第289話 二人の女帝
イザベラに変装したメアリ王女がホセ総督を騙し、掌握したリマ総督府に、ついにエンリ王子たちが突入。
彼等が、上空に現れたファフのドラゴンが陽動だと気付いたフェリペたちと対決する中、ホセの部下がもたらした報告が、更に事態を混乱へと・・・。
「ホセ総督、港外に視察に出ていたイザベラ女帝が戻られました」
「はぁ?」
その場に居る全員が唖然とする中、ホセは混乱する頭を抱えながら、その部下に問い質した。
「イザベラ陛下なら、ここに居るが」
「けど、我々が港外で警戒していたところ、陛下の乗ったイギリス船が来て、視察に出ていて今戻ったから、港の入口の鉄鎖を開けろと」
そう説明する部下に、ホセは「開けたのか?」
部下は「女帝陛下の御命令ですから」
「だとしたら、陛下は視察のために船で港を出たのだよな?」とホセ総督。
「そうですよね」
そう答える部下に、ホセは「それは何時だ?」
「何時だろう」と、部下は首をひねる。
ホセは「そもそも何でイギリス船なんかに乗ってる。視察に出るとしたら我々のスパニア船だろ」
「けどスパニアとポルタの船は入港禁止だと」
そう言う部下に、「その命令を伝達したのは我々だろ。その我々の船を入港禁止にしてどうする」と突っ込むホセ総督。
「確かに」
そしてホセ総督は言った。
「そのイザベラ陛下は偽物じゃないのか?」
「確かに・・・・・・」
残念な空気が流れる中、その場に居る人たちは脳内で呟いた。
(何なんだ? この間抜けな問答は)
そして・・・。
「いいえ、偽物はそいつよ」
そう言いながら入口から会議室に入ってきた、もう一人のイザベラに全員唖然。
「イザベラ様が二人」とホセの部下や配下の兵たちは呟く。
イザベラに続いて数名の兵士と諜報局員。
「あれはイギリスの流刑地から脱走したメアリ王女よ」と、新たに部屋に入ってきたイザベラは、部屋に居た自分と同じ姿の女性を指す。
「いいえ、私が本物のイザベラよ。あなたこそ、イギリスから脱走したメアリ王女ですわよね?」と、元から居た、イザベラの姿をしたメアリ王女。
新たに部屋に入ってきたイザベラは突っ込む。
「あなたの言い分だと、メアリ王女が流刑地から脱走したというのは、エンリ王子が私を亡き者にしてスパニアを奪うための作り話という事でしたわよね? それが本当だとしたら、ここに何故メアリ王女が居るのかしら?」
「それは・・・」
そんな騒ぎを見て、混乱顔のフェリペは言った。
「あの・・・、父上は確か、本物の母上はスパニアに居ると仰いましたよね?」
「俺が聞きたいよ。何でお前がここに居る?」
そう混乱顔で言うエンリに、イザベラは言った。
「西方大陸の騒ぎを聞いて、自分の偽物と対決するために。ポルタとスパニアの船が入港禁止になったというので、エリザベス王女からドレイク旗下の海賊船を一隻、借りてね。ついでにエリザベス王女から、メアリ王女の話はいろいろ聞かせて貰ったわ」
イザベラは、自分に化けたメアリに向き直る。
「あなた、子供の頃、女官が作った茶菓子をつまみ食いして、妹のエリザベス王女のせいにしたのよね?」
「止めて」と言って青ざめるメアリ。
更にイザベラは「お気に入りの侍従見習いの男の子がエリザベス王女に恋をしたのを嫉妬して、彼に無実の罪を着せてクビにしたわよね?」
「止めてよ」と言って真っ赤になるメアリ。
そして更にイザベラは「エリザベス王女のベッドに鼠の死骸を入れたわよね?」
「止めてーーーーーーーー」
幾つもの恥ずかしい曝露話に、メアリはプライドをポッキリと折られ、その場にがっくりと膝をついた。
イザベラは勝ち誇る。
「女にとって外聞は全て。自分は常に潔癖で完全なのだと、周囲に認めさせる事に全力を尽くすのが女よ。だから何かの不都合では、自分に非が無いという物語を作り、被害者として同情を買おうとする。その完璧神話を崩す欠点や黒歴史の露見を何より恐れるわ。その最大の脅威が、自分を知る女子会のお友達による悪口大会。けれども、同様に同じ事を恐れる女子会のお友達の悪口は、自分の潔癖さを際立たせる最高のご馳走という事よ。だから常にその場に居ない人の悪口に花が咲く。それは女子会のトップを競うライバルを蹴落とす最大の戦場。ライバルの黒歴史を晒せ。これは女子会戦略の鉄則よ」
エンリはあきれ顔で「それ、エリザベス王女の決め台詞なんじゃ・・・・・」
打ちひしがれたメアリにフェリペは尋ねた。
「ねえ、メアリとエリザベス姉様って、本当は仲、悪いの?」
メアリは縋るような目で「小さな頃の事だもの。いろいろあったわ。けど、今はとっても仲良しよ。お願い信じて、フェリペ君」
「解った。信じるよ。僕はもっと冒険を続けたい」
フェリペがそう言うと、彼の隣にロキが出現する。
「なら、ここは脱出するのが上策だな。悪戯成功の最大の秘訣は逃げ足だ」
マゼランが「ヤマトと連絡して、すぐに迎えに来れるよう待機させています」
「よし、出港だ」
そう言うと、フェリペは仮面を被った。
「ロキ仮面参上。仮面分身!」
エンリは慌てて「逃げる気かよ」
フェリペは「父上、今度は海の上で遊んで下さい」
「待て。フェリペ」
出現した無数の仮面が宙で縦横に密集して整列し、方形の筏のような形を成す。
マゼランは目晦ましの光魔法を使い、その場に居た人達の視力を奪った隙に、彼等は仮面を並べた上に飛び乗った。
それはフェリペの仲間たちとメアリ王女を乗せて窓を破って空に飛び出す。
シャナは、上空でファフのドラゴンと空中戦を演じている味方のドラゴンに向けて叫んだ。
「アラストール、脱出だ」
「跡を追うぞ。ファフ」
そう言うとエンリも仲間たちと、ファフのドラゴンの背に乗ってフェリペたちを追う。
港の沖合に浮かぶヤマト号からファフに向けて、盛んに大砲を連射するのを、リラが氷の楯で防御する。
牽制しようと向かって来るアラストールにアーサーが雷撃魔法を放ち、エンリが闇の巨人剣を振るった。
「逃げられちゃいますよ」
リラがそう言うと、エンリは「大丈夫だ。あそこにはタマが居る」
アーサーが念話の魔道具でタマに指令を伝える。
「タマ、出番だ。妨害魔法でシールドの魔道具を無力化しろ。でもって、いつもみたいに船の上で暴れてやれ。その隙に俺たちが乗り込んで確保する」
するとタマは「妨害はやってるけど暴れるのは無理ね」
「何で?」
船室から甲板に上がってきた猫の姿を、カルロが望遠鏡で捉える。
「ニャンコ先生?」と、思わず呟くカルロ。
豚のように丸々と太った猫がヨタヨタと甲板に這い上がっている。
そんな姿をエンリも望遠鏡で見て「太って見動きがとれないんだ」
「おいタマ、何だよその姿は」
そうアーサーが念話で言うと、タマは「しょうがないじゃない。船の御飯が美味しいんだもの」
アーサーは「とにかくそこを脱出しろ。妨害魔法の出所なんか、すぐ見つかるぞ」
まもなくタマは妨害魔法の行使がバレて、三人の女官に追い回される。
タマは必死に逃げながら、念話で「迎えに来てよ」
「向うにだってドラゴンが居るんだ。自力で海に飛び込め」とアーサー。
「猫は泳げないのよ」と悲鳴を上げるタマ。
「私が使い魔で拾います」
そう言ってリラは海亀の使い魔を召喚し、海に飛び降りたタマは、その甲羅の上に乗って脱出した。
まもなく、ヤンの飛行機械が空に飛び立ち、ファフへの牽制に加わる。エンリは風の巨人剣で必死に飛行機械を追い払う。
「こちらへの対応で手いっぱいだぞ」と悲鳴を上げるエンリ。
更に三隻の軍艦がファフへの攻撃に加わり、甲板からは魔法攻撃の連射。
その軍艦を見てジロキチは「あいつ等、ヤマト号に合流する気かよ」
エンリは「とにかくこれじゃ、まともな空中戦が出来ない。ニケさんの船がそこまで来てる。そっちに乗り移るぞ」
そして、タルタ号が駆け付けた時には、ヤマト号は去っていた。




