第281話 新大陸の領主
メアリ王女を連れてユーロを脱出したフェリペ皇子とその部下たちは、エンリ王子の追跡を逃れるべく、西方大陸に上陸し、メアリ王女がイザベラ女帝に変装して、土地の領主ガレゴス男爵を騙して味方につけた。
ヤマト号の管理を任され、船に一人残ったメンタルモデルのヤマト。
そして猫の姿でヤマト号に潜入したケットシーのタマ。
オケアノスに入り、大陸西岸を北上するヤマト号。
ヤマトは金属製のゴツくて機械っぽいブーツを履き、停船した船の脇の海面に降り立つ。
そして周囲を見回し、魔力波で海中を探索。
「アクティブソナー発振。11時の方向に反応。距離三、深度五。ヤマト、押して参ります」
長い柄のついた大きな網を海面に突き立て、大きなマグロを掬い上げた。
それを抱えて甲板へ上がり、大きな包丁で捌いて厨房へ。
達人級の包丁裁きで次々に料理が完成する。マグロ鍋に刺身に照り焼きに赤身の天ぷら。
テーブルの上の山盛りの魚料理を前に、ヤマトは猫の姿のタマと一緒に「頂きます」
物凄い勢いで爆食するヤマトの向かい側で、大好きなマグロ料理に舌鼓を打つタマ。
それを食べながら、彼女は脳内で呟いた。
(ここって天国よね)
エンリ王子たちは、上陸してまもなく、フェリペとその部下らしき集団の足取りを掴んだ。
「ガレゴス男爵の屋敷に本国から皇族の客人が来てるって噂だそうですよ」
情報を集めて来たカルロの報告を受け、エンリ王子は呟く。
「フェリペたちだな」
「けど客人って・・・イザベラの回状が行ってる筈だけど?」
そう怪訝顔で言うジロキチに、エンリは「引き留めて、俺たちが引き取りに来るのを待ってるんだろうね」
エンリたちはガレゴス男爵の館に向かった。
男爵の拠点の街に到着し、館に乗り込む。
何やら警備が物々しい中、門を入った所に居た警備隊長らしき人物に、用件を伝えた。
「ポルタから来たエンリ王子だが、男爵に合いたい」
玄関から入った所から見上げたホールの階段の上に、男爵と・・・イザベラとそっくりな女性。
その女性がエンリたちを見て「あの者たちを捕えなさい!」
エンリたち唖然。
「何でイザベラがここに居るんだ?」
そうエンリが慌て顔で言うと、アーサーが「スパニアに連絡して確認してはどうかと」
「けど俺たちを捕えろって・・・」とタルタも慌て顔。
「ひとまず撤退だ」
全員頭が混乱する中、尻尾を巻いて退散するエンリたち。
館から離れた所まで逃げて来るエンリたち。
そして全員、「あーびっくりした」と・・・。
「何だったんだ? あれ」
そうタルタが言うと、ジロキチが「ドッペルゲンガーって奴じゃないのか?」と言い出す。
若狭が「それって死ぬ前兆だって言うよね。イザベラさん死んじゃうの?」
「それは本人が出会った場合の筈だが」とアーサー。
「それが存在しても出会ってなければ死なないのか? けど、居るって本人が知ったらどうなるんだろう」とカルロ。
「だったら、知らせない方がいいでござるな」とムラマサ。
不安な雰囲気が立ち込める中、思い付いたようにエンリが言った。
「いや、ちょっと待て。普通に考えれば偽物って事じゃないのか?」
するとリラが「けど、もし本物だとしたら・・・」
「どさくさに紛れて王子を亡き者にしてポルタを再併合?」とカルロ。
「まさか」と全員呟き、顔を見合わせる。
そして「イザベラさんだもんなぁ」
エンリ王子が「だったらなおさら確認が必要だろ」
「どうやって?」
そうタルタが言うと、アーサーが「看破の魔法を使ってみます」
夜になり、エンリたちは館を探るため、隠身を使って館の近くに移動する。
彼等は館の周囲が騒ぎになっている事に気付く。
カルロが一般人を装って、館の使用人や私兵があたふたしている所へ・・・。
「何があったのですか?」
そう彼に問われて、使用人は答えた。
「亡命していたイザベラ女帝が姿を消したのです。フェリペ皇子とお付の方々も一緒に」
カルロはエンリ王子の所に戻って報告。
「既に出立していたのかよ」
そうエンリが言うと、アーサーが「俺たちが来た事を知れば、そりゃ逃げるよね」
「とにかく後を追うぞ」
そうエンリが言うと、タルタが「夜が明けてからにしないか? こっちはファフで一っ飛びだし。すぐ追い付くぞ」
「呑気過ぎだろ」とエんがリあきれ顔。
すると若狭が「お風呂に入りたい」
ファフがが「お腹空いた」
リラが「地面の上で宿屋のベット」と言ってエンリの上着の裾を引く。
翌朝、宿屋で朝食を食べて出発する。
宿屋のドアを出た所で、エンリが「あいつ等、どこまで行ったかな?」と言って、通りの向うを見る。
ジロキチが「空からなら簡単に見つかるだろ」
全員でファフのドラゴンに乗って、地上を走る馬車を探すが、見当たらない。
アーサーが烏の使い魔を放つが、見つからない。
全員に焦りの表情が出る中、リラが「あの、王子様。確か、向うもドラゴンが居たのでは・・・」
「そーだった」と全員、顔を見在らせる。
「誰だよ、ファフで飛べばすぐ見つかるなんて言ったの」
そうタルタが言うと、ジロキチが「お前だろ」
エンリが頭を抱えて「けど。どこに居るんだ? もう隠れ家見つけて落ち着いてるぞ」
するとカルロが「こういう時こそ、俺の出番かと」
カルロはファフの上でダウジング棒を握り、それが示す方向へファフが飛ぶ。
やがて向うに大きな街が見えると、カルロは「あの街ですね」
「あそこにはブエノス子爵の館がある」とエンリは呟いた。
前日の夕方へと時間を遡る。
エンリ王子の追及を逃れてガレゴス男爵の屋敷を抜け出し、アラストールのドラゴンに乗って空を行く、フェリペを含む十人。
「この先にブエノス子爵の館があります」そう言ってヤンが指す方向に、大きな街が見える。
「彼なら、エンリ王子が来ても追い払ってくれるかな?」
そうマゼランが言うと、マーモが「この辺では一番大きな勢力ですからね」
街に降り立ち、ブエノス子爵の館に乗り込むフェリペたち。
館を訪れた一行を見て、唖然とする子爵。
「イザベラ陛下にフェリペ皇子、何故ここに・・・。イギリスのメアリ王女を連れ出して家出したと聞いたのですが」
「スパニアの宮廷で私を排斥しようという陰謀を避けて、一時的に退避したのです。背後に我が夫であるエンリ王子が居て、私たちを害そうと」
滔々と語るイザベラに扮したメアリの話を聞いて、ブエノスは「そんな・・・」
「彼は私を亡き者にして、あの側室を正妃としようとしています。そして、幼いフェリペ皇子を傀儡にしてスパニアを我が物にしようと・・・」
拳を握りしめて語るメアリの話を聞いて、ブエノスは「そんな・・・」
「私は彼を愛していますが、スパニアをポルタの植民地には出来ません」
目薬を片手に涙目で語るメアリの話を聞いて、フェリペは「そうなの? メアリ」
マゼランがそっとフェリペの耳元で「この者たちを味方につけるための作り話ですよ」
子爵の横で話を聞いていたメイドの一人が、涙を拭きながら「フェリペ様、何てお可哀想」
もう一人のメイドも「あんなに慕っておられたお父上なのに、何と酷い仕打ちを・・・」
だがフェリペは「よく解らないけど、これはゲームだからね。僕も父上も絶対に手を抜かない、正々堂々の勝負だ」
「なんて健気な」と、更に涙を流すメイドたち。
そんな様子を見て、チャンダはあきれ顔で「いいのかなぁ」
同情で涙目状態なメイドに客室へと案内されるフェリペたち。
ホールで彼等を見送ると、ブエノス子爵は家来たちに言った。
「女帝がここに居る事は極秘事項だ。絶対に館の外に漏らしてはいけない。全員に徹底させろ」
「解りました」
そして子爵は脳内で呟いた。
(こんな所に逃げて来たという事は、宮殿は既に反対派の手に落ちたのだな。いざとなったら・・・)
イザベラに成り済ましたメアリは、相変わらずの女王様気分で、あれこれ館の人たちに注文を並べる。
「化粧品と身の周りの品の用意をお願いね。お茶とお菓子はこのブランドで・・・」
そんな彼女にメイドは「あの、マテ茶では駄目でしようか? この土地原産で、美味しいですよ」
「紅茶はイギリス淑女の必須栄養源よ」
そうドヤ顔で言うメアリに、メイドは「あなたはイギリス人ではなくスパニア人ですよね?」
メアリは慌てて「そそそそそそうだったわね。とにかくユーロから来た皇帝なのだから、ユーロの味覚に合わせて頂かないと」
小間使いの女の子が、紅茶と茶菓子を買いに街に出る。
そしてお店で「紅茶はあるかしら」
紅茶と聞いて、お店のおばさんが「おや、ユーロからお客さんかい?」
「そうなんですよ。あれこれ注文が多くて」
そう愚痴をこぼす女の子に、おばさんは興味津々顔で「よほどの重要人物みたいだねぇ」
すると女の子は、そっとおばさんの耳元で「極秘なんだけど、スパニア本国からイザベラ女帝が来てるんです。絶対、人に言っちゃ駄目ですからね」
おばさん、ドヤ顔で「大丈夫。あたしゃこれでも口は堅いよ」
小間使いは品物を受け取り、代金を払って館に戻る。
店には次の客が・・・。
店のおばさん、注文された商品を渡しながら、噂話に花を咲かせる。
「さっき館の小間使いの子が来たんだけどね、何と本国から女帝が来てるって言うんだよ。極秘だから絶対、人に言っちゃ駄目だからね」
その後・・・。
エンリたちが街に降り立つ。
情報収集と昼飯を兼ねて酒場へ行くと・・・、客たちの間では、本国から来た女帝の噂でもちきり状態。
エンリはあきれ顔で呟いた。
「少しは情報管理ってものを考えたほうがいいと思うぞ」
エンリたちは館の見える所へ。
そこでアーサーは看破の魔法を使った。
「居ました。イザベラ女帝です」
「本物か?」
そう問うエンリに、アーサーは「違いますね。どうやら仮面です。その下は・・・メアリ王女だ」
「やっぱり・・・」と全員、顔を見合わせる。
夜になり、エンリたちは館に向かった。
アーサーが館の周囲に、逃走防止のための使い魔を配置する。
「準備が整いました」
アーサーのその報告を受け。エンリは号令を下した。
「よし、突入だ!」
エンリと仲間たちは、剣を抜いて館の入口に駆け込み、警備の兵を嶺打ちで気絶させ、玄関のドアを開けて、中へ。
「ブエノス子爵。ここにフェリペ皇子とイザベラの偽物が居る筈だ」
そう叫ぶエンリと仲間たちが館に突入すると、ホールの二階にブエノス子爵と、イザベラに変装したメアリ王女。
「来たわね、エンリ王子。スパニアの玉座は渡しません」
そうドヤ顔で叫ぶメアリに、エンリは困り顔で「いや、その変装、もうバレてるから」
ブエノス子爵が合図すると、兵がわらわらと出て来る。
剣を構えるエンリたち。呪文の詠唱を始めるアーサーとリラ。
そしてブエノスの兵たちは・・・・全員、イザベラに変装したメアリに銃口を向けた。
「な・・・何でよ」と慌てる、イザベラに扮したメアリ王女。
「子爵、解ってくれたか」と、安堵の表情を浮かべるエンリ王子に、ブエノス子爵は言った。
「エンリ王子、私たちはあなたに付きます。一緒にスパニア本国を手に入れましょう」
「はぁ?」
ブエノス子爵は、イザベラに扮したメアリに言った。
「イザベラ様、あなたがここに逃げて来られたという事は、本国政府は既に敵の手に落ちたのですよね? つまり、あなたは負け馬です。私は勝ち馬に乗らせて頂く」
「・・・」
メアリもエンリも唖然。
困惑するエンリは脇に居るアーサーに、「どーすんだ。ブエノスの奴、メアリ王女の作り話を本気にしてるぞ」
「とりあえず調子を合わせましょう。彼女とフェリペ皇子を確保するのが先です」とエンリの耳元でアーサーは提言。
エンリは精一杯の芝居っ気を絞り出して、陰謀の親玉を演じた。
「そそそそうなんだ。あんな陰謀女の下請けはもうたくさんだ。イザベラを倒して、イベリアの君主に俺はなる!」
「では、あなたが本国を掌握した暁には」
そう言って期待に胸を膨らませる子爵に、エンリは「ブエノス、お前には褒美は思いのままだ」
「一生ついて行きます。エンリ皇帝陛下」
顔面の筋肉を総動員した悪玉の顔で、エンリは呟いた。
「何だかなぁ」
その時、何時の間にか奥の部屋から出てきていたフェリペ皇子が、泣きそうな声で叫んだ。
「父上、それは本当ですか?」




