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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
305/562

第305話 茶室の賢者

フェリペ皇子を追ってエンリ王子たちが辿り着いたオケアノス西端。

ナハ国でシーノ軍と戦う中で、ポルタ商人がジパングから追放されようとしている事を知ったエンリは、豊臣秀吉を説得するため大阪へ。

そこで彼は、布教を禁止された教皇派のロヨラ会が、秀吉暗殺を企んでいる事を知り、その阻止に協力する事になった。

そして、京都池田屋に集結したロヨラ会士を、真田十勇士たちと協力して一網打尽にしたものの、危機の影はまだ晴れてはいない。



かつてエンリたちが探し出した「ひとつながりの秘宝」を一目見ようと、彼の元を古田織部が訪れた、その翌日。


夜明け前の暗いうちから、エンリは古田に呼ばれ、馬に乗って真田屋敷を出た。

「どこに向かうのですか?」

そう問うエンリに、古田は「堺ですよ。私の師匠の千利休の屋敷です」

エンリは「それで、その素晴らしく美しいものって?・・・」

「見事な朝顔が咲くのです。朝顔棚いっぱいに・・・」と、期待に胸を膨らませる体の古田。



夜が明けて間もなく、目的地の屋敷に着く。

が・・・。


庭の隅の朝顔棚の所に行くと、朝顔の花は全部切られていた。


見ると、向うに、大笑いしている老人が居る。

それを見て悔しがる古田。

「昨日より一時間早く参上しましたのに」

そう古田が言うと、老人は「まだまだ甘いわ」


唖然顔で二人を見るエンリに、老人は言った。

「異国から来た客人のエンリ殿ですね? 折角ですから、茶でも飲んでいって下さい」



老人に案内されて屋敷の庭を行く、エンリと古田。

「あなたが利休殿ですか?」

そう歩きながらエンリが老人に問うと、古田はエンリに「茶の道を究め、多くの人が教えを乞う、偉大な賢者ですよ」

だが利休は、それを否定して「いえ、私はただの趣味の人です。古田はそうやって、すぐ権威に祭り上げようとするから駄目なんだ」

「ですが・・・」と不満顔で口ごもる古田。



玄関を素通りして、その建物の前へ。

典雅だが、異様に小さな、その建物を見て、エンリは面食らう。

窓のような小さな戸を開け、這って入る利休と古田。


「これが茶室ですよ。どうぞ中へ」

そう利休に促され、エンリは小さな入口から這って入ると、部屋の奥に棚があり、書画とともに一輪の見事な朝顔が生けてある。

その朝顔を見て、利休は言った。

「どんな大きく立派な花でも、たくさんあれば個々の有難味は薄れます。自らの個としての価値は、独りであってこそ輝く」

「だからって、何も他を切って捨てなくても・・・」と不満そうな古田。


そんな茶室の中を見回し、エンリは言った。

「けど、ここって、妙に狭くて、何だか秘密基地・・・というより、引き籠り部屋みたいな」

「どこにでも手が届くような?」

そう古田が言うと、利休は穏やかな笑顔を浮かべて、言った。

「その、全てに手が届きそうな距離感が、この場所そのものを身近に心地よく感じさせてくれる。ここは宇宙なのです。大地の外に広がる広大な宇宙。それを同じ構造を以て縮小した似姿ですよ」


「人間自体が、その宇宙の似姿だと言う人も居ます」とエンリ王子。

利休は更に言った。

「その宇宙と人が一体化する事で、悟りの境地を得るのだと、そう説く思想がある。そのため、広大な宇宙と一体となるために、自己を果てしなく拡張しようと・・・。ですが、人の意識には限界がある。それを、宇宙の方が縮小する事で歩み寄ってくれる。それで無理無く一つになれる」



「それで先生。何人か作品を見て欲しいという事で、預って来たのですが・・・」

幾つもの書画や焼物を出す古田。

利休は、その一つ一つを手に取って鑑賞する。


「これは、なかなか・・・」

そう、一幅の書画を評する利休に、古田は「今井殿から預ったものです」

「これも、なかなか・・・」

そう、竹製の花器を評する利休に、古田は「小堀殿から預ったものです」


「これは駄目だな」

そう焼物の茶碗を評する利休に、古田は「そんなぁ」

「未だに詫びというものが解っていない」

そう手厳しく言う利休に「もしかして、私の作品だけ採点辛くなってません?」と口を尖らす古田。


「古田さんの作品だと解るのですか?」

そうエンリが問うと、利休は「出す時の顔に書いてある」

「では、これは・・・」

そう言うと、頭から袋を被って焼物を出す古田。

利休は「お前の声が自分の作品だと言っておる」

「そんなぁ」



その後古田は、預ってきた短歌の短冊をいくつか読んで、評価を求めた。

あれこれ評を語る利休。

「海坊主、船商人の、都なら、目鼻口ある、船底の如」

その短歌について評を語る利休を他所に、エンリの脳裏に何かがひっかかった。

(海坊主って・・・)


その評を利休が語り終えると、エンリは言った。

「あの、古田さん。これを詠んだ人って、どんな人ですか?」

「堺の商人で、港で夜釣りをしていた時に詠んだそうですが」

そう言う古田に、エンリは「その時の話を聞けないでしょうか?」



利休の屋敷を辞すと、エンリは古田の案内で、その商人の家に行って話を聞く。

商人は語った。

「夜釣りをしていたのですが、いきなり海中から、やたら大きな何かが顔を出したのです。"海坊主が出た"と叫んで、釣り竿を放り出して逃げたのですが、それが海坊主の顔というより、窓や出入口らしきもののある、まるで船がひっくり返って船底を出したような・・・」


(やはり・・・)とエンリは脳内で呟くと、古田に言った。

「それは潜水艦ですね」

「何ですか? そりゃ」

そう言って疑問顔を見せる古田に、エンリは「ユーロで一部の勢力が使っている、海を潜って進む特殊な船ですよ」

「何でそんなものが、このジパングに?」

そう言う古田に、エンリは「ロヨラ会が会士を密入国させるのに使っているとしたら・・・」


「それでは、仕留めた会士の数が名簿より多かったというのも・・・」

そう、深刻そうに頷く古田織部に、エンリは言った。

「危機は去っていないという事です」

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