第334話 交渉と仲介
エンリ王子の追跡から逃れるフェリペ皇子たちが頼ったアッバース帝と、ポルタ人要塞植民市を率いるアルブケルケの傀儡となったホラムズ王の戦い。
その背景にあるスンナ派とシーア派の宗教対立の存在を知ったエンリ王子は、この争いを終わらせるべく動き出す。
エンリ王子は和平の交渉のため、仲間を連れてアッバース帝の都へ向かった。
宮殿の受付嬢に「ポルタ人の代表として和平のための交渉がしたい。アッバース帝に取次ぎをお願いする」
「こちらにどうぞ」
そう言われ、案内されてドアの前に立つエンリ王子たち。
ドアを開けたら宮殿の外。そして足元は城壁の上。
突き落とされて全員そこから真っ逆さま。
城壁の下に落とされたエンリたちの上から、一枚の紙が・・・。
その紙に曰く。
「おととい来やがれ。戦争上等だ」
唖然とするエンリに、リラが「追い出されちゃいましたね」
憤慨顔でエンリは言った。
「何なんだ、あれは。俺たちは何も知らずにヤクザが経営する売春宿に童貞捨てに来た高校生じゃないぞ」
「そういう古い映画のネタは要らないから」と困り顔のアーサー。
若狭が「宗派対立って、そんなに深刻なんでしょうか」
「それだけじゃないような気がするんだが・・・」とエンリ王子。
そんな彼等を城壁の上から見下ろすアッバース帝の大臣と、そしてメアリ王女。
「あれで良かったのですか?」
そう心配そうに言う大臣に、メアリは言った。
「良いのです。あのエンリという男を信用してはいけません。彼は口先で友好だとか友愛だとか関係改善だとか言いつつ、気を許すと背中から撃つような男です。まるで、どこぞの半島国のような」
「物凄い言われようですね」と、あきれ顔の大臣。
メアリは更に言った。
「あの半島国は隣国と平和条約を結び、多額の和解金をせしめました。そして隣国の協力のお陰で国力を得ると、条約を破って民間企業の資産を強奪して戦争状態を引き起こしました。隣国は当然の対抗策をとり、不利になると半島国は、強奪した資産を"一時的に建て替えてやる"と称し、"お前たちに損は無いからいいよね?"と言って相手を騙しつつ、"強奪の権利はあるけど、その行使を自粛しているだけ"との建前に固執して条約を破り続けるという卑劣な事を続ける。それと同様な口先だけの和解を求めて、彼はあなた達を騙すのです。けして相手にしてはいけません」
「どこかで聞いたような話ですが・・・」と、困り顔の大臣。
メアリが持つ鳥籠には、アルブケルケの使い魔の九官鳥が居た。
和解交渉に失敗したエンリたちがホラムズに戻ると、何やら騒ぎになっていた。
ホラムズ王の王宮にアルブケルケの軍が出動していた。
様子を見に来たエンリたちを見つけると、アルブケルケは駆け寄り、そして言った。
「シーアの奴らが王宮を襲撃したのです」
「それで、どうなっている?」
そう問うエンリに、アルブケルケは一枚の旗を示して「見て下さい。アッバース軍の旗です。彼等は特殊部隊を送り込んで奇襲をかけて来ました。やはり和解など考えるべきではないかと」
すると、その旗を見たムラマサが「その旗は偽物でござる」
「ムラマサ、解るのか?」
そう問うエンリに、ムラマサは「この布地は機械織りで、ポルタの産物。この染料もポルタ産でござる」
「つまり偽旗かよ」
そう言ってエンリがアルブケルケを見ると、彼は慌て顔で「わわわ私はけして和解をぶち壊そうなどと」
エンリは溜息をついて「いや、そこまでは言ってないが。もしかしてアッバース帝から交渉拒否られたのって、メアリ王女に連絡して何か吹き込ませた?」
アルブケルケは更に慌て顔で「そそそそんな、九官鳥の使い魔なんか送ってませんから」
「送ったのは九官鳥の使い魔かよ」とエンリ。
「我がポルタの繁栄のためです」
開き直りモードでそう言うアルブケルケに、エンリは「そのために湾岸の港湾都市を征服して、現地商人の交易を妨害したって訳かよ。だがな、五年前に交易自由の協定を結んだのは俺だ。あれがあるから、我々はここに居られるんじゃ無いのか?」
「彼らは永年、我々と南洋の取引ルートを独占し、胡椒一グラムを金一グラムと交換させるような法外な中間搾取を行ってきました。今度は我々が独占する番です」
そう語るアルブケルケに、エンリは反論する。
「それって"過去に36年支配されたから今度は自分達が36年支配させて貰えるべきだ"とか言ってるどこぞの半島国と同じ理屈だぞ。それに、我々が入れなかったのは彼等が意図的に妨害したからじゃ無い。地理的な障害があったからだ。それを俺たちは突破して来たんだ」
アルブケルケの工作が見破られ、騒ぎが片付く。
そして・・・・。
「にしてもムラマサ、よくあれがポルタの布と染料だって解ったよな。どこで布の見分け方なんて覚えたんだ?」
そうエンリに褒められたムラマサは、照れ顔で言った。
「拙者もよく知らないでござるが、ポルタ大学で探偵団の先輩から聞いたでござる。ロンドンの名探偵はこんなふうに言って事件を解決すると」
「・・・」
全員唖然とする中、エンリはあきれ顔で「じゃ、もしかしてあれって、あてずっぽう?」
残念な空気を振り払うように、アーサーが言った。
「それで、どうしますかね? これから交渉しようにも、向うはメアリ王女にいろいろ吹き込まれていますよ」
「そうだな・・・」
エンリは思考を巡らせ、そして思い出した。
「そういえば、向うにシンドバットたちが居たよな」
再びアッバース帝の城下に向かう、エンリ王子と部下たち。
そして、シンドバッドの宿を訪れる一匹の猫。
「こんばんわ。ちょっといいかしら」
「俺に猫の知り合いは居ないが」
そうアラジンが言うと、シンドバッドも「ってか、俺はどちらかというと犬派なんだが・・・」
「私、エンリ王子の使いなんだけど」
そう名乗る猫は、タルタ海賊団の一員、ケットシーのタマだ。
「そーいや奴の部下にケットシーが居るって言ってたな」
そう言って部屋に招き入れたシンドバッドに、タマは言った。
「アッバース帝とホラムズ王を和解させたいんだけど、協力して貰えるかしら。それともまさか、この戦争が終わるとお払い箱になるから困る・・・なんて思って無いわよね?」
アリババは心外顔で「俺たちを何だと思ってる。アラビア一の海賊団、ペルシャ三人衆だぞ。雇いたい奴なんていくらでも居る」
そしてシンドバッドが言った。
「それより一つ聞きたいんだが、エンリ王子はアルブケルケが湾岸で交易を独占している事を、どう思ってるんだ?」
タマは「それを止めるために、彼はここに来たのよ」
タマが約束を取り付け、シンドバットたちと酒場で落ち合うエンリ王子たち。
そしてエンリは三人に、これまでの経緯を話す。
「なるほどな。アルブケルケが交易独占のために交渉を妨害してるって訳か」
そう言って納得を示すシンドバッドに、エンリは尋ねた。
「ホラムズ王は宗派対立で奴に頼ってる訳なんだが、スンナとシーアってどんな違いがあるんだ?」
シンドバッドは語った。
「要は指導者を誰にするかって事さ。本来、指導者は世襲じゃなくて、信者たちが選んだカリフって役職だ。世襲ってのは単に王の子供ってだけで、母親の腹から出て来る以外の何の苦労もしてない奴が嗣ぐ訳だろ?」
「確かに。それじゃ、駄目な奴が出て来るよな」
そうエンリが言うと、アリババが「エンリ王子が王太子なのも世襲だろ?」
落ち込むエンリ。
「それで、預言者の後はそうやって選ばれた後継者が四代続いた」
そう語るシンドバットに、エンリは「その四人って、どんな人たちなんだ?」
「預言者の妻の親とか甥っ子とか娘婿とか」
そうシンドバッドは答え、エンリたちは「結局血縁じゃん」
「それで四代目から地位を奪った奴が五代目になった。その殺された四代目を特別視して以降を認めないのがシーアだ」
そう語るシンドバッドに、エンリは「スンナは認めるのか?」
「認めないんだが尊重はする」
そうシンドバッドは答え、エンリたちは疑問顔で「何だそりゃ」
「それで、シーアはそれまでの三代も認めるんだよね?」
そう問うエンリに、シンドバッドは「認めず四代目を特別視する」
エンリたちは疑問顔で「何だそりゃ」
エンリは溜息をつくと「とにかく、よく解らない意見対立だって事は、よく解った。それで、そっちにメアリ王女が居るよね?」
「彼女がアッバース帝にいろいろ吹き込んでる」とシンドバッド。
「どんな事を?」
そう問われて、シンドバッドは「エンリ王子が、どこぞの半島国と同じで、口先で和解と称して騙す気だって」
「何じゃそりゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
エンリは激怒し、そしてまくし立てた。
「俺たちは交易自由の条約を破るためじゃなくて、守るために話し合おうって言ってるんだ。変なヘイトスピーチでの謝罪要求とかもしてないし、"直接のトップ交渉なら解り合える"と称して丸め込む気なんて無い。勝手にヘイト教育で作った"心の氷"を解かすためにとか、そんな変な感情論持ち出す訳でも無いぞ。どこぞの半島国ならそうだろうけどさ。あいつらって、自分達が歴史捏造で勝手に作った過去のしこりを、乗り越えるための未来志向とか言うけど、その未来って過去に拘らないんじゃ無くて、実は、相手が自分達の言いなりになる都合のいい未来の事だ・・・なんて勝手な話にすり替える。そんなのと俺たちが同じとか、ほんと勘弁してくれ!」




