
「いいなぁ」と言って、ますます落ち込むフェリペ皇子。
ライナとリンナがルナの後頭部を思い切り殴る。
マゼランは「フェリペ様。ヒーローはこんな事で挫けたりしません」
「誰も僕の気持ちなんて解らないよ」
そうフェリペが言うと、シャナは「そんな事は無い。あそこに、もっとがっかりしている奴が居るぞ」
そこには、がっかり顔の放心状態で座り込み、呟くエンリ王子が居た。
「ちょうちょが一匹、ちょうちょが2匹」
そんなエンリに、アーサーが「エンリ様、元気を出して下さい」
リラが「そのうちきっと産みますから」
横からニケが「そしたら空から金貨を撒くのよね?」
タルタが「給付金配って税金免除して一週間休日・・・」
「甘ったれるな」と、エンリは図々しい事を言う部下たちを一喝。
「そんなぁ」
そんなエンリの所にフェリペが来て、「父上、弟がまだでも、僕が居ます」
「フェリペ、お前だけだ」
そう言って、涙目でフェリペを抱きしめるエンリ。
その頭を撫でながら、フェリペは脳内で呟いた。
(父上は僕が居ないと駄目なんだ)
そんな父子を見ながら、ジロキチは呟く。
「父親の威厳って、何だっけ?」
元祖ケープに戻り、市長宅の客間でだらだらしながら、好き勝手言うエンリの部下たち。
「フェリペ皇子、また逃げちゃうかな?」
そうタルタが言うと、エンリは「そうなったら、また捕まえるだけさ」
フェリペとその部下たちも、別の客室を宛がわれた。
女官たちが用意したお茶とお菓子を口にしつつ、あれこれ言う部下たち。
「家出、どうしますか?」
そうライナが言うと、フェリペは「楽しかったよね」
「けど、この先はユーロですよ」とマゼラン。
「それにメアリさん、どうする?」
そうチャンダが言うと、リンナが「本人、まだ本家ケープに居るんだけど」
「あ・・・・・・・・・・」
残念な空気の中、全員、声を揃えて「置いて来ちゃったじゃん」
するとヤンが言った。
「そう思ってさっき、潜入して状況を探って来たんですけど、市長宅で相変らずやりたい放題みたいですよ」
本家ケープの市長宅では・・・。
客間で平然としているメアリに、リーベック市長は言った。
「家来の人たち、居なくなっちゃいましたけど」
するとメアリは「あなたにとって使えるのは、この私よね? 何しろ私は、対イギリス外交の切札なんだから」
「下手すると戦争になりますよ」
そう疑問顔で言うリーベックに、メアリは「今まで散々敵対して来て、今更何言ってるのよ。それに、この騒ぎを起こしたあの子はスパニアの皇子よ。うまくいけばイギリスとスパニアに潰し合いをさせる事だって」
「まさか」
唖然顔でそう言うリーベックに、メアリは「私をせいぜい大事にする事ね」
そしてメアリは脳内で呟いた。
(フェリペ君、可愛かったなぁ)
ズールーと他部族の戦後処理の話し合いが始まった。
元祖ポルタの会議室に、ベルベドらズールー側の代表と、反ズールー連合の族長たち。
そしてアドバイザーとして元祖ケープ市の代表数名、そしてエンリとその部下たち。
ズールーの指導者としてベルベドが提案を出した。
「奴隷制を廃止しましょう。私たちの元に居る奴隷は全て解放します」
「ですが、あれは本来家庭の仕事を担うものです」
そう連合側の族長の一人が言うと、ニケが「代わりに、お手伝いさんを雇ったらどうかしら」
連合側の別の族長が「主の家庭への奉仕を金で買えと? そんなのは資本主義に汚れた思想だ」
ニケは「いいえ、メイドは美しい伝統よ」
時間は少し遡る。
ベルベドがエンリの元に相談に訪れ、家庭奴隷の伝統に代わる何かが必用だという話が出た時、脇でフェリペの相手をしながら話を聞いた三人の女官が言った。
「家事手伝いなら、メイドは美しい文化です」
「そういうのを、彼等が理解出来れば良いのですが」
そうベルベドが言うと、ライナが「だったら、メイドの心得を、私たちが教えます」
ズールー族の若い女の子から希望者を募る。
練習の場所が必用だという事で、元祖ケープの喫茶店を借りた。
現地人の女の子たちを前に、ライナが能書きを垂れる。
「お客様を主として仕える事で、その心を癒すのがメイドです」
「心を癒すって、何ですか?」
そう、現地人の女の子の一人が質問すると、ライナは「"萌え"を感じて頂く事です」
「あの・・・"萌え"って何ですか?」と、別の女の子が・・・。
「まあ、見ていなさい」
客が入って来た。
リンナが恭しくお辞儀をしつつ「お帰りなさいませ。御主人様」
「あの、"いらっしゃいませ"では?・・・」
そう現地人の女の子たちが疑問顔で言うと、ルナは「ここは主の休息の場としての心のお屋敷です」
「よく解らないけどよく解りました」と、現地人の女の子たち。
そんな彼女たちに、来客は困り顔で言った。
「あの・・・、適当な席に座っていいですか?」
そんなメイド研修の成果を説明し、家庭奴隷の代替の話は有耶無耶になった。
それ以外の奴隷を、どう代替するか・・・という話になる。
「あと、農業奴隷というのもありますよね?」とズールー族の有力者の一人が・・・。
すると、連合側の族長の一人が「農業といっても、草原を適当に開墾して適当に耕して適当に種を蒔くだけなんだが・・・」
ポルタ商人の一人が言った。
「耕すのは、家畜を使うと効率的ですよ」
「それはユーロでのやり方ですよね?」とズールーの族長。
若狭が「肥料を使えば地力は失われないから、畑を放棄する必用は無くなります。用水を使えば旱魃の心配は軽減されます」
「それだと、ますます労働力が必用になるのでは?・・・」
そう連合側の族長の一人が言うと、エンリが言った。
「狭い土地を有効に使えるので、その分楽になります。用水は集落のみんなで作ってみんなで使えばいい」
「家畜の育て方というのも必用ですよね?」と連合側の族長の一人。
元祖ケープ市長が「ポルタから農業技術者を呼んではどうですか?」と言って、エンリに視線を向けた。
「鉱山奴隷はどうしますか?」
そう、ズールーの金鉱責任者が発言。
「それだよなぁ」と一同、考え込む。
するとニケが「賃金を払って労働者として雇えばいいのよ」
「賃金って食べ物ですよね? 着るものはどうするんですか?」
そう、サン族の族長が言うと、市長が「お金というものを使うんですよ」
そう言って、円盤状の小さな金の塊を出して見せる。
そして「食べる物も着る物も、これと交換するんです。価値と量に応じた値段という基準で、作ったものを売ってお金を貰い、必用なものはお金を出して買う」
「売ったり買ったりする相手が居ないんですが・・・」
そう、連合の族長の一人が言うと、市長は「とりあえず植民都市に来れば何でも買えます」
「何でも買って貰えるんですか?」と、先ほどの族長。
「もちろん」
すると、先ほどの族長が、一枚の木札を出して「これ、うちの子供が父の日にくれた肩たたき券で、大切な思い出の品です」
別の族長が小石を出して「遠足で見つけた珍しい石で、ピカピカ光って綺麗ですよ」
更に別の族長が芋虫を出して「この虫は焼いて食べるととっても珍味」
市長は困り顔で「他人が欲しがるものでなければ・・・」
すると、連合側の族長の一人が言った。
「けど、鉱山って強制労働が定番ですよね?」
別の連合側の族長の一人が「フンドシ一枚で鞭で叩かれて危険な坑道の中に追い立てられて」
更に別の族長が「食事は茶碗持って並んでおかず頂戴」
更にもう一人の別の族長が「クマモトという港の見えるフリゲート島に強制連行されて」
エンリは溜息をついて、言った。
「それ全部グヨンチョというどこぞの半島国の人の捏造話ですよ。フリゲート島からクマモトの港なんて見えないし、作業中は安全のため指定された作業着があって、フンドシ一枚なんて居ないって、島の元住民がみんな証言していましたよ」
「ってか、そもそもどこの話ですか?」と市長も困り顔。
ポルタ商人の一人が言った。
「坑道を保護する木枠を使えば崩落の危険は軽減されます」
更に別の商人も「それと、金以外にも、いろんな鉱石が採れる筈です。ポルタから鉱山技術者を呼んではどうかと」
「けど、鉱山の権利はズールーの独占が続くんですよね?」
そう、連合側の族長の一人が言うと、エンリは「一定の比率で利益を配分するというのは?」
「あの鉱山は我々のものです」とズールーの族長が物言い。
エンリは言った。
「けど、今の鉱山はいずれ掘り尽くしますよね? その頃には別の鉱山が発見されているでしょう。それが他の部族の領域にあるかも知れない。その時、そこから利益の配分が得られる仕組みになります」
アーサーが「アンデッドを鉱山の労働力として使うというのはどうかな?」
「やってみましょう。ズンビーなら、ある程度知能もある」とベルベド。
ズールーの金鉱責任者が「鉱山技術者ですが、若者が技術を学べる場所が必用かと」
エンリは「ポルタには若者が学ぶ場所として、大学というのがあります。留学生としてここの人を受け入れる事も出来ます」
一人の連合側族長が言った。
「それで、ここからが本題なのですが、これまでの支配に対して謝罪と賠償を要求します」
エンリは溜息をついて「そういうの、止めませんか? 奴隷となっていた人達は解放するのだから」
「今までの恨みはどうなるのですか?」
そう主張する族長に、エンリは言った。
「そもそも何故、奴隷という制度があるのか。あれは、部族と部族との戦争で捕虜になった人達ですよね? 戦争は、いろんな対立を暴力で結着させる仕組みです。その仕組みを維持してきたのは、その世界に住む全員です。あなた達自身も含めた・・・。それをこれから無くしていこうという話なんです。戦争に勝った側が好き勝手するのは、負ければ逆の立場に立つという覚悟が前提です。それを変えるのは、そういう暴力による支配とは別の、対等な関係を前提とした理念を今確立するという事です。それを受け入れた相手に、暴力を前提とした古い関係性の中での出来事に対する恨みを持ち込むのは、新たな理念に対する否定という事になるのですよ」
「では、支配されていた側は我慢しろという事ですか?」
そう主張し続ける族長に、エンリは語った。
「そのために協定を結ぶんです。かの半島国も、支配の解消に当っての協定を結び、その話し合いの中で多くの要求を通しました。けれども過去に存在した不名誉な歴史としての併合条約の存在そのものを帳消しにすべく、それを"実は非合法・・・つまり丸ごと無効だった"と言い張った。それによって被害者として優位な立場で恣に賠償を要求し続ける権利を求めたが、認められなかった。それは過去の条約が過去の常識に基いたものであり、しかも新たな常識である"民族対等の原則"に反するものだから当然です。だが彼等は恨みという口実で相手を支配し続けようと、その後も被害者意識を主張し続け、それを正当化するため歴史を捏造した。恨みを叫び続けるため、幼い子供たちに憎悪を植え付ける洗脳教育を続けた。本来温和な相手国は謝罪要求を受け入れたのですが、増長した半島国の人たちは新たな捏造歴史で紛争案件を増やして、相手国の多くの人たちの反感を買い、ついに半島国は一方的に条約を破り、外交戦争を始める新たな犯罪国家となるに至りました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ズールーと連合諸部族の協定は成立した。
ポルタから派遣する技術者の種類も決まり、ポルタ大学で学ぶ若い現地人留学生も募った。
そんな作業が一段落して、客間で仲間たちとお茶を飲みながら、エンリは言った。
「やっぱり知識レベルって大事だよね」
アーサーが「けどポルタだって、知識を持つ人と持たない人の差は大きいですよ」
そしてリラが「全員がある程度の知識を持つ必用があるんじゃ無いでしょうか」
エンリは思った。
(貧民の子も含めた全員が学べる学校を作るべきなんだろうな)




