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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
328/562

第328話 病原の虫

エンリ王子の追跡を逃れて、フェリペ皇子たちはインドのヤナガル王国植民都市に隣接する、元ダリッドたちの居住区に来ていた。

そこで母親と再会したチャンダと、そしてフェリペとその部下たち。

だがその時、ヤナガルでは熱病が流行しており、チャンダの母親もその病に侵されていた。

マーモは病人たちの治療に奔走するが、元ダリッドたちは「熱病はダリッドが生まれながらに持つ穢れによるもの」というバラモンの説教を受け、再びダリッドとして差別を受ける立場に戻ろうとしていた。



元ダリッドたちとの話し合いを終えたフェリペの部下たちは、チャンダの家で作戦会議。

「疫病の原因を突き止める・・・なんて言っちゃったけど、どうする?」

そうチャンダが言うと、ルナが「目に見えない小さな虫なんだよね?」

フェリペが「ってか、必用なのは病気の治し方だよね?」

マゼランは少し考え込むと、マーモに訊ねた。

「ペストとかで蔓延を防ぐのって、どうしたっけ?」


「人の出入りを禁止」

そうマーモが答えると、チャンダが「さすがに無理だろ」

「極限まで蒸留した消毒酒」

そうマーモが答えると、フェリペが「お酒、あったよね?」

ヤンとマーモが口を揃えて「絶対駄目」

リンナはベットの上に居るチャンダの母の方をちらっと見る。

そして「人の命がかかってるんですよ」と語気を強めた。

ヤンも負けずに「地区全体を消毒する分量なんて、どこにあるんですか?」


「もう一つ何かあったような・・・」

そうフェリペが言うと、ヤンは「ネズミ退治ですよ。疫病をおこす虫を運ぶから、って」

「だったら早速・・・」と全員声を揃えて立ち上がる・・・が、そんな彼等にマーモは困り顔で言った。

「いや、ネズミはペストの場合で、ここの熱病は別だから」

「けど、同じような病の虫の運び手はあるんだよね?」

そうフェリペが言い、全員考え込む。


その時、ライナがパチン・・・と腕に止まった蚊を叩く。

「にしても、ここらへん蚊が多いよね」

潰された蚊が血に染まっている。

それを見て「こんなに血を吸われた」

「僕も刺された」

そうフェリペが言うと、女官三人声を揃えて「痒み止めを塗ってあげますね」


するとメアリ王女が「私も刺されたんですけど」

リンナが「掻いてれば治ります」

扱いの差に憮然とした表情で、メアリは「私だって王女ですからね」

するとチャンダが「蜂に刺されたら、おしっこをかければいいって聞くけど」

メアリ、更に憮然とした表情で「王女たる私にそんな変態プレイをしろと?」

「ってか、蜂と蚊は違うぞ」とシャナが指摘。



残念な空気が漂う中、マゼランが言った。

「俺たち何の話をしてたんだっけ?」

「熱病の原因を突き止めるって・・・」

そうチャンダが言うと、マゼランが「そーだった。それでネズミだっけ?」

シャナが「どうやって病気を運ぶかって話だろ?」

ルナが「アレですよね? 夜寝てる時、ネズミ魔獣が枕元に立って、呪いのダンスを・・・」

「目に見えないほど小さな虫はどうした?」

そうマゼランが残念そうな声で言うと、マーモが「それが、どうやらノミらいしんです」


ルナが「つまりネズミ魔獣がノミに変身して・・・」

リンナが「小さなネズミが、もっと小さなノミに?」

ライナが「大きなものに変身できても、小さなものに変身するのは難しいからね」

「じゃなくて、ネズミがノミを運び、そのノミが人の血を吸う時に虫を植え付ける」

そうマーモが言うと、みんなは声を揃えて「だったら、そのノミの駆除を」

「だから、それはペストの場合で、熱病は多分違うから」と、マーモは残念そうに・・・。


そしてチャンダは言った。

「とりあえず母さんも他の病人も、親戚のダリッドに食べ物を分けてあげて、十分に食べてないんだよ」

「だったら栄養をつけさせてあげる事だよね」とリンナ。

「消化器が弱ってるから、吸収が良くて栄養価の高いものを」

そうマーモが言うと、ライナが「何がいいかな?」

ルナが「タマゴ酒は風邪をひいた時に効くっていうけど」

マーモが残念そうに「いや、病人にアルコールはどうかと思うが・・・」



その頃、元ダリッド居住区の隣の植民市では・・・。

医療所で熱病患者たちを診察するニケが居た。

「どう? ニケさん」

収容された患者たちの診察を終えたニケに、エンリがそう訊ねると、ニケは言った。

「栄養剤と熱さましで、見込みのある人は回復に向かいそうね」


そこにはエンリの部下たちと共に、ヤナガル王国の大臣と植民市の市長。

「王子の部下の方に医術の心得のある方が居て助かりました」

そう市長が言うと、ニケは「謝礼はちゃんと貰えるわよね?」

「それはもちろん」

大臣は「それで、ここがどうにかなったら、城下の民の事もお願いしたいのですが」


「それよりフェリペたちの足取りは掴めそうですか?」

そうエンリが口を挟むと、大臣は「国中に触れを出していますので」

エンリは更に「他の国に逃げたって可能性は?」

「ムガールとかは外交ルートを通じて情報提供を依頼してあります」と大臣。

「或いは、どこかに匿われた・・・って可能性もありますよね?」とアーサーも口を挟む。


そんな中でニケが言った。

「それで、この病気の原因なんだけど、目に見えないほど小さな虫が体内で病気を引き起こすの。それを運ぶ何かがある筈よ」

「ペストの鼠みたいな?」

そうリラが言うと、ニケは「正確に言うとノミね。ネズミが運んだノミが、人の血を吸いながら虫を受け渡すの。この病気って、今まで何度も流行しているわよね? その時に共通する現象を知りたいのだけれども」

大臣は「解りました。王宮の記録を調べさせます」



ヤナガル王は役人たちを動員して、王宮にある過去の記録を半日かけて調べさせた。

その結果がエンリたちの元へ・・・。


記録に出てきた項目を読み上げる大臣。それについて、あれこれ言うエンリの仲間たち。

「飢饉が起ってますね」

そう大臣が言うと、ニケは「栄養がとれなくて、人々が病気に抵抗できなくなるのよ」

「葬儀屋が繁盛していますね」

そう大臣が言うと、ジロキチが「病死する人の葬式の仕事が増えるからだろ」

「あと、蚊が大発生しています」

そう大臣が言うと、エンリは「蚊・・・ねぇ」


そんな中でファフが言った。

「ねえねえ主様、チャンダ君のお母さん、この近くに居たんだよね?」

「奴は元ダリッド地区に実家がある筈だ」

そうエンリが言うと、ニケが「輸出品の畑はどうなってるか、騒ぎが済んだら様子を見に行こうかしら」

その時、彼等の中に、そのダリッド地区にフェリペたちが匿われている可能性に気付く者は、誰も居なかった。


「ところでここ、蚊が多いわね。これじゃ治療に集中できないじゃないのよ」

ニケがパチン・・・と腕に止まった蚊を叩く。

潰された蚊が血に染まっている。



翌日、元ダリッド地区では・・・。


フェリペ皇子が体のだるさを感じながら目を覚ました。

「何だか熱い」

「ここは暑い土地ですから・・・ってどうしました?」

そう言いながら、ライナは目の前のフェリペの異常に気付いた。


「何だか辛い」

そう言って苦しそうにしているフェリペの額にルナは手を当てる。

「すごい熱」

ライナはハッとした表情を浮かべ、「まさか熱病?」と言ってルナと顔を見合わせる。



マーモがフェリペを診断する。脇で見守るフェリペの部下たち。

そして・・・・・・・・。

「熱病の感染ですね」

「どうしよう」

重苦しい雰囲気の中、全員が呻くように、そう呟く。


「とりあえず熱さましと栄養剤だ」

そう言って、マーモは薬を処方する。

その薬をフェリペに飲ませつつ、ライナが言った。

「体力なら回復魔法をかけたらどうかな?」

「それだと病の虫まで元気にしてしまうんです」とマーモ。


「けど皇子、ちゃんと食べてますよね?」

そうヤンが言うと、ルナは「食べ過ぎて八歳にして成人病の塊になるどこぞの王子ほど食べてませんけど」

マゼランは困り顔で「そういう古い漫画の話はいいから」

そしてマーモは「栄養はとってても、子供と大人の体力差はあるんです」


そんな斜め上な仲間たちのやり取りを他所に、チャンダはうなだれた姿勢で呟いた。

「どうしよう。俺のせいだ」

「チャンダ?」

みんなの視線が集中する中、彼は言った。

「俺はヒンドゥーの信仰に戻る。俺が神を裏切ったから、穢れが膨らんで殿下が・・・」

全員唖然。

そしてマゼランは「何言ってるんだ。ここの人たちに言った事を忘れたのかよ」

チャンダは「そのために殿下の命を危険に晒していい訳無いだろ」


マゼランとチャンダは言い争いを始める。

互いに感情を昂らせ、ついに双方、剣の束に手をかける。

おろおろする女官たち、必死に止めようとするヤンとマーモ。



その時、ベットの上で辛そうに呻きながらも、フェリペは精一杯語気を強めて、チャンダに言った。

「許さないぞ!」

「殿下?」

フェリペは言った。

「父上が言ったんだ。神様だの前世だの穢れだのなんて、理由が解らないのを空想で説明した気になってるだけだって。そんな空想で脅して人を不幸にする世界なんて絶対許さない」

「ですが殿下の命が・・・」

涙目でそう叫ぶチャンダに、フェリペは「命が何だ! 僕は貴族だ。先祖はずっと鎧を着て戦って来たんだ。病気が怖くて変な空想に負けるなんて、ヒーローじゃない。父上だったらきっとそうする」



その時・・・。

「よく言ったぞ、フェリペ」

そう言って玄関に立つ人物が居た。

エンリ王子だ。


「父上」

そう叫ぶフェリペの表情に明るさが戻る。

安堵の色を浮かべるマゼラン、ライナ、ルナ・・・・・・。


そしてエンリは茫然と立ち尽くすチャンダに言った。

「それとさ、チャンダ。お前が差別を受け入れて、本当に病気が治ると思うか?」

「それは・・・・・・・・」

俯くチャンダの肩に手を置くエンリ。

チャンダは周囲に居る仲間たちを見る。頷くマゼランと顔を見合わせ、そして「済まなかった、俺、どうかしていた」


そんな中でライナが・・・。

「ところでエンリ様、どうしてここに?」

「こいつが植民市に知らせに来てくれたんだ」

そう言うエンリの背後から出てきたリンナは、仲間たちに言った。

「すみません。エンリ様に見つかっても、殿下の命が心配で。植民市の人たちなら、きっと何とかしてくれると」



エンリは自分の部下たちと共に、フェリペの部下たちに話した。

「実は少し前に着いて、熱病騒ぎでニケさんを手伝って対処に協力していたんだ。まさかチャンダの実家に居るとは、ポルタ人もびっくりだよ」

「いや、普通考えると思うぞ」

そう突っ込むタルタに、エンリは口を尖らせて「お前、言わなかったじゃん」


「それより病気への対処なんだけど」

そう言ってニケは、熱病について解っている事をフェリペの部下たちに語った。

「この病気の虫を運ぶのは、恐らく蚊よ。幼虫がため池や水たまりに湧いているわ。水たまりは埋めて、ため池や水田はその幼虫を食べる小さな魚を放つよう指示してきた所よ」

「それとマーモ、あなた医者よね? 協力してくれるかしら」

そうニケに話を振られたマーモは「今居る患者への対処は?」


ニケは言った。

「それなのよね。ファフがブラド公爵の所のカブ公子が持っていた血のポーションを思い出したのよ。病に打ち勝った者の血から抽出するものなんだけど、体力があって病が治ると、病気と闘う力が備わるの。その血液の中に、かかった病を治す因子が生まれるのよ」

「ブラドか、せめてマーリンが居れば、なぁ」

そうエンリが言うと、アーサーが「ガンディラさんに相談してみては、どうでしょうか」


チャンダが「その虫を特定する必用がありますね?」

「目に見えないほど小さな虫だぞ」

そうマーモが言うと、タルタが「小さくて見えないなら虫眼鏡で見たらどうかな?」

「それでも見えないほど小さいのよ」とニケが言うと、リラが言った。

「だったら、何枚もの虫眼鏡を重ねたらどうでしょうか」

ヤンが「やってみようか」



ニケとマーモが機械職人のスキルを持つヤンと協力し、植民市の職工ギルドの施設を借りて、レンズの組み合わせ方をあれこれ工夫する。

望遠鏡を改造して、筒の中に幾つものレンズを嵌め込む。


完成した試作品を見て、あれこれ言うエンリとフェリペの部下たち。

「これがその虫を見る道具かぁ」

そう言って物珍しそうに見るタルタに、ニケは「顕微鏡よ。覗いてみてよ」


患者の体液を透明なガラス板に塗って、顕微鏡を当てる。

タルタがそれを覗いて「何か変なの居る」

ライナがそれを覗いて「動いてるね。・・・って、真っ二つになっちゃった」

リンナがそれを覗いて「二つとも動いてる」

チャンダがそれを覗いて「こいつらって、こんなふうにして増えるなのかな?」

アーサーがそれを覗いて「これが熱病をもたらす虫なのかな?」

「そこらへんの土にも、似たようなのが居るけどね」とニケ。

「それが全部疫病の原因になるって訳ですか?」とカルロ。


「何だよそのロボットみたいな格好は」

エンリが不格好なハリボテのようなものを着込んだムラマサを見て、あきれ声でそう言うと、ムラマサは「防護服でござる。至る所に居る病の虫から身を守るでござるよ」

「嫌がらせにしか見えんぞ」とジロキチが突っ込む。

若狭が「どこぞの半島国では隣国で行う国際的運動会の聖火リレーを、この格好で走る絵を描いて、あちこちばら撒いて警戒を呼び掛けてましたけど」

ジロキチが「それこそ隣国に対するただの嫌がらせだろ」


「けど、滅茶苦茶いろんな種類の虫が居るぞ」

そう、エンリが顕微鏡を覗きながら言うと、ニケは「その中で病気の原因になるのはごく一部だと思うわよ」

「それをどう特定するか・・・だよね?」とマーモ。

ニケは「何人かの患者の体液の中から、共通する虫を探すのよ」

「けど、人体に普通に居る虫も居るんじゃないでしょうか?」

そうリラが言うと、ニケは言った。

「だったら、患者じゃない人の体に居ない虫ね」

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