第313話 密林の惨劇
時はやや遡る。
メアリ王女を流刑地から救出して、オケアノスを西へ逃亡した、フェリペ皇子。
そして彼に従うサルセード将軍。
将軍の目的は、オケアノス西側にスパニア帝国の征服地を得て、広い大洋をスパニアのものとする事だった。
彼等を追うエンリ王子より、一足早くオケアノス西端に辿り着いた彼等が標的と定めたのは、未だ島の統一に至らず、複数の部族が割拠するルソン島だった。
フェリペたちの乗るヤマト号と、サルセード将軍率いる軍船三隻に乗った陸戦隊。
彼等が島に上陸すると、鎧に身を固めたコンキスタドール軍団が、現地人の村を次々に占領し、彼らの属する部族に服属を要求。
屈服させた幾つもの部族を支配下に収めた。
だが、彼等に抗う勢力が居た。ラプラプ王である。
「王って事は、この島を治める王様って事ですか?」
サルセード将軍を囲んでの作戦会議でマゼランがそう訊ねると、参謀が答えた。
「いや、この島には幾つもの部族があって、その中の族長の一人だそうだ」
そして陸戦隊長が説明する。
「島の西側に居るマニラ族という最大の部族の族長で、彼が抵抗を宣言したとか。そして決闘を挑むという手紙を送りつけて来たとか」
「決闘って一対一で?」
そうチャンダが言うと、参謀が「いや、ヤンキーがタイマン貼るってのとは違うんで。戦場と時間を指定して、部隊どうしの決戦を・・・って事です。マクタン海岸という所で」
「それで、受けるんですか?」
マゼランがそう問うと、サルセード将軍は反対した。
「恐らく、有利な地形を利用した罠が用意されている筈だ」
「けど、怖気づいたと思われて、服属した部族が離反しますよ」と陸戦隊長。
すると、フェリペが「僕たちが行く。出来るよね? マゼラン」
「もちろんです」とマゼランが答える。
「いや、たった十人じゃ、軍団相手の戦争にはならんだろ」
そう言って陸戦隊長は止めたが、将軍は「けど、そうだな。若者は経験を積んだ方がいい。兵を貸そう。重装歩兵を五十名。楯役として使うといい」
大掛かりな鎧に身を固めた陸戦兵50名を乗せて、ヤマト号が出港した。
地形を観測しながら沿岸を航行する。
「あそこがマクタン海岸ですね」
そうヤマトが言って沿岸の砂浜を指すと、マゼランは「先ず、射程まで近づいて艦砲射撃をかけよう」
するとヤマトは「それが、どうも無理みたいで」
「どうした?」
「沖まで浅瀬が続いて、射程に入るだけの接近が出来ないんです。ただでさえ遠浅の海な上に、干潮の時間で・・・」とヤマト。
小舟で上陸しようという事になる。
上陸の用意が出来ると、マゼランはフェリペに言った。
「兵は俺たち従者三人が率いて上陸します。どんな罠があるか解らないので、皇子は女官たちと船に残って下さい」
フェリペは不満顔で「僕はヒーローだぞ。ヒーローの居ない戦争なんて、マリームの無いコーヒーみたいなものじゃないか」
ライナが疑問顔で「銘柄が違うような気がするけど」と突っ込む。
そしてマゼランはフェリペに「危なくなったら、支援の手を考えて下さい」
マゼランたち三名と小隊長ピガフェッタ率いる重装歩兵が、数隻の小舟に分乗して上陸。
広い砂浜と草原の向うに、多くの現地人兵が陣を構えている。
全員が弓矢と槍を持ち、ラプラプ王らしき指揮官が居る。
ラプラプ王の陣営では・・・。
「あれがスパニア兵か」
そう一人の現地人兵が言うと、もう一人が「ロボットみたいなんですけど」
「あれは鎧だ。全身を鉄板で覆って、弓矢を跳ね返す代物だよ」とラプラプ王。
「そんなのどうやって戦えばいいんですか?」
そう兵が弱気顔で言うと、ラプラプ王は「よく見ろ。腰から下を覆っている鉄板の下の腿が空いてる。あそこを弓で射るんだ」
整列し鉄砲を構えて前進するスパニア兵。
ラプラプ王の陣では、簡単なバリケードの陰から兵たちが弓矢を構える。
「かかれ!」
そのラプラプの号令とともに、スパニア兵たちの周囲の草陰から、一斉に現地人兵たちが姿を現わして弓矢を放つ。
そして、腿を射抜かれた重装歩兵に槍を持って襲いかかる。
スパニア兵たちは剣を抜いて白兵戦となる。鎧に身を守られていても、足の矢傷の痛みで満足に戦えない。
その様子を見て、チャンダが「これじゃ楯役にならないぞ」
マゼランが「俺たちが斬り込んで敵を攪乱しよう」
マゼラン、チャンダ、シャナが混戦の中に突入。
数人の現地人兵が密集して槍を突き出すのを、シャナの炎の刀が薙ぎ払い、雨のように降って来る矢を叩き落とす。
何人もの現地人兵の槍を相手に剣を振るうチャンダ。
マゼランは、群がる現地人兵に風の散弾の呪文を使って、多くの現地兵をなぎ倒す。
だが、すぐに現地人呪術師の妨害魔法を受けた。
「今だ。一気に突き崩せ」
ラプラプを先頭にバリケードから飛び出す多くの現地人兵。
「アラストールを出すか?」
そうシャナが言うと、マゼランは「こんな乱戦では味方に被害が出るぞ」
現地人兵を相手に剣を振るうマゼランの前に、楯と槍を構える偉丈夫が立ちはだかった。
「お前が指揮官か?」
そう問いかける偉丈夫に、マゼランは名乗った。
「俺はマゼラン。フェリペ皇太子の筆頭従者だ」
「俺はラプラプ。この土地が欲しくば俺を倒してみろ」
そうラプラプ王は名乗ると、機関銃のような速さで槍を突く。そのラプラプの攻勢を剣で受け流しながら、マゼランは脳内で呟いた。
(こいつ、強い)
戦いながらラプラプは「お前、指揮官としては若いな」
「海賊として場数は踏んでいる」とマゼランは答える。
「だが、戦争の経験は乏しいのではないか?」
そのラプラプ王の言葉を聞いてマゼランは、サルセード将軍の言葉を思い出した。
その一瞬の隙をついて、ラプラプの槍がマゼランの腿を貫く。
気力を振り絞ってその槍の柄を剣で叩き折るマゼラン。
ラプラプは短剣を抜いて斬りつけ、マゼランを圧倒した。
その時、上空から銃の連射。見上げるとヤンの飛行機械だ。
「助けに来たぞ。撤退しろ」
そう叫ぶヤンにマゼランは「この人数がそれに乗るかよ」
「だから・・・」
ヤンの後ろに居るライナがそう叫ぶと、全体治癒の呪文を唱え、マゼランとスパニア兵たちの腿の傷を回復させる。
そして、一緒に乗っていた仮面をつけたフェリペの、仮面分身で出現した無数の鉄の仮面が、宙を舞って現地人兵を襲う。
「この隙に撤退しろ」とフェリペ。
十数個の鉄の仮面がラプラプを襲う。
これを短刀で全て叩き落とした時、マゼランたちは撤退していた。
「どうでしたかな?」
拠点に戻ったフェリペたちを迎えたサルセード将軍がそう問うと、マゼランは「現地人をあなどっていました」
サルセードは「とりあえず、ここを拠点に支配地を広げていくとしましょう」
だが・・・。
サルセード将軍は、支配下に入った筈の集落が無人となっているとの報告を受けた。
「各部族がラプラプ王の戦いを見て離反したようですね」
そう参謀が言うと、サルセードは「なら、ここの族長の拠点を制圧しよう」
族長の拠点集落に続く密林の細い道を、陸戦隊が隊列を組んで進軍する。
その隊列の中央部分が襲撃を受けた。
矢が雨のように降って来る。そして、両側の密林から斬り込む現地人兵。たちまち乱戦となった。
サルセード将軍が、先頭部分の兵をまとめて救援に駆け付けた時、襲撃隊は既に撤退していた。
後衛部分の兵に守りを固めさせ、先頭部分の兵で追撃をかける。
密林の繁みが濃くて見通しが悪い中を、高木の上から矢が飛んで来る。
飛んで来た方向を見定めて鉄砲で一斉射撃をかけた時には、既に襲撃者の気配は消えていた。
進軍を中断して、怪我人の手当てを始める。
周囲を無傷の兵が固めるが、隙をついて現地人の猟兵が密林に隠れて襲って来る。
サルセード将軍は参謀に言った。
「こんな密林の中の細い通路では不利だ。とりあえず撤退するぞ」
拠点に戻り、作戦会議。
地図を広げて、戦闘のあった場所と襲撃者が逃げた方向を確認する。
そして、地図に記載された集落の地点を指して、サルセードは言った。
「この村が猟兵の拠点で間違い無いだろうな。掃討に向かうぞ」
「掃討って?・・・。村は無人になってるんじゃ・・・」
そうマゼランが疑問を呈すると、サルセードは「彼らだって生活がある。ほとぼりが冷めれば戻って来る。住民が武器を執って襲撃者となるのが、彼等のやり方だ。私が軽装歩兵を連れて討伐する」
「俺たちも行きます」
そう申し出たマゼランとチャンダに、サルセードは「こういう戦いに慣れた者以外は足手纏いだ」
その夜、サルセード将軍は200人ほどの軽装備の兵を連れて出撃した。
拠点に残ったフェリペの仲間たちは、心配顔であれこれ言う。
「掃討ったって、普通の村なんだよね?」
そうリンナが言うと、フェリペも「居るのは普通の村人なんじゃないのか?」
仲間たちの脳裏に膨らむ、嫌な予感。
そんな空気を感じたマゼランは、フェリペに「俺たちが様子を見て来てます」
マゼランとチャンダがジャングルを抜けて村に着くと、既に戦いは終わっていた。
「これって戦いというより・・・」
そう呟いてマゼランが見た村の悲惨な光景・・・。
点々と散らばる死体の半分以上は女と子供だ。
住居を調べているサルセード将軍と参謀たちが居る。
「将軍、これって・・・」
そうマゼランが問いかけると、サルセードは「やはりここは猟兵の襲撃拠点だ。武器が蓄えられている。我々を襲った装備だ」
「けど、死んでるのは女と子供ですよ」
そう沈痛な表情でマゼランが言うと、サルセードは言った。
「女と子供だって、兵を養う支援要員だぞ」
「そんな・・・」




