第314話 掃討と人命
オケアノス西端に到達したフェリペ皇子とともに、三隻の軍船を率いてルソン島に上陸したサルセード将軍は、大洋を支配する拠点としてスパニア領とすべく、この島の征服を開始した。
当初、複数の現地人部族を服属させたサルセードだが、最大部族を指揮するラプラプ王が彼等に一矢報いた事で、現地人たちは離反。
そして密林での現地人の襲撃戦に遭ったサルセードは、その拠点の村の掃討戦を開始したが、それは村に住む一般人に対する殺戮だった。
フェリペは掃討戦の様子についてマゼランから話を聞いた。
「そんな・・・。父上が言ってた。人を殺す人は殺される覚悟がある筈だから、そういう人を殺すのは悪者じゃないって。けど、そうでない子供を殺すのは悪者だよ」
フェリペたちは、将軍に意見しに行った。
「あなた達は戦争を知らない」
そう一蹴するサルセードに、フェリペは「父上なら、こんなやり方は絶対にしないよ。話し合いは出来ないの? 父上は最後は話し合いで解決したよ」
サルセードは言った。
「それは彼が征服者では無いからです。交易の拠点を守る事で、取引により双方が豊かになる。話し合いとは互いに目的があって、それを双方が認め合える時に成り立つのです。相手を支配する事が目的なら、その相手の目的は支配を拒む事です。目的が真向からぶつかり合うならば、折り合いなど成り立つ余地は無い。かの半島国が条約を破って隣国を害した時、被害国による制裁を恐れた彼等は、自らの不義を誤魔化そうと、口先だけの話し合いを求めた。けれども、条約を守る気の無い半島国の見せかけだけの話し合いに隣国が応じなかったのは、正しい選択です」
「だったら・・・。征服って、やらなきゃ駄目なのかな?」
そう涙目で訴えるフェリペに、サルセードは「西方大陸で散々やってきた事です。それによってスパニア帝国は大きな力を得た。フェリペ殿下はメアリ王女を匿う場所を求めているのではないのですか?」
「そうだけどさ」と口ごもるフェリペ。
マゼランは、向うで水兵たち相手に女王様気分のメアリ王女を見て、脳内で呟いた。
(何だかなぁ)
そしてサルセードは言った。
「それと、敵が使い魔でこの拠点を探っている気配があります。お気をつけ下さい」
兵を率いて、場所の判明している村を次々に焼くサルセード将軍。
村はどれも無人だった。
「彼らだって、生きていく場所が必用な筈だ」
「どうやら、別の場所に村を移しているようですね」と参謀。
サルセードは「使い魔を放って捜索するぞ」
その夜、何匹もの軍用犬が吠える中、メアリはうるさそうに顔をしかめて言った。
「うるさくて眠れないわ。どうにかしてよ」
「ここは敵地ですよ」
そう、あきれ顔で言うマゼランに、メアリは「私は王女よ。池の蛙がうるさければ、仕える下々は一晩中池の水を叩いて蛙を黙らせるのが仕事よ」
「勘弁して下さいよ」
マゼランは溜息をつくと、仲間たちを連れてテントを出る。
「多分、敵の使い魔を嗅ぎ付けたんだろうね」
そうチャンダが言い、みんなで「どうする?」と言って顔を見合わせる。
とりあえずルナが幻惑魔法で犬を黙らせ、リンナが探知魔法で気配を探る。
「何か居るよ」
そうリンナが言って指した繁みを、みんなで武器を持って囲むと、山猫が飛び出してきた。
「匿って下さい」
そう言って縋って来る山猫に、マゼランは「お前、現地人の使い魔だよね?」
「エミリオといいます」と山猫は名乗る。
「何か探ろうとしてるよね?」
そうチャンダが言うと、山猫は「そんな滅相も無い。お腹が空いて、いい匂いに誘われて、つい、ふらふらと・・・」
マゼランは「嘘を言っても駄目だよ」
その時、山猫のお腹が鳴る音が響いた。
「空腹は本当だったんだ・・・」とマゼランは呟く。
夕食の残りの魚の切り身を山猫に与える。
山猫はお腹が満たされると、マゼランたちに言った。
「この恩は一生忘れません。それで、こんな話があるのですが。罠にかかった鶴を助けた親切な男性の所に、美しい女性の姿でお嫁さんに来たんです。鶴は自分の羽根で美しい反物を織り、それは高く売れて、男性はヒモとして幸せに暮らしましたとさ」
チャンダは「何が言いたいんだ?」
「という訳で、私も、助けて貰った身として恩返しがしたいので、三食昼寝付きで、ここに置いて下さい。きっと皆さんのお役に立てます」と、山猫のエミリオ。
「けど、反物なんて作れないよね?」
そうチャンダが言うと、ライナが「三味線という楽器を作る時に猫の皮を使うそうだけど」
エミリオは青くなって「こんな可愛い小動物の生皮を剥いじゃうんですか?」
「いや、やらないけどね。それで君、何が出来るの?」
そうマゼランが問うと、エミリオは「モフモフな癒しを」
残念な空気が漂う中、メアリが出て来た。
「あら、猫じゃない」
そう言って、何も考えずに興味を示すメアリに、甘え声で媚びるエミリオ。
メアリは「ちょうど退屈してた所だったのよ。随分と人に懐いているのね。ちょうどペットが欲しかったの」
そう言って山猫を抱いてテントに戻るメアリを見て、マゼランたちは「いいのかなぁ」
「あれって敵側の使い魔だよね?」とルナ。
チャンダが「将軍に報告する?」
「とりあえず、フェリペ皇子が目を覚ましたら報告して、それからだ」
翌朝、目を覚ましたフェリペに、マゼランはエミリオの事を知らせていると、サルセード将軍から号令がかかった。
「これから作戦会議をやるので、指揮官クラスの者は集まって欲しい」
会議の席で将軍は言った。
「猫の使い魔が紛れ込んだ。情報収集のために送り込まれたようだ。見つけ次第、捉えて報告するように。生け捕りが無理なら殺しても構わん」
「エミリオの事だよね?」とフェリペたちはひそひそ・・・。
そして、更に将軍は言った。
「それと、三か所の村を発見した」
「また皆殺しかよ」とマゼランは呟く。
フェリペも「こんなのヒーローのやる事じゃないよ」
フェリペは思った。
(こういう時に父上なら、どうするだろう)
確かにエンリは場合によって戦争も辞さない。けれども、それは交渉に持ち込むためだ。その相手を殺してしまったら、元も子も無いのではないか。
会議を終えると、フェリペは三人の従者に気持ちを伝え、そして彼等は自分たちのテントに戻る。
餌を食べて満腹顔で眠っている山猫を脇に置いて、メアリ王女はマゼランに言った。
「暑くて汗だくだから、船に戻ってお風呂に入りたいの。小舟を出して貰えるかしら」
そんなメアリを無視してマゼランは、呑気に眠っている猫をテントの外に放り出して水をぶっかける。
跳ね起きたエミリオは「何をするんですか? せっかく極上の大トロにありついた夢を見ていたのに」
「お前、ここに情報を探りに来たよね?」
そう言うフェリペに、エミリオは「なななな何の事かなぁ?」
フェリペは言った。
「密林に三か所の村が発見された。今夜中に襲撃がある。すぐ住民を避難させろって、君の主人に伝えてくれ」
「どうして?・・・」
そう、不思議そうな目で言うエミリオに、フェリペは「一般の人を死なせたくない。父上ならきっとそうする」
山猫のエミリオは神妙な声で「解りました。すぐアギナルド様に報告します」
「君の主はアギナルドっていうの?」
そうフェリペが問うと、エミリオは「この地域の部族長の跡継ぎです」
「また戻って来るよね? そのうち別の村も襲われると思う。その人達も助けたい」とフェリペ。
「解りました」とエミリオは答えた。
その夜、サルセード将軍は陸戦隊を率いて、三か所の村を焼いた。
いずれも無人の村で、掃討は空振りに終わった。
エミリオはメアリ王女のペットとして拠点に居付き、密林の村が発見されると、報告して住民を逃がした。
指揮官用テントでは、難しい表情で地図を見つめるサルセード将軍。
その横で参謀が「これでは征服が進みません」
「どうしますか?」と陸戦隊長。
そんな彼等にサルセード将軍は言った。
「彼らに隠れ場所を提供しているのは密林だ。これを枯らしてしまおう」
「そんな事が・・・・・」
そう唖然顔をする部下たちに、将軍は「闇は命を削る。闇魔法を大規模に使えば、広大な密林を枯野に変える事は可能だ」
「まさか、そんな事が・・・・・」
翌日 サルセード将軍は少数の魔導士官とともに密林に入り、闇の波濤の呪文を使って、盛大に闇を撒いた。木や草はたちまち枯れて木々は葉を落とし、草は倒伏して、広大な密林は枯死した立木が連なる荒野と化した。
作戦は翌日も、その翌日も続いた。
密林だった荒野の中に、点々と現地人の村が姿を現わす。
「このまま、族長の拠点への道沿いの密林を枯らすぞ」
そう語るサルナード将軍を見て、魔導士官の一人が脳内で呟いた。
(こんな大量の闇の魔力を、いったいどうやって・・・)
「なるほど、奴らはそんな事を」
現地人部族の拠点村の族長の家で、部下たちと作戦会議中の族長代理アギナルド。
脇には、スパニア軍の拠点の動静を報告に来た、山猫のエミリオが居る。
「どうしましょう、アギナルド様。密林は私たちの住処です。それが永遠に失われてしまう」
そう深刻な表情で訴える部下たち。
アギナルドは言った。
「総力を挙げて決戦を挑む他は無いだろうな。ラプラプ王に助力を求めよう」




