第331話 要塞のポルタ人
ポルタにアルブケルケ公爵という貴族が居た。
ペルシャに進出し、自らの武力を背景に、土地の地方領主ホルムズ王を傀儡とし、その領地の沖に浮かぶホラムズ島に要塞と植民市を建設した。
そして本国には、普通の交渉によって許可を得て、そこを拠点とした・・・との報告が送られていた。
インドでエンリ王子の追跡から逃れたフェリペ皇子とその部下たち。
彼等の乗るヤマト号がペルシャに向かう。
ペルシャ湾の入口に差し掛かろうとする陸の様子を、甲板で仲間たちと見ながら、ヤンが言った。
「もうすぐホラムズの植民都市ですが、あそこにも、エンリ王子の回状が来ている筈です。どうしますか?」
するとメアリ王女が「対抗勢力を頼るというのは、どうかしら」
「対抗勢力って?」
そう言って首を傾げるみんなに、メアリは「ペルシャ大王のアッバース帝よ」
「けど、アッバース帝がホラムズの敵なら、ポルタやスパニアも敵なのでは?」
そうマゼランが言うと、メアリは「大丈夫。私はイギリス人よ」
アッバース帝の都に近い港に上陸するフェリペたち。
ヤマトは拗ね顔で仲間たちに言った。
「私はまたお留守番ですよね? いいんです。この船のメンタルモデルでここから離れられない私が悪いんです。1人は慣れてますから」
マゼランは困り顔で少し考えると「ヤンとマーモ、ここで彼女の相手をしてやってくれ」
都の王城へ行き、アッバース帝に謁見するフェリペたち。
メアリを先頭に、フェリペとその部下たちは、彼女の家来という設定で、彼等は謁見室に入る。
メアリは自分の身分とともに、ハッタリによる架空の立場を名乗る。そしてアッバース帝は確認した。
「イギリスの王女殿下という事は、つまり正式な外交施設という事ですかな?」
そしてアッバース帝の脇に控えている大臣が「では陛下、早速イギリス本国に照会を・・・」
メアリは慌てて「という訳では無く、非公式な友好使節でイギリスからの援軍を連れて来たのです」
アッバース帝はメアリの背後に控えているフェリペの部下たちを見る。
そして「そちらの方々もイギリス人ですか? どうもスパニア人のように見えるのですが」
「確かにスパニア人ですが、ホラムズにポルタから来た敵対勢力が居て、苦慮していると聞きます」と焦り顔で答えるメアリ
。
「ポルタはスパニアと一時統合していた筈ですが」
そう問われたメアリは、更に焦り顔で「いえ、あの国の方から来たという訳では無く、スパニアはポルタとは無関係で、むしろ分離して以来のしこりが残っておりまして」
すると大臣が「あの、皇帝陛下。スパニアはポルタと同盟関係にあり、皇帝の夫はポルタの王太子と聞きます」
「という事はホラムズの・・・」
そう言って疑惑の視線を向けるアッバース帝に、メアリはフェリペたちを指して「彼らはスパニア人ですが、祖国を離れて今は私の下僕であり、イギリスのために働く軍事力です」
そんな問答を聞いてフェリペは、隣に居るマゼランに小声で「ねえマゼラン。僕たち、メアリ姉様の下僕なの?」
マゼランは困り顔で「本気にしちゃ駄目ですよ」
「ところでイギリスとはどんな国ですか?」
そうアッバース帝に問われたメアリ王女は、自慢顔で盛り盛りなお国自慢を語る。
「ユーロ最強の海軍大国で、産業が発展し、味方につけると、とても頼りになります」
アッバース帝は「海軍大国という事は、まさか我々の海に攻め込む意図が・・・」
メアリは慌てて「そそそそんな事は・・・」
「スパニアと対立しているという事ですか?」とアッバース帝。
「そそそそうなんです」
「なるほど。スパニアも海軍大国で、両国は海上覇権を巡って対抗している。つまり敵の敵は味方と・・・」
そんなふうに勝手に都合良く解釈するアッバース帝に、安堵するメアリ王女。
すると大臣が言った。
「あの、皇帝陛下。イギリスはスパニアやポルタとは国教会同盟という友好関係にあると聞きますが」
「そそそそそれは・・・」
返事に窮するメアリを見かねて、マゼランが受け答えに参加した。
「あれは教皇庁と対抗するために便宜的に結ばれた条約で、教皇庁はあなた方と宗教面で対立していた筈ですね? そうした対立に巻き込まれぬよう、国家が宗教を管理して、民の信教の自由を認めるのが国教会です」
アッバース帝は「つまり、教皇庁という共通の敵を抱える味方と」
「そそそそうなんです」とメアリ王女。
だが、大臣は「ですが皇帝陛下。地中海方面で教皇庁やスパニアと対峙しているのは、我々と敵対関係にあるオッタマ帝国ですが」
「つまり、イギリスと対抗しているスパニアは、オッタマという共通の敵を持つ皆さんの味方という事です」とマゼラン。
アッバース帝は大臣に小声で「彼らは本当に味方なのか?」
冷や汗をかきながら、何とか誤魔化すメアリとマゼラン。
とりあえず、港の街に居住する許可を得た。
控えの間で一息つくフェリペたち。
どうにかなったと、胸をなでおろすフェリペと部下たちに、メアリは「それでは下僕の皆さん。主で王女たる私へのご奉仕をお願いしますわね」
マゼランは溜息をつくと「いや、あれはその場を言い繕う方便で、我々の主はあくまでフェリペ殿下ですから」
その時、大臣が控えの間に来た。
「メアリ王女殿下にお願いがあるのですが」
メアリを別室に通すと、大臣は言った。
「皆さんは海賊として強力な軍団なのですよね?」
「私に忠誠を誓う最強の手駒よ」
そう言ってドヤ顔するメアリに、大臣は「ホラムズに居るポルタ人が湾岸の各地を侵略し、交易を妨害しています。鎮圧に協力して頂けると助かります」
「お任せ下さい」
控えの間に戻ったメアリは、大臣から受けた依頼事について話す。
「それで安請け合いしたと?」
そう言って溜息をつくフェリペの部下たちに、メアリは「みんなは最強の海賊団なのよね?」
「こんな所に傭兵をやりに来た訳じゃないんだけど」とマゼラン。
「私が安全に暮らせる場所を用意して貰えるのよね? だったら恩を売っておくのは大事よ」
「けど、ポルタの人たちを相手にするんだよね?」とフェリペ。
フェリペは悩み顔で呟いた。
「父上と戦う事になるのかなぁ?」
フェリペがマゼランに相談する。
「父上はポルタの人たちのために戦うよね? 僕たちは父上の国のみんなの敵って事になるの?」
マゼランはそんなフェリペの迷い顔を見て、暫し思考を巡らせた。
そして彼は言った。
「エンリ様は交易の自由を信念としておられます。ホラムズの人たちが交易を妨害するなら、それを止めるのではないでしょうか」
その言葉を聞いて、フェリペの表情にあった迷いは消えた。
「そうだよね。父上なら攻め込まれてる方に味方するよね」
フェリペたちは港に戻り、ヤマト号発進。
まもなくホラムズのアルブケルケ艦隊を捉えるヤマト。
「前方に敵船隊発見。ポルタ船で数は十二隻」
その進路に立ち塞がるように、ヤマト号は正面から接近し、防御魔法を展開。
敵船隊から砲撃が来る。
「回避しつつ反撃しろ」
そうマゼランが号令し、ヤマトは巧みな操船で砲弾を回避しつつ、四門の砲で立て続けに砲撃。敵船は次々に大破。
海中から潜水艇が、空からは飛行機械が敵船に迫り、爆雷攻撃をかける。
敵船の魔導士がウォータードラゴンを召喚するが、ドラゴンの姿になったアラストールの炎で蒸発。
残った敵船隊は撤退した。
一隻でポルタ船隊を退けたとの報告を受け、アッバース帝は大喜び。
「皆さんが居てくれたら怖いものはありません。このまま、ポルタ人に味方するホラムズ王を討伐しましょう」
「お任せ下さい。ポルタ人など瞬殺ですわ。ほーっほっほっほ」
フェリペたちを招いた応接室で、そう言って盛り上がるアッバース帝とメアリ王女。
マゼランは困惑顔で言った。
「あの、もしかしてエスカレートしてません? さすがにこの人数で軍隊相手は無理かと」
「戦いの主力は我が帝国軍で、皆さんにはその一翼を担って頂ければと。それに、他にも強い味方に来て貰っています」
アッバース帝は強気顔でそう言うと、侍従に小声で指示。
まもなく、その侍従に案内されて、三人の男が応接室に現れた。
「久しぶりだな、マゼラン」
そう声をかけられ、マゼラン唖然。
そして「シンドバットさん達も来ていたんですか?」
その頃、エンリ王子はようやくインドでの熱病治癒ポーション作りを終えていた。
そしてフェリペたちを追ってホラムズ要塞都市に上陸。
アルブケルケが彼等を出迎えた。
「ここを守るための加勢に来て下さったのですね?」
揉み手しながらそう言うアルブケルケに、エンリは困惑顔で「違うけど。通達は見ているよね?」
「家出したフェリペ殿下を連れ戻しに・・・という件ですよね?」とアルブケルケ。
「それで、フェリペたちは?」
そうエンリが言うと、アルブケルケは「来てませんが。けれども、この湾岸のどこかに居るかも知れません。現地の国との戦いに加勢すれば見つかるかも」
「いや、戦いったって、お前等はあくまで商売に来てるんであって、侵略者じゃ無いだろ」
不審顔でそう問い質すエンリに、アルブケルケは言った。
「現地の王に対する反乱の鎮圧を任されているのです」
「向うが攻めて来るってのか?」
そうエンリが言うと、アルブケルケは「ですから、その拠点を制圧する必用が・・・」
エンリは「つまり、現地王による侵略に加担しろと?」
「いえ、そんな事は・・・」
地図上で敵味方の位置を確認する。
「ここが現地王の居るホラムズで、その沖合の島がここです」
そう言いながら地図のあちこちを指すアルブケルケに、エンリも「それで、制圧する敵の拠点がここか? ペルシャ湾の反対側じゃないか」
「ここはペルシャの一部で、そっちはアラビア半島ですから」とアルブケルケ。
「やっぱり侵略じゃ無いのか?」
そうエンリが問い質すと、アルブケルケは「我々は土地を借りている身でして、現地王の要請は断れないのです」
そんな彼を見て、エンリは脳内で呟いた。
(こいつ、どうも何か誤魔化してるような気がするんだが・・・)
エンリは要請しているという本人に確認する必用を感じ、そして言った。
「とりあえず、ホラムズ王の宮殿に挨拶に行こう」
「なら、取引のある商人に案内させましょう」
そうアルブケルケが言って、呼び出したのは、大商人のボチボチデンナだ。
いかにも大商人といった体の彼を見て、エンリは「アルブケルケと組んで、ここの商売を牛耳っているのは、お前か?」
「私だけじゃないですけど、一応顔役って事になってますんで」
ボチボチデンナに案内させて、エンリたちはホラムズの王宮へ。
謁見室で、エンリ王子の一行を揉み手で迎えるホラムズ王。
「ポルタの皆さんには、お世話になっております」
「それは何よりですが、彼はどんな事でお役に立っているのでしようか?」
そうエンリが言うと、ホラムズ王は「安全保障で・・・。リーズナブルな駐留経費で外敵から守って頂いております」
エンリは溜息をついて「駐留経費・・・って」
「それより王陛下、征服地の代表から貢物が届いております」
ボチボチデンナはホラムズ王にそう報告すると、人が入るような大きな箱を持ち込む。
「これは何でしょうか?」
そう王に問われて、ボチボチデンナは「人形だそうです」
王宮の人たちの間に、何やら期待めいた空気が膨らむ。
そんな様子を見てドン引きするエンリたち。
「お取込み中でしたら、我々はこれで失礼します」
そう言って、早々に王宮から退散するエンリたち。
王宮の門を出ると、エンリたちは、彼等が先ほど人形と称していたものについて、あれこれ噂する。
「あれってまさか、人形と称して美女を貢物に差し出すって奴か?」
そうタルタが言うと、ジロキチが「悪い支配者の典型じゃん」
アーサーが「占領軍的になってる訳かな?」
ニケが「これだから男って・・・・・・」
そしてエンリが言った。
「どんな関係かカルロに調べさせる必用があるな」
その頃王宮では・・・。
あの人形と称する貢物を囲んで、盛り上がり状態。
侍従長がわくわく顔で「これって、貢物が美女ってパターンですよね?」
ホラムズ王もわくわく顔で「どんな女性だろう。巨乳かな? それともロリ系?」
そんな彼等に大臣は「警戒された方がよろしいかと。ハニートラップという可能性もありますので」
テンションが急上昇する中、彼等は、人が入りそうな大きな箱の包装をおそるおそる解き、そして蓋を開ける。
そして・・・。
全員で箱の中を眺める中、大臣がぼそっと言った。
「等身大の、ただの人形ですね」
ホラムズ王たちのテンションは急低下。




