第307話 二刀の剣士
フェリペ皇子を追って、オケアノス西端に辿り着いたエンリ王子は、ジパングでの豊臣秀吉によるポルタ商人追放令の発布を知る。
その原因は、唯一神信仰の布教を禁じた秀吉の暗殺を企むロヨラ会にあった。
追放令の撤回を求めるエンリ王子たちは、その組織を壊滅させて暗殺を阻止する作戦に協力した。
そのための餌として、秀吉本人が大衆の前に姿を見せた北野の大茶会。
これを襲撃したロヨラ会は、見事に返り討ちに遭った。
大騒動となった北野の茶会をきっかけに、多くの唯一神信仰の信者は改宗した。
取り締まりは厳しくなり、隠れ信者を摘発するため、踏み絵が大々的に使われた。
各村や町の住人全員にこれを踏ませ、踏めない信者を洗い出す。
「大名信者は全員改宗したようです」
そう奉行の前田玄以が報告すると、腹心の石田三成が「ですが、ロヨラ会が送り込んだボランティア秘書を抱える大名がまだ居ます。排除せぬ者は厳しく改易するのがよろしいかと」
隠れ教会は次々と摘発され、発見された教義書の内容が明かされた。
その教義書に曰く。
「ジパングは、唯一神を知らずに罪を重ねた原罪の民であり、その贖罪のためアダムの民たるユーロに仕え貢くべき、エバの国である。ジパングの民には、我等の教会に全ての財産を寄進させよ。地上に財を蓄えるなかれ。財は天の蔵たる我等の教会へ」
当初は大名たちの「ズブズブ関係」がひたすら強調され、批判の矛先が教会より大名たちに向いていた事が、摘発への動きを不完全なものとしていた。
だが、ジパング人全体を憎悪する教義書への批判が前面に出た事で、ロヨラ会自体への強い反発が生まれ、排除は急速に進んだ。
そんな時、エンリたちが居候していた真田屋敷に・・・。
「ジロキチさんに手紙だそうですが」
そう言って預かった手紙を差し出す真田家の小間使いに、若狭が「彼は出かけてますけど、私たちが預かります」
若狭とムラマサがそれを受け取り、差出人を見ると、佐々木とある。
「何の手紙でござろう?」
そう言うムラマサに、若狭は「故郷からではないかしら」
「すると、幼馴染という奴でござるか?」
そう言って身を乗り出すムラマサに、若狭は「まさか。刀が恋人とか言ってる人よ」
「照れるでござる」と斜め上な反応をするムラマサ。
若狭は「いや、あの四本・・・、ってかムラマサってホモじゃないわよね?」
「拙者はこの沙織一筋でござる」
そう言って、刀を抜いて、すりすりするムラマサ。
若狭はハリセンでムラマサの後頭部を思い切り叩いた。
「けど、気になるでござるか?」と、ムラマサは若狭の顔を覗き込んでニヤニヤ。
若狭は慌てて「べべべ別に私は嫉妬してる訳じゃないからね。勘違いしないでよね」
「つまり、他人の恋愛に首を突っ込む事ほど面白い事は無いと。恋バナは女子会の最強のネタでござる」
ムラマサがそう言うと、若狭は俯いて顔を赤くしながら「いや、他人って訳じゃ・・・」
そんな若狭に、ムラマサは「中身、読まないでござるか?」
若狭は困り顔で「預かった手紙を勝手に読むとか・・・。けど、もし剃刀とか入ってたら危ないものね? 恋人を心配する女の義務よね? 別に浮気を疑って嫉妬してる訳じゃないんだから、勘違いしないでよね」
「主、そういうツンデレ小芝居は似合わないでござるよ」と、ムラマサあきれ顔。
二人で手紙を開けて、中身を読む。
その文面に曰く。
「北野で活躍したあなたを見て、以前会った人とそっくりなあなたの事が、忘れられなくなりました。是非、私と会って下さい。そして付き合って下さい」
そして文末に、呼び出しの日時と場所。
「ラブレターでござるな?」
そうムラマサが言うと、若狭も「ラブレターよね?」
ムラマサは面白そうに「あの人も隅におけないでござる」
若狭は不機嫌そうに「私というものがありながら」
「で、どうするでござる? 破り捨てるでござるか?」
そうムラマサが言うと、若狭は「いや、さすがにそれは・・・」
そんな中、ジロキチが戻って来る。
若狭が鬼の表情で、ジロキチに手紙を突き付けた。
「どういう事か説明して貰えるかしら?」
ムラマサは困り顔で「いや、主。勝手に一目ぼれされた人に、それは無理かと」
とりあえず手紙を読むジロキチ。次第に口元がにやける。
「ま・・・まあ、俺も満更じゃなかったって事だよな」
そうジロキチが嬉しそうに言うと、若狭は膨れっ面で「で、会うの?」
「待ちぼうけを喰わせるのは可哀想だろ」
そう答えるジロキチに、若狭は「ちゃんと振るのよね?」
「多分・・・」
「多分って何よ」と追及する若狭。
待ち合わせの場所に向かうジロキチに、若狭とムラマサがついて行く。
「何でお前等がついて来るんだよ」
そう迷惑そうに二人に言うジロキチに、ムラマサが「他人の恋愛に首を突っ込む事ほど、面白いものは無いでござる」
「勝手にしろ」と言って溜息をつくジロキチ。
待ち合わせ場所に行くと、そこには二本の刀を持った長身の・・・、かなり美形だが、男性である。
ジロキチ唖然。若狭とムラマサ爆笑。
「じゃ、そういう事で」
そう言って帰ろうとするジロキチに、男は「いや、待って下さいよ」
「俺はホモじゃないぞ」とジロキチ。
「いや、私もノーマルです」
そう男が言うと、ジロキチは「じゃ、付き合うって何だよ」
男は「決闘ですよ」
「はぁ?」
彼は言った。
「私と決闘して欲しいのです。あなた、二本の刀を使うのですよね? 私はかつて、ジパング一の剣豪の座をかけて、ある男と決闘し、破れました。彼は宮本武蔵という二刀流の剣士でした。私の燕返しの技が何故敗れたのかを考えた末、一つの結論に達しました。いくら刀を早く振るっても、一本でそれを防いでもう一本で斬りかかる二刀流には勝てない。だから私も二本の刀を以て闘う"燕返し二刀流"を編み出し、再戦を求めて彼を探しましたが、その行方はようとして知れません。そんな時に、彼と同じ二刀流で戦うあなたと出会ったのです。私との決闘に付き合って下さい」
「だったらさっさと済ませようか」と言って、背中の刀に手をかけたジロキチに、男は言った。
「決闘の場所は用意してあります」
「いや、ここじゃ駄目なのかよ」
そうジロキチが言うと、男は「決闘は巌流島で」
「どこだよ」
そうジロキチが怪訝顔で言うと、男は「九州に渡る手前です」
ジロキチ唖然。
そして「あんな遠くに行ってられるか。何日かかると思ってる」
「私は何年もかけて彼を探しました」
そうドヤ顔で言う男に、ジロキチは「知るかよ」
するとムラマサが「そういえば主、エンリ王子から緊急のメモを預かっているでござる」
メモに曰く。
「九州の原城で、ロヨラ会信者の反乱が起きた。手を貸しに行くから用意しておけ」
それを読み上げる声を聞いた男は言った。
「九州に行くのですか? では、その途中に立ち寄って貰えますよね? 決闘は四月31日の正午。私の名は佐々木小次郎。巌流島でケーキを焼いて・・・じゃなくて刀を磨いて待ってます」
そして、風のように去っていく佐々木小次郎。
「勝手な奴だなぁ」
そうジロキチがあきれ顔で言うと、若狭が「本当に決闘、受けるの?」
ジロキチは「逃げたと思われるのも癪だしなぁ。まあ、軽く捻ってやるさ」
「ところで、四月31日って言ってたよね?」と若狭が言い出す。
「そうだけど」
若狭は「四月は30日までしか無いんだけど」
「あ・・・」
「どうする?」と、三人頭を抱える。
「確認しようにも、どこかに行っちゃったでござる」
そうムラマサが言うと、ジロキチは「ま、要は三十日の次の日って事だろ? だったら五月一日だ」




