第329話 抗病のポーション
逃亡するフェリペ皇子たちを追ってインドに辿り着いたエンリ王子たちは、そこで人々を苦しめる熱病の流行に遭遇した。
一足先にインドを訪れたフェリペたちが頼った元ダリッドの居住区でも、チャンダの母は熱病に侵されており、そしてフェリペも熱病に感染。
フェリペと、その感染に責任を感じてしまったチャンダを心配したリンナは、植民市に居るエンリを頼った。
そして彼等を救うためニケとマーモは、病気の元となる微細な虫を観察する顕微鏡を使い、多くの種類の虫の中から熱病をもたらす虫の特定を急いだ。
やがてニケたちは、何種類かの候補の虫を絞り込む。
そのサンプルを持って、エンリ王子たちはガンディラの修行場に向かった。
修行場でエンリ王子を迎えて、ガンディラは言った。
「実は、ここにも何人かの患者が担ぎ込まれていまして、中には回復しかかっている者も居るのですが」
熱病について解っている事を話すニケ。
病気をもたらす極小の虫のこと。そしてブラド伯爵が回復した患者の血液から作ったという、病気に抗うポーションのこと。
「この中にその熱病の虫が居る筈なのですが」
そう言ってニケが何種類もの虫のサンプルを出す。
ガンディラはそのサンプルの一つ一つを観察し、その虫が持つオーラの特徴を把握した。
そして患者の体を観察し、その全身を流れるプラーナの中に、病原虫が放つオーラの痕跡を辿る。
彼はサンプルの一つを指して「これですね」
そしてその虫のオーラを頼りに、患者の体内での虫の動きを追う。
「どうやら虫は、体内で毒を放っているようですね」
そうガンディラが言うと、タルタは「尻尾の生えた二本足の極小な魔物がバイバイキンとか言ってツルハシであちこち壊している訳じゃないんだ」
エンリは困り顔で「そういう危ない話はいいから」
「それで、人体はその虫に抗っているのですよね?」
そうマーモが言うと、ガンディラは「発病して身体に異常が起こると、抵抗の因子が生じるようですね。それが血液の中に流れて全身を巡り、その虫を殺す。そのバンパイアが作るポーションというのは、その因子を抽出したものだと思います」
「作れますか?」とエンリ王子。
「やってみましょう」
そうガンディラが笑顔で答えると、チャンダは言った。
「俺、師匠を手伝います。リンナ。母さんを頼む」
その後・・・・・。
元ダリッド地区の患者は、植民市の医療所に移された。
チャンダの母親はフェリペと同じ病室へ。
病人たちの看病を手伝う三人の女官とあれこれ話す、ベットの上のチャンダの母。
「チャンダは・・・あの子はお役に立てていますか?」
リンナは「ここの人たちみんなのために頑張っていますよ」
ライナが「ガンディラさんと一緒に、この病気を治す薬を作っているんです」
「無理をしなければいいのだけれど」と、心配顔で呟く母。
「それよりガンディラさん、あのポーションをどうやって作っているのかな?」
そうルナが言うと、ライナは「ニケさんは、明日には出来るみたいな事を言ってたけどね」
翌日、ポーションが出来たとの連絡を受けた。
エンリが仲間たちを連れてガンディラの修行場へ・・・。
「これが完成品です。数人分ですが・・・」
そう言って瓶の入った箱を差し出すガンディラ。
「患者はもっと大勢居るんだけど」
そんな事を言うタルタをエンリは「贅沢を言うな」と一喝する。
ガンディラとチャンダはかなりやつれて、目に隈が出来ている。
「随分お疲れのようですけど」
そうリラが心配そうに言うと、ガンディラは「すぐ次を作らなくては」
アーサーも「少し休んだらどうですか?」
「そうも言っていられませんよ」とガンディラは言って、空瓶の入った箱に視線を向けた。
エンリたちはポーションを植民市の医療所に持ち込んだ。
リンナは彼等を迎えると、エンリをフェリペの病室に引っ張って行く。
そして「チャンダ様のお母さんとフェリペ殿下を最優先でお願い出来ますか?」
だが、フェリペは「僕はヒーローだ。他の人を早く助けてあげてよ」
アーサーは「皇子は他で試してみてからの方がいいんじゃないかな。これで虫は抑え込めるとしても、体調に影響が出るかも知れない」
タルタが「その時は回復魔法を使えるだろ」
そんな彼等に、エンリは困り顔で「そういう自己犠牲と利己主義のせめぎ合いみたいな道徳話は要らないから」
エンリは少し考え、そして言った。
「不測の事態に対応できるよう、体力のある大人で試した方がいい」
医療所に居る患者数人に使用し、翌日には全員回復した。
そして更に数日後、次が完成したとの知らせが来た。
エンリは仲間を連れて、再び受け取りに行く。
「数人分ですけど・・・」
そう言ってポーションの入った箱を差し出すガンディラ。
彼とチャンダは更にやつれて、目の隈が酷くなっている。
「休んでないのではないですか?」
そうエンリが心配そうに言うと、ガンディラは「患者はまだ大勢居ます」
そんな彼を見てリラが「もしかして、このポーション、自分の体で作ってませんか?」
「いや、そんな事・・・」
ニケがチャンダとガンディラの額に手を当てる。
そして「熱があるわね」
「弱めた虫を二人の体に植え込んで、自分を軽く病にして抵抗力を・・・」
そう答えるガンディラに、エンリたち唖然。
そしてアーサーが「弱めたと言っても、それでは生命力を消耗してしまいますよ。患者全員分をたった二人で・・・」
するとガンディラは言った。
「これは修行で自らのチャクラとプラーナを操れる者にしか出来ない事なんです」
重苦しい沈黙が場を包んだ。
その時、エンリは言った。
「あのさ、操れればいいなら、俺がやってやるよ」
そしてエンリは水の魔剣を抜いた。
「この水の魔剣は俺自身と、そしてこれに触れた水と融合して操る事が出来る。人間の体の大部分は水で、命も水の作用だ。これと俺自身が融合すれば、回復力は無敵だ」
「お願いします」と言って、ガンディラはエンリの手を執る。
修行場で向き合うエンリとガンディラ。
隣には弟子のチャンダ。医師としてニケ。そしてリラとアーサー。
エンリは水の魔剣と一体化する呪句を唱えた。
その魔剣をガンディラは摘んで自らの腹部の手前に当てる。
「ここにチャクラの一つがあります。これと融合する事で私のオーラと一体になれます」
エンリは呪句を唱えた。
「汝人体たる宇宙を統べる小さき神。病魔に抗う術を操りし者。マクロなる汝、ミクロなる我が知恵の剣とひとつながりの宇宙たれ。剣の元には我が体内の宇宙。これを汝に預けん。生命預託!」
ガンディラのプラーナが剣を通じてエンリの体に流れ込む。
エンリの体内に引き起こす変化をニケが観察する。
「体温が上がっているわね」
エンリは余裕顔で「大丈夫だ」
「リラ、王子の額を冷やして」
そうニケに促され、リラは掌に氷の魔素で冷気を作り、エンリの額に翳す。
「生成が始ります」
そうガンディラが言うと、エンリは左手を水の魔剣の刃に当て、傷口を作ってポーションの瓶を当てる。
エンリの左手の傷口から、血の代わりに透明な液体が滴り、細い流れとなる。
「これが熱病の虫に抗うポーションですね」
そう言って、アーサーは液体で満たされた瓶を空の瓶と交換した。
流れは絶えまなく続き、やがて周辺の地区の分も含めて配布するのに十分な量が造られた。
ポーションにより病気から回復したチャンダの母親は、チャンダとともに家に戻り、リンナを夕食に招いた。
嬉しそうに夕食を作る母親。嬉しそうにそれを手伝うリンナ。
彼女は母親に、チャンダの食べ物の好みとか、あれこれ聞く。
「あなた、もしかしてチャンダの事が・・・」
「大好きです」
そう答えるリンナを、思わず抱きしめるチャンダの母。
チャンダを交えて三人で食事を食べながら、母親は息子に言った。
「可愛い彼女さんね」
「そういうのじゃないから」と困り顔で言うチャンダ。
そんな中でリンナは母親に訊ねた。
「ところでチャンダ様のお父様って・・・」
「普通の人よ。チャンダが小さい頃に亡くなったけど、彼とは幼馴染だったわ」
そう答える母親に、リンナは「彼の剣って、お父様から貰ったんですよね?」
「そうなの?」と母親は不思議そうにチャンダに振る。
チャンダは困惑顔で「いや、父さんみたいな・・・って」
リンナは「人知れず王様が残した男の子が成長して英雄になって国を救うって、素敵ですよね」
母親は「叙事詩のラーマ王子みたいな?」
「その名前はお父様から?」
そう訊ねるリンナに、母親は「あの人の仕事からついた名なのだけど」
リンナは「仕えて見染められたんですよね?」
母親は頭に?マークを幾つも浮かべて「ちょっと待って。誰の話?」
「チャンダ様のお父様ですよ。その剣がその身分の証なんですよね?」
「従者の証として貰ったんだけど」とチャンダ。
リンナは「チャンドラ王の?」
母親は「ドラちゃんの?」
「いや、猫型ロボットは関係無いが」と困り顔のチャンダ。
「あの、チャンダ。その剣は誰から貰ったの?」
そう母親に問われて、チャンダは「エンリ王子だよ。宝箱の場所を教えた時」
「けどお父様から・・・って」
そうリンナが言うと、チャンダは「あの地図を手にした時、王子が言ったんだ。これは海賊王になれる秘宝だけど、見つけたのは僕だから、僕は未来の海賊王だ・・・って。その時思ったんだ。父さんが居たらこんな人なんだろうなって」
リンナ唖然。
そして「王様が自分の子の証としてお母様に預けた訳じゃ・・・」
「違うから。ってか、もしかしてリンナが僕を好きになってくれたのって・・・」
そうチャンダが言うと、リンナは慌てて「べべべべ別にチャンダ様がインドの王様の子でインド王になる人だから好きになった訳じゃ・・・」
「つまりは勘違い?」とチャンダ。
「ごめんなさい」
真赤になって家を飛び出すリンナ。
おろおろするチャンダに、母親は厳しい口調で言った。
「追いかけなさい!」
チャンダは戸惑い声で「だって、彼女は王の子が好きだって・・・。けど俺はダリッドで」
母親は「違うでしょ。私たちはカーストの輪から抜け出したのよ」
「けど王の子じゃない」
そうチャンダが困り顔で言うと、母親は言った。
「あの子は傷ついているわ。そんな人を助けてあげるのが、人の上に立つという事よ」
「・・・」
そして母親はチャンダに「あなたは海賊王になるために、ここを出たのよね」
「解ったよ」
チャンダはリンナを追って家を飛び出し、物陰で泣いているリンナを見つけた。
「嬉しかったよ」
そう言ってリンナの肩に手をかけるチャンダに、リンナは泣き声で言った。
「私、最低よね。ステータスなんてばっかり見て、勝手に勘違いして、あなたを傷つけた」
チャンダは「それでも俺は嬉しかった。俺は底辺の生まれだから」
「そんなの関係無い。私、チャンダ様が好き」
そう言うリンナに、チャンダは「無理しなくていいから」
「無理なんてしてない」
リンナはそう言いながら、縋りついてチャンダにキスをした。




