第311話 信者たちの選択
豊臣秀吉暗殺に失敗し、追い詰められたロヨラ会が、信者たちを率いて原城で蜂起した反乱軍は、遂に本丸に追い詰められた。
そんな中、加勢に来たシーノの艦隊の壊滅を見て絶望し、本丸で集団自殺しようとしていた反乱信者たちは、リラのセイレーンボイスにより眠らされて捕縛された。
反乱の鎮圧を終えて、平戸の城に入った秀吉とその軍勢。そしてエンリ王子たち。
この町は、ポルタ商人たちが拠点としていた港でもあった。
生き残りの信者兵たちは、平戸城の地下牢に入れられた。
その処遇について、エンリは秀吉に問う。
「彼らはどうなるのでしょうか?」
秀吉は「処刑という事になるだろうな。彼らは改宗を拒んだ」
「これから改宗すれば、故郷に戻れるのですか?」
そう問うエンリに、秀吉は「頑強に抵抗している。改宗は無理だろう」
「開発ブームで農民は必要なんですよね?」とエンリ王子。
「だがなぁ」
そう困り顔で言う秀吉に、エンリは「私が説得してみましょう」
「こう見えても王子はスパニア国教会の首長で、説教はプロですよ」
そう、横から口を挟むアーサーに、エンリは迷惑顔で「違うから。俺は坊主じゃない」
タルタが「にしても、信者を辞めさせる説教ってアリか?」
「神なんかに頼らず、自分で考えさせるための説得だよ」とエンリ王子。
そしてエンリは確認する。
「それで秀吉さん。改宗ってのは、踏み絵を踏むって事でいいよね?」
「そりゃまあ・・・」
地下牢の前に立って、信者たちに向き合うエンリ。
彼を見て、ひとりの信者が言った。
「あなたは農民たちを降参させたバテレン人ですよね? これから処刑される私たちに何の用ですか?」
「あなた達も生き残る道があると、伝えに来たのです」とエンリ王子。
「改宗せよという事ですか?」
そう拒絶顔で言う信者に、エンリは「いえ、踏み絵を踏むという事です」
「同じ事でしょう?」と口を揃える信者たち。
エンリは言った。
「唯一神の教えの中の一つに、こういうのがあります。"人の手で作られたものを拝んではいけない"と。踏み絵は人の手で作られたものです。だからあれは、神でも崇拝する対象でも無い」
「農民たちにも、そんな事を言っていましたよね? けど、パーデレ様たちが、あれを神であると言ったのです」
そう一人の信者が言うと、エンリは「彼らが何故そう言ったか、解りますか?」
「・・・」
エンリは、懐から出した一枚の踏み絵をを示して、言った。
「これを見て威厳を感じたのですよね? 偶像というのは、そう感じさせるよう感覚に訴えるものです。それは時として、ただの錯覚だったりする。故に異民族に布教する時、これを使う事で、理性で理解させるより感覚でそう錯覚させる方が、遥かに容易です」
「あなたは、神の教えを信じていません」
そう別の信者が言うと、エンリは言った。
「信じるとは何ですか? 未知なるものにその身を預ける、そういう事ですよね? 私は知らない者に身を預ける前に、先ず、少しでも理解しようと試みます。財産を持つな、迫害に抗うな・・・。そういった、人が人たる事を否定する事で、この教えはユーロで定着しました。己を抑える高潔な教えと受け取られたのですね。けれども、そうした自らを抑圧する思想は、他者への抑圧をも正当化し、他の民に対する集団的な軽蔑となって、その尊厳を軽視する。自分達以外の教えを否定して、多くの宗教戦争を起こした。ジパングの民へも、その偏見を剥き出しにしています。この教えが何故禁止となったか解りますか?」
「ジパングの僧侶にとって不都合だから、ですよね?」
そう答える信者に、エンリは「あの秀吉という人は、そんな僧侶のために貿易を止めるような、信心深い人ではありませんよ。ロヨラ会が奴隷の売買を行っていたからです」
「まさか。それは神の教えを妨げるためのデマだ」と語気を強める信者たち。
だがエンリは「輸送手段を提供していたのはポルタ商人です。私がこの国に来た目的の一つは、それを止める事です」
信者たちは溜息をつく。そして一人の信者が言った。
「私たちに信仰を止めろと言うのですか?」
するとエンリは「信仰とは何ですか? 唯一神の教義では、様々な教えを説きます。それには全て理由があり、ある人に言わせると、それらはたった二つに集約されるという。それは神を愛する事、そして隣人を愛する事。だとしたら、信仰とはそれを守る事に他ならないのではないでしょうか?」
「どう愛すればいいのでしょうか?」
そう別の信者が言うと、エンリは「先ず、自分自身を愛する事です」
信者たちが反論する。
「それは利己主義であり、愛とは自己犠牲ではないのですか?」
「神は言った。"自分を愛するように他者を愛しなさい"と。それは、自分を愛する事が前提ではないのですか?」とエンリ王子。
「・・・・・・」
そしてエンリは言う。
「そもそも、聖書に書かれている愛の形が本当に正しいのか。そこに描かれている神の愛とは、即ち支配です。あなたは、あなたが愛する誰かが誰かに支配される事を、望みますか?」
「・・・・・・」
更にエンリは言う。
「誰かを思いやる事は、ごく普通の事です。けれども、それを宗教が義務として強制すると、人はそれに応えようと、愛の強さを競う。そして、強すぎる愛の元では、自分も他人もすり減ってしまう。あなたは、愛する誰がが削られて苦しむ事を、望みますか?」
「・・・・・・」
そして、更にエンリは言う。
「思いやりとは、互いを思いやるような良い関係を築くためのものです。けれども、あの半島国のような悪意を持つ相手に対する愛を、義務として強制するとしたら、それは奴隷です。あなたは、愛する誰がが誰かの奴隷となる事を、望みますか?」
「・・・・・・」
沈黙して考え込む信者たち。
エンリは彼等に言った。
「ところが、唯一神の教えではそれを望むのですよ。だから奴隷の宗教だと言われる。それは本当に正しいのでしょうか? つまるところ、正しい愛の形など、宗教の中には無い!」
「ですが、相手が望む事は何でもしてあげるのが愛なのではないのですか?」
そう言う信者に、エンリは「その延長でリベラル教というカルトでは、"その人が嫌だと思ったらそれは人権侵害だ"と言った。けれども例えば、酒の毒に冒された人には断酒が必用ですが、彼は酒を欲しがる。そんな彼に酒を与えるのが愛なのでしょうか? 違いますよね? 憎悪の赴くままに歴史を捏造する半島国の行為は、いずれ彼ら自身を破滅させる。けれどもリベラル教は、その行為を容認し、歴史を捏造された被害者である半島国の隣国に、そのヘイト行為への共感と受け入れを迫る。まるで酒の中毒患者に酒を与える愚行と同じです」
「では、どうすればいいのですか?」
そう問う信者にエンリは「本当の正しさは自分自身の中にある。それは"考える"という事です。事実を根拠に、理性を以て論理で何が正しいかを考えるのです。もし聖書が言うように、神が愛を以て人を作ったのだとしたら、神の恩寵とは、理性を以て論理で考える知力を与えたという事です。その力で本当の正しさを探す以外に、何が必要だというのでしょうか?」
「では私たちは、信仰を捨てる必要は無いのですか?」
そう問う信者にエンリは言った。
「この国には"八百万の神"という言葉があり、様々な神の共存を解いています。そうした神の一つとして、二つの愛を解く神に自らの心の中で祈る事に、何の問題があるでしようか?」
信者たちは踏み絵を踏み、唯一神を捨てたと看做されて解放された。
その知らせを聞くエンリ王子たち。
「これで良かったのかな?」
そう言うタルタに、エンリは「彼らは生き残れた。いろんな所で、ユーロ人が侵略する道具として、この宗教が使われている。それに対する禁教は排外主義とは違う。あの信者たちは"どこぞの半島国みたいなただの憎悪"に屈服した訳じゃない」
「けど、スパニア国教会の首長としては、どうなの?」
そうアーサーが問うと、エンリは答えて言った。
「そんな立場はただの方便だよ。元々この教えはユダヤという地で生まれ、ローマに伝わってユーロで形を変えて、今の唯一神信仰になった。その過程で信仰の形は大きく変わった。彼らがジパングで受け継ぐ中で、信仰の形を変えて、我々の教えと似ても似つかぬものになるかも知れない。けどそれって、我々がユーロでやって来た事と、違いがあるのか?」




