第283話 ハチドリの神獣
イギリスの政治犯メアリ王女を流刑地から連れ出して海外へ逃亡したフェリペの海賊団。
ロキの力でイザベラ女帝に変装したメアリ王女が、西方大陸の領主ブエノス子爵を騙すため、スパニアの宮廷を乗っ取られての亡命であると嘘をついたものの、嗅ぎ付けたエンリ王子の突入とともに、嘘を真に受けたブエノス子爵の寝返りに遭う。
フェリペもまた、エンリがイザベラからスパニア王権を奪ったという嘘を真に受ける中、そこを脱出してリマの総督府に向かうべくアンデスを越える事に失敗したフェリペたち。
彼等は黄金の足を持つフィーロという、ひよこのモンスターの存在を知り、味方につけようとする。
フィーロと仲良くなるフェリペ。互いに身の上を話し、互いの家族との絆を思いやるフィーロとフェリペ。
その時、物陰には、二人を見守るエンリとその仲間たちの姿があった。
「誤解って?」
スパニア宮廷乗っ取りの件について、そう指摘したルナに、問い返すフェリペ。
ルナは説明した。
「フェリペ様はメアリ様を助けて家出され、エンリ様は連れ戻そうとしているのですよね? そんな中で土地の領主を騙すために、メアリ様はお母様のイザベラ様に変装されました。メアリ様は追ってきたエンリ様を追い返そうと、領主を騙すためにエンリ様がクーデターを起こしたと嘘をついたのです」
「あれは嘘だったの?」
そう問い返すフェリペに、ルナは更に説明した。
「エンリ様は、ずっとポルタに居て離れ離れになっていたフェリペ様を、取り戻したかったのです」
「へ?・・・・・」と、物陰で話を聞いていたエンリ王子唖然。
フェリペは「父上は母上より僕の事が好きなの?」
「いや、そういう順番付けは止めようよ」と、エンリは困り顔で呟く。
そんな物陰のエンリの困惑も知らず、ルナは更に説明。
「勿論です。私、聞いた事があります。エンリ様はホモといって、女性より男の子の方が好きだって」
「違うから!」
エンリは思わず物陰から飛び出して、そう叫んだ。
フェリペと三人の女官は唖然。
そしてフェリペは「父上・・・・・」と呟く。
エンリは必死に説明した。
「あのな、俺はホモじゃ無いから。俺がスパニアでクーデター起こしたってのは、メアリ王女のデマだ。それを領主が真に受けて、俺の味方になるってのを利用して、お前等を捕まえるために、それに便乗しただけだから。スパニアでクーデターなんて起きてないし、イザベラはちゃんと宮殿で権力握ってるし、俺はお前等を連れて帰れば、それからもずっと親子三人だ」
アーサーも物陰から出てきた。
「皇子、帰りましょう」
「アーサー」とフェリペは呟く。
リラも物陰から出てきた。
「イザベラ様が待ってます」
「リラ姉様」とフェリペは呟く。
ファフも物陰から出てきた。
「フェリペ君が居ないと、ファフ、寂しいよ」
「ファフ姉様」とフェリペは呟く。
他の全員、物陰から出てきた。
「フェリペ皇子」
「タルタ、ジロキチ、みんな・・・」とフェリペは呟く。
そんなフェリペに、フィーロは言った。
「フェリペ君には父さんも母さんも、ちゃんと居るんだね。フィーロにはもう居ないの。フェリペ君にちゃんと居るなら、帰ったほうがいいと思う」
エンリは、寂しそうなひよこのフィーロを見る。
そして言った。
「君の親ってどんな人?」
フィーロは「知らない」
「死んだのかい?」とエンリ。
フィーロは「知らない」
「何時からここに居るの?」とエンリ。
フィーロは「ずっと昔」
「育ててくれた人とか、居ないの?」とエンリ。
フィーロは「人間の呪術師が居たよ。卵から孵ったフィーロを、その人が育ててくれたの。けど死んじゃった」
「その人が暮らした所って、あるの?」とエンリ。
ひよこのフィーロに案内されて、昔、住んでいたという所へ・・・。
石造りの家の廃墟があった。その中に入る。
「君のサイズだと、かなり狭いみたいだけど」
そうフェリペが言うと「昔はもっと小さかったの」
瓦礫の中に石板があった。そこに鳥の絵が描かれている。
幾何学的な一筆書きで、左右に延びた翼と後ろに延びた尾羽。二本の足と異様に長い嘴。
「これがこいつの親?」とタルタが言って、フィーロと石板を見比べる。
「アーサー、何か解るか?」
そうエンリに問われて、アーサーは「かなりの魔素が込められていますね。記憶が込められているようです」
「読めるか?」
アーサーは石板に意識を集中し、読心の魔法の応用で、その記憶を読み取る。
「西から山脈を越えて来た。彼は部族で呪術を司る魔導士ですね。守護獣の卵を守ってこの地に来た。神獣の名はナスカ」
「母さんだ」とフィーロが叫んだ。
「そいつはどうなってる?」
そうエンリに問われて、アーサーは「封じられています」
「解放してあげましょうよ」
そうリラが言い、エンリも「そうだな」と頷く。
「ところでメアリ王女やマゼランたちは?」
そうエンリが言うと、フィーロは答えた。
「フィーロのお腹の中」
エンリ唖然。
そして「食べちまったのかよ。腹壊すぞ」
ライナは慌てて「じゃなくて、この子のお腹に固有結界があるんです」
フィーロは残りの全員を吐き出す。
マゼランたちはエンリを見て、慌てて剣を構える。
そんな彼等にエンリは「とりあえず休戦だ。俺はこのフィーロとかいうひよこ魔獣を親元に返す。それが終わるまで、お前等に手は出さない。お前等も協力しろ」
「エンリ王子、あなたの陰謀は白日の元に晒されました。このスパニア皇帝イザベラの目の黒いうちは・・・」
そうドヤ顔で身構える、イザベラに変装したメアリを見て、エンリは溜息をついた。
「あの、メアリ王女、それもうバレてるから。それにイギリスはポルタより大国だから、俺とか無関係にあなたを捕まえに来ると思うぞ。けど、そういうのは、このひよこの親を解放してからだ」
マゼランはひよこのフィーロを見て「こいつって何者なんだ?」
マゼランたちに、フィーロについて解っている事を話す。
「つまり、先ずこのアンデスの山を越えるのが先決って事だよね?」
そうチャンダが言うと、タルタが「ドラゴン使えば一っ飛びだよ」
するとマーモが「そうはいかないんだ。相当な高度があって、上昇しているとアルプス病にかかる」
「けど、そのひよこのお腹の中の固有結界に居れば・・・」と若狭が言い出す。
タルタが「鳥なら飛べるよね?」
「いや、ひよこだぞ」とジロキチ。
アーサーが「けど、このひよこ、相当な期間生きてますよ」
「それが成長形態じゃないの?」とライナ。
「そんなに大きいんだものな」とマゼラン。
カルロが「親はもっと大きいと思う」
フィーロが「昔はもっと小さかったの」
「それに、その絵って、親鳥の姿ですよね?」と、リラが石板を見て、言う。
「確かに、その絵だと、翼はちゃんと大きいものな」とエンリ王子。
アーサーが言った。
「恐らく、大人になるのを拒絶して、子供の姿のまま大きくなったのだと思います」
「拒絶・・・って、大人になりたく無い理由があるって事なんだよね?」
エンリがそう言うと、その場に居た人達の視線がひよこに集中し、そして彼等は考え込む。
フェリペはひよこに言った。
「フィーロは何か、やりたい事はあるの?」
ひよこのフィーロは「母さんに会いたい」
「もしかして、子供でなければ親に甘えられない・・・って事なのでは?」
そうエンリが言うと、フィーロは「母さんに甘えられないのは寂しいよ」
するとリラが立ち上がった。
「子供でなければ・・・なんて、そんな事無いです。大人だって誰かに甘えていいんですよ」
リラはそう言うと、エンリに寄り添った。
エンリの膝の上に座り、頭を撫でて貰って気持ち良さそうにするリラ。
「いいなぁ」とフィーロは呟く。
リラは「私はもう大人です。けど、この人が大好きですから」
それを聞いたひよこの姿のフィーロが光を放った。
そしてひよこは光の中で姿を変える。
大きさはそのまま、伸びた羽根と長い嘴を持つハチドリの姿になった。
フィーロは外に出て、池の水面に自らの姿を映す。
「これが私の姿」
フィーロは翼を広げ、羽ばたき、空へ舞い上がった。
その姿を見て、リラは「何だか綺麗」
エンリたちの真上を、円を描いて飛ぶハチドリのフィーロ。
「これからアンデスの山を越えます。私の中に入ってください」
そう言うと、ハチドリは嘴を大きく開き、地上に居る彼等を吸い込むと、翼を広げて空へ。
巨大ハチドリのフィーロは伸びた翼を羽ばたかせ、ぐんぐん高度を上げた。
そしてアンデスの頂を越えて、その西側へ。
山脈の西麓に着くと、お腹の固有結界に居た全員を吐き出す。
東に険しい山岳が聳え、西に荒れた大地が広がる光景を前に、エンリの仲間たちはあれこれ言う。
「ここがアンデスの西かぁ」
「向うは海だよね?」
「とにかく情報を集めよう。近くにアントファの港がある筈だ」
そうエンリが言うと、ファフがドラゴンの姿になって、空へ。
上空から周囲を探索し、港の街を見つける。
全員で街に移動し、酒場に入ってマスターに・・・。
「ナスカですか?」
そう怪訝顔で言うマスターに、エンリは「聞き覚えは無いかな?」
「そんな名前の村が、確か北にあったと思います」とマスターは言った。
村を知っているという御者を雇い、大型の馬車を仕立てて北へ移動。
「あの、皆さんって?・・・」
そう御者が言うと、エンリは「詮索は無用でお願いしますよ」
御者は「幼児に子供がこんなに、小学生の遠足ですか?」
「ほんと、引率は大変ですよ」
そうドヤ顔で言うマゼランに、タルタは「お前も子供だろーが」
「あの方は何だかイザベラ女帝に似ているような」と御者はイザベラに変装したメアリを見て・・・。
エンリは慌てて「他人の空似ですよ」
「それに巨大ハチドリ魔獣ですか?」と御者。
「さすがにこれは目立つよなぁ」とエンリはハチドリのフィーロを見て・・・。
ムラマサが「巨大と言っても、人とそれほど大きさは違わないと思うでござるが」
「本物のハチドリに比べたら十分巨大よ」と若狭。




