第297話 島王の娘
メアリ王女を救出し、エンリ王子の追跡を逃れて、フェリペ王子たちが辿り着いた南洋の王の居る島。
そこでフェリペとサルセード将軍が加担した、配下の島々の反乱は、王を救出したエンリの説得により収束した。
エンリは仲間たちとともに、フェリペとその部下たち、そしてサルセード将軍の艦隊を監視下に置いて、島に上陸する。
反乱を起こした家来たちと王の和解が成立し、拘束されていた兵たちも解放された。
サルセード将軍以下のスパニア兵たちは、宛がわれていた宿舎で謹慎状態。
王が一族や家来・衛兵たちとともに王宮に戻り、そこでエンリたちはファフと一緒に潜入したリラと合流する。
「よくやったぞ、リラ」
そうエンリに手柄を褒められた人魚姫のリラだが、照れながらも、意外な事を言った。
「それが、歌で陸戦隊の人たちを眠らせたのは、実は私じゃ無くて、ラバさんなんです」
「何だと?」
唖然とするエンリに、リラは「実は彼女は人魚の子孫で・・・」
「じゃ、お前と同じ人魚姫?」とエンリ王子。
横で聞いていたラバは笑顔で言った。
「リラさんもそうだったんですね。私の祖先の王が若い王子だった頃、彼に恋をした人魚が居たんです。彼女は呪術師に頼んで人間の下半身を貰い、王子に仕えてやがて彼の妃になりました。それで産まれた子が私の先祖でして。それで時々、人魚のスキルを受け継ぐ女の子が生まれるんです」
「王子に恋をした人魚がすんなり結婚かぁ」
そう、遠い目で呟くエンリに、リラは「ここはいい所ですね」
「そうだよね、のどかで」とエンリ。
「政略結婚なんて無いんだろーなー」とタルタ。
「本当にいい所ですね」
そう同じ事を二度言うリラを見て、エンリは冷や汗気味の声で「リラ、何だか目つきが怖いぞ」
そんな問答が一息つくと、事後処理のためについて来ていたマゼランが言った。
「ところで、フェリペ皇子と我々はどうなるのでしょうか?」
アーサーが「誰もお咎め無しって訳にいかないよね?」
ジロキチが「反乱だもんね」
マゼランは困り顔で「いや、言い出したのは彼等で、俺たち手伝っただけなんですけど」
「けど、あわよくば支配してスパニアの領地に・・・とか思ってたよね?」とエンリ王子。
「そそそそそそそんな事は」
そう慌て声でマゼランが言うと、エンリは傍に居る自分の幼い息子に「本当か? フェリペ」
「それは・・・」
「俺の目を見て答えなさい!」
そう、いかにも厳しい父親風の声でエンリが言うと、フェリペは「父上だって、筏に乗って来た人達に嘘をついたじゃないですか」
「そのお陰で彼等は殺し合わずに済んだんだよね?」とエンリ。
「それは・・・」
エンリは言った。
「嘘にもいろんな種類がある。最悪なのは、例の半島国が歴史を捏造するみたいに、誰かを害するための嘘だ。けど、自分や他の誰かを守るための嘘だったりする事もあるよね? そして、それが何から守るか・・・という事にも依るよね? 誰かを害している訳でも無い個人的な事について、それを理由に自分を害する誰かの悪意・・・例えば性嫌悪みたいなものから自分を守るという場合、本当の事を言わない自由や、それを詮索したり言い触らす事をさせない権利もある。プライバシーというのがそれだよね?」
フェリペは「そうですね。ところで父上、性嫌悪って何ですか?」
「それは・・・・・・・」
残念な空気が漂う。
そしてエンリは、再度問う。
「それで、ここを支配しようって、本当に誰も言わなかったの?」
「それは・・・」
フェリペとメアリ王女、そして彼等と同行した人達は全員、本国に連れて帰る事になった。
彼等には反逆者としての処分が待っていると伝えると、島の人たちは全員納得した。
そんな後始末が一段落すると、お茶を飲みながらリラはエンリに言った。
「彼等、本当に処分されるんですか?」
エンリは「本国の統制を離れて脱走したのは事実だものな。まあ、俺からイザベラにとりなしてやるさ」
「けどメアリ王女は?」
そうリラが言うと、エンリは「彼女の処置を決めるのはイギリスだからなぁ」
反乱に加担したスパニア側全員に拘束の首輪が嵌められ、仲直りの宴が開かれた。
拘束の首輪をつけた陸戦隊の人たちも含めて、ご馳走を並べ、酒を酌み交わして、わいわいやる。
ヤケクソで王女様気分を演じるメアリ王女。
そんなメアリを見て、フェリペはエンリに言った。
「父上、彼女はどうなるの?」
エンリは「それはイギリスが決める事だ」
「けど・・・」
何か言いたそうなフェリペに、エンリは言った。
「お前は皇帝になる身だ。上に立つ者は自分のお友達関係ではなく、国の立場で考えなくては駄目だ。自分の国に悪意を剥き出す国の奴らと直接触れ合って親切なうわべを見せられたからって、この人たちは実はいい人で自分達にヘイト感情を持っているのは極一部だとか言って、歴史捏造な敵対政策を大目に見てやろうなんて、君主どころか国民としても失格だぞ」
フェリペは「解ります。どこぞの半島国の隣国の人たちなんて、そう言うリベラル派に騙されて散々煮え湯を飲まされたんですからね」
「私たちも処罰されるんですか?」と、不安そうなライナ。そしてリンナとルナ。
そんな彼女たちにマゼランとチャンダが「お前達は殿下の世話をしただけだ。戦ったのは俺たち従者だからな」
「けど、お屋敷に戻れば御嬢様方から折檻されます」
そう不安そうに言うリンナとルナに、チャンダは「そうなったら俺たちの所に来ればいいさ」
人化人魚のリラと人魚の子孫のラバは、すっかり意気投合した。
椰子の木陰で踊るリラとラバ。
「あなた達も踊ってよ。私、踊らない人のお嫁になんて行かないから」
そうラバが言うと、島の男性たちが踊りに加わる。
するとリラが「エンリ様も踊って下さい。ラバさんのお婿さん候補が踊ってるのに、私の恋人が踊らないなんて不公平です」
踊っている男性たちに引っ張り込まれて、無理やり踊らされるエンリ。
若狭がジロキチとムラマサを踊りの輪に引っ張り込む。
タマがタルタを、ニケがカルロを、ファフがアーサーを踊りの輪に引っ張り込む。
ライナがマゼランを、リンナがフェリペを、ルナがチャンダを踊りの輪の中に引っ張り込む。
ご馳走を食べながら、そんな彼等を眺めるシャナ。
「能天気な奴らだな」
「お前は踊らないのか?」
そう、ペンダントの姿のアラストールが言うと、シャナは「真っ平だ」
シャナはジパングに居た、彼女が持つ剣を鍛えた刀鍛冶の男の子を思い出し、脳内で呟いた。
(裕二が居たらなぁ)
エンリが踊り疲れて席に戻ると、ラバが来て彼に言った。
「エンリさんは人魚が好きなんですよね?」
エンリは焦り顔で「いや、俺は人魚じゃなくてリラが好きなんだが」
そんなエンリにラバは「私も人魚ですよ。子孫ですけど。だから・・・、私、あなたに興味があるの」
「ちよっと・・・」
いきなりエンリの唇に唇を重ねるラバ。
何ともいえない気持ちよさで、エンリは目を閉じ、そして・・・・・・・寝落ちした。
同時にまだ踊りの輪の中に居たリラが強烈な睡魔に襲われて寝落ちした。
アーサーが、タルタが、ジロキチが、エンリの仲間たちが次々に眠りに落ちる。
そしてフェリペとチャンダも・・・」
「目が覚めましたか?」
エンリは朦朧とした頭で、目の前で自分を覗き込むリラに気付く。
「俺は一体・・・」
そう呟きながら、眠る前の事を思い出すエンリ。
そして慌てて周囲を見回し、リラの横に居るラバに言った。
「あの、ラバさん、気持ちは嬉しいけど俺には妻も子も・・・」
ラバは笑いながら「妻ってイザベラという人の事? それともリラさん?」
「あの・・・」
笑っているリラ、あきれ顔のタルタ。
困り顔でアーサーが言った。
「やられました。俺たち全員が眠っている間にフェリペ皇子たちは出航して、まんまと逃げられました」
「それって・・・」
そうエンリが呟くと、アーサーは「睡眠魔法ですよ」
エンリは思わず口元を抑えて「あのキス・・・」
「王子との絆をパスに使われて、俺たち全員」
そうアーサーが言うと、ラバは「私、そういうの得意なんです。きっとセイレーンボイスの能力の応用なんですね」
「けど何で?」
そうエンリが言うと、ラバは「メアリさんと。彼女のドレスとアクセサリーで手を打ちました」
エンリ唖然。
そしてラバは言った。
「それに、私たちのせいで誰かが罰せられるのって、嫌じゃないですか」
「けど拘束の首輪は?」
そうエンリが言うと、ラバは「サルセードという人が解除したみたいですよ。あの人って相当な魔導士らしいですから」
アーサーを連れ、島の人の案内で、マングローブの林を見に行くエンリ。
「この木って塩水の中で育つんですよね?」
目の前の海水面から垂直に伸びるマングローブの枝葉を見上げてアーサーが言うと、エンリは言った。
「普通の木は塩分で枯れてしまう。それに耐えるこの木の特性は、きっとアンチソルトの魔力効率を各段に上げるんじゃないのかな」
アーサーは研究用にと、島の人に頼んで、マングローブの木の一本をサンプルとして引き抜いて貰った。
出航するタルタ号。
島を離れる船の上で並んで島を眺めるエンリとリラ。
「リラはあのラバさんをどう思う?」
そうエンリが言うと、リラは「いい人ですね」
するとアーサーが「けど王子、彼女にキスされたんだよね?」
「私、気にしませんから」
そう、わざとらしい拗ね声で言う彼女に、エンリは「リラ、何だか目が怖いぞ」
「その気になったりしてませんよね?」
そう言ってエンリの上着の裾を引っ張るリラに、エンリは「当然だ」
「けど、これってやっぱりハニートラップだよね?」とタルタ。
「それで、俺たちまで眠らされて」とジロキチ。
「王子最低」とニケ。
エンリは困り顔で「俺が悪いのかよ!」




