第321話 魔眼と呪医
サルセード将軍率いるスパニア軍のマニラ島征服は、アギナルド軍が立て籠もるマトラ山砦の頂上を目前に、エンリ王子たちも参加するラプラプ王軍の到着によって潰えた。
サルセード将軍は水の魔剣を使うエンリとの一騎打ちに破れ、魔眼の副作用による死を待つ。
そんな彼にエンリは、スパニアが商業国家としてこの地で共存する事を提案。
そしてラプラプ王に、島を統合する王となって、スパニアの植民都市と共存するとともに、シーノ帝国の脅威に対抗すべく、他の島弧諸国と連合する道を説いた。
そして・・・・・・・。
サルセードは怪我の治療を終え、牢の中で死を待っていた。
そんな彼の元に、面会に訪れたエンリと他二名。
「どうですか?」
そう話しかけるエンリに、サルセードは「牢の居心地ですか? ジパングには"住めば都"という言葉があると聞きますが、そちらは?」
その問いかけに、エンリの隣に居る人物が彼に名乗る。
「直接会うのは初めてですね。この島全体を統治する事になった、ラプラプです」
「あなたがこれから、私を処刑するのですね?」
そうサルセードが言うと、ラプラプは「死ぬのは怖くないのですか?」
サルセードは「軍人は死を恐れない」
エンリは言った。
「それは違う。戦争は死ぬ事じゃない。鎧は死なないために着るのですよね? 戦争は殺すのではなく、支配するためのものです。そのため、相手を傷つけ害する事を意図して行い、それで脅して屈服させる。だから、殺さずとも暴力的に相手に危害を加えるのが戦争です。ドイツの賢者クラウゼッツは言った。戦争とは暴力による外交の延長だと。だから、いろんな戦争がある。経済戦争、外交戦争、宣伝戦争、そして歴史戦争。"ディスカウント何処そこ"とか言って捏造宣伝で他国を害して評判を貶めるという、どこぞの半島国がやっている、あれも戦争です」
「交通戦争とか受験戦争とかも?」
そうサルセードが突っ込むと、エンリは困り顔で「それは違うと思いますが・・・」
サルセードは言った。
「私は思い違いをしていたのかも知れない。だが、戦争で祖国に貢献するために、この魔眼を選んだのは私自身だ。その結果は自分が負います。魔眼を得た者は迫り来る死から、けして逃れられない」
「もし、生き延びる事が出来るとしたら?」
そうラプラプが問うと、サルセードは「そんなの不可能だ」
すると、ラプラプの隣に居るもう一人の人物が「この島にも、魔法を使える呪術師は居るのですよ」
「あなたは?」
そうサルセードに問われて、彼は名乗った。
「心霊手術師のアキノです。刃物を使わずに体内の害となる物を取除く」
「そんな事が・・・」とサルセード。
アキノは「手術、受けてみますか? 生き延びる事が出来るかも知れない」
サルセードは暫し考える。そして「受けます。私だって死にたくない」
それを聞いて、エンリは言った。
「それでこそ軍人だ。死と向き合い、それと戦う」
数日後、アキノは手術の準備を整え、サルセードの魔眼摘出のオペが始まる。
エンリ王子とリラ、そしてアーサーが立ち合い、手術台に横たわるサルセード。
その額に薬液で簡単な記号を描くと、アキノは呪句を唱えた。
「我に身を委ねし汝は星幽の住人。我が右手もまた星幽に有りて、全ての物質を超越せし実在たり。汝の霊たる肉体の宇宙に在りし全ての実在よ。我と対話せよ」
アキノは右手をサルセードの額に翳すと、サルセードの体は弱い光に包まれ、その額に幾つもの古代文字が浮かぶ。
アキノの人差し指と親指が、すーっとサルセードの額に吸い込まれた。それを引き抜くと、何か強い光を放つ小さなものを摘んでいた。
それに左手で薬液を垂らすと、光はもぞもぞと動きながら消えていった。
「それが魔眼ですか?」
そうエンリが問うと、アキノは「そうです」
「実体は何なのですか?」
そうエンリに問われて「蟲ですよ」とアキノは答える。
エンリが「蟲ってあの・・・子供が大好きなカブトムシとか?」
リラが「台所に出ると大騒ぎになるゴキブリとか?」
アーサーが「粉末にして食べるコオロギとか?」
「何の話ですか?」と、困り顔のアキノ。
そして彼は言った。
「この物質世界に様々な虫が居るように、精霊の世界に住む蟲も居るのです。不思議な生態を有し、人の霊体に寄生して様々な現象を引き起こします。私は若い頃、修行のためにこの島を出て、ジパングの辺境を旅した事があります。その時、蟲による病を鎮める事を生業とする蟲師のギンコという人と出会って、いろいろと教わりました」
しばらくすると、サルセードの意識が回復した。
「気分はどうですか?」
そうアキノに問われて、サルセードは「生まれ変わったような気持ちがします。けど私に、もう以前のような力は無いのですよね?」
アキノは言った。
「そうですね。けど、魔眼は精霊の世界を見る。それに触れたあなたには、今でも、人には無い能力が備わっている筈ですよ」
サルセードはしばらく沈黙し、思考を巡らせた。
今まで自分がやってきた事に後悔は無い。それを非難する者が居たとしても、それはその人の価値観でしか無い。
自分は自分の信念に準じて、敵対する者たちの憎しみを排してきた。敵の憎しみが如何に大きかろうと、自分の信念はそれと対等だった筈だ。
そんな信念で敵を殺し、自らの死をも受け入れる・・・そんな生き方を、自分は変えたのだ。
だが、変えた先にどんな生き方があるというのか・・・。
そしてサルセードは言った。
「アキノさん、私を弟子にして下さい。その技を学ぶ事で、これからは少しでも多くの命を救いたい。私はこれまで多くの人を殺しました。それを慚愧するつもりはありません。死ねば地獄に落ちるでしようが、そんな事とは無関係に、これからは誰かの死に抗いたい」
アキノは静かな笑顔で応える。
「サルセードさん。地獄なんて実在しません。人が死ねば、その魂は祖霊の世界に帰るだけですよ」
エンリ王子はイザベラ女帝代理の名目で、サルセード将軍指揮下にあったスパニア兵の指揮権を掌握し、メアリ王女は軍船の監禁室に収監された。
鉄格子を挟んでメアリと向き合い、エンリは言った。
「悪いけど、このままイギリスに向かうよ」
「そんなぁ。フェリペ君を呼んでよ。私は彼の恋人よ」
そんなメアリの抗議声に、エンリは困り顔で「あいつの恋人はあんたの妹だろ」
フェリペ皇子とその部下たちは、水兵たちを指揮するエンリの監視下に置かれた。
タルタ号の船室に軟禁状態のフェリペたち。部屋の入口には見張りの水兵。
「このまま僕たちは宮殿に連れ戻されるんだよね?」
そうフェリペが言うと、マゼランが「皇子はどうしたいですか?」
「もっと冒険したい」とフェリペは答える。
だが、ライナが「けど、ご両親には散々迷惑かけたんですものね」
チャンダが「それに、今までサルセード将軍が居て、いろいろ教えてくれた」
リンナが「それで、随分強くなりましたよね」
ルナが「けど、あの人はもう居ない」
するとマゼランが「彼が居ないと駄目なのかな?」
「そんな事は無いです。マゼラン様は立派なヒーローです」とライナが言った。
「ヒーローはチャンダ様」とリンナが・・・。
「僕は?」とフェリペが・・・。
一瞬、場は残念な空気に包まれた。
女官三人が慌てて「わわわ私たちのヒーローはフェリペ様です」
「何たって私たちはフェリペ様親衛隊ですから」とライナが付け足す。
するとフェリペが残念そうに「それって君達に守って貰うって事だよね?」
「従者は主君を守る存在ですよ。そうやって部下に守られながら、主君は世界を守る。それがヒーローです」とマゼラン。
その時、シャナが言った。
「主は自分たちは自由だと言ったぞ。それって、やりたい事をやるって事だよな?」
フェリペは暫し考え込み、そして言った。
「僕はもっと世界を廻りたい」
宴が開かれた。
ラブラブ王やアギナルド達を招き、水兵たちも、監視下に居るフェリペたちも参加し、ヤマトは船の厨房で大量の料理を作った。
そこにマーモは眠り薬を盛り、全員眠った所でメアリ王女を救出し、ヤマト号で出航。
フェリペのエンリ宛ての書置きを前に、頭を抱えるエンリ王子。そして仲間たち。
「やられましたね」
そうアーサーが言うと、エンリは「そうだな」
そしてエンリは「昨日のご馳走に盛った眠り薬、ニケさん、気付いてたよね?」
「冒険は子供を成長させるわ。別にあの子たちがいろんな所で騒ぎを起こした所を、私たちが解決して謝礼をガッポガッポとか期待してる訳じゃないから」
そうニケが言うと、エンリは「俺、何も言ってないが・・・」
場に漂う残念な空気を振りほどこうと、エンリは気勢を上げた。
「とにかく出港だ」
だが・・・・・・・・・。
エンリたちが出港の挨拶にと、ラプラプ王の元を訪れると、彼は言った。
「その前にお願いがあるのですが」
エンリは「後は勝手にやってくれ。俺たち外国人で部外者だ」
だが、ラプラプ王は「そうはいきません。これから三つの国と同盟を結ぶに当って、文書とか作法とか条約とかが山ほど必用になりますが、私たちにはその経験がありません。聞くところによると、それには膨大な文書の処理が必要で、そのためのハンコ突きという肉体労働が欠かせないとか。そして、あなたはそのハンコ突きのベテランだと聞きます。是非力をお貸し下さい」
「いや、俺は・・・、ってか何だよ、その"ハンコ突きのベテラン"って・・・」と、迷惑そうに言うエンリ王子。
するとタルタが「ヒーローはそういう頼みは断らないものだぞ」
タマが「闇のヒーローだけどね」
「違うから」とエンリは困り顔で・・・。
ニケがラプラプ王に「謝礼は弾むのよね?」
「出来るだけの事はさせて頂きます」と王は彼女に答える。
「ニケさん?」とエンリは慌て声で・・・。
リラが「素敵です、王子様」
「リラまで」とエンリは頭を抱えて・・・。
カルロが「女性にモテますよ。フィリピーナは可愛いぞぉ」
「だから要らないって」とエンリは突っ込む。
ジロキチが「これも修行ですよ」
「そういう筋肉脳も要らないから」とエンリは突っ込む。
ムラマサが「我等の祖国ジパングのためでござる」
「いや、俺の祖国はポルタだから」とエンリは突っ込む。
アーサーが「これって逃げられない流れですよね?」
若狭が「空気読みましょうよ」
ファフが「この島のご飯美味しいの」
そんな仲間たちに、エンリ思いっきり嫌な顔で「お前等、面白がってるだろ?」
その場に居る全員、声を揃えて「お願い!エンリ王子」
「勘弁してくれー」とエンリは悲鳴を上げた。
また、しばらくアップロードを休みます。再開は後ほど・・・。




