第320話 征服の終わり
サルセード将軍率いるスパニア軍によるマニラ島征服を止めようと、フェリペたちが将軍から離れて現地人たちの側へ・・・。
フェリペたちが防衛に参加したアギナルド軍のマトラ山砦がスパニア軍に攻め込まれ、山頂部分に追い詰められる中、ついにラブラブ王率いる援軍が到着した。
彼等とともに駆け付け、ファフのドラゴンに乗ってフェリペの前に降り立ったエンリ王子。
隣にはアーサーとリラも居る。
彼等を下ろすと、ファフは眷獣と戦っているアラストールとシャナに加勢に向かった。
「エンリ殿下」
そう言って生気を取り戻す、体のあちこちに手傷を負ったマゼランとチャンダ。
エンリは彼等に「よく戦った。ここからは大人の出番だ」
「父上」
そう泣きながらエンリに飛び付くフェリペに、エンリは言った。
「頑張ったな、フェリペ」
「僕、泣かなかったよ」
そうフェリペが言うと、マゼランは「そうでしたっけ?」
「うるさいぞ」と言って口を尖らすフェリペ。
そんな彼等を背に庇い、エンリは目の前に立ちはだかる敵将に言った。
「サルセード将軍、もう止めませんか?」
「征服は罪だとでも言うつもりか?」
そうサルセードが言うと、エンリは「罪とは言いません。けど無意味です。人は対等な立場で共存してこそ、より多くのものを得られる」
「それは、あなた達のような通商国家の理屈だ。スパニアは軍事国家だ」とサルセード。
「そんな事を誰が何時、決めたのですか?」
そうエンリが問うと、サルセードは言った。
「スパニアが生まれた時だ。異教徒に占領されたイベリアを武力で取り戻す正義の征服。それがスパニアの存在意義だ」
エンリは「その戦は終わった。イベリアにもう取り返すべき土地なんて無い」
サルセードは「いや、戦いは終わらない。我々が生きている限り」
「それは滅びへの道だ」
そうエンリが言うと、サルセードは「だったら滅ぼしてみろ」
剣を抜いて突きかかるサルセード。
エンリは水の魔剣を抜き、一体化の呪句を唱えた。
そして二人は剣を交え、一瞬でサルセードのレイピアはエンリの胸を貫いた。
「父上!」
そう叫ぶフェリペに、エンリは笑顔を向けて「大丈夫だ」
エンリは左手でサルセードの剣を持つ右手を掴むと、水の魔剣でその腕を断ち切り、胸に刺さったレイピアを抜く。
一瞬で傷は治癒した。
右腕を失ったサルセードは、左手で短剣を抜いて、エンリの腹に突き立てる。
エンリはその手を抑えて、彼の左腕を水の魔剣で断ち切った。
「あなたは不死身なのか?」
両手を失ったサルセードがそう問うと、エンリは「これが水の魔剣の力さ。アーサー、こいつに金縛りをかけて捕縛しろ」
「そうはいくか」
サルセードはそう言うと、彼の額の第三の眼がライトアローを放つが、アーサーが翳した防魔の短剣の前で消滅した。
アーサーはサンダーボルトの攻撃呪文で、サルセードを気絶させた。
「こっちも終わりましたよ。居住区に攻め込んだ敵兵は全て制圧しました」
そう言いながら居住区から上がってきたラプラプ王。
山頂部の敵の制圧を終えたアギナルドと、そしてタルタやジロキチ等、エンリの仲間たち。
「こっちも片付いたぞ」
そう言って二頭のドラゴンとともに地上に降りたシャナ。
ファフが「あのキメラ、強かったよ。ドラゴン二頭でやっとなの」
アーサーが「あれは眷獣といって、高位の魔導士が使える特別な戦闘使い魔だ」
三人の女官がサルセードの切断された両腕を、治癒魔法によって接合させている。
「この男を生かすのですか?」
そうアギナルドが言うと、エンリは「あのままでは交渉も出来ません」
「たとえ和解しても、彼はまた攻めて来ます」
アギナルドがそう言うと、エンリは「そうはならないさ。彼は魔眼を持っている。あれは魂を削るため、長くは生きられない。だから残り少ない命でより多くの成果を残そうとしたんだろうね」
向うではフェリペが五人の子供たちと向き合っている。
「フェリペ」
そう呼びかける五人に、フェリペは「みんな、大丈夫だったか?」
エイドが三人の女官を指して「あのこのお姉さんたちが治癒で治してくれたんだ」
「フェリペ君、ヒーローになれたんだね」とアンジェ。
「かっこ良かったよ」とマリエ。
「お前の友達かい?」
そう父親に問われて、フェリペは言った。
「そうさ。僕ら、戦隊ヒーローロキレンジャーだよ」
「その人って?」
そうジャスが訊ねると、フェリペは「僕の父上さ。そして闇のヒーローロキ仮面の初代だ」
「かっこいい」
そう五人が声を揃え、エンリは慌てて「いや、違うから」
「ロキ仮面は父上がノルマンで・・・」
そうフェリペが解説しようとすると、エンリは焦り顔で「頼むから止めて」
戦いが終わり、戦場の後片付け。そして、焼かれた村の復興に着手するアギナルド。
だが、復興に向かう村人の目に、力強さは見えない。
「お前達の村だぞ」
そう彼等を叱咤するアギナルドに、村人たちは言った。
「家を建て直しても、我々に糧を与えた密林は戻りません」
アギナルドは戦争によって枯らされた荒野を見る。
そんなアギナルドをエンリの仲間たちが見る。
「これ、何年か経てば樹や草はまた生えるんだよね?」
そうタルタが言うと、アーサーが「そんな悠長な事も言っていられないだろうけどね」
するとリラがエンリに言った。
「ノミデスさん、呼べないでしょうか? サンフラワー村でやったみたいに」
エンリは西方大陸北部の村で見せたノミデスの大地への祝福を思い出す。
そして「あれって何の魔法だっけ?」
「大地ですよ。彼女は大地の精霊ですからね」とアーサー。
「だったら・・・・・」
エンリは大地の魔剣を抜いた。
そしてかつて密林だった枯野に剣を突き立て、呪句を唱えた。
「汝大地の精霊。豊穣を産み育む母なるイデア。マクロなる汝、ミクロなる我が剣と一つながりの宇宙たりて、息吹失いし汝の愛する草木の群生に、再び芽吹き繁茂せし数多の命集う森たる世界を成せ。再生あれ」
剣を突き立てた周囲に植物が芽吹き、それは見る間に成長して木や草となった。
その芽吹きの輪は周囲に広がり、枯野となった場所へ押し寄せていく。
日暮れまでには密林の中に残された枯野の爪痕は姿を消した。
侵略騒ぎの後始末の名目で、ラプラプ王とアギナルドに働きかけ、島の各部族が一堂に会した会議が開かれた。
「私はポルタという国から来た王太子のエンリです。我が国の商人が、この近辺で交易をしているのですが・・・」
そうエンリが名乗ると、アギナルドが「つまり我々とも取引したいと?」
「それはかまわないと思うのですが、あのスパニアという国は、あなた達の同盟国なのですよね?」
そうラプラプが問うと、エンリは「彼と一緒に来て、途中で皆さんの戦列に加わったフェリペという五歳児は、実は私の家出息子でね」
時間は少し遡る。
会議に先立ち、エンリは意識を知り戻したサルセード将軍と面会した。
急ごしらえの病院で、戦いによる多くの負傷者とともにベットに横たわるサルセード。
鎖でベットに繋がれ、接合した腕はまだ動かない。
「私は破れたのだな。なら、なぜ生きている?」
そうサルセードが弱弱しい声で問うと、エンリは「何事にも後片付けは必要でしてね」
「我々はどうなる?」とサルセードは問う。
「その我々ってのは、あなたとあの水兵たちの事ですか?」
そうエンリが返すと、サルセードは「あの水兵たちの事だ。私はもうすぐ死ぬ」
「その魔眼で?」
そうエンリが言うと、サルセードは「そうだ。これは大きな力をもたらす。それを国家のために使いたかった」
「死ぬ前に最後のご奉公って訳ですか?」とエンリ。
「その夢は破れた」
そうサルセードが言うと、エンリは語った。
「それは、ここの人たちにとって、いや、世界にとっての悪夢ですよ。それに、あなたの夢は終わっちゃいない。悪夢は覚めても、そうでない夢は続く」
サルセードは「夢には二種類あるという訳ですか? ベットの中で見る夢というのもありますからね」
「いいえ、目が覚めていて見る夢の事です。ここにスパニアの植民都市を築き、西方大陸を通って本国と繋がるルートにする」とエンリ。
「スパニアに通商国家になれと言うのか?」とサルセード。
エンリは「その方がずっと豊かになれます。ここの王から土地を借りて・・・ね」
「この島に王は居ないと聞いたが」
そうサルセードが突っ込み、エンリは言った。
「作るのさ。島を統合する王を、ね」
そんなサルセード将軍との対話の内容を、エンリは島の族長たちの会議で語った。
そして彼は言った。
「奴らは侵略から足を洗って、通商国としてここに拠点の街を作ります。島の王から土地を借りてね。それとも、侵略された恨みを癒すための奴隷になれとでも言いますか?」
ラプラプは「いや、部族どうしが覇を競って争うなんていうのは、どこにでもある。今は世界平和だの領土不拡大原則なんて時代じゃない。けど、この島に王は居ない」
するとエンリは「だから、あなたに王になって欲しいのです。ラプラプ王」
「私はあくまで一部族の族長だ」
そう言って難色を示すラプラプに、エンリの脇に居た一人の男が「それが、そうも言っていられないのです」
「あなたは、ジパングから来た商人ですね?」
そうアギナルドが問うと、男は名乗った。
「助左衛門と言います。この島との商いをしている者ですが、今日はあそこの君主、豊臣秀吉公からの密命を帯びて、ここに来ました」
エンリは彼を指して「私をここに案内したのも、この人でしてね。私はあの君主とは少々縁がありまして」
「それで密命とは?」
そうラプラプが問うと、助左衛門は言った。
「この島を統合して、北に連なる島々の王たちと連合を組み、西の大陸のシーノによる侵略から自分達を守る」
「これを見て下さい」
そう言ってエンリは一枚の図面を広げた。
それを見てラプラプは「何かの図形ですか?」
エンリは説明した。
「世界地図です。この世界の海に浮かぶ陸地の形を示すものでして、実はこの海と大地は巨大な球体の表面に広がっています」
「世界は平坦ではないと?」と族長たち。
「そうです。だからこの地図の右端と左端は繋がっていましてね。我々はこのユーロという、巨大な大陸の反対側から来ました。この西方大陸を通り、広大なオケアノスの大洋を横断して」とエンリは答える。
族長たちは驚き顔で「そんな事が可能なのですか?」
エンリは解説した。
「そのために我々は、嵐に耐える大きな船と、それを操って目的地に向かう航海術を身に着けました。そして問題なのは、この西の大きな陸地を支配するシーノです。その東に連なる島々が、あたかも東への海に蓋をしているように見える。ここがジパング。ナハ。タカサゴ。そしてこのルソン」
「この西の海で、シーノの船が漁民の漁を妨げていると聞きます」
そう一人の族長が言うと、エンリの脇に居るもう一人の男が「それは我々ジパング海賊にお任せ下さい」
「あなたは、ミン人の方ですね?」
そうアギナルドが問うと、男は名乗った。
「タカサゴ島で交易業者をやっている楊大竜と言います」
「海賊ではないのですか?」
「海賊は普段は交易をやっている人達ですんで」とエンリが口を挟む。
「それで王にお願いがあるのですが、こちらの助左衛門殿に売っているという、ルソン壺という骨董品を是非、私にも売って頂けないでしょうか」
そう言いながら、ドアップでラプラプに迫る大竜。
見ると、助左衛門は、バツが悪そうに、わざとらしく目を逸らしている。
「いいですけど、あれは骨董品というより、そこらへんの農村で使われている、ただの水瓶ですよ」
エンリは思った。
(この大竜って人、きっと偽物を買わされまくってる残念な骨董趣味なんだろうな)
そして大竜は話を戻した。
「我々はタカサゴ島を拠点として、シーノからあの島を守っています。シーノは強大な陸軍国ですが、海での戦いに慣れていません。我々は何度もシーノの大艦隊を撃退しています」
そしてエンリは語った。
「タカサゴ島は今、シーノの脅威を受けている。あそこの君主はかつてこの大陸を支配する皇帝でした。けれどもシーノに追われてここに逃げ込み、帝国としての立場を捨てて、通商国になっています。大陸の人々は自らを中華と称し、世界の中心で支配者の地位を名乗り、周囲の民族に朝貢を求めて来ましたが、その地位は形式的で、実質的には交易と外交をやるだけでした。それが北の異民族が皇帝の地位を得てから、中華の名目を実のあるものにしようと、武力と抑圧的権威により屈従を迫る本物の支配を目指しています。タカサゴが落ちればジパングにも、ここにも、彼等の侵略の手が及ぶでしょう。だからあなたに、族長たちをまとめてこの島を統合して欲しいのです」
「どうやら選択の余地は無さそうですね。ここに居る族長の中で、異議のある者は居るか?」
そうラプラプが族長たちに問うと、彼等は口々に言った。
「あなたはスパニアの軍を退けた英雄だ」
「あなたに従います」
ラプラプは言った。
「解りました。引き受けましょう。ところで、そのサルセードという男ですが、彼を蝕んでいる魔眼という力の源とは、どんなものなのですか?」




