第273話 皇子の船出
エリザベス王女との恋の駆け引きに悩むフェリペ皇子を助けようと、マーリンにそそのかされて、流刑地に収監されたメアリ王女を当て馬に使うため救出したフェリペの部下たち。
仇敵であるエリザベスに一泡吹かせようと、メアリはその話に乗り、そしてフェリペは、自分が何をやっているのか理解出来ないまま、それをエリザベスのためと思い込む。
だが、流刑地からメアリを脱出させたのが彼等である事は速攻で露見し、スパニアの港にはエンリのタルタ海賊団とイザベラ女帝率いる衛兵たちが、メアリを逮捕しようと待ち構えていた。
わらわらと集まって周囲を取り囲む衛兵たち。
剣を抜いて身構えるマゼラン、チャンダ、シャナ。
「かかれ」
号令とともに襲い掛かる衛兵たち。
「アラストール、お願い」
シャナの声で彼女のペンダントが光を放ち、ドラゴンに変身。炎を吐いて衛兵を蹴散らす。
「ファフ」
対抗して、そうエンリが号令し、ファフがドラゴンに変身してアラストールと睨み合う。
二体の巨大なドラゴンが格闘を始めた。
シャナの灼熱の刀と、炎と氷の二刀流で切り結ぶジロキチ。
圧倒的な熱量を持つシャナの刀の剣筋を巧みに逸らし、ジロキチは互角以上に戦う。
若狭が振う妖刀はマゼランの剣を真っ二つに。
そして半分の長さになった剣を再び折られないよう、マゼランは妖刀の剣筋を必死に逸らす。
チャンダは部分鉄化のタルタを相手に剣を交えた。
エンリは幼い息子に呼び掛ける。
「フェリペ、こっちに来い。お前が好きなのはその人じゃないだろ」
「父上は女性がピンチになったら、守りますよね?」
そうフェリペに問われて、エンリは「それはその女性がどんな人かに依るぞ」
その時、フェリペたちが乗っていた船の甲板から、ヤンが乗った飛行機械が飛び立った。
ヤンは飛行機械に固定された大型銃で地上に居る衛兵を牽制。
マーモが船の船首にある機械の覆いを外すと、その中には銃座に据えられた機械のついた大型銃。
マーモはそれを港に居る衛兵たちに向けて作動させる。銃口から立て続けに多量の弾丸を射出。
それを見てエンリ唖然。
「あれはレオナルド爺さんが発明した射撃機械じゃないか」
「あいつ等、あんなものまで」とアーサーも唖然。
その間に、ヤンの飛行機械からロープが降ろされ、メアリとフェリペ、そして三人の女官がそれに掴って船の甲板へ。
マゼランたち三人も船に飛び乗り、混乱の中を船は出航した。
岸壁を離れて逃走するフェリペたちの船。
状況はエリザベス王女に通報された。
「こちらでも、ドレイクおじ様に探して頂くよう手配しますわ」
そう通話魔道具でイザベラに応えるエリザベス。
イザベラは「私も敵対勢力が彼等に手を貸す事の無いよう手配します」
「とにかく姉様に逃げ場なんて無いのだから、海外に逃げざるを得ないですわね」
そうエリザベスが言うと、イザベラは隣に居たエンリに言った。
「エンリ王子、追跡をお願い」
「結局、俺たちの仕事って事になるのかよ」
そう言って溜息をつくエンリに、イザベラは「私たちの子供ですものね」
「とりあえずどこに行こうか」
スパニアの港を出た船の上で、フェリペが部下たちにそう問うと、マゼランが言った。
「追って来るのはエンリ様のタルタ海賊団でしょうね。あの人に対抗できる最強の船を手に入れましょう」
「そんな船がどこにあるの?」
そう問うフェリペにマゼランは「ポルタですよ」
チャンダが「いや、相手の根城だぞ」
マゼランは言った。
「だからですよ まさか相手も自分の根城に来るとは思わないでしようから。それにエンリ王子は今スパニアに居て、多分、大慌てで後先考えずに国を出た筈だから、フェリペ皇子の事は誰にも言ってないと思いますよ」
フェリペたちの船はポルタの港に入港して、水と食料と遠洋航海の装備一式を積み込む。
船にはマーモが残って沖合で合流する手筈を整え、四人の女性とともに出航。
フェリペは三人の従者とヤンを連れて、ポルタ大学海賊学部造船科へ。
「これはフェリペ皇子」と、揉み手で迎える教授たち。
「父上は居ないみたいだね?」
そう言って、フェリペがわざとらしく周囲を見回すと、教授の一人が言った。
「何か事件があったらしくて、イザベラ様に呼び出されたそうです」
フェリペはマゼランと目配せする。
「それで、魔導艦が完成したんだよね? 将来父上みたいに自分で海に出たくて仲間を集めてるんだけど、凄い船が出来たと聞いて、見に来たんだ」
そうフェリペが切り出すと、別の教授の一人が「エンリ様には報告したのですが、まだ見て頂いてなくて」
「凄い船なんだよね? 父上が滅茶苦茶褒めてたよ」
そうフェリペに煽てられ、教授たちは「それはまあ」と照れつつ気分上昇。
「来年の予算は倍増しようって」
そうフェリペに煽てられ、教授たちは「いやそんな」と照れつつ気分更に上昇。
「物凄い成果で教授は全員ポルタ学問会議の会員に推薦するくらいの功績だって」
そうフェリペに煽てられ、「いや、それほどでもありますけどね」と教授たちは気分MAXに・・・。
「見せてくれるよね?」
そうフェリペにねだられ、教授たちは二つ返事で「こちらです」
五人を造船施設に案内する教授たち。
ドッグの作業台の上に船はあった。
「先日完成して王子に報告したばかりですが、すぐにでも進水できます」
そう言う教授に、マゼランは「普通の大きさで防護鉄板も無いみたいだけど」
「軍艦って訳じゃないですから。でも大砲は四門搭載されています」と教授。
「魔導推進でもないみたいだね」とマゼラン。
教授は解説した。
「あれは魔力消費が激しいですから。けど、生命の樹の構造を取り入れて、人体構造を模して知能を持たせる造りになっています。各セフィロトの機能をコントロールする魔法機械を搭載し、パスを張り巡らせた魔導艦として一つの完成形と言えるかと」
「ロンドンで造った魔導戦艦はその知能に聖杯を使っていましたよね?」
そうチャンダが言うと、教授は「その代りとしてホムンクルスの技術を用いました。属性魔法科のローラ准教授の実家がその専門家で、彼女の協力を仰ぐ事で可能となったものです」
「中を見せて貰ってもいいよね?」
そうフェリペがねだると、教授は「あまりあちこち触らないで下さいね」
「この船って、コードネーム的なものってあるの?」
そうマゼランが訊ねると、教授は「とりあえずシーバットと命名しておきました」
「海の蝙蝠かよ」
そうマゼランが言うと、教授は「蝙蝠は魔導士の使い魔の定番ですから」
「それじゃ、見学が終わったら呼んで下さい」
そう言って、教授たちは研究室に引き上げる。
教授たちが去ると、五人はさっそく船の中に・・・。
船の中を歩きながら、あれこれ言うフェリペたち。
「魔法で動くって事は、起動させて操作する制御室みたいなのがあるんですよね?」
そうヤンが言うとチャンダが「コントロールパネルにモニターがあってスイッチが並んで」
「SFだよね」とフェリペ
シャナが「いやこれファンタジーだから。SFとは水と油だぞ」
「けど魔道具的なものと称する実質ロボットアニメもよくあるけどね」とマゼラン。
残念な空気の中で、しばし沈黙。
そして全員で「そういう危ない話は置いておこうよ」
船内をあちこち見て回るが・・・。
「無いですね。そういう部屋」と、ヤンが物足りなそうに・・・。
甲板に操舵具と帆を張ったマスト。
それを見てチャンダが「風で動かすのは普通の船と同じなんだね」
マゼランが「だったら、とりあえず普通に動かせるよね」
「さっさと頂きますか」とヤンが言い、全員で出航準備のため、一旦船から降りる。
船から出て作業台に乗った船体を見上げる五人。
「僕たちで名前をつけようよ」
そうフェリペが言い出すと、マゼランも「海の蝙蝠は、ぱっとしないですし」
フェリペは船の側板に手を当てて、心の中で船に呼び掛けた。
(君はどんな名前がいいのかな?)
何かが彼に答えたような気がしたフェリペは、短剣を抜いて、その切っ先で側板に頭に浮かんだ文字を刻んだ。
「ヤマト」と・・・。
その文字を見て、ヤンが「これ、どんな意味があるんですか?」
「何となく・・・なんだけど」
そうフェリペが言うと、チャンダが語った。
「聞いた事があります。遥か昔に英雄たちが空に浮かぶ船に乗って、世界を救う魔道具を求めて、遥かな神の星を目指した。その船の名前が、確かこれと同じだったような」
「その星の名は?」
そうマゼランが訊ね、チャンダは「確か、イスカンダルと」
マゼランは言った。
「ギリシャの征服王と同じ名ですね。彼はインドから更に東への征服を望み、東の果てのオケアノスの海を目指して、志半ばで死んだと」
「オケアノスかぁ。西方大陸を抜けるとオケアノスの海に入るんだよね」とフェリペ皇子。
フェリペは暫し思考を巡らせた。
そして「決めた。この船でユーロを出たら、西に向かってオケアノスに行くぞ」
「なるほど。多分追手は俺たちが東に向かうと思ってますよね」とマゼラン。
するとヤンが「けど大洋では風は西風ですよ」
「確かに・・・」
そう言って、みんなが黙る中、チャンダが「いえ、大洋でも東風、吹いてますよ」
「そうなの?」と他の四人。




