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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
327/562

第327話 疫病の大地

インド南部のヤナガル王国。この王都に隣接して、ポルタ人のヤナガル植民市がある。

かつて、北方のムガル帝国による侵攻に対抗する戦いにエンリ王子が協力したのが、このヤナガル王国だ。

その時、この地で被差別階級だったダリッドたちがカーストによる差別を逃れるために改宗し、農民として得た居住地も、ここにある。

そこにフェリペの従者となったチャンダの実家がある。


メアリ王女を救出してユーロを脱したフェリペ皇子が、エンリ王子の追跡を逃れてジャカルタを脱してインドに向かった、その行き先がヤナガルである。

甲板で、フェリペやチャンダとともに、地図を手に陸地を観察しているマゼランに、ヤマトが言った。

「もうすぐヤナガルの植民市ですが、このまま港に入っていいでしょうか?」

チャンダも「エンリ王子からの回状が来てる筈だよね?」

マゼランは少し考えると「とりあえず船は入り江に隠そう。行き先はダリッド地区だから、小舟で上陸して陸路で行けばいいよ」



手頃な入り江を見繕って、ヤマト号は目立たない所に停泊。

そして上陸用のボートを降ろす。

「行ってらっしゃいませ、御主人様」

メイド喫茶のノリがすっかり板についたヤマトに見送られ、フェリペたちはボートでヤマト号を後にした。



海岸にボートを止め、陸路を元ダリッドの居住区へ。

元ダリッドたちの畑を通ると、そこで畑仕事をしていた大人達が彼等に気付いた。

「チャンダじゃないか」

そう声をかけた大人たちに、チャンダは「久しぶりです」


「随分と立派になったな。エンリ王子の従者は、なれたのか?」

そう彼等に言われ、チャンダはフェリペを指して「こちらが僕の主です」

大人たちは幼いフェリペを見ると、怪訝顔でチャンダに言った。

「王子、かなり縮んだんじゃないか?」

チャンダは慌てて「こちらはエンリ殿下の御子息のフェリペ皇子ですよ」


「そちらの性格悪そうな女性は?」

そう言ってメアリ王女を見る大人たちに、メアリは「この綺麗な女性の私はイギリスのメアリ王女よ」

「僕の恋人・・・・・」

そうフェリペが言いかけると、大人たちはフェリペとメアリを見比べ、怪訝声で「それ、犯罪なんじゃ・・・」

「・・・・・の姉様」

そうフェリペが続きを言い、ほっとする元ダリッドたち。


そして彼等は想像逞しく、あれこれ言う。

「王族だと五歳くらいで許嫁が出来るって言うからなぁ」

「さぞ可愛らしい幼女なんだろうな」

「それで、その恋人って、どんな方なんですか?」

そう問われて、フェリペは「エリザベス姉様は、とても綺麗なJKで、もうすぐイギリス女王になるんだ」

大人たちは顔を見合わせて「やっぱり犯罪なんじゃ・・・」



そして元ダリッドたちは、マゼランに言った。

「それで、植民都市では、あなた達が来る可能性があるので、来たら連絡するようにとの通達が来ているのですが」

「出来れば伏せておいて欲しいんです。実は我々は追われていまして、こちらのエンリ王子の御子息は、事情があって家出しているのです」

マゼランがそう言うと、彼等は「解りました。ご安心下さい」

そしてチャンダが「ところで母さんは?」

「それが・・・」と目を伏せる大人たち。



チャンダの実家に行くと、彼の母親はベットに伏せって、苦しそうにしていた。

唖然と立ち竦むチャンダに、地区の大人たちは言った。

「疫病です。多くの人に感染し、死に至らしめる恐ろしい病気で、特にダリッドに大きな被害が出ているのです」

チャンダは縋るような目で「マーモ、どうにか出来ないかな?」


マーモが母親を診察する。

「熱病ですね」

そう診断するマーモに、フェリペは「治癒魔法でどうにかならない?」

「ペストと同じで、それでは治せないんです。恐らく眼に見えない小さな虫が原因です」


チャンダは母親の手を握って「母さん」

母親は苦しそうに、それでもチャンダを見ると、安堵したような声で言った。

「チャンダ。最後にお前の顔を見れて良かった。さぁ、お行き。病がうつるといけない」

「そんな理屈があるもんか」とチャンダ・・・。



とりあえずチャンダの家で寝泊まりする事になったフェリペたち。

チャンダは母親の看病に就き、マーモは熱さましと体力維持の薬を処方すると、地区の患者たちの回診に出かけた。 

一通り回診を終えたマーモに、地区の代表は「助かります。植民都市にも医師は居ますが、彼等はポルタ人相手が仕事ですから」

「インド人の医師も居るのですよね?」

そうマーモが言うと、代表は「彼等はダリッドなんて診てくれませんよ。特に、改宗した私たちなんて・・・」



チャンダが水を汲みに家を出ると、地区の主だった大人たちが広場に集まっていた。

彼等を前に何やら説教している人物を見て、チャンダは呟いた。

「あれ、バラモンじゃないか」


バラモンが立ち去ると、チャンダは大人たちの所へ・・・・。

「何かあったのですか?」

そうチャンダが問うと、大人たちは一様に辛そうな表情を浮かべて「我々はヒンドゥーの信仰に戻る事にします」

「そんな・・・・・・」

唖然とした表情で、そうチャンダが呟くと、地区代表が言った。

「この疫病の原因は穢れです」


「マーモが言ってたじゃないですか。目に見えない小さな虫が原因だって」

そう反論するチャンダに、彼は「ですが、ダリッドの多くの人が病気になっている。穢れは様々な不幸をもたらす。その最大のものが、死と病気です。穢れの多いダリッドが病気になるのは自然な事です」

「けど、患者はダリッドだけじゃ無いですよね?」とチャンダ。

「それは、この国に穢れが蔓延したためです。それが起こす不幸は病気だけじゃない。天候不順で飢饉になっている原因も同じです」と地区代表。



「・・・だそうなんだけど」

夕食後の作戦会議でチャンダが、地区の大人たちが話した事を仲間たちに伝えると、マーモは言った。

「疫病の原因が虫であって、穢れなんて正体不明なものじゃないのは確かですよ」

「けど、何でダリッドに患者が多いんですか?」

そうチャンダが問うと、マーモは「それは栄養状態ですね。ユーロでも飢饉と疫病は同時に発生します。飢饉で食が不十分になると栄養状態が悪化して、体力が落ちて病に抵抗できなくなるんです。ダリッドは差別されて貧しいため、栄養状態の悪い人が多い」

「なるほど、そういう事か」と、その場に居る全員、呻くように呟く。

するとマゼランが「けど、ここの地区の人たちはどうなんだろう。確かに他の地区のダリッドでは、飢えている人は多いですよね。けど、ここは農地のおかげで、栄養は十分の筈ですよ」



会議が終わって水汲みに出たチャンダは、一件の家から貧しい身なりの人が出て来るのを見た。

米の入っているらしい袋を下げ、戸口から家の中に何度も頭を下げている。


(あれって他の地区のダリッドだよね?)

チャンダはそう呟くと、その家に行って事情を尋ねた。

「こんにちは。さっきの人って・・・」

「親戚ですよ。飢饉で困っていて食料を分けて欲しいというので」

そう答える家の人に、チャンダは「それで食料を? 皆さんは十分食べているのですか?」


「大丈夫です。それに、困った時はお互い様ですから」

そう答えるその家の人たちの、辛さを抑え込んだような笑顔を見て、チャンダは呟く。

(そういう事か・・・・・)



チャンダが家に戻ると、リンナが涙目になっていた。

「チャンダ様って、ずっとそんな辛い思いをしていたのですね。大丈夫。きっとお父様が見つけてくれます」

目を抑えてチャンダの手を握るリンナを見て、彼は脳内で(何言ってんだ?)と呟く。


その後・・・。

「母さん、あの子に何を話したの?」

そう困り顔で尋ねるチャンダに、ベットの上の母は「あなたの小さい頃の事を・・・」



フェリペたちは、地区の大人たちとの話し合いの場を設けた。


「教えに戻る事を止めろと言うのですか?」

そう驚き顔で言う元ダリッドたちに、マゼランは「せっかく差別から抜け出したというのに、またあの暮らしに戻る気ですか?」

「ダリッドは持って生まれた穢れと共存して生きる存在です。それに背を向けて改宗した結果がこの疫病なのです」

そう苦渋顔で語る地区代表に、フェリペは「それは単なる思い込みだよ。僕の父上が言った事は正しいと、僕は信じてる。みんなそれで幸せになったよね?」

地区代表は「私たちの身分は前世の罪によるものです。そこから逃れて幸せになってはいけなかった」


「そんな事があってたまるか! 幸せになっちゃいけない人なんて居ないよ。みんなが幸せになれるのが正しいって父上が言ってた。それが駄目だって言う奴が居るなら、僕がやっつけてやる。僕は闇のヒーロー、ロキ仮面だ」

そう涙目でフェリペが叫ぶと、マーモは「病気の原因は我々が突き止めます」


話し合いは終わり、解散する。

地区の人たちが帰宅する中、そのうちの一人がマゼランに訊ねた。

「あの、闇のヒーローロキ仮面って何ですか?」

マゼランは困り顔で「それは突っ込んだら負けな奴ですよ」

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