第333話 スンナとシーア
エンリ王子の追跡を逃れるフェリペ皇子たち、そして彼等を追うエンリ王子たちは、ペルシャへ・・・。
フェリペ皇子たちとアリババたちの参加を得て、ホラムズを攻めたアッバース帝の軍は、アルブケルケ率いる植民市要塞のポルタ人部隊、そしてエンリ王子たちの助力を得たホラムズ王と戦い、撃退されてペルシャの都へ撤退した。
宮殿の執務室ではアッバース帝が大臣と将軍、その他数名の家来と、対ホラムズ戦について、あれこれ・・・。
「敵の中にあんな強力な部隊が居たとは」と表情を曇らせる大臣。
将軍も「ドラゴンを操り、砂嵐を起こして我々の動きを止める・・・」
「けど、あのイギリスから来た援軍は、それと互角の働きをしてくれた」とアッバース帝。
応接間ではアッバース帝の家来たちが、女王様気分のメアリ王女に揉み手で「是非、次もお願いしたい」
「任せておきなさい。ほーっほっほっほ」
そんなメアリの高笑いに、うんざり顔のマゼランたち。
一方、別室に居るアリババたちは・・・。
「イギリスから来たメアリ王女って言ってたよね?」
そうアリババが言うと、アラジンは「いや、同じ名前は何人も居るけどね」
アリババは「けど、王女だぞ」
「にしても、エンリ王子たちが敵軍に居たとは・・・」
そう言って溜息をつくシンドバッドに、アリババはは「そりゃ奴はポルタの王太子だものな」
アラジンは「けどなぁ・・・」
そして、フェリペたちは・・・。
「父上が敵軍に居たなんて・・・」
そう呟くフェリペを見て、三人の女官は額を寄せる。
ライナは「さぞショックだったでしょうね」
リンナも「フェリペ様、お可哀想」
そんな彼女たちを横目に「僕、父上と互角に戦ったよ。父上、褒めてくれるかな?」と言ってはしゃぎ出すフェリペ。
ルナは冷や汗交じりに「よ・・・良かったですね」
そんな彼女たちを他所に、マゼランは不安顔で「けど、俺たちの事バレちゃったよね」
チャンダも「やっぱり、連れ戻しに来るよね」
そんな彼等の所にアラジンが・・・。
「お前等に聞きたい事があるんだが・・・」
「何でしょうか」
そう言ってマゼランが対応すると、アラジンは言った。
「エンリ王子は交易の自由を信条としていた筈だが、それが何でアルブケルケなんかとつるんでいる?」
「そりゃ、ポルタ人を守る立場だからかと・・・」
そうチャンダが答えると、アラジンは「だったらお前等は、何でイギリス女の部下なんかやってるんだ? メアリ王女って、反乱の首謀者として流刑地に居た、あのメアリ王女だよな?」
フェリペが言った。
「彼女は政治的陰謀に巻き込まれたんです。エリザベス姉様は悪い家来に騙されて、仲良しのお姉さんをあんな所に。刺客を送られて殺される所だったんだ」
「話で聞いたのと随分違うような気がするが・・・」
そう言って怪訝顔を見せるアラジンに、フェリペは「アニメだって、妹を愛でない姉は居ないし、姉を慕わない妹は居ませんよね?」
「そりゃそうだが・・・」
「姉妹関係は絶対不可侵な百合空間です。本当はとても優しく控え目で空気の読める素敵な女性なんです」とフェリペ。
「そうだっけ?」
その時、応接間からメアリが戻ってきた。
「あなた達、そろそろお茶の時間なんだけど、最高級の茶葉とお菓子は用意出来たのかしら?」
アラジン、更なる疑問顔で「話とだいぶ違うんじゃないのか?」とフェリペたちに・・・。
そんな彼を見て、メアリは「そちらの方は?」
マゼランは「一緒に戦ったアラジンさんですよ。応接室でも会ってますよね?」
メアリは軽蔑顔でアラジンを一瞥しつつ、マゼランに「つまり野蛮な現地海賊ね。あなた達のお友達?」
「彼は海賊として尊敬できるライバルですよ」
そう溜息混じりにマゼランが言うと、メアリは「あらそう。けど王女よりは格下よね」
カチンと来たアラジン。
こめかみをヒクヒクさせながら二秒ほど思考を巡らせた。
そして悪だくみ顔で揉み手しながらメアリに言う。
「王女様、身の周りに不自由はありませんか? 宜しければ、魔法を使える下僕をお貸し出来ますが」
メアリは「それは良い心掛けね」
アラジンは魔法のランプを手に執り、それを擦りながら短い呪文を唱えた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」
そう叫んで出現した人化ジンを見て、メアリは眉をひそめた。
「何よ、この下品なオヤジは」
「ジンですよ」とアラジン。
「これが?」
そう言って疑問顔を見せるメアリを他所に、人化ジンはアラジンに「主様、何なりとご命令を」
「この女の面倒を見てやってくれ」
メアリを指してそう言い残したアラジンは、この後起るであろう事を想像しながら、含み笑いと共に部屋を出た。
「では主様のお客様、何なりとご命令を」
そう人化ジンに言われ、メアリは「それじゃ、マッサージでもやって貰おうかしら」
「解りましたでおじゃる。アラビンドビンハゲチャビン」
人化ジンが呪文を唱えると、メアリ、有り得ない体制で両手両足が後ろに引っ張られ、上体を逸らしつつ、見えない何かに頭を押えつけられ、あちこちグリグリ。
「痛い痛い痛い。何よこれ」
そう言って悲鳴を上げるメアリに、人化ジンは言った。
「エアマッサージ師の魔法でおじゃる。今日びでは女性の体に気安く触るのはセクハラでおじゃるので、風の人形を使った整体と指圧で全身の凝りをほぐすでおじゃる。指圧の心は親心でおじゃるよ」
「何の台詞よ。とにかくこれ、すぐ止めなさい」
そうメアリが涙目で命じると、人化ジンは頭を掻いて「それが、止め方を忘れたでおじゃる」
一方、エンリたちはホラムズ島の要塞植民市に戻っていた。
仲間たちとともに庁舎の客間に居るエンリに、アルブケルケは揉み手でお世辞を連発。
「実に見事な活躍でしたな。さすがはエンリ殿下」
エンリは「それはいいんだが、敵方にフェリペたちが居たんだが」
「残念ながら、御子息は奴らに取り込まれたのでしょう。奪還するには敵軍を倒す必用があります。このままアッバース帝を滅ぼし、このペルシャを我がポルタの領土に・・・」
そうテンションMAXで言うアルブケルケに、エンリは「それは調子に乗り過ぎだろ。お前等ってホラムズ王国の傭兵じゃなかったっけ?」
「そうなんですが・・・」
エンリは溜息混じりに「完全に発想が侵略者だぞ」
アルブケルケが部屋を出ると、エンリは仲間たちと作戦会議。
「どうしますかね?」
そう言って顔を曇らせるアーサーに、エンリは「とにかく、話し合いで和平に持ち込むしか無いだろ」
「けど、込み入った事情があるんですよね?」
リラがそう言うと、エンリは「あのスンナとシーアって奴か?」
タルタが「ペルシャがシーアって事は、そこを支配しているアッバース帝はシーアなんだよね?」
ジロキチが「で、スンナが北から来た侵略者のオッタマで、シーアの敵・・・って事は・・・」
ニケが「シーアであるアッバース帝の敵って事は、ホラムズ王ってスンナ?」
若狭が「もしかしてホラムズ王ってオッタマの家来?」
エンリが言った。
「王宮に行って確認する必用があるな」
「けど、もしこれが王にとって都合の悪い事なら、きっと隠すよね?」
そうカルロが言うと、全員、顔を見合せて「どうしよう」
リラが言った。
「あの、とりあえず街の人に聞けばいいだけなのでは?」
「あ・・・」
エンリと仲間たちは、要塞を出てホラムズの街へ行き、バザーの人たちに訊ねた。
「ここの王様ってスンナなの?」
「そうですけど」と怪訝顔で答える街の人たち。
「そりゃ酷い。つまりオッタマの侵略者の手先・・・」
エンリがそう言いかけると、一瞬で周囲の空気が凍り、彼等は街の人に取り囲まれた。
そして、怖い目つきがエンリたちに集中。
タジタジ顔になるエンリたちに、一人の男が言った。
「あなた達、外国の方ですよね? シーアの奴らに何を吹き込まれたか知りませんけどね、スンナってのはアラビアの教えの多数派で、オッタマは北方の遊牧民だった頃からその信者だってだけですから」
エンリ唖然。
「そうなの? けどここはペルシャだよね? シーアってペルシャの宗派だって聞いたけど」
そうエンリが返すと、街の人は「アッバース帝の先祖がシーアの信者でしたから、今は広まってますけどね。本来は少数派だった勢力ですよ」
エンリは仲間たちと顔を見合せる。
「つまり、どっちもただの宗教派閥かよ」とタルタ。
アーサーが「教皇派と反教皇派みたいなもん?」
エンリは街の人たちを見て「ペルシャにもスンナは居て、アラビア半島にもシーアは居るって事か。で、ここは今もスンナの町と・・・」
誤解が解けたという事で、騒ぎが収まる。
取り囲んでいた街の人たちが散っていくと、エンリたちは額を寄せた。
「どうしますかね?」
そうアーサーが言うと、エンリは「俺たちの目的はフェリペを連れ帰る事だよね」
「けど、彼らは敵方に居るよね」
そうジロキチが言うと、エンリは「まさか、マジでアッバース帝を倒す? それでペルシャほぼ全体を支配すると? ここ全土を戦争に巻き込むぞ」
タルタが「どうにか和解に持ち込めないかなぁ」
「アルブケルケは戦争する気満々だけどね」とカルロ。
そしてエンリは言った。
「けど、ここの本来の主はホルムズ王だよね。先ず、そっちと話すのが先だろ」
王宮に行くエンリたち。
宮殿の客室で、彼等を揉み手で迎えるホラムズ王に、エンリは言った。
「アッバース帝と和解の交渉を持ちたい。こんな戦争、さっさと終わらせませんか?」
一転して真顔になるホラムズ王。
そして「それは難しいですね」
「宗派対立ですか?」とエンリが言うと、核心を突かれたかのような表情を見せるホラムズ王。
「・・・」
エンリは言った。
「ユーロでも教皇派と反教皇派が対立しています。だから我々は、どちらにも属さない国教会を立ち上げました。そして民は、どれに属しても自由だという信教の自由を原則と・・・」
その言葉を遮るように、ホラムズ王は「ここではそれは難しいですよ。何しろ、この教えは日常生活や政治や取引関係など全てを宗教で規定しますから。考え方が違えば共存が困難になりかねない」
「だったら、アッバース帝に、ここをスンナの地と認めさせるなら・・・。ドイツは皇帝は教皇派ですが、地方には多くの諸侯が居て、領内でどちらを信仰するかは諸侯が自由に決めます」
そう語るエンリに、ホラムズ王は「あなたは戦争を止めたいのですか?」
「戦争は何も産みません。互いを害するだけです。敵がこちらを奴隷化しようと攻撃するのなら、抗うのは権利であり、民に対する義務です。けれども戦争には必ず理由があり、その理由がどこぞの半島国のような"捏造歴史と洗脳教育で根付いた憎悪やマウンティング強欲"でもない限り、共存は可能な筈です」と語るエンリ王子。
「アルブケルケはあなたの部下なのですよね?」
そう問うホラムズ王に、エンリは「彼は勢力の拡大を望んでいます。ポルタ本国には彼は嘘の報告を行い、平和的に交渉でポルタ人街の土地を得たかのように言っていますが。実はここに攻め込んだのですよね?」
ホラムズ王は言った。
「確かに彼は武力を以てここに攻め込み、我々は屈服しました。けれども、彼はペルシャ湾の交易を独占して、この街に繁栄をもたらしました」
「そのために港の占領を?」
そうエンリは問い、ホラムズ王は頷く。
そしてエンリは脳内で呟いた。
(そういう事か)




