第280話 偽物の女帝
西方大陸南端の海上戦で、辛うじてエンリ王子たちの襲撃を凌いだ、フェリペ皇子たちのヤマト号。
エンリたちのタルタ号が、アラストールとの戦いで負傷して人の姿に戻ったファフを回収して回復させる、その隙にヤマト号は戦場を離れた。
「危なかったね」とリンナが言って、胸をなでおろす。
だが、ヤンは「きっと体勢を立て直して、また来ます」
「アラストールは向うのドラゴンより強いのかな?」
そうルナが言うと、ペンダントの姿に戻ったアラストールは「私は炎を吐く以外の魔法も使えるぞ」
だが、チャンダは「けど、ファフさんは魔法を防ぐ楯を召喚出来ますよ」
「今度戦ったら、危ないかもね」とマゼランも表情を暗くする。
すると、フェリペの隣にロキが現れて、言った。
「上陸して、内陸に居るコンキスタドールを味方につけるというのは、どうだ?」
「いや、無理だろ。イザベラ様から手配が回ってるから」
そうマゼランが突っ込むと、ロキは「その女帝本人がここに居たら?」
全員唖然とする中、フェリペが「どういう事?」
ロキはメアリ王女に言った。
「メアリよ。お前は女王になりたいのだよな?」
「だったら何よ」
ロキは仮面分身の呪句を唱える。
そして、宙に浮いた仮面を手に取ってメアリに被せる。
「ちょっと、何を・・・」
そう言って慌てるメアリを他所に、ロキは呪句を唱えた。
「仮面変形」
鉄の仮面だったものは、見る見るうちに変形して、イザベラの顔となった。
全員唖然。
フェリペは「母上」と・・・。
マゼランとチャンダは「イザベラ様」と・・・。
そして全員、声を揃えて「どうなってるんだ?」
ロキは楽しそうに解説した。
「何せ神様の仮面だからな。どんな顔にだって出来るぞ。そしてそれを被った奴は、その面と一体化して、見分けられないくらいに化けるのさ。所謂肉付の面という奴でね。コントロールを失うと、頭の中までそいつになってしまうけどね」
「じゃ、君がここに居なかったら?」
そうフェリペに問われたロキは、イザベラに化けたメアリを見て「自分が女帝だと本気で思い込むだろうね」
フェリペたちはヤマトを船に残してボートに乗る。
「いつまでも化け続ける訳にいかないだろうから、多分、リマのあたりで船に乗って西を目指す事になると思う。それまで船の管理を頼む」
そうマゼランに依頼され、ヤマトは「了解です」
そしてボートは船を離れ、手近な海岸へ上陸する。
みんなが船を降りて、一人残されたヤマト。
「これからどうしよう。とりあえずリマという所に行ってみよう。この大陸の西岸を北上するのよね」
ヤマト号が沖へ向かう中、彼女は船内で一匹の猫を見つけた。
ヤマトはしゃがんで、その猫に話しかけた。
「どこから迷い込んだのかしら。私も、ちょうど一人になった所だし、あなたが居れば寂しくないわ」
猫を抱き上げて喉を撫でるヤマト。
その猫がタルタ海賊団の一員、ケットシーのタマである事を、彼女は知らない。
上陸したフェリペ一行は、この地域を領地とするガエゴス男爵の館に乗り込んだ。
銃を持った男たちが彼等を取り囲む。
領主のガエゴスが出て来て、フェリペたちに言った。
「スパニア王宮からの知らせが来ている。幼いフェリペ皇子をかどわかし、イギリスの政治犯とともに逃亡したと。拘束して本国に送還するように、とのご命令だ」
「待ちなさい!」
そう言って現れた、イザベラに変装したメアリを見て、ガエゴス男爵唖然。
「これはイザベラ陛下。何故ここに?」
「宮廷内の陰謀により、そのような話になっているようですが、その命令は間違ったものです」
無計画に口から沸いて出た、その出まかせを平然と語るメアリだが、ガエゴスは、何の疑いも持たずに「陰謀とは?」
「それは・・・」と、一転して言葉に詰まるメアリ王女。
だがガエゴス男爵は・・・・・・・。
「つまり、皇帝の地位を奪って我が国を手中に収めようという、メアリ王女の陰謀?」
「・・・・」
「カタリナ皇女の血を引くからと、皇帝の地位を狙って幼い皇子を人質に・・・。あの女狐がぁ!」
勝手に脳内で空想した"宮廷内の陰謀"の内容を語るガエゴス男爵に、メアリはこめかみをヒクヒクさせながら「そそそそうなのです」
そして男爵は、彼の脳内で主犯認定したメアリ王女への怒りを、延々と語り始めた。
「イギリスの王位争いに負けたら、今度は我がスパニアに手を伸ばすとは。あんなに若くて美人で萌えなエリザ王女に当然の敗北を喫したからといって、他国に手を出してリベンジを企むとは、何と身の程知らずな!」
メアリは苛立ちを必死に隠しつつ「いや、あの姉妹には、それなりの事情が・・・」
「エリザベス姫は各国にもファンが居まして、実は私もその一人で、こんなにグッズを」とガエゴスは、エリザベス姫のブロマイドやら二頭身人形やら・・・。
目の前に本人が居ると夢にも思わず、自分を罵り、敵対する妹をべた褒めするガエゴスに、メアリは思い切り不機嫌な顔で「とにかく疲れました。休める所に案内なさい」
「あの、女帝陛下、何か怒ってます?」
そう困惑顔で言うガエゴスに、マゼランは苦笑いしながら「気にする必要はありませんよ。いつもの事ですから」
客室でフェリペたちが一息つくと、早速、今後についての作戦会議。
「エンリ様たちは、とっくに気付いてるよね?」
そうチャンダが言うと、マゼランも「早晩、ここも嗅ぎ付けるだろうな」
マゼランとチャンダは、周囲の状況を把握しようと、使用人の一人に案内役を頼んで、館を出た。
館の周囲には石造りの家が立ち並び、現地人が出入りしている。
畑では現地人たちが作物の世話をしている。
「あの家って?・・・」
そうマゼランが訊ねると、案内役は「アシエンダだよ。この集落は丸ごと男爵の所有物なのさ」
「耕作してるのは現地人だよね?」
そうチャンダが訊ねると、案内役は言った。
「以前は奴隷扱いだったけどね。内乱でイザベラ女帝が即位した後、禁止されて今は小作人として支配されているんだ」
牧場があり、何人ものガウチョと呼ばれる牛飼いが、馬に乗って家畜の見回り。
みんな背中に銃を背負っている。
マゼランが彼等に話しかけると、ガウチョたちは陽気な笑顔で言った。
「あんた達は本国から逃げてきた人たちだろ? 女帝も一緒だとか聞いたよ。そのうち追手が来たら、俺たちが追い払ってやる。ここらへんのガウチョはみんな俺たちのアミーゴだ」
「あんた達はスパニア人か?」
そうチャンダが訊ねると、ガウチョは「農民として移住したんだが、ここの畑仕事に馴染めずに、こんな事をやってるよ。普段は牛飼いだけど、戦いになれば、いつだって死ぬ覚悟は出来ている」
彼等に手を振って、先へ向かって歩きつつ、チャンダはマゼランに言った。
「なるべく早く移動した方がいいかもな」
マゼランも「そうだな。あいつ等を巻き込みたくは無い」
一方、館でメアリ王女は、使用人たちを相手に、完全に女王様気分に浸っていた。
タルタ号では・・・。
魚の使い魔たちを使ってヤマト号を追跡していたエンリ王子たちは、ボートが岸に乗り捨てられているのを発見した。
ボートに残っている魔素から、アーサーはそれがフェリペたちのものである事を確認する。
「水の補給って訳じゃないよね?」
そうタルタがボートを見ながら言うと、リラが「船はそのままオケアノスに向かったようですけど」
ムラマサが「誰かが置いて行かれたでごさるるか?」
若狭が「メアリ王女、さすがに愛想尽かされたとか?」
ジロキチが「皇太子に刃物突き付けるんだもんなぁ」
「だとしたら、彼女を確保するチャンスですよね?」とアーサー。
するとエンリが「ってか、全員上陸して陸路に行ったって事なんじゃ?・・・」
「船は無人で?」
そう疑問声で言う仲間たちに、エンリは「忘れたのかよ。あの船はメンタルモデルってのが居て、魔法制御で自分で動いてるんだぞ」
「それよりタマは?」
そうニケが問うと、タルタが「猫の姿で、あの船に潜り込んだらしい」
とりあえずアーサーが、タマに念話で連絡をとる。
「今、どこに居る?」
「この船、ヤマト号よね?」
「フェリペの船に取り残されたのかよ」
そうアーサーがあきれ声で言うと、タマは「失礼ね。監視役として残ったのよ。けして魚の匂いに釣られて厨房に迷い込んだ訳じゃないからね」
「で、そっちの船には今、誰が居る?」
そうアーサーが問うと、タマは「メンタルモデルとかいう女が居るわ。彼女、ご飯がすごく美味しいのよ」
アーサーは溜息をついて「そういうのはいいから。他は?」
「それだけよ」
「フェリペやマゼランは?」
そうアーサーが問うと、タマは「居ないわよ。上陸したんじゃないかしら」
アーサーは仲間たちに念話の内容を報告。
それ受けて、ニケが「その船、既にオケアノスに入ったわよね。どこかで合流出来ないかしら?」
「フェリペたちが船に戻ったら襲撃して確保、って事になるよね?」とエンリ王子。
ニケは手近な港で応援の水夫を雇い、船に残ってヤマト号を追った。
エンリ王子を含めたその他のメンバーは、上陸したフェリペたちの追跡に入る。




