第302話 島弧の南北
フェリペたちを追ってオケアノスを西へ横断したエンリたちは、群島国ナハがシーノによるタカサゴ島侵攻の手先にならないよう説得し、シーノのナハ駐留軍とセンカク島占領艦隊を撃退した。
そして、ナハとセンカクの二つの戦いで生き残ったシーノ兵は、捕虜としてタカサゴ島に引き渡された。
戦いの後始末を終えると、ナハ王は心配そうにエンリに言った。
「これからどうなるのでしょうか?」
「シーノからの侵略が?」
そうエンリが言うと、ナハ王は「いえ、我々がどこに朝貢するのか。タカサゴ島のミン帝という事に?・・・」
エンリは溜息をつくと「そういう上下意識は止めにしようという事でしょう。必用なのは、普通の隣国として対等な同盟関係ですよ」
「シーノからまた侵略が来ますよね? 歴史的に中華の一部とか言って」
そうグシケン大臣が言うと、エンリは「シーノは巨大な国ですが、ここに攻め込むには、海を渡る必要がある。タカサゴ島はジパング海賊の大きな中心です」
そして鄭成功も「心配いりません。海の上は我々の庭です」
その日、島主の館で出された昼食を食べながら、エンリは言った。
「この島の食事って、魚が多いが、主食はジパングと同じ米ですね?」
島主は「ですが、あまり豊かとは言えません」
「確かに、民が疲弊しているようですね」とエンリ王子。
昼食を終えて、館の周囲を歩くエンリとリラ。
子供の背丈ほどの石を立ててあり、子供がみんな丸坊主だ。
エンリは思った。
(どこかで見たような景色だな)
そして、その記憶の正体に思い当たった時、リラが言った。
「あの石って、測量の基準でしょうか?」
エンリは「いや、違うと思う。昔、ポルタがスパニアに併合された時にあった人頭税だよ。子供が丸坊主なのは、髪の厚さだけでも徴税を遅らせるためさ」
島主の館に戻る。
夕食時の雑談の中でエンリは、島主にナハ王から課せられている税制について問う。
「ミンの制度を取り入れたもので、律令という、戸籍で民を把握して一人あたりいくらの税を取るやり方です」
そう答えた島主に、エンリは「普通は土地に課すものなのでは?・・・」
するとジロキチが「ジパングでも、昔は中華を真似て律令を取り入れていました。けど、子供が生まれても申告せずに税を逃れる人が多くて、それで・・・」
島主はそれを聞いて、思わず「その手があったかぁー」
するとナハ王が困り顔で「いや、そういうのは私が居ない所で言って貰えませんか?」
残念な空気が漂う。
そしてジロキチが「今はジパングでは、耕地を測量して税を割り出す、検地という事をやっています」
「けど、元々土地が少なくて、水田も不十分なんです。それに、雨がすぐ海に流れてしまうので、水が十分ではない。だから、あまり作柄が良いとは言えません」と島主は憂い顔で言う。
「これを使ったらどうかしら」
そう言ってニケが出した芋を見て、島主は「これは?」
ニケは言った。
「サツマイモという作物で、このオケアノスの海の向こうの西方大陸の原産なのだけど、水が少なくても育つのよ」
「それは有難い」
そう言って喜ぶ島主に、ニケは「そして権利料として生産高の五割を差し出して貰えば」
「ニケさん、こういう人たちにそれはどうかと思うよ」
そうエンリが困り顔で言うと、ニケは拗ね顔で「何でよ。私のお金ーーー」
「あの・・・」
そう困惑顔で何か言いかける島主に、エンリは「気にしないでいいですから」
するとナハ王が言った。
「私たちは、これからも交易の民として生きていくつもりです。けれども下賜品を期待できない以上、輸出品として売り出せる産物が欲しい」
するとニケが「砂糖はどうかしら。ジパングでは採れない産物よ。あそこに売れば、大きな利益になるわ」
「それは有難い」
そう言って喜ぶナハ王に、ニケは「そして権利料として生産高の五割を差し出して」
「ニケさん!」
そうエンリが一喝すると、ニケは拗ね顔で「私のお金ーーー」
困惑顔の島主とナハ王に、エンリは「ほんと、この人は気にしなくていいから」
「それで、米が入る以前のここの人たち、何を食べていたんでしょうね?」
そううエンリが言うと、島主は言った。
「魚ですよ。群島のあちこちに、遥か昔の人たちが食べた貝や魚の骨が出て来る場所むがあります。そこから、その時の人たちが食べた器とが出てきますが、同じ器がジパングでも出て来るんです」
「ここは昔はジパングの一部だったんでしょうか」
そうアーサーが言うと、島主は「その頃、ジパングって国は無かっただろうけどね」
「結局、そこがどうなるかはその時次第で、それを決めるのは、そこに住む人たち自身ですよ」とエンリ王子。
「それに、これからはあの島の周囲で漁が出来るようになります」
そう言って波間の向うのセンカク島の方向を見る島主。
翌日、エンリたちが港に出ると、久しぶりの出漁に湧くヤエヤマの漁民たちが居た。
大陸からの漁船をタカサゴ島から来た海賊船が追い返す。
シーノの警備船を海賊船が撃沈。
そんな話を聞いて、エンリは「大丈夫なんですか?」
「いつもの事さ」と鄭成功が笑う。
「けど、きっと大漁ね」
そうタマが言うと、ファフが「久しぶりのご馳走だね」とわくわく顔。
その夜、島主の館で宴が開かれた。
魚料理が並び、酒が注がれる。
「何という酒ですか?」
そうエンリに問われて、島主は「アワモリですよ」
「泡を盛る・・・って事は、ビールですね?」
そうエンリが言うと、タルタが一口飲んで「これ、蒸留酒だよ。しかもかなり強い」
ご馳走を食べてわいわいやる島主、ナハ王、大臣と将軍たち、タカサゴ島から来た鄭成功とセキヘイ、そしてエンリたち。
庭でタマが地元の猫と魚の切り身を食べる。何匹ものヤマネコが混ざっている。
ファフが次々に大皿を空にしながら「ナハのご飯、美味しいの」
タルタが鄭成功と吞み比べ。
ジロキチが島主と呑み比べで、一気コールが響く。
カルロが地元の女性にちょっかいを出して、ニケがハリセンで彼の後頭部を叩く。
大臣たちを相手に、エンリが「ここの文化って、拳法とか装飾品とか料理とか、ミンからいろいろ伝わっていますね」
若狭が「小説とか、あるんですか?」
「ありますよ」
そう言ってグシケン大臣が出した冊子を見て、若狭が身を乗り出す。
若狭がその表紙を見て「題名は・・・おもろ草紙ですか?」
ムラマサが「おもしろい草紙でござるか?」
カルロが「残念系ギャグじゃないですよね?」
中をめくってジロキチが「中華の文字と混ぜて使ってるこれ、ジパングの文字ですね?」
「中華の文字は、てにおはまでは表現できないですから」と、グシケン大臣。
「言葉や文字が伝わるというのは、対話の手段を合わせて貰うって事ですけどね」とエンリ。
「まあ、言葉は随分似てますし」と島主。
ナハ王が酔って歌う。
哀調を帯びたメロディーが心地よい。
歌い終わったナハ王に「題名は?」とエンリが訊ねる。
「"テングサぬ花"です」
「"テングサの花"ですか?」
そうエンリが聞き返すと、ナハ王は「いえ、"テングサぬ花"です」
「ここはいろんな文化が周囲から伝わってますね?」
そうセキヘイが言うと、エンリは「元がどこから伝わったとしても、それはその地に根付いた以上、その地の文化ですよ」
ジロキチが言った。
「ジパングも大陸から、いろんな文化が伝わっています。それを半島を通って伝わった時期もあったからと、"お前等の文化は全部自分達が教えてやったんだ"とか、上から目線で見下したりする人たちが居ます。実際はミンから直接伝わったものが多いし、それに磨きをかけて独自の文化に育てたんだが、"自分達が元祖でお前等のはただのパクリ"とか言っちゃう」
「そもそも、そういうのは、その地をどうするかとは別問題ですよね」
そうアーサーが言うと、エンリが「今はシーノの脅威に対抗するため、島国どうしで結束する必用がある。ジパングだってシーノの脅威を受けている」
鄭成功が言った。
「タカサゴ島の南にはルソン島があります。あの島にはラプラプ王という英雄が居て、侵入した外敵を撃退したと聞きます」
それを聞いたエンリたちは「それってまさか・・・」と一様に呟き、そしてフェリペ皇子と、彼に随伴したサルセード将軍の艦隊を思い出した。
そしてグシケン大臣が「ところでジパングですが、あそこに居るポルタ人が追放されたという話がありましたね」
エンリたち一同、口を揃えて「そーだった!」




