第279話 南端の戦い
流刑地のメアリ王女を連れ出してユーロを脱出し、エンリ王子たちに追われつつ西方大陸東岸を南下する、フェリペ皇子と部下たち。
補給場所での戦いを切り抜け、魚の使い魔による追跡をまいたヤマト号の甲板では、水着姿で日光浴を決め込むメアリ王女に、三人の女官が神妙な顔で・・・・・・・・・。
「あの、メアリさん、お願いがあるのですが」
そうリンナに切り出されたメアリは、何時もの上から目線で「何かしら」
「魔法を教えて欲しいんです。この先、いろんな所で戦いがあると思うんで、足手纏いになりたくないです」
そんなお願い口調でライナが言うと、メアリは何時ものドヤ顔で了承を語った。
「いい心掛けね。いいわよ、教えてあげる。それと、私は王女で本来は王位を継ぐ身よ。私を呼ぶときは女王様とお呼び」
「膝まづいて靴を舐めろとか言いませんよね」
そうルナに言われて「それもいいわね」と、思わずその気になるメアリ王女。
ルナは慌てて「いや、勘弁して下さい」
「まあいいわ それじゃライナは私の部屋を掃除なさい。リンナはお茶とお菓子の用意を。ルナはマッサージをお願いね」
早速のメアリ師匠の、修行内容とも思えない、それに面食らう三人。
「それって何の意味が?・・・」
そうライナが問うと、メアリはドヤ顔で「何を言ってるの。職工ギルドのマスターに弟子入りしたら、三年は下働きよ」
「そんなぁ」
傍で聞いていたマゼランは溜息をつき、そして言った。
「魔法なら俺が教えてやる」
三人、思わず声を揃えて「お願いします」
改めて、マゼランを師匠に、三人の女の子の魔法の練習が始まる。
とりあえずウィンドアローを教えるマゼラン。
攻撃魔法の仕組みを教え、呪文を教え、魔法陣の形を教え、意識の使い方を教えた。
「先ず、魔力を感じる所からだね」
そう言うと、マゼランは相手の掌に自分の掌を翳し、魔力を送り込む。
「魔力の流れが解る?」
「何となく」と、何やら頼りなさげに応えるライナ。
次第に彼女たちの魔力の感覚が明確になる。
その感覚を頼りに、それを操る段階へ・・・。
「手に意識を集中して、風の流動を感じるんだ。それを活動に変える。やってごらん」
女の子たちの掌で魔力による風が生じる。
次に、細くて鋭い矢の形をイメージさせる。それを魔法陣に乗せる。
掌に特殊仕様のペンで魔法陣を描き、描かれた線のインクを掌が感覚として受け取る。
「最初は、この感覚を頼りに魔法陣の形をイメージしてみよう。その形を呪句と連動させて、さっき言った風の矢のイメージと繋げてごらん」
そうマゼランは彼女たちを促すが、なかなかうまくいかない。
横で見ていたチャンダが言った。
「チャクラがうまく働いていないんじゃないかな?」
チャンダはライナの額に手を翳して、プラーナの流れを導く。
「ここに何を感じる?」
「暖かい球体のような・・・」
そうライナが答えると、チャンダは「それに意識を乗せてごらん。何が見える?」
ライナは「何か光るものが流れているみたい」
「それを吸い込むようイメージしてごらん。どんな感じかな?」
チャンダにそう問われ、ライナは「丸い暖かいものが広がって、口を開けているような・・・」
「それが、チャクラが開く感覚だよ。他のチャクラもやってみようか」
やがて三人は魔力のコントロールのコツを掴み、魔法は上達した。
沿岸での補給を繰り返しながら、ヤマト号は西方大陸東岸を南下する。。
戦場となるであろう大陸南端が近づく中での作戦会議。
ヤンが地図のあちこちを示し、みんなで戦術を練る。
「多分、エンリ様たちは、ここで待ち伏せしているだろうね」
そう言ってマゼランが大陸南端の岬の手前を指すと、チャンダが「海上での総力戦になるね」
ヤマトが「砲撃とか防御魔法なら、私が艦の機能で対応します」
「けど、乗り込まれて切り合いになるよね?」とヤンが言うと、先日の補給場所での苦しい戦いの記憶が全員の脳裏をよぎる。
「海中や空からも来るよね? 向うにはファフ姉様が居るぞ」とフェリペ。
「ドラゴンか。どっちから来るかな? 空から? それとも・・・」とマゼラン。
するとマーモが「大丈夫。こっちには飛行機械と潜水艇があります」
タルタ号では・・・。
「エンリ様、魚が船を捉えました」
リラのその報告で、乗組員たちの間で一気に緊張が高まる。
「よし。全力で仕掛けるぞ」
そう気勢を上げるエンリに、アーサーが「けど、下手に砲撃して沈めてしまったら、皇子を死なせ兼ねないですよ」
「白兵戦ではこっちが上だ」とジロキチ。
「けど、接近したら砲撃して来るわよね?」とニケ。
その時、リラが提案した。
「海中とか空から行けば・・・」
「なるほど、ドラゴンか。ファフ、頼んだぞ」
そう、エンリが号令を下し、ファフが「了解」
ヤマト号が大陸南端の岬に接近する。
空ではヤンが飛行機械で警戒し、海中ではマーモの潜水艇が先行する。
まもなく、マーモが海中を進む巨大な龍の存在を捉えた。
「海中からドラゴンが来ます」
念話でその報告を受け取ったマゼランが「海から来たか」と言って、仲間たちと顔を見合わせる。
ところがその時、ヤンからも報告。
「いや、ちょっと待て。空からドラゴンが来る」
マゼラン以下全員唖然。
「ファフさんは一人しか居ない筈だが?」
そうチャンダが呟き、マゼランが「どうなってる?」
だが、続けてヤンから再度の報告が来た。
「空から来るドラゴンはファフニールです」
「本命は空か。アラストール!」
そう叫んだシャナのペンダントが光を放ち、巨大なドラゴンの姿となり、翼を広げて空へ飛び立つ。
タルタ号側では・・・。
「主様、向うからドラゴンが来る」
そう、ファフのドラゴンが通信魔道具で報告すると、魔道具からエンリの声で「スパニアで戦ったドラゴンだな」
「あいつ、ファフがやっつけるね」
ファフはそう言い残し、飛来するアラストールのドラゴンに突進。
二頭の巨大なドラゴンの空中戦が始まった。
ヤマト号では・・・。
「アラストール、大丈夫かな?」
そうマゼランが呟くと、シャナは「あいつは強い。"天上の業火"と呼ばれた無敵の神獣だ」
だが、チャンダは表情を曇らせて、言った。
「けど、だったら海の中に居る龍って・・・。マーモ、そっちに居るのは何だ?」
やがてマーモから報告が来る。
「これ、ウォータードラゴンですよ」
接近する水の龍を見てマーモは唖然。
ドラゴンの胴体の中に人魚の姿のリラ、魔剣を持つエンリ王子、そしてアーサー・タルタ・ジロキチ・カルロ・若狭・タマ・・・・・。
「あいつ等、あれで船に乗り込む気だ!」
そうマーモは念話で報告すると、海中のドラゴンの阻止を試みる。
潜水艇から高速で射出した銛を、ドラゴンの体表の高圧の水が阻む。
爆薬を仕込んだ銛を射出するが、その爆発にも傷ひとつつかない。
マーモは雷撃魔法を打ち込むが、雷気はドラゴンの体表を伝って後ろへ逃げる。
接近して光魔法を打ち込むが、光はドラゴンの水の体の中で屈折して逸らされた。
マーモ絶句。
そして「ウォータードラゴンってこんなに強かったっけ?」
ドラゴンの口から吐いた高圧の水流。
それを必死にかわす潜水艇の脇を通り抜けて、ドラゴンはヤマト号へと向かった。
ヤマト号の目の前の海面から鎌首をもたげたウォータードラゴン。
船首の射撃機械が浴びせた大量の銃弾は、ドラゴンの体表の高圧の水に阻まれた。
そして甲板に降り立つエンリたち。
空から銃撃するヤンの飛行機械を、エンリは風の巨人剣で叩き落とす。
そして彼は仲間たちに「全員確保だ!」と号令を発した。
剣を抜いて立ち向かうマゼランたちを圧倒するジロキチ・タルタ・カルロ・そして妖刀化したムラマサを手にした若狭。
攻撃魔法を乱射する三人の女官の前でアーサーが防魔の短剣を翳し、その目の前で攻撃魔法は消失。
風の魔剣を手に、エンリは彼の幼い息子に向き合う。
「フェリペ、逃げ場は無いぞ。宮殿に帰るんだ。イザベラが待ってる」
フェリペは仮面を手に、「嫌だ。僕、もっと父上と遊びたい」
「だったらポルタに来い。ゲームでもキャッチボールでも何でも相手をしてやる」
そう説得するエンリに、フェリペは「だったら冒険の相手をしてよ。今やってるみたいに」
「それは・・・」
その敵、メアリがフェリペを抱えて、その喉に短剣を突き付けた。
「この子の命が惜しくば武器を捨てなさい」
「はぁ?・・・・・・」
その場に居る全員唖然。
刃物を突き付けられたフェリペは、混乱した表情で、自分に刃物を突き付けている大人女子に「あの、メアリ。これってヒーローがやる事と違うんじゃ・・・」
メアリは「大丈夫です皇子。人質作戦はエンリ様もアイスランドでやりました」
「そうなの? 父上」
そうフェリペに問われてエンリは「それは・・・」と言葉を濁す。
残念な空気が漂う。
その時、近くの海面にファフのドラゴンが墜落した。
そして「主様、翼を痛めちゃった」
「王子、早急に治癒が必要です」
そうアーサーに言われ、エンリは頭を抱えつつ「仕方ない。撤退するぞ」




