第290話 オケアノスの船出
メアリ王女が変装した偽のイザベラ女帝によって、フェリペ皇子たちに掌握されたリマの総督府は、エンリ王子たちと、そして駆け付けた本物のイザベラ女帝により奪還され、フェリペ皇子たちは三隻の軍船とともに、オケアノスの海を西へと逃走した。
後処理とオケアノス横断の準備のため、大忙しなリマの総督府。
ホセ総督以下の役人たちをイザベラが指揮している。
「皇帝命令の偽物を見抜けなかった責任は、問われる事になるわよ」
「そんなぁ」
そう言って悲鳴を上げるホセ総督以下の役人たちに、イザベラは「罪を軽くしたかったら、頑張って事後処理に励みなさい」
そんな中で、フェリペたちを取り逃がしたエンリ王子とその仲間が、総督館に戻った。
「おかえりなさい、我が夫。私たちの子は?」
そう言うイザベラにエンリは「済まない。逃げられたよ」
「そうでしたか」と残念そうなイザベラ。
「それと、三隻の軍船が奴らに合流したんだが」
そうエンリが言うと、「まさか脱走者が・・・・・」と顔を曇らせるイザベラ。
ホセ総督が総督府の軍を確認し、まもなくその正体が明かされた。
「サルセード将軍と彼直属の兵、そして三隻の軍船が、行方不明になっているという事でして」
そう説明するホセに、エンリは「どういう奴なんだ?」
「海上魔法戦闘のエキスパートで、彼自身、相当な魔法スキルを持っています。そして、まとまった数の陸戦隊も・・・」と、ホセ総督。
それを聞いてジロキチは「厄介だな」
「何でそんな奴が?」とアーサー。
「エンリ王子・・・」
そう心配そうに言うイザベラに、エンリは胸を張って言った。
「大丈夫だ。俺を誰だと思ってる。ひとつながりの秘宝を見つけた海賊王でドラゴンを従える魔剣の使い手、エンリ王子だぞ」
「あの子の憧れの父親ですものね」とイザベラ。
「そうだな」
「ヒーローごっこの見本として」
そう付け足すイザベラに、エンリは「勘弁してくれ」
「にしても・・・・・・」
仲間たちがクスクス笑いながら、丸々と太った猫の姿のタマに視線を向ける。
「何か文句ある?」
そう、ふて腐れたように言うタマに、タルタが「いや、いいけどね」
カルロが「ニャンコ先生だよね?」
「さっきから言ってるそれ、何の漫画の話よ。猫はこういうのがお餅みたいで癒されるって人だって居るんだから」
そう言って口を尖らせるタマに、タルタは「けどなぁ・・・。それ、人の姿になったら、どうなるんだ?」
タマは「断固拒否だからね」
「美人コンテストに無理やり出場するくらい、自己評価高かったもんな」とアーサー。
「いーでしょ」
「けど、どうしてそうなった?」
そうエンリが言うと、タマは「あのヤマトって女、やたらと料理が美味しくて、大量に作るのよ。しかもあいつ、自分で大量に食べるから、こっちも釣られて、つい」
「とりあえずダイエットだな。食事は当分抜き」とタルタが宣告。
「そんなぁ」
悲鳴を上げるタマに、リラは「太り過ぎは体に良くないですよ」
その頃、フェリペたちは・・・。
海上で三隻の軍船と並んで航行するヤマト号に移乗して、マゼランと今後の打ち合わせをしているのは、スパニア海軍きっての凄腕将校だ。
「本当に良かったのですか? サルセード将軍」
そうマゼランが言うと、サルセードは「あなたのお父上にはお世話になりましたから」
「その恩は、父の陛下への忠義に沿う形で返すのが、本筋だと思うのですが」とマゼラン。
サルセードは「いえ、私は陛下ではなく、スパニア帝国への忠義で返したい」
「というと?」
そう聞き返すマゼランに、サルセードは言った。
「スパニアは西方大陸を得ました。そして、その西には広大なオケアノスが広がる。その反対側に我が国の拠点を築けば、新大陸とその西の広大な海を我が国のものと出来る。それは世界の半分を領土とするという事です」
リマの港では、出航するエンリたちを見送るイザベラの姿があった。
「出立するのですね?」
そう言うイザベラに、エンリは「俺たちの息子は必ず取り返す」
「もう少し成長した子だったら、自立を妨げる子離れ出来ない馬鹿親だと言われるでしょうね」とイザベラ。
「まあな。けど、あいつはまだ五歳だ」とエンリ。
「王子が海に出る時の事を憶えておられますか? あの時、王子の夢を叶える事を私が後押ししたのでしたわよね」
そう恩着せモードに走るイザベラに、「お前、俺を留守にさせて、ポルタを乗っ取るつもりだっただろ」とエンリは突っ込む。
「それを防ぐために冒険を諦めた方が良かったかしら?」とイザベラ。
エンリは「そんな事は無いさ。俺はお前のお陰でこんな体験が出来た」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす・・・でしたわよね?」
そんな事を言うイザベラに、エンリも「俺もそんな試練を経て来たんだよな」
「けど王子は、お父様にそう言われて嫌だと言ったのですわよね?」
そう突っ込むイザベラに、エンリは「俺は山で修行したいんじゃない。海で冒険がしたいんだ」
「要するに遊びですか?」
そう、からかい口調で言うイザベラに、エンリは言った。
「いいだろ。修行だなんて思うから辛い。遊びとして楽しむから、全力で好きな事が出来る。"詰め込み勉強だ"なんて思わなくても、人には知識欲があるから、いろんな本を読む。勝てなかった相手に勝つために腕を磨く。出来なかった凄い事が出来るよう、誰も思いつかなかった仕組みを考える。全部遊びさ。遊びは人生の本質だよ」
そしてイザベラは話題を転じる。
「それと王子。航海には彼等を同行させて欲しいのですが」
「お前が便乗してきた船の奴らだよな?」と言って、彼は脇に居る二人の男を見た。
二人はそれぞれエンリに名乗る。
「ドレイク海賊団旗下、ビーグル海賊団団長のビーグルです」
「乗組員として参加しているダーウィンといいます」
「乗組員として・・・って事は、海賊は本業じゃない?」
そう訊ねるエンリに、ダーウィンは「本業は博物学者です。パリ大学でリンネ教授と一緒に動植物の分類をやっていて、ロンドン大学に赴任したのです」
「つまり珍しい種を探したいと?」
そう言うエンリに、ダーウィンは言った。
「この西方大陸には、我々の知らない多くの貴重な動物種が居ます。その西には、もっと稀有な種も居る筈なんです。もしかしたら、何故これほどまでに多くの種が発生し分化したか、という謎の手掛かりがあるかも知れない」
「分化ですか?」とエンリは聞き返す。
ダーウィンは「チューリップは、花の色や模様の異なる様々な種が新たに誕生します。もしかしたら同様な種の変化が、元々単純だった生物の姿を変え、長い年月を経て進化を遂げて、今の我々に至ったのかも知れない」
「我々の遠い先祖が動物であると?」とエンリ。
「その謎を解き明かす鍵となる生物が、きっとこの広い海洋のどこかに居るのではと」とダーウィン。
エンリは「その進化の仕組みを解明出来れば、すごい品種が作れますね」
ニケが「一本で大量の果実が実る果樹とか、巨大な姿に成長して大量の肉を得られる豚とかを育ててお金ガッポガッポ」
アーサーが「無限の魔力を持つ魔獣に進化させて無限の魔力を取り出す魔力源に・・・」
ジロキチが「戦わせれば無敵な召喚魔獣」
カルロが「究極美女なモンスター娘」
そしてニケが「全身の皮膚と骨格が黄金で出来ている・・・」
「科学って凄いね」とタルタ。
「世界は不思議でいっぱいだ」と全員声を揃えて・・・。
エンリは頭痛顔で「いや、科学っていうより、殆ど妄想なんじゃないかと思うんだが・・・」




