第317話 負傷の皇子
オケアノス支配の拠点とするためのスパニアの領土にしようと、ルソン島征服に乗り出したサルセード将軍。
猟兵戦の基地とおぼしき密林の村を掃討するため一般人を殺戮するサルセード将軍の元を、離脱したフェリペ皇子と仲間たち。
彼等は現地人部族の長アギナルドの軍と合流し、スパニア軍と戦う側に回った。
そしてサルセード将軍は、陸戦隊を動員した総力戦のため進軍し、これをアギナルドの部族軍が迎え撃つ。
サルセード将軍率いるスパニア陸戦隊が、枯れて荒野となった、かつて密林だった所を進軍する。
やがて現地人部族兵のものらしき陣地を確認。
「あれが敵陣ですね」
参謀が指し示すアギナルド軍の布陣を確認したサルセードは、部下たちに号令を下した。
「砲撃で打撃を与えた後、銃兵を前面に立て、斉射で更に打撃を与えた後に突撃。重装歩兵を楯にファランクスで突き崩し、剣士隊で蹂躙する。戦争でものを言うのは数ではない。大洋を越えて来た我等の文明の力を見せつけて、抵抗の意志を叩き折るのが、我等の戦いだ。布陣を整え次第、砲撃を開始せよ」
現地軍に向き合って陣形を整えるスパニア兵たち。その後方の離れた所に大砲が布陣。
戦闘陣には数百人の歩兵。その背後の本陣に司令部と15騎の騎兵。
通話の魔道具で砲兵隊に位置を知らせ、砲撃開始とともに戦闘陣が前進。
間もなく、司令部は報告を受けた。
「大砲陣が襲われています」
大砲陣の上空を飛行する物体。それはヤンが操縦する飛行機械だ。
操縦席の背後に、仮面をつけたフェリペとルナ。
砲兵陣の守備兵がそれを発見して銃撃する。
「仮面分身」
そのフェリペの掛け声とともに、多数の鉄の仮面が出現し、宙を飛んで守備兵たちに襲いかかる。
その隙に接近した飛行機械から身を乗り出したルナが、数基の大砲に向けて、立て続けに炎の矢を連射。
火薬に引火して大破する大砲。
大砲陣を潰されたとの報告を受けた司令部では・・・。
「やられましたね」
そう悔しいそうに言う参謀に、サルセードは「まあいいさ。あんな奴ら、大砲なんて無くたって歩兵戦で片づけてやる」
飛行機械が戻った時には戦闘が始まっていた。
藁を束ねて固く縛った荷車を楯に、その陰から弓矢でスパニアの鉄砲陣を狙い撃つ。
その荷車の隙間を、スパニア鉄砲陣の兵が狙い撃つ。
鉄砲は一発撃つと弾込めに時間がかかる。
鉄砲を斉射した一瞬を狙ってアギナルドが号令。
「今だ」
荷車の背後から一斉に放たれた矢が放物線を描いてスパニア陣に降り注ぐと、竹竿の先を尖らせた長い槍を構えた現地人兵が、荷車の陰から密集して飛び出す。
その時、鉄砲を撃ち終わった銃手の背後から、次の銃手が現れて一斉射撃。
突撃した現地兵がバタバタと倒れる。
そんな様子を見たマゼランは「攪乱が必要だな」と呟く。
フェリペはロキの仮面をかぶり、仮面分身の掛け声で出現した無数の仮面が、宙で縦横に密集して整列し方形の筏のような形を成す。
それに乗って、三人の従者とともに銃手隊のただ中に飛び込んだ。
四人でスパニア兵を斬りまくる。
「今だ」
そのアギナルドの号令とともに、竹槍を構えた現地兵が一斉に飛び出し、混乱するスパニア兵たちに襲いかかった。
その時、鎧に身を固めたサルセード将軍が、短剣を振るって戦場を駆け回るフェリペ皇子の前に立ち塞がった。
「皇子、戦場に身を置くからには、覚悟はおありか?」
そのサルセードの重々しい声に、フェリペは「当然だ。僕はヒーローだ」
「なら、遠慮は致しませぬぞ」
そう言うとレイピアを抜いて、目にも止まらぬ速さでフェリペに突きかかるサルセード将軍。
小さな体と、有り得ない素早さで、サルセードの周囲を跳ね回る仮面のフェリペ。
周囲に浮かべた仮面を足掛かりに、宙を自在に移動して短剣で斬りつけるフェリペの姿を、戦い慣れたサルセードの目は確実に捉え、そのレイピアの先端が幼いフェリペの右の腿に突き刺さった。
「痛い!」
生まれて初めて感じる激痛が幼児の思考を奪い、フェリペは右腿を抑えて泣きながら転げまわる。
「痛い痛い痛い痛い・・・・・・」
それを見て、マゼランとチャンダは真っ青になった。
「皇子ーーーーーーーーーーー!」
マゼランがそう叫ぶとともに、シャナは渾身の力でサルセードに向けて刀を振り下ろすと、その灼熱の衝撃波が周囲を圧し、サルセードはレイピアに魔力を込めて、衝撃波を切り払う。
その隙にマゼランは泣き叫ぶフェリペを抱えて自陣に走る。
立ち塞がるスパニア兵をチャンダが切り払い、シャナは追って来る敵を灼熱の衝撃波で退けた。
マゼランは味方陣地に駆け込むと、「ライナ、回復魔法だ」
「皇子様」と叫んで駆け寄るライナ。
ライナは必死にフェリペの傷口に回復をかけながら、涙声でマゼランに言った。
「退却しますか?」
「混戦状態が解消されると鉄砲の斉射が来る。今は無理にでも押して、相手の戦力を抑えるしか無い」
だがその時、スパニア軍は重装歩兵を投入した。
整列した鎧の騎士の間から槍兵が長槍を連ね、槍で鎧の隙間を狙おうとする現地兵を突く。攻防一体となった隊列が混戦状態の戦場を浸食する。
押されていく現地兵たちに、重装兵列の背後から放たれた矢が、放物線を描いて降り注ぐ。
「後退して隊列を立て直すぞ」
そうアギナルドが号令する。藁束の荷車を後退させつつ、弓矢で抵抗する現地兵たち。
現地兵と一緒に攻撃魔法で抵抗しながら、藁の荷車を見てチャンダが言った。
「これって、火で燃やされたら、ひとたまりも無いよね」
間もなく、藁の荷車にスパニア側からフャイヤーアローが放たれた。魔導士官の攻撃魔法だ。
リンナが防御魔法を展開するが、何人もの魔導士の攻撃魔法で、あちこちが破られる。
「防戦一方じゃ駄目だ」
マゼランとチャンダとライナが攻撃魔法で応戦し、現地人の呪術者もそれに加わる。
その時、地響きとともに、現地軍の右翼が銃撃を受けた。
15騎の騎兵が突進しながら鉄砲を斉射し、そのまま歩兵たちに襲いかかった。
槍で抵抗する現地兵を蹄にかけ、馬上から剣を振り下ろす。
弓兵がこれに射線を集中させると、退却して左翼へと向かい、そちらの兵を削る。
それを見てマゼランは「あれは機動力のある奴じゃないと駄目だ」
ヤンが飛行機械に乗って宙に舞い上がり、大型銃を連射して必死に牽制する。
戦いが激しさを増す中、アギナルドの部下は訴えた。
「これ以上持ちこたえるのは困難です」
「もう少しで一般人の避難が終わる」
間もなく彼等の元に報告が来る。
「族長。一般人の避難が完了しました」
「よし、我々も退くぞ」
あちこち火がついて煙を上げている藁の荷車のバリケードを放棄して、退却を始める現地兵たち。
スパニア軍司令部からその様子を見た参謀は「奴ら、退くようですね」
サルセードは号令する。
「追撃をかけるぞ。進め!」
重装歩兵を前列に、その陰から鉄砲を構える銃兵。そして長槍隊と弓隊。
退却中のアギナルド軍から、迫りくるスパニア軍を見て、マゼランが言った。
「奴ら、殲滅戦を仕掛けて来ますよ」
「誰かが最後尾で食い止める必用があるな」
そうアギナルドが言うと、ルナが「私に任せて下さい」
「どうする気だ?」とマゼラン。
ルナは幻覚魔法の呪文を唱えた。スパニア兵たちの目の前に、何体もの巨人が出現する。
スパニア兵たちは「奴らの召喚モンスターだ」
鉄砲隊が銃撃し、魔導士が風魔法攻撃をかけるが、全て通り抜けてしまう。
一人の兵が巨人の指に摘まれ口に運ばれる。
「喰われるのは嫌だ。助けてくれ。ごめんなさい、もうしません」
地面の転がって、そう泣き叫ぶ兵を見て、サルセード将軍は言った。
「あれは幻覚だ」
サルセードが妨害魔法の呪文を唱えると、巨人たちの姿は消えた。
スパニア陸戦隊が幻覚を逃れた時、現地人兵たちは退却して密林に消えていた。
密林の中を進むアギナルドの軍勢。
「フェリペ皇子は?」
そう問うライナに、フェリペを背負うマゼランは「泣き疲れて眠ってる」と・・・。
ルナは「五歳だものね」
リンナは「刺されるのは痛いよね」
「お可哀想」
そうライナが言うと、フェリペが「けど、ヒーローが痛いくらいで負けちゃ駄目だよね」
彼を背負っていたマゼランは「皇子、起きてたんですか?」
フェリペは悔しそうに言った。
「もう大丈夫だよ。父上も、何度もこんな怪我をしたんだよね」




